第3-2話
「失礼しました」
ガラガラと閉まる引き戸の音と共にジャックの姿はこの空間から切り離される。再び、男二人がこの部屋に取り残された。
「はぁ、終わった〜」
体内から空気を吐き出して、ぐったりとハルノはソファに身を委ねる。
あれからおよそ十分程続いたジャックとの面談。前から何度か彼としてきてはいるのだが、体感的にはまだこの時間は長く感じられた。
「朝早くから書類確認や会議の資料作り、そしてジャック君との面談。本当にお疲れ様、坊ちゃん」
「こちらこそ、ありがとね。朝早くに仕事を手伝ってもらって」
「いやいや、坊ちゃんのサポートをするのが私の最も重要なお仕事ですから」
テーブルに残してある空のコップ二個を取り上げ、それをレオは流し台へ運び入れた。
「それで、今日のあの子との面談はうまくいったのかい?」
「ううん、全然」
気落ちした声調でハルノは言う。そんな彼の隣へ、レオが戻ってきた。
「そうなのか」
「うん。今までもこうして彼と面談をしていっているけど、どれも上手くできたっていう実感が湧いていないんだよね。何というか、釈然としていないというか。僕はともかく、彼もまだスッキリとできていないように見えるんだよね」
「でも、そこまで思い込むことはないんじゃない?君はまだ若いんだし、色々な相談事を柔軟に対応できる経験もまだ豊富ではないのだからさ」
「けど、若いといえど、僕も一人の教師だ。たとえ、思うようにできなかったり、経験が不足していたりしても、僕はそれなりに自分の教える生徒を助け支えていきたいって思っているんだよ。特にジャック、彼のことをね。君も知ってるでしょ?彼が今、僕の家族や周りの親族からどう扱われてるか」
「ええ、知ってますよ。確か、ですよね」
「そう、本当にひどいよね」
ハルノは小さくため息を溢して、再び話を続けた。
「ジャックは何も悪くない。それなのに、気に入らないからという理由で彼を悪者扱いにした大人たちを僕は許せないんだ。特にあの人……母さんのことが一番にね。それと同時に僕は、なにもできずにただ傍観することしかできなかった僕自身のことも憎んでいるよ。だからこそ今、何があっても僕は彼を助け支えていきたいんだ。あの頃出来なかった分も含めて、僕の持ってる全てを彼に注ぎ込むつもりだよ。これが唯一僕のできる罪滅ぼしだからさ」
「そうだな、坊ちゃん」
これを聞いてレオは大きく一回縦に頷いて、賛同をしてくれたが、すぐに反論を返してきた。
「でもその前に、目前に迫ってる進級試験の対策をしなきゃな。今のところ何か良い案はあるのかい?むやみに相談することは得策じゃないと私は思うのだけれど」
「一応もう二、三日こちらで情報を集めてはみるよ。けど、もしこれといった良い打開策がなかったら最悪、学校長に協力を仰いではみるけど……」
語尾を濁させて、そのままハルノは黙り込む。
「それは……さすがにやめておいた方がいいんじゃないか、坊ちゃん」
「けれどさ、こういった案件は彼女の専門でしょ?僕ら素人がどうのこうのやるより、専門家に任せた方が良いとは思う。けど、正直彼女に任せるとロクなことがないから僕だって任せたくないよ。だから、本当に行き詰まってどうしようもない時に頼もうかなって考えてる。ちゃんと彼に迷惑をかけないようにはするよ!」
「それなら大丈夫だとは思うけど、くれぐれも安易に頼るんじゃないよ。本当に彼女は厄介なのだから」
念に念を押してレオは忠告をした。
不意に、壁に取り付けてあるスピーカーからチャイムの音が流れる。
ジャックの進路についての話に没頭していたハルノとレオの意識が現実に呼び戻された。
「ありゃ、もう時間になったのか」
「そうですね。まだ予鈴ではありますが、急いだ方がいいんじゃないですか?」
「そうだね」と、ハルノは立ち上がり、生徒名簿を手に取る。
「ん〜!今日も一日頑張りますか‼︎」
大きく背伸びをしつつ、彼は声を出して気合いを入れた。
「そういえば今日は坊ちゃんの好きな恋愛漫画の発売日でしたよね?」
「お、そういえばそうだったね。帰りに書店に寄って買っていきたいな……って言いたいとこだけど、確か今日は会議があるからな。多分遅くはなると思うんだよ」
「それなら、私が買っておきましょうか?」
「え、いいの?」
「いいですよ。今日の私が担当する授業や講義は少ないですので、定時に帰れると思いますし」
「本当?じゃあお願い!通常版じゃなくて、特典付き限定版の方を買っておいてね。お金は帰ったらちゃんとかえすよ」
「はいはい、分かりましたよ、坊ちゃん。もう時間ですから、もう行ってきてください」
「そういやそうだった!」
急いでハルノは小急ぎに引き戸を開け、廊下へ踏み出る。そして、彼は振り返り、ソファに座っているレオに声をかけた。
「それじゃ、また後でね。しっかりと戸締りもよろしく頼むよ」
「分かってますって。仕事頑張ってくださいね」
レオは返事をしつつ、ハルノの背中を優しく押すように彼を励ます。
それにハルノは何も言い返さず、代わりに親指を立てて力強いグッドサインを作った。
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