第8話
♪ 我ら迎えん 我らが主を
♪ 朝には太陽 夜には月を
♪ 御空にいつも おすわすは
♪ 我らみちびく おぼしめし
♪ 迷いし我らに 道を示す
♪ 我らは手をとり 歩き出す
♪ 主のもとへと いざこぞらん
ステージの中央でスポットライトを浴びながら、大きな翼と両手を広げて唄うベルライン。
それは、なにもかもが女神であった。
コーラスをしている天使たちのコーラスとハンドベルが、花咲くような彩りを添える。
ギターの音色は彼女たちの足元を支える雲のように、おおらかでやさしい。
少女たちの美しき見目と相まって、ステージはさながら天国のようであった。
観客たちは昇天した魂のように、すべてを委ねて賛美歌に聴き惚れている。
「すてき……」
「ああ、まるで心が洗われるようだ……」
「これが『歌』……そして『音楽』というものなのね……」
「こんな素晴らしいものが、この世界にあっただなんて……」
「まるで女神様に抱かれて、あやされているような、幸せな気分……」
すると当然のように、ある欲求が生まれる。
母親に抱っこされてステージを観ていたひとりの幼い少女が、ふとつぶやいた。
「私も、唄ってみたい……!」
と。
するとその言葉を待っていたかのように、曲調が変化した。
……ジャジャァァァァーーーーーーーンッ!!
控えめだったギターの音色が、いきなり全面に飛び出してくる。
ベルラインはヒザを折ってしゃがみこみ、足元にあった白いハンドベルを取って立ち上がった。
リンリンリリンリリリリリン! リンリンリリンリリリリリン!
それまでの貞淑さがウソようなハツラツさで、激しくハンドベルを鳴らす。
そして第2のステージが幕を開ける。
♪ リンリンリン 女神の鈴がリンリンリン
♪ お祈りをしましょう お祈りは楽しいわ
♪ リンリンリン 天使の鈴がリンリンリン
♪ お歌を唄いましょう お歌は楽しいわ
♪ リンリンリン 私の鈴がリンリンリン
♪ 静かな歌もいいけれど やっぱりみんなで楽しくいこう
♪ リンリンリン あなたの鈴がリンリンリン
♪ 日曜はいっしょに お祈りでノリノリ
ぎこちないながらも、一生懸命ステップを踏む女神。
後ろに控えていた天使たちも前に出て、友達のように踊りまくる。
少女たちの迸る汗が、ダイヤモンドのようにキラキラと光っていた。
すると、客席の温度があがっていくのを、ブラッドは肌で感じる。
いよいよクライマックスだと、小笛を高らかに鳴らした。
……ピィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
するとスポットライトが消え、世界は暗闇に包まれた。
しかし次の瞬間、場内の扉が勢いよく開け放たれ、暗幕が窓から剥がれ落ちる。
全面から陽の光が差し込み、世界はあふれんばかりの光に包まれた。
そこで初めて、ベルラインは知る。
自分が数百人という街の人たちを前に、歌い踊っていたことに。
「ハアッ……!?」と息をのみ、立ち止まってしまった。
ベルラインは2人以上の知らない人の前で何かをしようとすると、頭が真っ白になってしまい、石化するように身体が硬直してしまう。
今も、あっという間に視界に斜がかかり、足元から石膏を塗られているかのように、身体が動かなくなっていくのを感じていた。
しかし、そんな気持ちになっていたベルラインの頬を張り飛ばすような声が、鼓膜を突き抜けていく。
「みんなもいっしょに、唄おうぜぇーーーーーーーっ!!」
その真夏の太陽のような、さんさんとした
……ドガァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
爆散するように、弾け飛んだっ……!
「いっ……いぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーいっ!!」
再び音楽に身を任せ、身体をツイストさせるベルライン。
もはや彼女を縛るものはない。
今だけは、彼女は自由なのだ。
祖母の死も、変態中年のセクハラも、将来の不安も、ほのかに芽生えはじめた恋心も、すべて忘れ……。
耳から飛び込んでくる律動を、腹の底から湧き上がってくる感情にあわせ、歌声に変える。
肉体どころか魂までもを解放するかのように、真っ白に燃え尽きるように、唄う……!
♪ リンリンリン 私の鈴がリンリンリン
♪ あなたがいれば リンリンできる
♪ リンリンリン あなたの鈴がリンリンリン
♪ わたしといっしょに リンリンしましょう
♪ リンリンすれば 元気になれる
♪ みんなでいっしょに リンリンリン
「♪リンリンリリンリリリリリン! ♪リンリンリリンリリリリリン!」
気がつくと、観客全員が唄っていた。
組んだ肩を左右に揺らし、拳を振り上げ……。
自分の内なる律動に身を任せ、リズムの波に乗っていた。
ステージと観客がひとつになった瞬間。
そこはまさに、天国のライブハウスと化す。
身分も地位も、年齢も性別、思想も信条も関係なく、誰もが等しく熱狂していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ファフラウ聖堂聖歌隊 Feat.ベルライン ファーストライブ』は大成功で幕を閉じる。
鍋で山盛り10個ぶんはあろうかという寄進が集まり、ライブの準備のために借りた金もすべて返せた。
ファフラウの街の聖堂は一気に人気スポットとなり、ライブのない平日でも多くの人が礼拝に訪れるようになる。
しかし、その立役者のはずのベルラインは深く落ち込んでいた。
がっくりとうなだれる彼女を傍目に、七つ子たちがひそひそ話をする。
「ベルラインさん、元気がないのです」
「燃え尽きてしまったのです」
「なんとなく理由はわかるのです」
「さすがはフルーちゃん、察しがよいのです」
「で、落ち込んでいる理由はなんなのですか?」
「それは、ライブで思わず『いえーい』とか口走っちゃったからなのです」
「ああ、なるほどぉ……」
七つ子たちは、まるで陰キャがハメを外しすぎて空回りしてしまったような、そしてその場に居合わせた同級生のような、同情に満ちた視線をベルラインに向けた。
黄色い髪のイエロが「いえーい」と声をかけると、ベルラインはボンッと発火する。
耳まで真っ赤にした顔を押え、いやいやと左右に振り乱していた。
「い、言わないでください! あの時の私は、どうかしていたのです!」
見かねたブラッドが、ぴゅうとした小笛の音とともに割って入る。
「お前たち、からかうんじゃない。あの瞬間は最高だったじゃないか」
「ぶ、ブラッド、さん……!」
ベルラインが半泣きの顔をあげると、いつもと変わらぬ飄々とした様子のブラッドがいた。
しかしその表情は、いつにないやさし微笑み。
「もっと自分のしたことに自信を持て。あの時のお前は、多くの街の人たちの心を動かしたんだ」
その手が、ぽんとベルラインの頭の上に乗せられる。
「お前の歌声なら、女神すら夢中にさせられるさ」
瞬間、ベルラインの
……トゥンク……!
初めてのビートを刻んだ。
「ぶ……ブラッド……さん……!」
さっきまで、穴があったら頭から突っ込みたいと思っていたベルラインであったが、いまは飼い主にほめられた犬のように大感激。
――頭を撫でられるのが、こんなに気持ちいいだなんて……!
なんだか、身体がとろけてしまいそうです……!
シン・プゥ様に頭を触られた時は、悪夢にうなされるくらい、嫌だったのに……!
こ……この違いは、いったいなんなのでしょう……?
胸が締め付けられるほど苦しいのに、もっと撫でてほしいとウズウズするような、この気持ちは……!?
初めての気持ちに、戸惑いを隠せないベルライン。
ブラッドの顔を見ているだけでどんどん顔が熱くなってくるので、とうとう直視できなくなってしまう。
サッと俯いて、「は、はい……!」と胸が詰まったような返事をするだけで、精一杯であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます