第7話

 ブラッドは聖女たちに歌の特訓を施しながら、同時に初お披露目のための準備も進めていく。


 まず、集まった礼拝者に説法などを聞かせるための講壇を大改造。

 女神像をバックにした簡易ステージへと作り替えた。


 さらに街の裁縫屋のおかみさんに頼み込んで、ツケでステージ衣装を作ってもらう。

 できあがったところで、さっそく聖女たちに試着させたてみた。


 七つ子たちには、天使の衣服を模した純白のキトン。

 背中にはちっちゃな翼がついていて、動きにあわせて動くようになっている。


 これが、彼女たちには大好評。



「わぁ! とってもかわいいドレスなのです!」

「これはきっと、天使様の衣装なのです!」

「クリンたちは、天使になったということなのですか!?」

「みんな、とってもよく似合ってるのです!」

「スリットが入っていて、なんだか大人の気分なのです」

「パプルちゃんは色っぽいのです!」

「うっふん! みんなのお姉さんなのだから、当然なのです!」

「それをいうなら、えっへん、なのです!」



 七つ子たちは、生まれたての雛鳥のような翼をぴこぴこと動かし、わいわいきゃあきゃあの大はしゃぎ。


 主役のベルラインには光の女神『オラトリア』が着ている羽衣をイメージした衣装。

 それをベルラインが着てみると、とんでもないことになる。



「「「「「「「ふわぁぁぁ……!」」」」」」」



 と七つ子たちも見とれるほどの女神っぷり。

 しかし本人はもじもじと恥ずかしそうであった。



「あっ、あの……。これはちょっと、はしたなすぎます……!」



 ベルラインの衣装は元のデザインとなった女神像が布地少なめだったので、それも完全再現。


 袖がないので華奢な肩が露出していて、胸も谷間の切れ込みが見えるほど。

 おへそは丸出しで、ほっそりとくびれた腰の形もハッキリとわかる。


 スカート部分は膝上丈で、白くてまぶしい太ももがこれでもかと輝いていた。



「こっ、こんな姿を、街の人たちに見られてしまったら……私、恥ずかしくて死んでしまいますっ……!」



 ここに来て、ベルラインが極度の恥ずかしがり屋だというのが露呈した。

 さらに七つ子たちも口を揃える。



「そういえばベルラインさんは」

「緊張しぃでもあるのです」

「礼拝者さんが2人以上になると」

「説法のときにガチガチになるくらいなのです」



 しかしこの弱点に対しては、ブラッドは予想済みであったであった。



「発声練習のときから、何となくそんな気はしてたんだ。でも大丈夫。手は考えてある。ベルラインはその衣装に早く慣れて、いつも通り唄えるようになるんだ」



「ほ、本当に、大丈夫なのでしょうか……?」



 衣装についていた大きな翼を丸めて縮こまり、冬でもないのにカタカタと震えるベルライン。

 その駄女神のような姿を見ていると、どうしても一抹の不安を感じてしまう。


 ブラッドは嫌なムードを吹き飛ばすように、ピュウッ! と小笛を吹くと、



「大丈夫だ! 俺も一緒に、ステージに立ってやっから……!」



 ついに、抜いた。



 ……ジャァァァァァァァァーーーーーーーーーーンッ!!



 ブラッドの背中から引き抜かれたと同時にダウンストロークでかき鳴らされたそれは、白いギター。


 鏡面のように磨き上げられ曇りひとつないボディに、ヘッドには白い翼のようなものがついている。

 楽器というよりも芸術品のようなそれは『天使のギター』と呼べるほどに美しい。


 爪弾かれると、天使の竪琴のような音色が少女たちを包んだ。



 ♪やろうぜやろうぜ 一緒にやろうぜ


 ♪ひとりでやったら 山積みだけど

 ♪みんなでやれば 希望の山さ


 ♪行こうぜ行こうぜ 一緒に行こうぜ


 ♪あの山の向こうに なにがあるのか

 ♪あの山のてっぺんからは なにが見えるのか


 ♪お前とならきっと たどり着けるはずさ



【マウンテン・オブ・ホープ】

 この歌を聴いたものは、協力したくてたまらなくなる。

 また協力した行為に関するステータスに、50%のボーナスを受ける。



 ブラッドの歌声で、聖女たちの不安は一気に消し飛んだ。

 彼女たちは示し合わせてもいないのに、自然とブラッドのまわりに集まる。


 瞳には、もう待ちきれないほどのウズウズとした光でいっぱい。

 熱っぽい上目遣いでブラッドを見つめると、



「「「「「「「「いっしょに、やりたいですぅーーーーーーーっ!!」」」」」」」」



 ベルラインまでも血の繋がった姉妹のように、声を揃えていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 とうとう、本番の日がやってくる。

 聖堂の正門にはアーチが作られ、そこに掲げられた看板には



 『ファフラウ聖堂聖歌隊 Feat.ベルライン ファーストライブ』



 とある。

 その看板の下を、人々が絶え間なくくぐり、構内へと吸い込まれていく。


 先週の路上ゲリラライブが噂を呼び、近隣住民のほとんどがこのライブ会場へと詰めかけていた。

 女神像のある礼拝堂は椅子を取り払うとかなりの広さとなったのだが、立ち見でもごったがえす程になっている。


 開演の時間が訪れると、礼拝堂の扉は閉められた。

 窓はすでに暗幕で覆われていたので、室内は真っ暗になる。



 ……バッ!



 とスポットライトでステージが照らされた。

 舞台の袖から、白いドレスの子供たちが、わらわらと現れる。


 その天使のような愛らしさに、さっそく微笑ましい歓声が起こった。

 しかしそれは、続いて現れた存在に、すぐにかき消される。


 『女神』によって……!


 静々とした歩みで、翼だけを揺らしながら、ステージ中央に立つベルライン。

 それはライトに浮かび上がる白い肌、艶やかな髪、純白の衣装と相まって、神々しいほどに美しかった。


 「ほぉ……!」と驚嘆の溜息が漏れる。

 ベルラインはそっと一礼すると、鈴音を紡いだ。



「みなさま、今日は日曜礼拝にお越しくださり、まことにありがとうございます。いつもであれば、私の説法を聞いていただくのですが、今日は賛美歌を聞いていただきたいと思います」



 それは穏やかながらもハッキリと聞き取れるほどに、澄み切っていた。

 さながら渓流を流れる清水ような、心安らぐ声。


 これもボイストレーニングの特訓の賜物であった。

 そして緊張しぃの彼女がここまで堂々と振る舞えているのには、ある理由があった。


 それは会場全体を暗くし、ステージだけをスポットライトで明るく照らすことで、ステージからは客席が見えないようにしたのだ。


 客席が見えなければ緊張することもない。

 これが、ブラッドが考えていた『手』である。


 さらに言うとベルラインは、客が何人入っているかも知らない。

 見ると絶対緊張するからと、椅子に登った七つ子たちが、控室の彼女をずっと目隠ししていた。


 しかしベルラインにとって、なによりもの心の安定剤となっていたのは、ステージ隅の存在。

 黒い服装のせいで暗闇に溶け込んでおり、白いギターだけがぼんやりと浮かび上がっている。


 それが少女にとってはたまらなく頼もしく見えた。

 そしてついに、その闇が動く。



 ……ポロロロンッ……!



 あんなぶっきらぼうな青年が弾いているとは思えないほどの、心安らぐ音色が奏でられる。

 それは闇にぶちいさな天使たちのように、客席へと吸い込まれていった。

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