第10話

 ファウラウ聖堂は賛美歌によって、多くの礼拝者を獲得。

 今にも潰れそうだった貧乏聖堂は、街の人たちの協力でリフォームされ、質素ながらも美しい聖堂に生まれ変わる。


 そして今日も聖女たちの歌声を聞くために、礼拝堂には多くの人々が詰めかけていた。


 ライトアップされたステージから紡ぎ出される天使たちの歌に、誰もが心洗われる。

 ステージの後ろにある女神像も、まるで歌い遊ぶ天使たちを見守っているかのようであった。


 誰もが平和で、心安らぐ空間。

 しかし、


 ……ズバァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーンッ!!


 扉が乱暴に開け放たれたことで、台無しになってしまう。

 礼拝堂内に、ガラの悪そうな男たちがどやどやと乗り込んできた。


 観客たちは悲鳴とともにステージのほうに後ずさる。

 ブラッドはステージの隅でギターを演奏していたのだが、異変に気付いて小笛を鳴らした。


 するとスポットライトが消え、一斉にカーテンが開かれる。

 ベルラインも押し入ってきた者たちに気づき、ハッと息を呑んだ。


「し……シン・プゥ様っ!?」


「ベルラインさん、今日こそは帝国にあるプゥの聖堂まで来てもらうんだぷぅ!」


「そ、そのことでしたら、お断りします! この聖堂は、ブラッドさんのおかげで多くの礼拝者さんが来てくれるようになりましたから!」


「ブラッド……!? まさかあの吟遊詩人トラバドールが、こんな所にっ……!?」


 ブラッドがステージの中央に、ゆっくりと歩み出る。


「(ピュウッ!)久しぶりだなプゥ野郎。とうとう立場が危うくなって、力ずくでベルラインをさらいに来たか」


「ベルラインさんはこんな『この世の地獄』には相応しくないんだぷぅ! 帝国でぷぅと一緒にいるのが、幸せなんだぷぅ! お前みたいな邪悪な吟遊詩人トラバドールの手には渡さないんだぷぅ!」


「花嫁をさらいにきた花婿気取りかよ。それにしちゃ、粗末な結婚指輪だな」


 シン・プゥの手に握られていたのは、木の国輪。

 どうやらベルラインを強制的に奴隷にして、帝国に連れ帰るつもりらしい。


「ええい、黙れ黙れ黙れっ! こうなったら、プゥの力を思い知らせてやるぷぅ!」


 シン・プゥは、連れてきたゴロツキたちに向かって叫ぶ。


「お前たち、ベルラインさんを捕まえるんだぷぅ! 邪魔するヤツがいたら、ぶちのめしてやるんだぷぅ! この街の衛兵は買収済みだから、好きなだけ暴れてやるんだぷぅ!」


 お墨付きをもらったゴロツキたちは、さっそく暴れだそうとする。

 パニックに陥る観客席、ここでブラッドが下した決断は、なんと……。


「せっかくだから、お前たちも1曲聴いてけよっ! ……ワン・ツー・スリー・フォーっ!!」


 ライブの続行っ……!


 ♪ 我ら迎えん 我らが主を

 ♪ 朝には太陽 夜には月を


 ♪ 御空にいつも おすわすは

 ♪ 我らみちびく おぼしめし


 ♪ 迷いし我らに 道を示す

 ♪ 我らは手をとり 歩き出す


 ♪ 主のもとへと いざこぞらん


 聖女たちの歌声の前に、頬を張り飛ばされたように動けなくなるゴロツキたち。

 彼らは感激していた。


「お……おお……!」


「ひ、久しぶりの『歌』だ……!」


「それも、なんて清らかなんだ……!」


「やっぱり、歌はいいなぁ……!」


 しかしシン・プゥだけは違った。


「おいっ、お前たち、なにしてるんだプゥっ!? さっさとステージをメチャクチャにしてやるんだぷぅ!」


 雇い主に一喝され、我に返るゴロツキたち。

 しかし間髪入れず、


「やっぱりお前だけは、どうしようもないみたいだな! じゃあ、こいつをやるよ! ……ファイブ・シックス・セブン・エイトっ!」


 すると、それまで川のせせらぎのように穏やかだった曲調が一変。

 まるで火山の噴火前のような、重低音がズンズンと響き渡った。


 天使たちの歌声も、重苦しいものへと変わる。


 ♪ 立ちはだかるは 太鼓腹の悪魔


 ♪ さっさと消えろ おととい来やがれ

 ♪ お前はいつでも 招かれざる客


 ♪ 来るぞ 来るぞ 主が来るぞ


 ♪ 主は湧きませり シュワシュワ 湧きませり

 ♪ 悪魔の腹を 膨らませるために


 ♪ 主は湧きませり シュワシュワ 湧きませり

 ♪ 悪魔の腹を ブチ破るために


 ♪ シュワシュワ 湧きませりっ!


 サビを迎え、8人の聖女と、ひとりの吟遊詩人は声を揃えた。


 ♪ シュワ~シュワ~! 湧きませりー!!


【主はシュワシュワと湧きませり】

 私腹を貪り、身体どころか心まで醜く肥え太った者を撃退する歌。

 邪悪な者ほど大きなダメージを受ける。


 瞬間、ステージの奥にあった女神像が、まるで大魔神のように動いたかのように見えた。

 直後、神の鉄槌のようなプレッシャーがステージから放たれ、客席を抜け、


 ……ズドォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 シン・プゥのどてっ腹が、ヘビー級ボクサーのパンチがめり込んだようにへこむ。

 そしてゴロツキもろとも、フッ飛ばしたっ……!!


「ぷぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ドップラー効果の絶叫とともに、礼拝堂の外へと消えていくシン・プゥ。

 正門を突き破って聖堂の外へと飛び出していく。


 それでも勢いは衰えず、通りに積んであった樽に見事にストライク。

 中に詰まっていたゴミが雪崩をうって降り注ぎ、無様に倒れたシン・プゥたちを生き埋めにした。


 後を追って外にでた礼拝者たちは、口々に叫ぶ。


「あの帝国の聖父せいふは、ベルラインさんを奴隷にしようとしてたんだ!」


「くそっ、『奴隷狩り』だったのかよ! 帝国のヤツらは、俺たちを豚や牛なんかと同じだと思ってるんだ!」


「でも、ベルラインさんもブラッドさんも、七つ子ちゃんたちも好き勝手にはさせないわよ!」


「そうだ! この聖堂は、この街には無くてはならないものなんだ!」


「たとえ衛兵が買収されたって、俺たちが守るんだ!」


「出て行けっ! 出て行けぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」


 ゴミ山から這い出たシン・プゥは、手に手に棒を持った礼拝者たちに囲まれる。

 さんざん殴りまわされ追い回されて、死にかけのゴキブリのように這い逃げ、街から出て行った。

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