第11話
ファウラウ聖堂は、帝国の助力などなくてもやっていけるほどに、街の人々から慕われるようになった。
街の人たちが立ち上がってくれたおかげで、衛兵も動かざるをえなくなり、シン・プゥの脅威も去る。
寄進のおかげでファウラウ聖堂は一気に豊かになったが、ベルラインは自分の懐に収めるようなことはせず、
「これでようやく、炊き出しができるようになりました!」
と、聖堂前で恵まれない人たちに料理を振る舞い、恵まれない人たちに還元した。
さらには賛美歌に憧れ、聖女になりたがる少女たちが続出。
8人だけだった聖堂は、20人もの大所帯にまで膨れ上がった。
ファウラウ聖堂は、もはやどこに出しても恥ずかしくない神の施設として生まれ変わったのだ。
するとある日、ベルラインはコルベール領の聖堂を統括する、『聖教司』に呼び出される。
『聖教司』というのは、聖堂のにおける『聖母』のひとつ上の階級。
まだ聖女のベルラインにとっては、雲の上にも等しい存在。
そんな恐れ多い人物に呼び出されたので、ベルラインは不安でたまらなかった。
自分は聖母にはふさわしくない人物とみなされ、聖堂を取り潰されるのかも……。
ベルラインはネガティブなので、そんな良からぬことを頭の中でぐるぐるさせながら、聖教司の元へと向かう。
緊張でカチコチになった彼女が言い渡されたのは、想像もしていないことであった。
聖堂をみごと建て直しが功績が認められ、なんと『聖母』へと昇格……!
ベルラインはまだ16歳なのだが、その若さで聖母になれる聖女はほとんどいない。
かなりの快挙といえるのだが、彼女は自分が聖母になったのがまだ信じられない様子だった。
夢うつつのまま聖堂に戻り、亡き祖母の霊前で、聖母になったことを報告する。
「おばあさま、わたし、やりました……。おばあさまの後を継いで、ついに聖母になることができたんです……」
すると背後から、ピュ~ゥ、とからかうような小笛が響く。
ベルラインにとっては、もはやなくてはならない音色であった。
「ブラッドさん……あの、わたし……」
「言わなくていいよ。聖母になったんだろ?」
「えっ、なぜご存じなのですか?」
「言っただろ、俺が聖母にしてやるって。よかったな、聖母になれて」
「ま、まだわたし自身、信じられません……」
「どうしてだよ。俺の歌と、お前の歌声があれば、当然の結果だ。歌ってるときみたいに、もっと胸を張れって」
ブラッドはベルラインの頭をぽんぽんする。
すると、
……トッ。
ブラッドの胸に、小鳥が飛び込んだような衝撃があった。
「ん? どうした……」
しかしその言葉は、少女の密やかな嗚咽によってかき消される。
「すっ、すみません、ブラッドさん……! わ、わたし、おばあさまが亡くなってから、ずっと不安で……! 毎日毎日、苦しかったんです……!」
少女は胸に飛び込む行為どころか、泣き言をあげるときまで遠慮がちだった。
ブラッドは彼女の肩に手を回し、ぐっと抱きしめる。
「泣くのは、歌といっしょだ。泣くときくらい他人を気づかうのはやめて、自分のすべてをさらけ出せ」
すると、少女はほどけるように決壊した。
「うっ……! ううっ……! ブラッドさんが来てくださらなかったら、わたし……わたしっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
「俺はお前に歌とハンドベルを教えただけだ。それを活かしてこの聖堂をここまで建て直したのは、まぎれもないお前の力だ。よくやったな」
子供のようにわぁわぁと泣くベルラインの頭を、ブラッドはいつまでもいつまでもいつまでも撫でていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それと同じ頃、シン・プゥはというと……。
「キョーッ! シン・プゥ聖父! 今月の寄進も最低ではないですかっ!?」
「ううっ……! そ、それが、ブラッドのヤツに邪魔されて……!」
「キョッ!? ブラッド!? 帝王殺しの
「そ、そうなんですプゥ! ファウラウ街にヤツがいまして……! 悪魔の歌でこのプゥのことを……!」
「キョッ! それでそんなにボロボロになっているんですねぇ、それなら……って、そんな見え透いたウソが、このキョウに通用するとでも思っているのですかっ!?」
「う、ウソじゃないんですプゥ! 本当に、あのブラッドが……!」
「ブラッドはもう、のたれ死んでいるに違いありません! この帝国を追い出された者が『この世の地獄』といわれる他国で生きていけるわけがないでしょう!」
「ううっ……! ほ、本当、本当なんですぅぅ! 信じて、信じてほしいんだぷぅぅ……!」
「キョーッ! ええい、まだウソをつくのですか! キョウにとってはブラッドよりも、あなたのほうがよっぽど悪魔に見えますよ!」
泣きすがるシン・プゥのハゲ頭を、杖で容赦なく小突き倒すキョウ・ジー。
同じ泣きつくにしても、同じように頭になにかするにしても、いまファウラウ聖堂で起こっていることとは真逆であった。
怒り心頭のキョウ・ジーは、ついに言い渡す。
ベルラインとは、真逆の結末を……!
「キョォォォッ! もうガマンできません! 役立たずのうえにウソをつくだなんて、聖父の風上にもおけませんっ! 聖子に降格です! その歳で降格とあっては、ずっとヒラのままでしょう! あなたはこのキョウの足元を、一生這いつくばるのですっ!」
「そっ……そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
奇しくもその頃、ファウラウ聖堂では同じ絶叫がこだましていた。
「そっ……そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
その発声源は、ゴキブリのような中年ではなく、かわいらしい七つ子であった。
聖女たちを整列させたブラッドが、彼女たちの不満をピシャリと一蹴する。
「なにが、そんなぁ、だよ。俺がいなかったら、お前たちはいまごろ路頭に迷ってたかもしれないんだぞ」
「それはそうかもしれないのです!」
「でも、『お前たちは俺のもの』だなんておーぼーなのです!」
「これじゃ、帝国のゴキブリさんみたいな聖父といっしょなのです!」
「そうか? じゃああのゴキブリ野郎と俺、どっちかのモノになるとしたらどっちを選ぶ?」
「そ、それは……」
「ブラッドさん、なのです……」
「そうだろう? だったらいじゃないか。これからお前たちは、俺の命令に絶対服従だ、いいな! お前たちが崇める神のように、俺を崇めろ!」
「さ、さっきからずっと何を言ってるですか!?」
「ついに自分のことを神とまで言い出したのです!?」
「ベルラインさん! このわからずやに何か言ってやってくださいです!」
「あの……それで、ブラッドさんは、わたしたちに何をお望みなのですか?」
「って、もう受け入れちゃってるです!?」
「俺の望みは、アイドルユニットを作ることだ! ベルラインがセンターで、七つ子がフロント、それ以外はみな研修生だ!」
ブラッドの口から次々と飛び出す言葉は、まるで暗号のよう。
聖女たちはわけもわからずキョトキョトしている間に、ユニットに組み込まれてしまった。
それどころか俺様すぎるルールまで、あれよあれよという間に……!
「お前たちは今後一切、誰かを好きになることは禁止だ!
まぁ、今でも見た感じ、片思いはしていても、両思いに至っているヤツはひとりもいなさそうだが……。
その気持ちは、すべて捨てろ!
それでも恋愛したくなったら、この俺に恋しろ!
たった今からお前たちは、『俺以外、恋愛禁止』だっ!」
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