【短編小説】生涯一度の暑気払い

木野キヤ

秘められたふたりの想い


 部活を辞めます。




 章基は、部活崩壊を迎えたテニス部から退部することを決めた。もう高ニにもなり、あと一年頑張れば、引退を迎えられた筈なのに、耐えきれず退部を決意した。


 職員室にいた担任から退部届を貰い、クソ暑い中足早に家に帰宅した。


 「あれ、章基。部活は?」


 家にいた母親からそう聞かれたので、適当にやり過ごす。


 「先生が出張」


 「あ、そう」


 母親は何の疑いもなく、章基との会話を終えた。自室に戻った章基は早速、退部届に名前を書こうとしたところで、手が止まった。何故か今になってあの憎きテニス部のことを思い出した。




 俺が入った時は顧問が厳しかっただけで、部員同士の争いは全く無く、平和に一年が終わった。それも束の間、新しく入ってきた新一年生のせいで動物園と東大を混ぜたような空間に早変わり。動物園(不良感満載のチャラ男)の男どもは部活中に「ちょっとトイレ行ってきまーす」とか言っておきながら、部活終わりまでに帰ってこず探しに行ったら同級生と話こけてた。なんで練習に来ないの?と聞けば、


「あ、忘れてました」の一言。あとはヘラヘラしていて、鬱陶しい。グーで殴ってやろうかと思った。


東大みたいな人たちは、根はいい人。しかし、性格が暗い。話しかけてもよくある


「あ・・・はい」とかしか返ってこない。もっとマシな返事をよこせ。




 しかし俺は去年の部活の様子を思いだし、あの青春を過ごした場所から退部するのかと思うと、少し後ろめたさは感じる。あと十日もすれば自由の夏休みが始まる。


 「退部届を出すのは夏休み明けでもいっか」




 そう言ってから十日と五日が経った。未だ、本当に退部しようか悩んでいる。明後日には親戚の家に行く事になっている。章基はかなり余裕があると思い、宿題を先延ばしにしていた。事によると全人類は、長期休暇の課題を先延ばしにしているのではないかと思い始めた。




 家族四人が乗った軽自動車は、高速道路を時速八十キロ近くで走っている。車内は冷房が効いていて涼しいが、会話は弾まない。俺の弟の和基は同年代の子たちと比べて大人しい方だ。俺みたいに楽観的にはなれないらしい。最近流行ってる漫画を勧めても一向に読んでくれない。むしろ、俺を嫌ってるような気さえする。母親は家族の中でも明るい性格で、いつも場を明るくさせてくれる。実は昔、俺の母親は不良の一味だったらしく昔の写真を見ると、今とのギャップで相当大きなダメージを喰らいそうになる。父親もそこそこ明るく、お笑いが好きすぎるあまり、月に一回お笑いを見に行くほど、一時期やばかった。




 目的地である母方の祖父母の家に着いた。毎年、お盆になるとこの家に訪れるのだが、去年俺はテニスの大会で来れなかったので、二年ぶりになるこの祖父母の家は大分懐かしく感じる。今年のテニスの大会は今、試合真っ最中だが、諸事情という理由で休むことにした。というか、ただ単純に行きたくなかった。


 家の広い庭では昼前なのにもう酒宴が始まっていて、先に来ていたおじさんたちがワイワイやっている。そんな中、縁側に接した和室で子供たちが集まり、小型ゲーム機、ではなくスマホで遊んでいた。俺の従兄弟に当たる五人の内、未成年は四人。内二人は男子で弟の和基と歳が近く、いつも集まると一緒に遊んでいる。他の二人は女子で、姉妹ではなく、いとこ同士なのにとても顔が似ている。もはや双子。そして、成人でありながらおじさんたちの酒宴に唯一参加していないのは、俺の四つ上のお姉ちゃん的存在、莉奈。しかし、姿が見当たらない。周りを見渡していると左の障子から顔をひょこっと出てきて、俺の名前を呼ばれた。


 「久しぶり、章ちゃん」


 今では呼ばれていない昔のあだ名になれず、一瞬思考停止したが再起動した。


 「久しぶり、てかこの年になってそのあだ名は恥ずかしいな」


 「そーかな?別に慣れてるからそんなに気にしないよ」


 俺は“莉奈姉”と呼んでいるが、莉奈姉はちょっとふわふわしていて、マイペースなお姉さんだ。成人を迎えているので成長している所は成長しているので思春期真っ盛りの俺には少し刺激が強い。


 「少し焼けた?」


 不意に話し掛けられて、びっくりしたが何気ない感じで体を見渡し応答する。


 「そうかな、去年より焼けてないような気がするけど」


 「そーなの?去年、章ちゃんと会ってないから分かんない」


 「ですよねー」


 昼食後、何気ない会話で時間を潰し、一緒に近くのコンビニに行った。祖父母の家はコンビニがないほど田舎ではないので、そこそこ近くにはコンビニがある。


 莉奈姉は動きやすいデニムのショートパンツと、水色の薄いTシャツに身を包み、かなり露出度が高く色気を放っている。気を抜くと自然と視線がそっちの方に向かっていく。コンビニに入り、莉奈姉が一直線に向かったのは、デザートが並んでいる棚だった。莉奈姉が屈んだり、しゃがんだりするとさらに刺激される。コンビニのデザート棚で悩んでいた莉奈姉が屈んだまま体を百八十度回転させ、少し笑みを浮かべながら囁いた。


 「なんか、視線を感じる」


 俺はドキッとした。心拍数が急激に上がり、手に持っていた籠の持ち手が俺の手汗でビッチョリになった。


 「え?視線?何も見てないけど」


 俺は視線をずらし、何とかごまかそうとした。


 「ふーん」


 そう言って莉奈姉は、視線をデザート棚に戻し、悩み始めた。


 コンビニから帰ってもおじさんたちは酒宴をやめるどころかよりひどくなっていた。おばさんたちは酒宴の近くで、最近あった出来事などを報告し合ってる。


 「二階行こっか」


 莉奈姉がそう言ったので、コンビニで買ったものを持ち、家に入り二階へ上がった。おじさん達は目もくれず、酒宴を楽しんでいた。




 「暑っついねー」


 入りたての部屋は冷房が効いておらず、サウナ状態だった。冷房を入れたが、すぐには涼しくならず莉奈姉はTシャツをパタパタ仰いでいる。顔から垂れる汗、汗で濡れた胸元、細く長いきれいな足、どれも俺を刺激し、落ち着けなかった。咄嗟に、買ってきたアイスに手を伸ばし、口に運んだ。その間、莉奈姉はお茶を喉に通していた。上を向きながら飲む姿もヤバい。流石に気づいたのか飲み終えると、アイスを食べていた俺の顔を覗き込み、問いかけた。


 「さっきから私のこと、エッチな目で見てるでしょ?」


 部屋がいい感じに涼んできたのに、急に体温が上昇し、思考が停止した。なんて言い返せばいいだろうか。怒られるのか、と思っていると予想外な言葉が出てきた。


 「する?エッチ」


 飲み込んだアイスが変なところに入り、咳き込んだ。


 「ウェッホ、ゲホゲホ」


 「あー、大丈夫?」


 莉奈姉は動じず、心配してくれた。


 なんて日だ。二年ぶりに会ったいとこが、こんなことを言うなんて。なんなんだ一体。ドッキリか?俺はアイスをお茶で胃に流し込み、落ち着きを取り戻し確認を取った。


 「それって・・・・本気?」


 一億%の確率で無いとは思うが、一応、念の為、とりあえず聞いてみる。


 「うーん、したくないって言ったら嘘になるけど・・・・」


 もしかすると俺に運命が訪れたのかも知れない。このまま行けば、あわよくば、童貞卒業を迎えるかも知れない。緊張で汗が吹き出て、腕も震えているが、次の一手を切り出す。するとその前に莉奈姉が質問をしてきた。


 「章ちゃんって、童貞?」


 おいおいおいおい。もしかしたらワンチャンあるかも知れんぞ。このまま順調に行こう。


 「う、うん。まだ童貞」


 「ふーん、そっか・・・」


 「俺は別に・・いいけど・・」


 莉奈姉は、窓の外の風景を見ている。心なしか、莉奈姉の顔が赤くなっている様な気がする。部屋の中には蝉の鳴き声だけが響き渡っている。まだ、俺の心臓は高速で血液を全身に巡らせている。あと一歩、あと一歩で夢の童貞卒業が待っている。しかし、莉奈姉が先に口を開き、放った言葉は・・・


 「今はいいや・・・」


 その言葉を聞いて、何故かホッとした自分がいた。


 「そ、そう」


 俺は素っ気無く返答した。本当はしたくてしたくて、少し想像していた。




 莉奈姉との一時はあっという間に過ぎ、日も暮れて夜になった。夕食は近くの河原でバーベキューをすることになった。相変わらずおじさん達は酒を交わし、ドンチャン騒ぎしている。


 いい感じに焼けたお肉の匂いに釣られ、組み立て式グリルの前に来ると、莉奈姉の父親である雅人さんがお肉を焼いていた。見た目ではあまり分からないが、四十代後半に見える。この年ではかなりスリムで、イケメンだ。


 「章基くん、お肉どんどん食べてね」


 「ありがとうございます」


 そう言って、持っていた紙皿を差し出し、お肉を乗っけてもらった。焼き肉のタレってどこだっけと考えていると、雅人さんがお肉を焼きながら俺にあることを聞いてきた。


 「章基くん、お昼、莉奈と何してたの」


 なぜそれを!?と一瞬思ったがここで動揺すれば怪しまれると、俺の危機センサーが強く反応した。そう聞かれたが、特に何も無かった(あの話を除けば)ので軽く答える。


 「雑談、ですかね」


 そう言うと雅人さんの顔が少し暗くなった気がする。


 「・・・元気そう、だった?」


 この場ではあまり相応しくないような気がする質問だが、何気なく答えた。


 「ええ、元気・・そうでしたよ。でもなんでそんな質問を今・・・?」


 「・・・ちょっと話がしたいんだ」


 雅人さんがそう言うと俺を、川原の離れまで連れて行った。


 「・・・莉奈は、大学であまり上手くやって行けていないらしい。なんでも、サークル内での


  人間関係が嫌なんだと。それで大学に行くのに抵抗を持っているんだ」


 あの莉奈姉が、そんな想いを秘めているなんて思わなかった。俺と話していた時は何気ない様子で話し合ってくれたのに、心の底では俺みたいに悩んでいたんだ。


 「けどそんな中、莉奈は今日のことを楽しみにしていたらしい」


 「・・なんでですか」


 「・・・きっと章基くんに会えるからだったと思うよ」


 俺はまたもや思考が停止した。“俺に会えるのを楽しみにしていた”って。それって・・・


 「章基くん、莉奈と一緒に居てあげてくれないか」


 「ぅえ?」


 思わず変な驚き方をしてしまった。


 「え、それって・・・付き合えって・・事ですか」


 雅人さんは両手を振って、否定した。


 「あ、いや。そういう事じゃなくて。なんて言うんだろう、親戚として


  雑談でもいいから、一緒に話してくれたら嬉しいなっていう・・・」


 やっと理解した。普通に話せばいいのか。ならいつも通りということだ。


 「ああ、そういう意味ですか。きっと大丈夫ですよ」


 即決すると雅人さんは、頭を少し下げ感謝の意を示した。そして、さっきのグリルの前へ戻ると、お礼にお肉を多めに貰った。


 いつも通りといえども、あんなことを知って俺が冷静でいられるのだろうか。もはや自分の演技力に賭けるしかないと思い、夕食を食べた。




 バーベキューでは焼きそばやフランクフルト、焼きおにぎり、焼き鳥なんかも焼かれていた。一通り食べ終え、飲み物が入った紙コップを片手に、莉奈姉を探した。すると莉奈姉は、川沿いに椅子を置き、川の流れをぼんやりと眺めていた。


 「莉奈姉、もう食べた?」


 そう聞くと、莉奈姉は振り向かず川に向かったまま返答した。


 「うん、美味しかった」


 心なしか、あまり元気が無さそうだ。後ろ髪を引かれるような事でもあるのだろうか。まぁきっと俺のことなんだろうけど。


 俺の家族は祖父母の家で一泊してから、昼には帰る予定だ。その時間が刻一刻と近づいているのだから、やっぱり寂しいのだろう。俺は莉奈姉が座ってる椅子の隣であぐらをかき、河原に座った。遠くの方で大人達の話し声が聞こえる。ここには灯りがないので、少し暗く、夜の不思議な雰囲気を醸し出している。川の向かいの森で鳴いている虫たちの声が夜の静寂に響いている。川の流れは緩く、水の流れる音がなんとも心地よい。


 先に声を発したのは莉奈姉だった。


 「私、章ちゃんが家に帰るの、寂しいよ・・」


 雅人さんから聞いた通り、きっと。


 「ごめん・・・」


 俺の口からはそんな言葉しか出て来なかった。また静寂が訪れ、莉奈姉の口から予想外の言葉が出てきた。


 「実は私・・・章ちゃんのことが好きなんだ・・」


 「・・・そう、だったんだ」


 こんな雰囲気で言われたので、興奮も無ければ同様もしなかった。


 「あれ、結構勇気出していったのに」


 莉奈姉が少し明るめでそう言ったので、俺は今度こそ動揺した。


 「え、あ、いや、別に認めなかったって訳じゃなくて・・・」


 全身から冷や汗が吹き出てきた。必死に弁明すると、莉奈姉が椅子に体重を乗せ、俺の方を向き追い打ちを仕掛けた。


 「じゃあ、私のこと、好き?」


 何とここで聞いてきた。俺は正直に本心を言う事にした。


 「・・・うん、好きだよ」


 口から出た後、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。恥ずかしさと嬉しさ、なのか不思議な感覚に襲われた。莉奈姉の顔を見ると、驚いた顔をしていた。


 「え・・・ホント?」


 「うん・・昔から」


 この告白もかなり羞恥心に襲われたが、ここで言うしかなかった。


 場はなんとも言えない空気になった。すると、向こうにいたおじさんたちは片付けをし始めた。俺も手伝おうと思い、おじさん達の方に向かおうとした。すると後ろから急に手を引かれ、後ろを振り返ると、莉奈姉は優しく唇を出し、俺の唇に接触させた。一瞬何が起こったのか分からなかったが、それがキスだと理解できた。俺は今までで一番驚き、すぐに唇を離し、情けない顔で莉奈姉を見ると、涙を浮かべながら笑っていた。莉奈姉は片付けに参加するため、歩き始めた。するとすれ違うと同時に、俺の耳に囁いた。


 「夜の十一時、お昼の時の部屋に来て」


 囁かれた後、俺は数分間呆けて動けなかった。




 俺たちの家族と莉奈姉の家族は祖父母の家で泊まらせて貰い、他の人達は八時には全員自宅へ帰っていた。弟は母親と寝るため居間で、父親は酔った勢いで居間で寝る事になった。祖父母は一階にある一緒の寝室で寝るらしい。莉奈姉の両親は一階にある祖父母とは別の部屋で寝るんだとか。莉奈姉と俺は二階にある別々の部屋で寝ることになった。


 約束の十一時まであと一時間半。一階では大人たちが談笑している。俺は時間まで大人しく、スマホで動画を見ることにした。イヤホンで聞いているので下に音が響く心配はない。部屋のドアを開けない限り、完全に寝ていると思うだろう。


 約束の時間を知らせるアラームが鳴った。一気に緊張感が増してくる。何もない、何もない、とそう思い込ませながら、ゆっくりと莉奈姉の部屋へ向かう。目的地のドアの前に辿り着き、そーっと二回ノックをする。すると、部屋のドアが開いた。莉奈姉が顔を覗かせ、こっちに入るよう手招きしている。俺はゆっくりと入室し、ドアを閉めた。俺と莉奈姉は床に敷いているカーペットの上に座った。室内は真っ暗で昼の時の雰囲気とは全く別だった。莉奈姉は動きやすいダボダボのTシャツだけ着ていた。夏でも夜は冷えるので声を掛けようと思ったが、莉奈姉は右手で俺を制し、スマホを取り出した。キーボードで何かを打っている。莉奈姉はスマホの画面を見せた。画面には“ここからは筆談”と書かれていた。俺はスマホを取り出し、アプリでメモ帳を開き、文字を打った。


 “分かった”


 画面を見せると、莉奈姉はさらに何かを打ち込んだ。


 “お母さん達が寝るのは十二時だから、それまで待とう”


 何をするのか分からないが取り敢えず了解の意を伝える。


 “りょ”


 しかし時間まで一時間もあるが、何をするのだろうと考えていると、また莉奈姉は


キーボードを打ち始めた。


 “一緒にゲームしよ♥”


 ゲームはいいが何故ハートなんだろうと思いながら返答する。


 “OK”


 ゲームをしていると時間が早く進んでいるような気がする。そのせいで三十分しか遊んでないような気がするが、実際にはもう一時間が経過していた。約束の時間となった。いつの間にか下から聞こえてた談笑の声も聞こえなくなった。莉奈姉はスマホの電源を切り、窓の側まで歩いた。月明かりが部屋に差し込み、莉奈姉がとても美しく見えた。




 その時間はまるで、夢のようだった。




 翌朝、朝食を取りながら朝のニュース番組を見ていた。丁度食べ終わったときに先に食べ終えていた莉奈姉が一緒にコンビニに行こうと誘ってきたので、快く承諾した。朝の道路は人が少なく、朝特有の匂いが鼻を擽る。莉奈姉は昨日あったことを忘れたかのように振舞っている。俺は少し気まずかった。すると莉奈姉が話しかけてきた。


 「章ちゃん、何か悩んでない?」


 「え、何で・・・」


 「あれ、図星?」


 まるで俺の心が見えているかのように言われ、ドキッとした。だが、この際だから相談しておこうと思い、心を打ち明ける。


 「実は、部活やめようかなと思ってて・・」


 本題を切り出すと、莉奈姉は俺の相談に付き合ってくれた。


 「章ちゃんって何部?」


 「・・テニス部」


 「そーなんだ」


 相変わらず明るくふわふわした感じで接してくれた。俺は昔からそんな莉奈姉のことが好きだったんだろう。


 「今年のテニス部はぶっちゃけ、学校の中でも最悪だと思う。だからやめようかなって。


  けど、去年は良かった。いい感じの青春って感じで居心地は良かった。


  だから部活やめるのに抵抗があって・・・」


 話すと、莉奈姉は真剣に聞いてくれた。


 「うーん・・・」


 莉奈姉は悩んだ様子で何かを考えている。俺の勘違いか莉奈姉の雰囲気が昨日の夜から少し変わった気がする。


 「章ちゃんは今、どっちに傾いてるの?」


 「・・どっちかって言われると、辞めたいかな」


 いつの間にかコンビニの道を外れ、海岸線を歩いていた。砂浜の上を歩くと、潮の音や風のなびく音が聴こえ、俺の心を洗い流してくれるような気がした。けど、心にあるモヤモヤは一向に無くならない。


 もちろん辞めたくない気持ちもあるが、このままの状態なら一向に良くならないと俺は思った。しかし、


莉奈姉の口から出たのは予想とは百八十度反対の意見だった。


 「じゃあ、辞めたらいいじゃん」


 「・・・え」


 莉奈姉は退部を勧めた。


 「何で・・・」


 「だって辞めたいんでしょ、だったら我慢しなくていいじゃん」


 俺は少し戸惑った。その言葉が少し厳しめに聞こえた。さらに、莉奈姉は自分の意見を主張し続けた。


 「だって、友達とも一生会えないってことはないでしょ。あと、思い出っていうのは


  場所に残るんじゃなくて・・・」




 「心に残るんじゃないかな」




 さりげない、ありきたりな、聞いたことのある言葉は、俺が好きな莉奈姉の口から出たことによって俺の心に強く、深く突き刺さった。俺はその言葉の意味を深く考えたことは無かったが、改めて聞くと俺の悩みを解決するための核心を得た言葉なんだと思い始めた。


 「私も言えた義理じゃないけど、何でも我慢は良くない!」


 莉奈姉は俺の顔を見つめながらそう言ってくれた。莉奈姉は俺のことを思ってくれてるんだと再認識した。そこまで言われると、俺の進みたい方向へ行っていいと思えた。


 「・・・ありがとう、莉奈姉」


 「うん、どういたしまして」


 莉奈姉は柔らかい表情で感謝を受け取ってくれた。




 コンビニで買い物を済ませ、祖父母の家に着くと母親たちが帰宅の準備を始めていた。俺も手伝いに加わり、かなり多いお土産はすべて車に運び、後は車に乗るだけとなった。俺は無意識の内に莉奈姉を探していた。すると二階の部屋の窓縁に頬杖を付きながら俺たちを眺めていた。そして俺は心の中で莉奈姉に向かって手を振った。


 車に乗り込み、自宅までの道のりを進んだ。最後まで莉奈姉は見送りの言葉は言わず、二階の部屋で何気ない顔で俺たちを見ていた。けど、別にそれでいいと思った。きっと莉奈姉は寂しくなるから面と向かって見送らなかったのだろう。俺もそう感じるだろうから、このままで良かった。また来年会えるのを心の底より、楽しみに待っていよう。




 「失礼します!テニス部顧問の真田先生は居られますか」


 俺は夏休みが開けてすぐにテニス部顧問の先生を呼び出した。俺はこの夏休みで長い時間悩んでいた。しかし、答えはもう決まっている。




 「先生、俺・・・・」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編小説】生涯一度の暑気払い 木野キヤ @Kinokiya35

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ