第5話
この国初めての路上ライブを終えたブラッドと聖女たち。
鍋にいっぱいになったお金を、七つ子がえっちらおっちらと聖堂に運び、金額を数えた。
「すごいのです……」
「こんな額のおかね、初めて見たのです……」
「これだけあれば、1年は遊んで暮らせるのです……」
鈍く光るコインの山を、キラキラした瞳で見つめる七つ子たち。
ベルラインはまだ夢の中にいるかのようだった。
しかしその夢を一気に突き崩すかのように、横から手が伸びる。
「プロデュース料としては、こんなもんかな」
ブラッドはコインの山を、8割方かっさらっていった。
「ええっ!?」
「おーぼーなのです!」
「いまのが山崩しだったら、とっくに倒れているレベルなのです!」
「ばちあたりなのです!」
「天使のような悪魔なのです!」
こぶたのようにぶぅぶぅする七つ子たち。
ベルラインもようやく我に返って、
「待ってくださいブラッドさん、こちらのお金は、寄進として女神に寄せられたものですので……」
ピュウ、と呆れるような音色が、ブラッドの小笛から立ち上る。
「カタいこと言うなよ。俺がいなきゃ、お前たちは飢え死にするか、プゥ野郎の奴隷だったんだぞ」
ブラッドは麻袋のなかに乱雑にコインを流し込むと、突き放すような口調で立ち上がる。
しかし責めるような七つ子と、今にも泣きそうなベルラインに気付くと、やれやれと言い添えた。
「ベルライン、お前をこれから聖母にしてやる。そう考えたら、このくらい安いもんだろう」
「……えっ? それは、どういうことなのでしょう?」
「お前はこの聖堂の管理者とはいえ、役職はまだ『聖女』なんだろう? 聖堂を管理するのは本来『聖母』じゃなくちゃならないはずだ」
女神を信奉する者たちにも、階級というものが存在する。
ベルラインも七つ子も、最下位の役職である『聖女』であった。
その『聖女』のひとつ上の階級が、聖堂の管理者である『聖母』である。
ベルラインは祖母のあとを継いで聖堂を守っていくつもりだったので、『聖母』を目指している。
そのためには礼拝者を増やし、寄進を増やさなくてはならないのだ。
しかし聖堂は閑古鳥で、聖女たちは食べていくのもやっとの状況。
ブラッドはそれを打破しようというのだ。
「ちょっと出かけてくる。晩飯までには戻るから、今日はごちそうを頼むぞ」
ブラッドはまるで主のような尊大さで、彼女たちに一方的に申しつけると、さっさと出かけていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ブラッドは日が暮れてから、ようやく戻ってきた。
「おそいのです!」
「なにをしていたのです!?」
「待ちくたびれたのです!」
「もう、おなかペコペコなのです!」
「おなかとせなかがくっついてしまったのです!」
「オレンちゃんのおなかとせなか、べつにくっついていないのです!」
「ティコちゃん、それはオレンちゃんのおなかとせなかが高速でくっついたり戻ったりしているので、そう見えるだけなのです!」
「高速でっ!?」
行儀よく食卓についたまま待っていた聖女たちに、ブラッドはヒューッと驚いたような音色をあげる。
「わざわざ俺を待ってたのかよ。先に食っててくれても良かったんだが」
「お客様をさしおいて、先にいただくわけにはいきません」
「俺はもう客じゃないから気にするな。しばらく、ここで暮らすことにした」
「「「「「「「えええっ!?」」」」」」」
七色の毛を逆立てる七つ子たち。
「なんだよ、部屋はあるんだろう?」
「は、はい、ありますけど……。聖堂というのは、異性の方をお泊めしてはならないのです。聖父様のような、神に仕える者か、もしくは将来を誓い合った殿方以外は、すべてお断りしなくてはならないのです」
「俺はお前を聖母にしてやるって言ったんだから、将来を誓い合った仲だろう? ならいいじゃないか」
すると今度は、ベルラインの黒髪が渦を巻いた。
「ななっ……!? なにをおっしゃって……!?」
ヒュウ、と空気を入れ換える風のような音色が食卓を抜け、ベルラインの真っ赤になった頬を撫でて消えていく。
「それよりもメシにしようぜ、俺も腹がペコペコなんだ、いただまーすっと!」
「ああっ、お待ちください、ブラッドさん! お祈りをしてからでないと……!」
わたわたと止めるベルラインに、小笛でからかうブラッド。
そのやりとりを対面で眺めていた七つ子たちは、目をぱちくりさせていた。
「なんだか……」
「ブラッドさんが来てから」
「急に賑やかになった気がするのです」
「ベルラインさんも……」
「なんだか表情豊かになったような気がするのです」
「聖母様がお亡くなりになられてから、ずっと沈んでいたのに……」
「これは、ひょっとこするかもしれないのです……」
「それを言うなら、ひょっとこじゃなくて、ひょっとする、なのです……」
「フルーちゃんは、ものしりなのです……」
食事はいつものパンとチーズとスープ、しかし一品だけ、ふかしたジャガイモが増えていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
食事を終えたブラッドは、地べたにあぐらをかいて、麻袋の中身を床にぶちまけた。
その袋には、出かける前にはコインが詰まっていたのだが、
……ガラガラガランッ!
雑多な音とともに飛び出してきたのは、金属のパーツ群。
「これはなんなのですか?」
「赤ちゃん用のお茶碗みたいなのです」
「でも、底に穴が空いているのです」
「木の棒みたいなのもあるです」
「おはしみたいなのです」
「でも、赤ちゃんが持つには太すぎるのです」
新しいおもちゃを見つけた子猫のように、ブラッドのまわりを取り囲む七つ子たち。
「これは『ハンディベル』っていう楽器だ。この国には楽器屋なんてないから、パーツ単位で鍛冶屋に作らせたものだ。超特急でやってもらったから、有り金ぜんぶ使っちまった」
「ええっ、あのお金をぜんぶ使ってしまったのすか!?」
「こんなお茶碗と、おはしのために!?」
「むだづかい、ここに極まれりなのです!」
「そもそもハンディベルって何なのです!?」
「手のひらサイズのベルラインさんのことです!」
「さすがパプルちゃんはものしりなのです!」
「実はウソなのです!」
「ウソはいけないのです!」
「まあいいから見てろって。まずは組み立てなきゃな」
ブラッドは唖然とする聖女たちをよそに、パーツを組み合わせて『ハンディベル』を作り上げた。
『お茶碗』と呼ばれたベル部分はぜんぶで16個あって、2個の単位でお揃いの色が塗られていた。
組み立てると、7色のハンディベルがふたつずつと、白いハンディベルがふたつできあがる。
そのひとつを手に取って、軽く振ってみると、
……カラーンッ!
澄んだ音色が鳴り響く。
さらに振って鳴らしてみると、七つ子たちはジャラシを振られた子猫のように、ベルを目で追っていた。
「きれいな音なのです……」
「なんだか、心が洗われるようなのです……」
「ぜんぜん無駄遣いなんかじゃなかったのです……」
「それに同じ形をしているのに、鳴る音が違うのです……」
「まるで、まほうみたなのです……」
試しに鳴らしただけだというのに、ベルラインもすっかり聴き惚れている。
仕上がりを確認し終えたブラッドは、満足そうにヒュウと小笛を鳴らした。
「よし、じゃあお前たちもやってみろ。髪の色と同じベルを取るんだ」
すると七つ子たちは「わあっ!」とベルに向かって手を伸ばした。
「レットちゃんは、赤いベルなのです!」
「オレンちゃんは、オレンジ色のベルなのです!」
「イエロちゃんは、黄色いベルなのです!」
「クリンちゃんは、緑色のベルなのです!」
「フルーちゃんは、青いベルなのです!」
「ティコちゃんは、藍色のベルなのです!」
「パプルちゃんは、紫色のベルなのです!」
ふと、白いベルがふたつ余っていることに気付く。
みなを代表するかのように、赤髪の少女レットが尋ねてくる。
「このベルは、誰のベルなのですか?」
「それはベルラインのベルだ」
それまでは蚊帳の外で見守っていたベルラインが「えっ」となる。
「私の、ですか……?」
「そうだ。これからお前たちは歌とハンディベルの猛特訓をして、来週の日曜日に街のヤツらにお披露目するんだからな」
「「「「「「「「えっ……ええええええーーーーーーーーーっ!?」」」」」」」」
これには七つ子だけではなく、ベルラインも加わった八つ子となって、口をあんぐりさせていた。
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