第2話

 サウンドザンド帝国は、千もの国からなる連合国である。


 その初代帝王が制定した、『国輪』という制度。

 これは帝国の人間すべてに、金属製の首輪チョーカーを与え、その身分を保証するものであった。


 国輪には身分に応じて、6種類が存在する。


 帝の国輪 帝王

 玉の国輪 国王・英雄

 金の国輪 上級軍士

 銀の国輪 下級軍士・上級市民

 鉄の国輪 下級市民

 木の国輪 奴隷


 『帝の国輪』はこの世界にひとつしか存在せず、いわば、世界を支配する者の証。

 この国輪のみ首輪ではなく、頭に頂く王冠の形をしている。


 『玉の国輪』は黄金以上に価値のある宝石でできていて、同じ位でもひとつとして同じものは存在しない。

 各国の王や英雄は唯一無二なるものとして、自由なデザインの国輪を身につけることを許されていた。


 『金の国輪』は純金製。

 帝国に仕える大臣や将軍などの、帝国への貢献度が高い者に与えられる。

 宝石が埋め込まれているのだが、その大きさや個数で階級を表している。


 『銀の国輪』は純銀製。

 帝国に仕える兵士や、街を守る衛兵、そして貴族や富豪などに与えられる。

 こちらも階級を表す宝石が埋め込まれている。


 『鉄の国輪』は鉄製で、帝国でもっとも数が多い国輪とされている。

 装飾は一切許されず、また鎖を掛けて繋ぎ止められるように、ちいさな円環が付いている。


 なお、国輪が無い者に対しては『なにをしてもよい』という法律がある。

 そして奴隷は帝国の国民とみなされていないため、国輪が与えられていない。


 その問題を解決するために生まれたのが、『木の国輪』。

 すべての国輪は帝国の発行であるが、この国輪のみ、各地にある役所で手続きさえすれば、個人による発行が可能。


 その用途としては、『奴隷の所有権』を示すために使われる。

 この国輪を奴隷に与えておくことで、彼らは財物とみなされ、不当に連れ去られたり傷つけられたりするのを防ぐことができるのだ。


 そしてこの『国輪』には、サウンドザンド帝国の人間であることを表すほかに、もうひとつ用途がある。

 帝国には『帝国法』と呼ばれる、いわゆる法律が存在するのだが、さらにもうひとつ『五大同調法』というものがある。


 『同調法』は帝国の人間が、『してはならない』五つのことを規定したもの。


 1:帝王への危害を画策する

 2:帝国からの協力要請に応じない

 3:帝国への誹謗を書き記す

 4:帝国を公の場で批判する

 5:自分より上の国輪を持つ者に危害を加える


 これを守らなかった場合は、どうなるかというと……。


 例えば、『3:帝国の誹謗を書き記す』を破ったとしよう。

 とある作家が、自室で帝国を批判する書物をしたためたりした場合、その時点で国輪は黒く明滅しはじめる。


 国輪が黒くなった者は『非国輪』と呼ばれ、民間による処罰が容認される。

 街を歩けば後ろ指をさされ、私刑リンチされても文句は言えなくなるのだ。


 なお『同調法』の内容は、サウンドザンド帝国城内に設置されている巨大な水晶板に、魔法文字で刻み込まれている。

 同法は最大で五つまでとされており、帝王のみが書き換える権限を有していた。


 しかし現在、帝王はこの世には存在しない。

 その場合は帝国法により、次期帝王が決まるまで、帝王のすべての実権は『親王連合』に委譲される決まりになっている。


 帝王の子孫で構成された『親王連合』。

 彼らは帝王を殺し、ブラッドにその罪を着せ、追放したあと……。


 真っ先に『五大同調法』の改正に着手した。

 まず彼らは、『1:帝王への危害を画策する』を廃案にする。


 『親王連合』の者たちはみな、自分こそが次期帝王に相応しいと思い込んでいた。

 しかしもし、他の者が次期帝王になってしまった場合、武力によってその座を奪うことを目論んでたためである。


 彼らはさらに『同調法』の書き換えを進め、新たなる項目を追加した。

 ちなみに『同調法』が書き換えられた場合は、帝国の空一面にその内容が浮かびあがり、全帝国民に通達される。


 サウンドザンドの市民たちは、霹靂のように晴天に現れた、一方的な通達に呆然となっていた。


 無理もない。

 それがあまりといえばあまりといえる内容だったから。


 澄み切った空に浮かんでいた文字は、なんと……。



『新しい同調法を制定。今後、「歌を唄い、楽曲を演奏すること」の一切を禁ずる』



 音楽の追放であった。


 音楽を奪われるということは、人間の感情をひとつ奪われるにも等しい。

 しかし、この無謀、横暴ともいえる悪法ですら、人々は声高に賛同した。


 なぜならば……。



「帝王を死に至らしめたブラッドは、帝国史始まって以来の大悪だ!」



「ヤツは歌や音楽で人心を操る、悪魔だったんだ!」



「音楽こそ、悪魔がもたらしたモノ! 人間を堕落させるための、忌まわしきモノ!」



「今こそ目を覚まし、立ち上がるんだ! 強く正しい帝国を取り戻すために!」



「歌を、頭の中から追い払えーっ! 音楽を、すべて焼き払えーっ!」



 帝国は官民一丸となって、音楽排除に乗り出す。


 ブラッドがリーダーを務めていた帝王直属の組織、『帝国エンパイア吟遊詩人トラバドール』は解散。

 国内に数多いる吟遊詩人たちはすべて廃業させられ、楽器屋や楽器職人も職を追われた。


 楽器は一箇所に集められてすべて破壊。

 瓦礫の山となり、燃やされる風景があちこちで見られるようになった。


 そして音楽を追放したことにより、帝国内では病理が人を蝕むように、各地にじわじわ影響を及ぼしはじめる。

 これは実に、皮肉な出来事といえよう。


 ブラッドがかつていた帝国は、音楽とともに大きくなったことも忘れ、それらをすべて追放。

 時を同じくして、それまで音楽の無かった地に、新たに音楽がもたらされようとしていたのだから……。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 サウンドザンド帝国より逃げ延びたブラッドは、帝国の支配外である『ディソナンス小国』へと落ちのびる。


 そこは、荒れ地ばかりで作物がロクに育たないため、かなりの弱小国家とされていた。

 帝王からは「傘下に入れる価値ナシ」と判断された、通称『この世の地獄』のひとつである。


 ブラッドはディソナンスの辺境にある、コルベール領、ファフラウの街にいた。

 ここでは命を狙ってくる者もいないので、ブラッドも最初のうちは、



「俺は、自由だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 と生まれて初めて手にした自由を叫びまわっていたのだが、すぐに現実を思い知らされることとなる。



 ……ぐぅぅぅ~っ!



 と腹が鳴って、自分が空腹であることと、さらには無一文であることに気付いたのだ。

 彼がいつも口にくわえている小笛が、



 ……ぴゅぅぅ……。



 と力なく鳴った。



「自由でも不自由でも、やっぱり腹が減るのか……」



 『吟遊詩人トラバドール』だった頃は、特別な任務のとき以外は帝王のそばにいた。

 ずっとジュークボックスがわりをさせられていたのだが、唄うだけで、なに不自由ない暮らしが送れていた。


 しかし『追放』されてしまった今は、自分で食べる物も寝る所も用意しなくてはならないのだ。

 ブラッドは腹をさすりながら、さびしげな街中を見回す。



「どこか、メシを食わせてくれそうな場所は……。おっ、あそこなら、パンとスープくらいは恵んでもらえるだろう」



 彼がひとりごちながら向かった先は、『聖堂』であった。

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