第9話

 ベルラインのファフラウ聖堂が、音楽の力によって街の人たちに親しまれ、復活の兆しを見せていた頃。

 彼女たちを付け狙っていたシン・プゥはどうしていたかというと……。



「キョッ!? 今月の寄進は特に少ないですねぇ!? 特に、シン・プゥさんの聖堂は特に酷い……! これはどうしたというのですか!?」



 ひょろ長い身体を、シン・プゥよりもさらに着飾ったローブに包む中年男。

 歳の頃はシン・プゥと同じくらいだったが、高圧的な態度でシン・プゥを見下ろしていた。


 シン・プゥはただでさえ脂ぎった顔に、さらに油をぶっかけたような汗を浮かべながら、言葉をさまよわせる。



「ぷっ……ぷうっ……! キョウ・ジー様っ! あの、ええっと……! それは、歌が……!」



 つい口が滑って、「しまった!」とばかりに手で口を押える。

 するとキョウ・ジーと呼ばれた痩せ男の、カサカサの顔がぬぅと突き出された。



「キョッ!? いま、『歌』とかおっしゃいましたか? まさかシン・プゥさん、寄進が少なくなったのは、悪魔がもたらした『歌』がなくなったからなどと言うつもりではないでしょうねぇ?」



「も、もちろんですぷぅ! 悪魔の作った『賛美歌』などなくとも、我が聖堂は……!」



「キョーッ!? ならばなぜ、寄進がこれほどまでに減っているというのですか!?」



「そ、それは、プゥの聖堂だけではないですぷぅ! 他の聖堂も……!」



 シン・プゥは、両隣に整列させられている他の聖堂の聖父たちをアセアセと見回す。

 しかし他の聖父たちは、巻き込まれてはたまらないとサッと顔を伏せていた。


 シン・プゥは心の中で舌打ちする。



 ――チッ! どいつもこいつも……!


 しかしそれよりも、キョウ・ジーの野郎……聖子の頃はプゥのほうが上だったのに、まさかプゥよりも出世するだなんて……!

 それも昔、プゥに少しいじめられたからって、事あるごとにプゥをイビってくるだなんて……なんてケツの穴が小さいヤツなんだプゥ!



 シン・プゥとキョウ・ジーは同じ聖堂で育った幼馴染みである。

 子供の頃はシン・プゥのほうが力があったので、キョウ・ジーを事あるごとにいじめてきた。


 しかし大人になるにつれて、力よりも知能のほうがモノを言うようになる。

 ようは寄進稼ぎの能力はキョウ・ジーのほうが上だったので、出世されてしまったのだ。


 ではここで、聖堂の役職について見てみよう。

 聖堂の役職は、役なしを含めて6種類が存在する。



『聖子・聖女』

 聖堂で働く、ようは下っ端のこと

 ベルラインや七つ子たちがこの地位にあたる


『聖父・聖母』

 ひとつの聖堂の管理者の役職で、シン・プゥがこの地位にあたる

 異なる世界で例えると、『神父』に相当する


『聖教司』

 地域の聖堂をとりまとめる役職で、キョウ・ジーがこの地位にあたる

 異なる世界で例えると、『司教』に相当する


『大聖教』

 国内の聖堂をとりまとめる役職

 異なる世界で例えると、『大司教』に相当する


『聖機卿』

 聖皇の顧問役

 異なる世界で例えると、『枢機卿』に相当する


『聖皇』

 聖堂における最高権力者

 異なる世界で例えると、『教皇』に相当する



 シン・プゥはひとつの聖堂の管理者である『聖父』どまりだったが、キョウ・ジーはさらにそのひとつ上の役職である『聖教司』に就いていた。


 聖教司は毎月、管轄地域の聖父や聖母たちを集め、寄進の額を確認するのが定例となっている。

 上納される寄進は金額がすべてとされているので、寄進の少ない聖堂にハッパをかける場でもあった。


 そしてシン・プゥはその定例会において、恰好のイビりのターゲットとなっていたのだ。


 キョウ・ジーはもちろん知っていた。

 帝国が歌を禁止したせいで賛美歌が歌えなくなり、すべての聖堂で寄進が減りつつあるのを。


 しかし歌のせいにしては『非国輪』扱いされかねないので、誰もそのことを指摘できずにいた。

 キョウ・ジーも上役である『大聖教』から寄進の少なさを責められていたので、シン・プゥでウサ晴らししていたのだ。



「キョーッ! シン・プゥ聖父! 来月の寄進ももし不調であったら、キョウの権限において、あなたを降格させますから、そのつもりで!」



「そっ……そんな……! それは、あんまりなんだプゥ!」



「キョーッ! それが嫌なら、寄進をあげる努力をするのです! 他の聖父や聖母たちは、みなそうしていますよ!」



 賛美歌を唄えなくなってしまった現場は必死であった。

 そして賛美歌のありがたさを、いまさらながらに痛感していた。


 ただの説法をしたところで、誰も聞いてくれない。

 しかし歌に乗せれば誰もが耳を傾けてくれる。


 これは例えるなら、病気の子供に苦い薬を飲ませるために、甘いゼリーに混ぜるような手法といっていい。

 そのゼリーがいま、サウンドザンド帝国にはないのだ。


 聖父や聖母たちは血眼になって、賛美歌という名のゼリーに変わる、甘いものを探していた。

 その手法は健全なものから、神に仕える者とは思えない、おぞましいものまで様々。


 そして、シン・プゥはというと……。



 ――ファフラウ聖堂の聖女たちさえ奴隷にできれば、一発逆転なんだぷぅ!

 なにせベルラインは、とんでもない美少女なんだぷぅ!


 本来ならプゥが飼いたいところなんだぷぅ。

 でもあれほどの美少女を、大聖教様に『寄進』すれば……。


 きっとぷぅは出世間違いなしなんだぷぅ!


 いやいやそれとも、『夜の礼拝』のストリップ嬢にすれば……。

 街の権力者たちから、かなりの寄進をブン取れるんだぷぅ!


 子供が好きな権力者には、あの七つ子をあてがってやれば……。

 プゥが大聖教になるのも、夢ではないんだぷぅ!


 しかしファフラウ聖堂には、へんな吟遊詩人トラバドールがいたぷぅ。

 あの程度の若造なら、プゥの手にかかれば一発ぷぅけど……。


 念のために、用心棒を雇って行くんだぷぅ!

 そして次こそは、力ずくでも聖女たちを連れさらって……。


 プゥの奴隷にしてやるんだぷぅ!

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