第3話 ブルーデージーのブーケ
ブルーデージーの花束は何処?
小さなブルーデージーの花束はどうしても見つからない。
とても小さなものだから、もう見つからないのかもしれない。
そして、
私は自分の両手に目を落とす。
私がアルのいる世界にいられるのは、あとどの位なのだろうか。
……けれど私は、此処に来て気づき始めていた。
彼の母親の病気を知らせる電話、
そしてお店の物を買い取りに来てくれたカティア。
それならきっと、私を割ったのは……
そして私の手に幸運の花束は今も無いけれど、
私はそれでも、
ブルーデージーのブーケが、何処にあったのか分かって来た気がするの
―――病院のベッドの横、お見舞いのコスモスが刺さった花瓶の横に何時の間にか居たのは、何時か見た人形そっくりの女の子だった。
「あらあら、あなたは……また会えるなんて思っていなかったわ」
心配そうに此方を見ている青い目に、私は弱々しいながら何時かのように笑顔を浮かべて見せる。
「お見舞いに来てくれたのね、嬉しい」
哀しそうな目をした人形の様な少女は、何も話さなかった。
「あなたの探し物は見つかったの?」
悪戯っぽくそう尋ねても、少女は黙っている。でも、私は確信を持ってこう言った。
「見つかったのね、良かったわ」
嬉しそうに笑う私を、彼女はただ笑顔を浮かべて見せた。
その笑顔を見ていて、私はその気づいたのだった。
「ああ―――私もうすぐ死ぬのね?」
彼女の笑顔が一層哀しくなった。
「そう、そうなの」
私が穏やかに頷く、そして彼女に側による様に言うと、店にいる時のあの子を手入れしてやった時の様に、彼女の頭を撫でてやる。
ええ、この子が誰か私には分かっていますとも。
「私は大丈夫よ。それに分かっているわ。私が死ぬのはあなたのせいじゃない、そうでしょう?」
彼女が俯いてしまった。
そして私はとても穏やかな心持で彼女にこう言った。
「私を、あの子を守ってくれてありがとうメイ。貴方はブーケなんて無くたって幸運の人形よ」
口を閉ざしたままのメイの眼に涙が浮かぶ。
泣かないで良いのよ、と私は彼女に声を掛けた。
「どうか最後まで、あの子を宜しくね。貴方がうちの人形で私は幸せよ」
そう言って、私はとても晴れやかな気分で笑って見せた。
この子はきっと私達の幸運お人形。
その子がこうして会いに来てくれるなんて、こんなうれしい事は無いでしょう。
だってこの子はこんなにも持ち主の事を思ってくれる、こんなに優しいお人形なのだから。
病院から連絡が入って駆け付けて、間もなく母は息を引き取った。
―――母が亡くなり、店も売って治療費に充てようと思っていた店を、僕はまだぼんやりしながら続けていた。
母の最後に間に合ったのは、見舞いに来てくれていた女の子が母が苦しみだしてすぐ人を呼んでくれたからだという。
ただ母がその女の子の事を話すと「メイが会いに来てくれたの」と嬉しそうに笑ったので、僕は首を傾げていた。
店に飾ってあるビスクドールのメイを見上げる。
付属品の花束を失くしてしまった可愛らしいお人形。
「……まさか」
僕は軽く笑って作業を続ける。
寂しい気持ちもあるが、それでも僕はこれからも生きていかなくてはならない。
借りたお金は店を続け乍ら少しずつ返していかなくてはならないし、店は店で閉めようと思っていたので大分片付き寂しくなってしまっている。だから今はまた商品の手配を掛けていた。
気持ちに反しやる事は山積みで気が重いが、気を紛らわせるように深く息を吐いて暖かいコーヒーに口を付ける。
だが、その時突然乱暴に扉が開けられた。
するといきなりどかどかと黒い服の男たちが上がり込み、その内の一人は自分に銃を突きつけ、おもむろにこう言いだしたのだ。
「お前、金も返さず逃げるつもりなんだってな?」
「逃げる?……」
両手を上げ、眉間に皺を寄せ乍ら僕は応えた。
「店を片付けてずらかるつもりだったんだろう!そうはいくか!」
顔を凄ませる男の言葉に急速に頭の中で合点がいき、反射的に声を上げる。
「――違う!そんなつもりはない!!店の物を売ったのは母の治療費を捻出する為だ!店を片付けていたのも店自体を売りに出そうと思っていたからで、逃げようなんていうつもりはない!」
「嘘つけ!!」
「嘘なものか!!」
証拠はあるのか、逃げられるくらいなら殺してやる!と男が叫ぶと他の男達も店の中を家探しし始める。
「やめろ!僕は何処へも行かない!」
「うるせえ!」
男の引き金に力が込もった。まずい、と思ったその時、
「――――っ!」
銃を持った男の腕に誰かが飛び掛かり、弾は僕を掠って地面に着弾した。
見覚えのあるその少女は体制を直すと、玄関に向かって「カティア!」と叫ぶ。
すると呆気に取られている僕の前に、カティアが複雑な顔をして現れた。
そしてその金髪の少女は、そのまま真っ直ぐに店に飾ってあるメイのところまで歩くと、その人形を持ち上げ……
躊躇なく床に叩き付けたのだった。
「な……!」
音を立て割れるビスクドール、驚く僕に対し少女の顔に表情はない。
僕が言葉を失っているとカティアが声を上げた。
「この店の物を買い取ったのは俺だ。そいつの言う通り、それは母親の治療費を捻出する為だ。俺が証拠だ。そいつに逃げるつもりはない」
男達の動きが止まる。
「お前は」
「同業者のカティアだ、そこで店も開いている」
すると男達があそこになら確かに店がある、だの、そういえば此処の商品みたいなものが並んでた、だの、ぼそぼそと相談する。
やがてアルとカティア双方を睨みつけ、「嘘だったらただじゃおかん」と吐き捨て男達はあっさり立ち去っていった。
怒涛の展開にただ圧倒されていた僕は、ひたすら呆然としていた。
ただ、同じく腑に落ちない顔をしていたカティアもぼそり言う。
「まさか本当に襲撃を受けているなんて……」
「どういうこと?……」
僕が問うと、カティアは「聞いたんだよ、そいつに。来てくれってせがまれた」と突然現れた少女を視線で指していた。
すると少女がゆっくりと此方に振り向く。
その眼は、髪は、姿は、
見慣れた姿だ、まさか、でも、君は―――
「……メイ?」
思わず僕は彼女の名前を呼んだ。
すると彼女は泣きそうに顔を歪ませると、突然駆け出してしまった。
「待って!」
声を上げる僕から逃げる様に、彼女はそのまま夜の闇に走り去ってしまった。
そしてそのまま、僕の制止を聞かず彼女の姿は夜の闇へと溶けていってしまった。
ブルーデージーの花束は何処?
小さなブルーデージーの花束はどうしても見つからない。
とても小さなものだから、もう見つからないのかもしれない。
そして、
息を切らせ走る私の手には、向こうの景色が透けて見えた。
足も身体も、少しずつ力が入らなくなってきている。
ああ私はこのまま……
でも私は気づいたのだ。
私の手に幸運の花束は今も無いけれど、
私があなたの傍にいた時、貴方が私を大切に愛してくれて、大事にして笑いかけてくれた時、
私の胸は花が咲くようだったから。
その花が咲いていたから、
私は魂を持って、
私はこの世界に渡り、
私は私を壊して、
いま貴方を守ることが出来たの。
とうとう足も動かなくなりその場にメイが崩れ落ちる。
横たわったまま動けずにいる身体もどんどん透けていき、メイがゆっくりと目を閉じた。
「……さようなら」
暗闇の中でメイが呟く。
―――するとそこにバラの香りが漂った。
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