終章 夢のある御伽噺
あの日、すぐに暗闇に走り去っていったメイを真っ先に追いかけていったのはカティアだった。
出遅れた僕は店を開けたままにするわけにもいかなかったので、すぐに飛び出した彼に任せて店で待っていたのだった。
すると戻って来た彼はまるで幻でも見た様な顔をしていた。
どうしたんだ?と問いかける僕に、彼はこう言ったのだ。
ローズに会った、と。
ローズ?と僕の脳裏にバラとダイヤのビスクドールが浮かび上がる。
取り敢えず彼に先を促せば、自分が追い付くとメイと名乗った少女は、あの後道に座り込み動けなくなっていたのだという。
そこにはなんと、メイだけではなく黒髪のウェーブにワインレッドのドレスを身に纏い、あちこちにダイヤの散りばめられた装飾を付けた女性が立っていた事だったそうだ。
バラの貴婦人ローズのコンセプトそのものの彼女は、カティアを見るなり何やら楽しそうな笑顔を浮かべると重そうにメイに肩を貸していたという。
思わずカティアが手伝おうとすると、近寄るなとばかりに睨まれ、何処かへ歩き去ろうとしていたらしい。
どうすることも出来ずにいたカティアだがその背中に思わず、
すまない、
と声を掛けたそうだ。するとその貴婦人は一立ち止まり、
……人間だって人形同様永遠ではないわ。
そう思うのなら、何時か直接私の方に出向いて謝りに来る事ね。
と言って、クロッカスの花壇の横を通り過ぎるとそのまま煙の様に消えてしまったそうだ。
消えた?と僕が問いかけると、自分でも信じられなさそうに、それでもしっかりと彼は頷いていた。
僕は訝しんで、でもローズは君の店に、と言いかけたら、「壊れた」と短いカティアの答えが返って来た。
え?と僕が間抜けな顔をしていると、ローズを買おうとした客と揉み合いになり、落として割ってしまったと話し出したのだった。。
それから、と何か続きを言いかけて、やっぱり辞めた様にカティアが口を閉じた。
その代りの様に僕に向かって彼は突然こう言ったのだった。
メイは、多分壊れるまで、そして壊れてからもお前の事を好きでいるさ、と。
あまり彼らしくない言葉だったので、僕は目を丸くする。
それならば、多分これは彼自身の言葉じゃないのだろう。
ならば、
―――彼女達は
壊れたメイの元へいき、僕は手を伸ばす。
「君が僕を守ってくれていたんだね」
割れてしまった彼女の髪を優しく撫でた。
「ありがとメイ」
きっとこんな話し、誰も信じないだろうし信じなくてもいい。
でも、これから人形を買おうとするお客様に、夢のある御伽噺として聞かせる位ならいいだろう。
大事にされたお人形は、持ち主の事をとても愛してくれますよと。
「そういえば動けなくなってたっていうけど、メイは大丈夫なのかな」
僕の言葉に口を抑えながらうーん、とカティアが呻くが、
「大丈夫じゃないか?ローズが付いてたんだし」
そう言われ僕は思わず吹き出した。
「そうだね、僕もそう思う」
あれが彼女なら、そしてカティアが見た物が本当にローズなら。
それならきっと、彼女達は大丈夫なのだろうと。
満天の星と一年中花の咲く街、
そこでは今日も人に愛された人形達が歩き、話し、過ごしている。
その中の小さな喫茶店では、今日も二体のビスクドールがお茶をする。
片方は紅茶の好きなバラの貴婦人、
もう片方はコーヒーに口を付ける青いドレスの可憐な少女、
人形達が今日も囁く。
「貴方は馬鹿よ、本当に馬鹿、あんな無茶して私にあんな事させるなんて」
「あら、でもそのおかげでローズはカティアと会えたでしょう?」
「別に?会いたいなんていつ言ったかしら私」
「言わなくても分かるわよ、だって」
「何よ」
「ローズが私の立場だったら、絶対ローズもカティアを助けてるわ」
「おあいにく様、貴方だって私がいたから良かったものの、あのままじゃあそこで消えて無くなっていたのよ?私がそんな愚かな事するはずがないじゃない」
「いいえするわ、それに大丈夫よ、そうなったら今度は私がローズを助けてあげるもの」
ふんと、鼻で笑う声と楽し気にクスクス笑う声。
他にも、ガチャガチャと騒ぐロボット型の人形に、キュッキュッと音を慣らす縫いぐるみ。
歌うマーメイドに楽器を慣らすブリキ人形。
そんな中、青いドレスの人形が、それにと呟く。
「カティアは紅茶を良く飲んでいたのよね、私知ってるんだから」
バラの貴婦人の頬がバラの様に赤くなる。
それに更に青いドレスの少女が楽しそうに笑う。
意地を張ったってだめよ、と少女が続けた。
「だって此処に来るのは愛されたお人形達なのだから」
賑やかな人形達の喧騒の中、
一体の人形は照れくさそうにツンと顔を逸らし、
もう一体の人形は花の咲く様な笑みを浮かべていた。
ブルーデージーの花を探しに @aaaaazumi
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