第12話
ブラッドが聖女たちに付けたユニット名は『ホーリーエンジェル』。
音楽がもたらされたばかりのこの地において、間違いなく史上初のアイドルであった。
まさに天使ともいえる麗しき少女たちは、ブラッドの指導のもと、さらに歌やダンスの技術を磨き上げていく。
すると当然ながらもパフォーマンスの質が向上し、とうとう隣町からわざわざ礼拝にくる者まで現れる。
『ホーリーエンジェル』の名は四隣に轟き、着実にアイドルとしての地位を築きつつあった。
そんなある日、七つ子たちがファウラウ聖堂の前に倒れていた
来客用のベッドに運ばれた老人はかなりの空腹だったらしく、出されたパンとスープをあっという間に平らげた。
「ふぅ、生き返りました。おかげで助かりました」
そう言って人心地ついてはいるものの、老人は死にそうな顔をしている。
目の下にクマがあり、頬はこけ、顔色は青白い。
「あの、本当に大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど……」
「あぁ、これはずっとそうなんです。最近どうにも、身体が重くって……。食事ばかりか、身体の心配までしていただいて、本当にありがとうございます、聖女様」
「いえ、困っている人たちをお助けするのが、わたしたち聖女の務めですので」
「おじいさん、そこにいるのは聖女じゃないのです!」
「聖母ベルライン様なのです!」
「えっ? これは失礼いたしました。あまりにお若いので、てっきり聖女かと……!」
「いえ、お気になさらないでください。それよりもおじいさんは、この街の方ではありませんよね? どうしてあんな所で倒れていたのか、なにかわけがおありになるのでは……?」
「はぁ、実は……」
老人は、同じコルベール領の辺境にあるドワーフたちの村、『ストーンビレーの村』の村の村長であった。
このディソナンス小国は作物が育たない土地柄で、採掘が主だった産業である。
ストーンビレーも鉱山の村だったのだが、最近、鉱山内部に『ボーンメイカー』というモンスターが巣食うようになったという。
『ボーンメイカー』は死体をスケルトンに変えるという特性を持つ、悪霊系のアンデッドモンスター。
鉱山内で生き埋めになった坑夫たちをスケルトンに変え、鉱山を占拠してしまったという。
スケルトンというのは、骨格標本のような見た目のアンデッドモンスターである。
鉱山がモンスターに支配されてしまい、採掘ができなくなってしまったストーンビレーの村。
モンスターが現れてなにか問題を起こした場合、一般的な解決法としては冒険者に退治を依頼することである。
しかし貧乏なストーンビレーでは冒険者を雇うだけの金がない。
そこで村人たちで手分けをして、なんとか安くモンスター退治を引き受けてくれる冒険者を探しはじめた。
村長もいくつかの街や村の酒場を巡り、冒険者たちに頼み込んだのが、すべて断られてしまったという。
しかし手ぶらで帰るわけにはいかないと、野宿やゴミあさりなどをして旅を続けていた。
このファウラウフの街が最後の頼みの綱だったのだが、ここの酒場にいる冒険者たちからも、すべて断られてしまう。
そして、精も根も尽き果て行き倒れに……というわけだった。
事情を聞き終えたベルラインは、真っ先に申し出る。
「それでしたらわたくしが行って、聖女の祈りで『浄化』いたしましょうか?」
「よ……よろしいのですか!?」
村長は喜んだが、すぐにピーッ! と警笛のような笛の音が割り込んでくる。
見るとそこには、開きっぱなしの客間の扉に寄りかかる、ブラッドがいた。
「ダメだ。勝手に行動することは許さん」
「そ、そんな、ブラッドさん! こちらの村長さんは、こんなに困っておられるのに……!」
「そもそもお前、アンデッドモンスターの浄化なんてやったことないだろ?」
「はっ、はい……一度も……」
「やっぱりそうか。『ボーンメイカー』といえば、アンデッドでは中の下くらいのモンスターだ。お前みたいなヤツが行ったところで、スケルトンにされちまうだけだぞ」
「なら、レットたちもいくのです!」
「そうなのです! みんなでおいのりすれば、きっとやっつけられるのです!」
「お前たち全員で行っても無理だな。この俺が保証してやる」
「な……なんでそんなにハッキリ言い切れるのですか!?」
「言い切れるさ。だってそんな『低級』のヤツが見えてないんだからな」
「てーきゅう?」
「オレン、知ってるです! スポーツのことなのです!」
「オレンちゃん、それは庭球なのです!」
ワイワイする七つ子をよそにブラッドは担いでいた白いギターを構えると、
……ポロンッ。
さっきまでのぶっきらぼうな物言いがウソような、やさしい音色を奏でた。
♪ わかっているさ もう大丈夫
♪ キミの気持ちは はっきりと
♪ だからもう 出てきておいで
♪ だからもう おかえりなさい
♪ キミのいるべき 安らかな場所に
【ゴー・トゥ・ヘヴン】
迷える霊魂を天に還す歌。
還らない場合は、曲調がだんだん激しくなり、最後は追い返す。
すると、村長の方から、青白いオーラのようなものが立ちのぼる。
ベッドのまわりに集まっていた七つ子たちは「わあっ!?」とひっくり返った。
オーラは人の形をなす。
ヘルメットをしていて、ツルハシを持っていた。
その顔を見たとたん、村長は叫んだ。
「お、お前は、うちの村の……!」
「そうだ。恰好からして、鉱山で亡くなった坑夫のひとりなんだろう?」
村長の顔にみるみるうちに精気が戻ってくる。
青白い顔は血の気が戻り、目の下のクマは消え去った。
「ま、まさか、ワシに村の者が取り憑いておっただなんて……! まさかこれも、ボーンメイカーの……!?」
「いや、逆だ。ボーンメイカーにアンデッドにされる前に逃げてきて、村長に取り憑いたんだろう」
「なぜ、そんなことを……!?」
「それは、お前を支えるためだ。お前は飲まず食わずで旅を続けてきたんだろう?
本来ならば、この街に来る前にとっくに倒れていてもおかしくなかったはずだ。
でも倒れなかったのは、コイツのおかげさ。
コイツもよっぽど、坑夫仲間がスケルトンにされた恨みを晴らしたかったんだろうな。」
「なっ……なんという……! わ、ワシは必ずやお前たちの仇を討ってみせる! だから安心して、成仏してくれ……!」
村長が拝んでも、幽霊坑夫はまだ心配しているようだった。
彼はじっと、ブラッドを見つめる。
「やれやれ、しょうがないな。俺がなんとかしてやるから、さっさと成仏しな」
まるで犬猫にでもするように、しっしっと追い払うブラッド。
しかし幽霊坑夫はその奥にある真心を読み取ったかのように、深々と頭を下げて消えていった。
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