「か、勘違いしないでよね!これはただの義理チョコで、絶対本命なんかじゃないんだから!」~大丈夫、長年の付き合いだから勘違いなんてすることはしない。君への想いを諦めて、僕は他の女の子と付き合うから~
くろねこどらごん
バレンタイン短編
「か、勘違いしないでよね新一!これはただの義理チョコで、絶対本命なんかじゃないんだから!」
校舎裏に呼び出されてたどり着いた先にいた、ひとりの金髪ツインテールの美少女。
その子が顔を真っ赤に染めあげ、こんなことを言いながらチョコを差し出してきたとしたら、普通の男子はどんなリアクションを取るんだろうか。
夢か幻か、あるいは二次元の世界に迷い込んだと思ってしまうのかもしれない。
それくらい現実味のない光景なんだろうなと、実際に手渡されている男子こと僕、
「あはは…今年も貰えて嬉しいよ。ありがとうね、アリナ」
彼女の言葉に複雑な気持ちを抱いたことを隠すように曖昧な笑みを浮かべながら、少し暗くなりかけた校舎裏で、僕は幼馴染からの義理チョコを丁寧に受け取った。
その際少し指先が触れてしまったけど、これは許容範囲だろう。
元々白い肌をしているけど、寒さのせいかいつもよりさらに色白く、そして冷たかった。
「ぁ…ふ、ふんっ!どうせ新一は私以外の女の子からなんて貰えないでしょうしね!幼馴染としての義理として仕方なく!仕方なく渡してあげてるんだから!絶対勘違いなんてしないように!」
プイッっと顔を背けるアリナ。赤らめた頬と白い吐息のコントラストは綺麗で、もっと見ていたいと思わせるものだったけど、乗せられた言葉はなかなかに辛辣だ。
いつものことながら念押ししてくるなぁと苦笑する。これまでは実際それが事実だったから、とりあえず話に合わせるように頷いた。
「うん、大丈夫。それはちゃんとわかってるから」
僕の幼馴染、
去年の夏は彼女に連れられて海にも行ったし、クリスマスの時もお互い夜は一緒に過ごして、プレゼントを交換し合ったりもした。
そしてバレンタインデーとなればチョコレートもくれるという、ある意味理想の幼馴染。出来すぎた関係だ。
僕とアリナが幼馴染ということを知らない人からすれば、僕らは付き合っているカップルのように見えるかもしれない。
実際クラスメイトで勘違いしている人も何人かいるらしく、今日も友達の女子からからかわれるアリナの姿を見かけて、なんとなくいたたまれなくなったことを思い出す。
整った顔立ちをしているうえに非常に目立つ髪色をした彼女のことを気になっているという男子も多いらしく、今日もクラスメイトの男子達がそわそわしながらアリナの方をチラチラと見ていたことも僕は知っていたから、放課後になったら逃げるように教室を出て、つい先ほどまで図書室に逃げ込んでいたものだ。
待ち合わせの時間になったからこうして図書室から足を運んでここまできたけど、ひとり先に佇んでいたアリナは寂れた校舎裏に似合わない、ある種の存在感を放っていた。目が惹かれるというのは、きっとああいうことをいうのだろう。
(実際付き合っていたなら、そんなこと気にしなくていいんだろうけどね…)
痛む心の内を隠すように手渡された箱へと目を落とす。
なんとなくわかっていたけど、それは明らかに市販品の類ではなかった。
メーカーのラベルは見当たらないし、箱もスベスベとしていて触り心地がいい。きっとそれなりにいい値段がするに違いない。このぶんだと中身のチョコも、きっと手作りなんだろう。
いや、それに関しては疑うまでもなかったか。小学生の頃からずっとバレンタインデーには幼馴染からチョコレートを貰うことが、もはや恒例行事と化しているのだから。
「あ、そ、そう?なら良かっ…いや、良くはないんだけど…」
「毎年のことだけど、アリナもすごいよね。幼馴染に渡すだけだっていうのにさ」
なにやらブツブツとつぶやき始めたアリナに、僕は苦笑まじりに話しかけた。
ただの幼馴染に渡す義理チョコの割には妙に力が入ってると思うけど、アリナの性格を考えたら別におかしいことでもない。
誠実で何事にも手を抜かない子であることは長年の付き合いで把握している。まして料理上手で凝り性ともあれば尚更だ。つい夢中になってやりすぎた、なんてことは想像に難くなかった。
(とはいえ渡すだけなら、別に家でも良かっただろうに)
思わずひとりごちてしまう。僕以外の人がこんなシチュエーションで手渡されたら、本命チョコを貰えたと勘違いしてもおかしくないんじゃないだろうか。
少し注意をしたほうがいいかもしれないと思い顔を上げると、既に傾きかけた夕日の光によって彼女の長い金色のツインテールが、流れるように輝いていた。
「綺麗だ…」
その瞬間、なにもかもを忘れ、ただ純粋にそう思った。
「ふぇっ!し、新一ったら、突然なにを…ううう…」
だけどそれは本当に一瞬のこと。何故か急にアリナが頭を下げたため、彼女が背にしていた太陽からの逆光が飛び込んできたのだ。その眩しさに、僕は思わず目を細める。
そのせいで顔色がよく見えなかったけど、アリナはまだブツブツとなにかを呟いているようだ。
とはいえ、それを気に留めることはしない。それが彼女の癖であることも、僕はよく知っていた。
なにせ生まれた時からずっと一緒の、家が隣同士の幼馴染なのだから。
……だけど、付き合いが長いということは、決していいことばかりじゃない。
だって、気付きたくないことまで気付いてしまうから。
そして気付いてしまった以上、目を逸らすことは出来やしないんだ。
―――結論から言おう。ある日僕は気付いてしまったんだ。忘れられるなら忘れたいほどに、辛く残酷な現実を。
アリナが僕のことを、決して異性として好きなわけではないということを。
遊びに行ったときも「他に都合のつく友達がいなかったから」
クリスマスイヴも「彼女がいない新一が可哀想だから」
そして極めつけに今回のバレンタインだ。「他の女の子にチョコを渡されないだろうから仕方なく」
こういった季節ごとのイベントでアリナと二人きりになると必ず「勘違いするな」という否定の言葉を、ずっと言われ続けてきた。
そのことに気付いた時、僕は心の底から絶望した。
だってそれは、相手が好きなら向けられるはずのない言葉。
同情によるものに違いなかったのだから。
全てが全て、アリナの妥協と情けによって成り立っていたことに、僕は気付いてしまったのだ。
それを理解した瞬間、全ての線が繋がっていく。
これまでのことは決してアリナの本意ではなかったことは、彼女の言葉の端々にも現れていた。
あるいはそれはアリナなりの、一種のSOSのようなものだったのかもしれない。
言い訳するようだけど、僕は彼女を傷つけるつもりなんてまるでなかった。
本当に大切に思っていたし、守ってあげたいとも思っていたんだ。
だけど実際は違っていて、守られていたのは僕のほう。
アリナは僕よりずっと大人で、内心ため息をつきながら僕に付き合ってくれていたのだろう。
初めてそれに気付いてしまった時の僕の感情は、とても一言で言い表せないもので……一晩中吐き続けたことは今でも深く心の奥に刻まれている。
……ああ、違う。違うんだ。そんなつもりはないのに、いつの間にか言い訳になってしまってる。
これじゃ同情して欲しいみたいな言い方じゃないか。僕はどこまで卑怯なんだろう。
今度こそ正直に本心を話そう。
わかってた。本当はわかってはいたんだ。
僕はアリナのことを内心憎からず思っていたけど、アリナはそうじゃないんだってことは、とっくの昔にわかってた。
冴えない僕と違い、美人で人気者のアリナ。
男子だって彼女がその気になれば、いくらでも選り取りみどりに違いない。
そんな彼女が僕のことを気にかける理由は、結局幼馴染としての義理でしかないんだろう。
男女のそれでは、決してないんだ。勘違いなんてしちゃいけなかった。縋り付いて、甘えていた。
彼女から僕に向けられている感情は、きっと哀れみだ。
もしくはペットに向けられるような、愛玩対象としてのそれ。良くて庇護欲といったところだろう。パートナーという言葉から、もっとも掛け離れた存在。
ここから恋人のような対等な関係へと、どうやって持っていけばいいというんだろう。
少なくとも、僕にはその方法がまるで思いつきそうになかった。
「どこで間違っちゃったんだろうな…」
気付けばそんな呟きが口から滑り落ちていた。
しまったと思った時には既に遅く、僕の声にアリナが目ざとく反応してしまう。
「え?なにか言った?」
「い、いや、なんでもないよ」
追求されたところで、なんて答えたらいいかわからない。
話を濁そうと試みるけど、アリナは眉を顰めて口を開こうとしているのが見て取れた。
「そう?でも…」
「そ、それよりさ!アリナこそもういいの?さっきまでなにか考え事してたみたいだけど」
これ以上話を続けたくなかった僕は、逆にアリナへと聞き返す。
苦し紛れというわけではなく、こうすればなんとかなるという、ある種確信を持った行動だった。
「う…わ、私のことは、別に…」
やはり正解だったらしい。目に見えてアリナはたじろぐ。
なんだかんだ、少し押しに弱いところがこの幼馴染にはあったのだ。今回ばかりは、それを利用させてもらうことにする。
「なんか聞かれたら逆に気になっちゃってさ。アリナがその話をしてくれるなら、僕も一応答えるけど…」
「い、いいわよ!そんなこと聞かないで!それより、さっさと帰りましょ!話したいこともあるし!」
そのまま押し切ろうとしたところで声を張り上げるアリナ。
彼女が顔を赤らめて目をそらしたところで、僕は内心胸を撫で下ろしていた。
(やっぱりアリナはこの話になると弱いんだな)
これも僕が知る彼女の癖のひとつだった。
バツが悪くなると、アリナは目を合わせるのを嫌がり、話題を逸らしたがる傾向にある。
特にアリナにとって、無意識で行ってるらしい独り言は一種の地雷らしく、少し突つけばこうして自分から話をうやむやにしてくれることを理解していた。
それが気になっていたことであってもだ。試みは見事成功したらしい。
(それでも、良かった…なんて、手放しでは喜べないよね…)
思考誘導したみたいで申し訳ないし、償いという意味も込めて、できれば帰りのお誘いに応じたくはあった。
だけど残念なことに、アリナの提案に頷くことはできないんだ。
「あー…ごめん、実はちょっとやることがあってさ。一緒に帰れないんだ」
既にこの時、僕にはある先約の用事があったのだから。この罪悪感は、このまま抱えていくほかない。
「……ハァ?」
おずおずと頭を下げる僕に、アリナは不機嫌そうな声をあげた。
顔には「アンタなに言ってんの」と、ハッキリ書いてあるのが見て取れる。
「ごめんね。後で埋め合わせはするから…」
「…………私が新一を呼び出したのって、昼休みだよね?それなのに、アンタは他の用事を入れてたんだ」
なんとか機嫌を取ろうと下手に出たところで、アリナはそんなことを言ってきた。
不満をまるで隠そうともしていないその姿に、思わずたじろぐ。
「いや、そういうわけじゃ…」
「じゃあどういうわけ!?このバレンタインデーに私より優先する用事ってなによ!?」
どうやらアリナの中ではこのまま僕と一緒に帰ることが、既に決定事項であったらしい。
予定が崩れたことに対する怒りからか声を荒らげ、彼女はこちらに向かって勇み足で歩いてきた。
そのままつんのめるようにして、アリナはグイっと顔を寄せてくる。近い。
「ちょ、アリナ!?顔近いって…」
「ま、まさか新一、アンタ私以外の女の子に、もしかして…!」
間近で見る幼馴染は相変わらず美人ではあったが、同時にすごい迫力を伴っていた。
美人は怒ると怖いというけど、まさにそれだ。
釣り目がちなアーモンド型の瞳は、見るものに威圧感を与えるには十分すぎる強い眼光を放っており、僕も観念して事情を白状せざるを得なかった。
「え、と。実は本を返し忘れたから、これから図書室に返却に行くつもりなんだけど…」
「……へ?本?」
そう僕が口にすると、アリナはポカンとした表情を浮かべた。
先ほどの怒りの形相と早変わりしたあまりのギャップに、一瞬苦笑しそうになってしまう。
「うん、恥ずかしい話なんだけど、すっかり忘れちゃっててさ。閉まらないうちに返さないとまずいかなって」
そう言いながら、僕はカバンの中に彼女から貰ったチョコを自然に収める形で、その本を手に取ろうとするのだが、指先が軽くあるものに当たってしまう。
「…………」
「新一?」
「あ、ごめん。この本なんだけど…」
一瞬思考停止してしまうが、アリナに促されるように、僕は改めて本を手にとった。
ある有名作家の新作のハードカバー。ミステリジャンルで、テレビでも取り上げられているやつだ。
「あ、それテレビでこの前やってた…なるほどね。でも、それ今日返さないとダメなの?別に一日くらい遅れても…」
話題の本ということもあり、アリナも知っていたようだ。それでもまだ食い下がってくるらしい。
いつにないしつこさに多少思うところはあったけど、それでも理論立ててきっちり説明することにした。禍根をなるべく残したくはなかったのだ。
「これ、実は図書委員の知り合いに無理言って取り置きしてもらってたんだ。読み終わったならすぐ返すって条件で借りてたから、やっぱり今日のうちにどうしても返しておきたくて…」
「……そう。まぁ、そういうことなら。うん、仕方ない、か」
これでようやく納得してくれたらしい。今度こそ本当に、アリナから離れることができるようだ。
「……ねぇ、私も一緒に図書室に行っていい?」
「え?いや、本を返したらその人と本の感想とか話したいことがあるし、多分遅くなっちゃうから…」
「……そか」
ほっとしたのも束の間、アリナがしてきた提案にまたドキリとしたけれど、それでもなんとかこれも回避できた。だけど、なぜか違和感を感じてしまう。
(なんなんだろ、アリナ。なんか今日は、いつもより…)
「なら、明日。明日は絶対私と一緒に帰ること。これは絶対だから。いいわよね?」
今日は少しいつもと様子が違う彼女に訝しむ僕だったけど、戸惑いを他所にアリナは僕に約束を強いてくる。
「あ…それは…」
「いやとは言わせないわよ。まさかアンタ、この私の命令を二度も断るつもりじゃないでしょうね?」
どう答えたものか迷うも、アリナはハナから断る選択肢を僕に与えるつもりはないらしい。
そこには既に見慣れたいつもの強引な彼女の姿があった。
強引でちょっとワガママで、だけど真っ直ぐなアリナそのままだ。
それに少し喜びを感じていしまい、気付けば頷いてしまう。
「……うん、わかった」
「なら、よし!じゃあ私はもう帰るわ!あ、チョコの感想は送ってなんてこなくていいから!明日直接聞かせてもらうからね!」
ズビッと僕を指差した後、アリナは思い切り駆け出していく。
足の速い彼女の後ろ姿はあっという間に遠ざかっていき、そしてやがて見えなくなった。
「…………ごめん、アリナ」
消えた彼女の背中に、僕は謝る。
これからの行動で、僕は彼女に嘘を作ることになる。
そうしたら一緒に帰ることは、もうできないかもしれないから。
カツン、カツン…
床に音が反響する。それが妙に耳に残るのは、冬の静かさのせいだろうか。
夕暮れが沈み、暗くなりつつあった廊下を、僕はひとり歩いていた。
校舎へと戻った後、少し時間をかけて目的の場所へと向かっているところだ。
とはいえ、もう一分もかかることはないだろう。そのままスピードを緩めることなく足を進めると、あっさりとそこに着いてしまった。
「ふ、ぅ…」
一度足を止め、深呼吸して逸る気持ちを整えることにする。
自分でも緊張しているのがよくわかった。
「……よし」
そして覚悟を決め、僕は扉へと手をかける。
普段頻繁に利用しているはずの図書室のドアが、そのときはなんだかやけに重く感じた。
そのまま手前まで引き、体を滑り込ませると、少しだけほこりっぽい独特の空気が僕の体を包み込む。この感覚が、僕は嫌いじゃなかった。
そしてその場所に、彼女はいた。
「……あ、新井くん。来てくれたんだ」
図書室に入室したばかりの僕にすぐ気付き、ひとりの女の子が駆け寄ってくる。
その子は当然ながらアリナではなかった。彼女は僕のことを苗字で呼んだりはしないし、そもそも黒髪ですらない。そしてなにより、こんな不安げに揺れる瞳で、僕のことを見たりはしなかった。
「うん、ごめんね橋田さん。待たせちゃって」
その奥にある熱の篭った濡れた目で僕を見てきたことも、一度だってなかったはずだ。
それはきっと好きな人に向けられる、女の子の瞳だった。
「ううん、いいの。来てくれただけで。それで、その…」
この子は橋田彩芽。同級生で、もっと言えばクラスメイト。さらに言えば図書委員の女の子だ。
いつもこの時間は彼女が受付として、この図書室にいる。アリナと会う前にここに来て、彼女と話していた僕がいうのだから間違いない。
僕が親しくしている図書委員の知り合いとはこの子のことでもあった。
「うん、さっきの話だったよね。あのあと、アリナからチョコを貰う予定だから少しだけ考えさせてっていった…答えはもう出たから、答えるよ」
……そう、アリナに言ったことに間違いはない。橋田さんとは以前本を通じて仲良くなっており、実際この子に本の取り置きを頼んだのは本当だ。
だけど、ごめんアリナ。僕は君にひとつ嘘をついた。
「……うん」
本当は、君の前に約束をしていた人がいた。
その子から先にチョコを貰って、この場所で告白されていたんだ。
そして答えをほんの少しだけ待ってもらってた。
「橋田さん」
だけど答えはもうとっくに出ていて。君に会ったのは、最後の未練を断ち切りたかったからなんだ。
本当にゴメン、アリナ。
来年は君のチョコを、受け取ることはできないと思う。
このカバンに入ったチョコの感想も、きっと返せない。
言えても、美味しかったとしか言えないと思う。
―――これはどこまでいっても義理チョコで、本命じゃないってわかってるから
「僕の方こそ、お願いします」
本命ですと真っ赤に染まった顔で袋に入ったチョコを渡してくれて、そのまま告白してくれた橋田さんに、僕の心は確かに動いてしまったんだ。
それでもと、最後の望みに縋るように訪れた先に待っていたのは、いつも通りの君の言葉。
―――これはただの義理チョコで、絶対本命なんかじゃないんだから!
……わかってた。君が僕のことを、好きじゃないってことは、わかってたから。
背中を押してくれて、ありがとう。アリナ
諦めさせてくれて、ありがとう。アリナ
僕は君を忘れるために、君以外に僕を求めてくれた子と付き合って、僕なりに前に進むよ
「どうか僕と、付き合ってください」
それでも
僕は確かに、君のことが好きだった―――
「あーあ…一緒に帰りたかったのになぁ…」
寒い冬の帰り道。隣にアイツのいないひとりきりの通学路で、私は思わずぼやいてしまう。
今日は特別な日だったから一緒にいて欲しかったのに、いてくれない幼馴染のことがとても気に食わなかったのだ。
「まぁ、ああゆうドジだけど誠実なところが嫌いじゃないんだけど…せっかくのバレンタインデーだったのにぃ…」
それでも憎むことなんてできない。だって新一は、私にとってとても特別な存在だったから。
「夏の時もクリスマスも、意気地のなかった私が悪いんだけどさぁ…それでも気付いてくれたっていいじゃない。ほんと鈍感。新一のバーカ。ヘタレ」
とはいえ、憎まれ口くらいは叩いたっていいだろう。アイツ、結構察しの悪いところあるからなぁ…素直になれない私が言うのもなんだけど。
「でも、幼馴染の関係はもう終わり。今度こそ覚悟を決めたもん」
だけどそんなアイツが嫌いじゃない。むしろ似た者同士って感じで、相性良さげじゃない?
ううん、絶対に抜群だ。私と新一はいつだって一緒に過ごしてきた、最高のパートナーなのだから。
「明日こそ告白して、そしてラブラブカップルになって…えへへ、私たち、幸せな恋人になるんだ♪」
来るべき未来を胸に抱いて、思わずそんなことを口にしてしまう。
独り言が多いのが私の悪い癖であることはわかっているけど、この胸の暖かさはとても隠しきれるものじゃなかったから。
「早く明日が来ないかなぁ。チョコの感想も聞きたいし。楽しみだなぁ」
ああ、本当に楽しみ。明日が早くこないかなぁ。そうしたら私たち、きっと幸せな恋人同士になれるのに!
「今度こそ素直に自分の気持ちを伝えるから。勘違いしないで待っててよね、新一!」
―――だけど次の日、この気持ちを伝えることは出来なかった。
もっと早く想いを伝えていれば。あるいは素直になれていれば。
もしかしたら、もっと違った未来があったかもしれないのに。
「あ、あああああ…あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
本当に、もっと素直になっていれば良かったのに
「か、勘違いしないでよね!これはただの義理チョコで、絶対本命なんかじゃないんだから!」~大丈夫、長年の付き合いだから勘違いなんてすることはしない。君への想いを諦めて、僕は他の女の子と付き合うから~ くろねこどらごん @dragon1250
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