第4話
世界には帝国の傘下ではない、『帝国外』の国がいくつか存在する。
ブラッドが今いる『ディソンス小国』もそのひとつである。
それらの国は、帝国がその気になればいつでも征服できるのだが、敢えてそうしていない。
また国外のほうから帝国傘下に入りたいという申し出があっても、何かと理由をつけて却下していた。
それには、ふたつ理由がある。
ひとつ目は、『帝国市民に優越感を味わわせるため』。
帝国は、帝国外の諸国を『この世の地獄』と称し、帝国市民たちの意識に擦り込んでいた。
自分たちこそが選ばれた民で、選ばれなかった者たちは、先んじて地獄に送られているのだと。
ようは下を作ることによって、自分たちは幸せであると錯覚させていたのだ。
ふたつ目は、『私腹を肥やすため』。
帝国外の国々は、帝国に反逆するほどの国力もなく、また行政にも帝国派の者たちが送り込まれていた。
そのため、大臣たちは市民に重税を課し、得た金を密かに帝国に送金。
帝国から進出してきた企業を優遇し、豪商たちと協力して外貨を吸い上げ、経済植民地化していた。
また帝国内では国輪があるため、新たなる奴隷の調達が難しい。
権力者たちは『奴隷狩り』と称し、帝国外の市民を騙し、時には力ずくで帝国に連れ去っていたのだ。
そのことをブラッドは、聖堂の食堂内で聖女たちに説いていた。
パンとチーズを頬張り、スープで流しこみながら。
「はぐっ、むしゃ。あの中年オヤジみたいなのを『奴隷狩り』っていうんだ。はぐっ、ずずっ。国輪をくれてやるっていう甘い言葉で誘って、帝国に連れ去る。んぐっ、ごくっ。んでいざ帝国に行ってみたら、もらえるのは『木の国輪』。あっという間に奴隷のいっちょあがりってわけだ。おいベルライン、おかわり」
プゥに絡まれていた少女はベルラインといった。
彼女はブラッドから空になったスープ皿を受け取ると、おかわりをよそって返す。
「はい。まだまだありますから、たくさん召し上がってくださいね」
ブラッドの座る食卓の対面には、小学生くらいの少女たちが7人、ちょこんと座っていた。
彼女たちはこの聖堂の聖女たちで、7つ子なのか顔も身体つきもそっくり。
髪型もお揃いで、ぱっつんのおかっぱ頭だったので、シルエットだけなら全く見分けがつかない。
毛先がカラフルなグラデーションで色分けされているのが、唯一の違いだった。
「食べながらしゃべるのはお行儀が悪いのです」
「まるで犬か猫みたいな食べ方なのです」
「よっぽどおなかがすいていたのです」
「でもゆっくり食べないとお腹に悪いのです」
「味わって食べるほうがおいしいのです」
「でもキライなものは噛まずに飲み込むのです」
「好きなものもキライなものも、女神さまに感謝して食べるのです」
彼女たちは枝に止まったスズメたちのように、チュンチュンと賑やか。
ブラッドの食事作法に、いちいちツッコミを入れている。
そしてふと、藍色の髪をした少女が言った。
「私たちのごはんがぜんぶ食べられてしまったのです。1週間分はあったごはんは、もう残ってないのです……」
すると七つ子は、じ~っと責めるようなジト目をブラッドに向ける。
それをベルラインはたしなめた。
「ブラッドさんをそんな目で見てはいけませんよ。飢えている人を助けるのは、私たち聖女にとっては当然のことなのですから」
ベルラインは最後のパンすらも何の迷いもなく差し出す。
ブラッドはそれをひと口で飲み下した。
「ぷあっ、この聖堂はよっぽど貧乏みたいだな。寄付は募ってないのか?」
「いえ、聖堂にお越しいただいた方に、パッチワークを販売しております。でもあまり、礼拝に来てくださる方がおられなくて……」
ブラッドはポケットにしまい込んでいた愛用の小笛を取り出すと、一服するように口に銜え、さらに尋ねる。
「今日は日曜なのにガラガラってことは、相当だな。まあいいや、そのパッチワークとやらはあるのか?」
すると七つ子のうち、赤い髪をした少女が「あそこにあるのです!」と部屋の隅を指さす。
そこには、端布で作った敷物やバッグなどの布雑貨が、山のように積まれていた。
「よし、じゃあ外でそれを売るんだ」
すると横並びに座っていた七つ子たちが、まるでひとつの意識であるかのように淀みなく反論してくる。
「それならやってみたのです」
「それも何度もやってみたのです」
「でも全然だめだったのです」
「いろいろな客寄せもやってみたのです」
「でも誰も買ってくれなかったのです」
「下手な考え休むに似たりなのです」
「下手な考えはお腹がすくだけなのです」
「いいから俺に任せとけって。さぁ、腹ごなしにいっちょ、やるとするか!」
ピュウッ!
颯爽とした小笛の音色とともに、ブラッドは立ち上がった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この聖堂にいる聖女たちは、ぜんぶで8人。
ベルラインと七つ子だけである。
彼女たちはブラッドに押し切られるような形で、聖堂の前の通りに長テーブルを並べ、布雑貨を展示した。
ブラッドからの指示で、寄付を入れるための鍋もぶらさげる。
準備が整ったところで、ブラッドは往来を見渡す。
こちらには目もくれずに通り過ぎていく、街の人たちに向かって、
ピィィィィーーーッ!
小笛を高らかに鳴らし、一気に注目を引きつける。
さらに間髪置かず、
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ワン・ツー・スリー・フォーッ!」
カウントダウンにあわせ、パチパチと手を叩きはじめた。
そこからは手拍子で、リズムを刻み続ける。
そしてついにもたらされる。
この国で初めてとなる、『歌』が……!
♪ パチパチパチパチ パッチワーク
♪ チパチパチパチパ チンパンジー
♪ パッチワークは贈り物 神様からの贈り物
♪ チンパンジーに取られるな 神様からの贈り物
すると、
……ピタリッ!
時が停止したかのように、往来の動きが止まった。
誰もが立ち止まり、ブラッドを見ている。
まるで初めて火を目にした、原始人のような瞳で……!
「な、なんだ、アレ……?」
「なにをやってるの、あの人……?」
「こんな往来で、意味不明なことを叫んで……」
街の人たちはみないぶかしげだったが、身体は正直。
知らず知らずのうちに、ブラッドの手拍子に合わせて、片脚でリズムを刻んでいた。
ブラッドはまず、警戒心の少なそうな子供たちに矛先を向ける。
「さぁ、いっしょに! ♪パチパチパチパチ パッチワーク ♪チパチパチパチパ チンパンジー」
単純なリズムにひょうきんな歌詞に、子供たちはすぐに順応し、あとに続いてくれた。
「♪パチパチパチパチ パッチワーク! ♪チパチパチパチパ チンパンジー!」
子供たちを引きつれたブラッドは、つぎは大人たちも巻き込んでいく。
「♪パチパチパチパチ パッチワーク ♪チパチパチパチパ チンパンジー」
大人たちは、テレビの街頭インタビューを受けたかのように戸惑っていたが、やがておずおずと、
「ぱっ、ぱちぱちぱちぱち、ぱっちわーく?」
「ち……ちぱちぱちぱちぱ、ちんばんじー」
「♪パチパチパチパチ パッチワーク ♪チパチパチパチパ チンパンジー」
すぐにリズムの虜となった。
その頃にはベルラインや七つ子も一緒になって唄っていた。
ベルラインは微笑みながら、遠慮がちに小さく手を合わせる。
七つ子は虹のようなおかっぱ頭を揺らし、小さな手をぱちぱちと打ち鳴らす。
気がつくとパッチワークの並んだテーブルの前には、人だかりができていた。
【アイ・ラブ・パッチワーク】
この歌を聴いたものは、パッチワーク雑貨が欲しくてたまらなくなる。
「♪パチパチパチパチ パッチワーク ♪よく見たら、いいのいっぱいあるじゃない!」
「♪パチパチパチパチ パッチワーク ♪こんなバッグ、ほしかったの!」
「♪パチパチパチパチ パッチワーク ♪チンバンジーには渡さない!」
人々はこぞってパッチワークを買いあさり、景気よく鍋にお金を放りこむ。
いよいよ売り切れとなったところで、ブラッドはサビに入った。
♪ イノイノイノイノ 祈ろうぜ
♪ リンリンリンリン 鈴のよに
♪ 毎週日曜この聖堂で 素敵な催しやってるぜ
♪ みんな集まれこの聖堂に じいちゃんばあちゃんお孫さん
「約束だぜっ、イェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!」
もはや往来はライブ会場。
ブラッドが合図をすると、集まった人々は、
「イェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーイッ!!」
すっかりノリノリで、一緒になって拳を掲げていた。
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