第4-1話
雲が疎らに点在している蒼天。その下で快いそよ風を感じながら、俺はゆったりと昼食をとっていた。
場所は、学校の中央に位置する広大な広場の一角にある休憩スペースである。
ここを、コの字に囲むような形で数本植えてある低木と、屋根とテーブル付きのベンチが数個設備してあるだけの、少し物寂しい場所だ。
だが、校舎のある方とは庭を挟んで向かいにいあるので、人通りは少なく、周りに壁のような建物や障害物もないので、風通しはとても良い。
利便性は悪いものの、その分立地と環境は最高と言える。故にこの場所は、この学校の隠れスポットの一つとして有名となっていた。
そんな所で毎日の昼休憩時に過ごすのが、俺の日課だ。
もちろん、一人で——というのが理想ではある。しかし、先に友達から昼飯を一緒に食べようと誘われてしまったからには、それを断るにはいかないものだった。
「おーい、ジャック。起きてる?」
隣で座っているライアが心配そうに声をかける。その声に、フラフラ彷徨っていた俺の意識が、ハッと内に引き戻された。
「あっ、あぁ。ごめん、ちょっとボーっとしてた」
「大丈夫?疲れてるの?」
「まあ、ちょっとな。昨日が例の日だったから、あんまり寝れてないんよ」
頭を軽く振って俺は眠気と倦怠感を払い飛ばそうとする。しかし、そうすぐに改善はしないものだった。
「それで、どうだったの。昨日の交渉は」
今度は、向かいから声が飛んでくる。女の子の声だ。
「あのな、そういう煽りみたいなのはやめてくれよ、エリナ。どうせわかってるだろ?」
少し嫌そうな口調で俺は言葉を返す。それに、その茶髪ポニーテールの少女——エリナは、意地悪な笑みを浮かべた。
「別にいいじゃないの。人に言ったって減るもんじゃないし」
「デリカシーって言葉はお前の辞書にないのかよ」
「それくらいあるわよ。けど、それをアンタに払うのはちょっと……ね」
「おい!エリナ‼︎」
彼女の失礼な態度に、俺は席を立ち上がって怒鳴る勢いで一言放つ。しかし、それに対して、彼女は怯える身構えを見せるどころか、どこか楽しそうにしていた。
「ま、まぁまぁ落ち着こ、ジャック君」
そんな俺を見るに見兼ねたのか、エリナの隣に座っている、 眼鏡をかけたお下げ髪の女の子が止めに入った。
「ご、ごめん、フィリア」
こう強く言っているものの、俺は本気で怒ってはいない。しかし、これを物ともせずに平然と愉快げにしているエリナを見ていると、段々自分がバカらしく思えてきた。
一応、心配して止めに入ってくれた少女——フィリアに免じて俺は静かに座る。けれども、反対に内心では「覚えてろよ〜」と、恨みのこもった思いを募らせていた。
「エリちゃんも、ジャック君にあんなこと言っちゃダメだよ。失礼でしょ」
今度はエリナに優しくフィリアは叱責する。
「え〜、だってアイツをイジるの楽しいんだもん」
「楽しい、じゃないの、もう!今度からはやめるんだよ」
「むぅ。はーい、分かったよ」
なぜか残念そうにエリナは返事をした。
まあ、こういったように、友達と過ごす昼休憩は騒がしいもので、簡単には落ち着けはしない。嫌ではないのだが、——特にエリナ、彼女の相手をするのだけは面倒なものだ。
「まあでも、思い詰めすぎは良くないよ。心に余計な負担がかかっちゃうからさ」
フィリアが用意してくれたデザートのぶどうを一粒口に放り込んで、ライアは俺に話しかける。
「そうだって分かってるけどさ、もう期限は来週に迫ってきてる。嫌でも自然にそうなるもんよ」
「確かにね。これからの人生がかかってる試験ではあるのだし。合否以前に、受験への不参加で落ちるのはね」
「だから、俺としても少しでも早く契約を済ませたいところだけど……、そう上手くいかなんだよな」
不満を嘆き、俺も同じように一粒を手に取った。
「そうかもしれないけど、適度な発散も私は必要だと思うよ。自分を追い詰めすぎて上手くやれず、失敗したら元も子もなくなっちゃうよ」
と、意見を述べるフィリア。
「確かにね。リアの言う通りだよ」
「けどよライア、遊んだり、出掛けたりする余裕のない俺がどこでなにすればいいっていうんだよ」
「なら、実技場で運動しない?次の授業はあそこだし、早めに行って準備運動程度に体慣らしながらさ」
「お、いいじゃんそれ」と、誰よりも早くエリナが呟いた。
確かに、ライアのこの案はいいと思う。こういう隙間時間を使ってストレスを発散させられるというのは、時間のない俺にとって得策であった。
「まあ、手っ取り早そうだし、やってみるか」
「お、そうこなくっちゃ!」
手短く答え、ライアは昼食の準備を始める。そんな彼の声のトーンや様子が、どこか上機嫌そうだった。
「嬉しそうだな、ライア」
遅れて俺も片付けていく。
「そりゃ、ジャックと久々に戦えるんだからね。今度こそ中途半端な結果じゃなくて、ちゃんと君に勝ってやるんだから。何せ、今の僕は前とは違うからね」
「そういえばライア君、最近よくバルカさんと特訓しているよね」
そんな俺とライアとは逆に、フィリアとエリナはのんびりベンチに座ってデザートを食べていた。
「アンタ、最近まともに運動してないんだし、今度はライアに負けるんじゃない?」
つかさず、エリナは俺をイジろうとする。
「簡単には負けねぇよ。最近は引きこもってばかりだからってなめるなよ。ライア」
「フフフ、楽しみだねジャック」
少し調子に乗って、俺は挑発じみることを言ってみる。しかし、それでもなお、不思議にどことなく、ライアは不敵な笑みを浮かべ返してきた。
こう腹を探るような会話をしている間に、俺とライアは荷物をまとめ終え、実技室へ移動する準備ができていた。
「それじゃ、行こうかジャック」
リュックを背負いあげてライアが言う。
それに答えて、俺も席を立った。
「二人とも、頑張ってきてね」
そんな俺らを見守りながら、フィリアが小さくガッツポーズをしてエールを送る。
「アンタ、精々ライアを楽しめるくらいには頑張りなさいよ」
しかしエリナはというと、相変わらず俺にやじってきていた。
「あのな、俺はサンドバッグか何かかよ」
「まあまあジャック。時間もそんなないし、そろそろ行こうよ」
「ふふ〜ん、楽しみ」
何かを期待したかのような目で彼女は俺を見てきた。
返答するのも面倒。代わりに俺は小さくため息を吐いた。
「フィリア、デザートのブドウありがとね!美味しかったよ」
「俺もありがとう。ごちそうさま」
忘れそうだったデザートのお礼を言い、俺とライアは小走りで場から離れていく。
そんな俺らの背中をフィリアとエリナは嬉しそうにしながら静かに見送った。
魔法士の宿命《マジシャン・オブ・ディスティニー》 @hibishuiti
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