第3話 出立

 生家の環境が特殊であることに私が気付いたのは、丁度その頃であった。地理的環境と通信環境が現代の文化的レベルに達していないことはこれまでの説明で既にお分かりいただけているであろうから省略するが、精神的環境もまた世間並みでないことが、世間知らずだった私にも少しずつ見えてきた。端的に表すならば、父母は旧態依然とした思想によって自ら四方を囲っていたのである。それは父母のみがというよりは、集落全体としてそうであったという方が実態に即しているであろう。近隣のなにがしは何月何日にどこへ行った、何を買ったなどといった至極つまらぬ情報を、その真偽に関わらず周囲に伝達する。また自身も後ろ指を指されぬよう、家族親族に厳しく言いつけ遵守させる。近代国家の片隅としてあるべき姿とはおよそかけ離れた魔境が、二十一世紀になってもなお変わることなく残っていた。これまでにいた若者の多くは出て行ったから、じき誰もいなくなるであろう。魔境が生きていた頃を知る最後の一人になるという確信を、私は持っている。

 さてその「四方を囲っていた」という点に関していえば、つまり、彼らは外界からの情報を遮断し拒絶したのである。古のしきたりや思考を頑なに守り続け──その事柄自体を時代遅れだから軽視すべき、とまでは思われないけれども──彼らが育った後に表れた新しい事柄は、悉く疑い拒絶し続けてきたのが、彼らが取ってきた選択である。電子レンジやインターネットは電磁波を出すから有毒、市販の菓子は添加物が入っており有毒、云々、この紙面を黒く埋める程に多岐に渡る。科学的思考などというものを拒絶し感性のみによって生涯を送ってきた人間の言動を、私は実例を持って学んできた。四方山話よもやまばなしという言葉はあるけれども、山に囲まれた集落の中が、彼らの話題の先であった。中心部の洒落た店の評判や、美術館の特別展などは、一度も話題に上ることがなかった。

 外を見ようとしない。今目に映っている、山の中こそが見るべき世界である。彼らのそうした考えは、彼ら自身を貧しくしていた。実績を鑑みることなく、僅かばかり払われる残業代と引き換えに、彼らは人生を削ってきた。カレンダーはいつも月月火水木金金の繰返しであった。休憩もなく早朝から深夜まで働き、山道を居眠りしつつ帰宅した後も無償作業を続け、僅かばかりの睡眠を取ってまた職場へと赴く。終わりのない繰返しであった。より負担が少なく、尋常な給料や休息や同僚を得る道を、彼らは選ばなかった。それしか知らなかったのか、選ばなかったのか、知ろうともしなかったのか。今となっては分からない。


 このように、父母の生きた世界は彼らを貧しいままにした。そしてそれは、積極的でないにせよ、彼ら自身が選び続けてきた道の結果である。私はそのような経緯を二十年近く見てきたことに加え、その貧しさが私自身に対しても侵食を続けてきたことを、成長と共に理解するようになった。それは私が、少しずつ「外の世界」の視点から里を見ることができるようになっていったから気付いたのであろう。

 このような背景があるから、私が外の世界へ出て行ったことは至極当然のことと言えよう。そしてそれは恐らく戻ることのない旅であることも、理解した上での出立であった。

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金土日 べてぃ @he_tasu_dakuten

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