第27話 第九章 新たな脅威3

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 手伝いの少女が用意した茶器を受け取るとイナの村の巫女である賢女は、茶器の中身を改めて確かめる。湯気の立つ茶器の中身は、色も香りもよい状態で、ほどよい温度を保っている。

「さぁ、これを皆さんにお配りして」

賢女が少女に指図すると、少女は村の集会所に集まった長老達の前に置かれた湯呑の中に、話し合いの前に必ず飲むお茶を注いでいった。少女が敷物の上に並んで座る九人の長老達の湯呑に注ぎ、お茶が船員に行き渡ったところで、長老達は一斉に湯呑を手にし、手伝いの少女は集会所の隅に退いた。

「さぁ、お茶飲み終わったところで話し合いに入りましょうか」

長老達がお茶を飲み干すのを見届けると、賢女長老達に向かって座り、早速話し合いを始める。集会所の外では、夜更けの空にピティスと、三つの月が浮かんでいる。

「どう言う事を話し合うのか、もうお判りですね」

「あぁ、赤熱のことだろ」

賢女のよく通る声が集会所内に響くと、すぐに長老の一人が賢女に答えた。

「起用もまた赤熱の患者か三人増えたぞ。わしの孫もここニ、三日、赤熱で苦しんでいる」

「早く手を打たないと、犠牲者が出てしまいますよ」

長老達が次々と村の危機的状況を訴えるのを賢女は静かに終わると、長老達に重要な事を話し出した。

「皆さん、私は赤熱対策の為に、重要な決心をしました。樹海にある鳥使いの村から、赤熱の薬を持ってきてもらう事にしました。あの大きな銀色の鳥に乗った鳥使いに、薬を運んでもらいます」

「なんと……」

いきなり鳥使いが赤熱の薬を運んでくると聞き、村の長老達はみんな、驚きの表情で賢女を見詰める。

「鳥使いの村には、私の娘であるモリオンがいます。樹海にいるモリオンは私の心に、これから会いに行きたいと訴えてきたのです。そこで私は村で赤熱が流行っているとモリオンに伝え、赤熱の薬を持ってきてもらう様に頼みました」

賢女の話は、長老達に衝撃を与えたようだ。口をあんぐりと開いて、賢女を見ている長老もいる。

「モリオンって言うのは、大きな鳥に乗った人間に拉致された、貴方の娘だね」

「モリオンは拉致されたのではありません。自分から樹海に行ったのです」

事実とは違う事を長老の一人から言われ、賢女はすごい剣幕で反論し、その勢いに集会所全体が静まり返る。

「モリオンは今、赤熱の薬を持ってイナへと向かっています。大きな銀色の鳥に乗ってね」

静まり返った集会所に、よく通る賢女の声が響き、賢女の言葉に長老達の驚きは頂点に達していた。

「まさかモリオンが、鳥使いになったとでもいうのかね」

「そうです。皆さんには知らせずにいたけれども、モリオンは鳥使いになったのです」

イナの賢女が、自分の娘が鳥使いになった事を堂々と明らかにしたので、今度は集会所にどよめきが沸き起こった。

「なんてことだ。イナの娘が鳥使いなんぞになるとは……。それも賢女の娘がな」

男性長老の一人が、賢女を睨むようにしながら、驚きの声を上げる。

「私もモリオンが村を出て行ったときにはね大変驚き、衝撃を受けました。しかし樹海にいるモリオンの意識と感じ、村に伝わる伝承を精査した結果、モリオンが鳥使いなった事は、イナと鳥使い達との絆を再構築するという目的があって、起こった事ではないかと感がるようになったのです」

「イナと鳥使いの絆ですって、どういう? 説明してください」

今度は女性長老が賢女に厳しい声を浴びせる。しかしここで賢女は、賢女とその後継者の間だけに伝わっていて、長老達にも伝えられていなかった事実を、長老達に明らかにした。

「代々の賢女の間では、かつて鳥使いとイナの村との間では、交易があった事が伝えられています。ところがこの交易は、鳥に乗ってやってきた人間達がイナを襲った事で、終わりを告げました」

「ほぉぅ、そんな事があったのかねぇ」

「まったく……知らなかった」

今まで明らかにされなかった事を聞かされ、集会所に集まった長老達の間にざわめきが起る。

「知らせないのも当然でしょう。賢女の間だけ手伝えられてきた話ですから。モリオンはイナと鳥使い達とを再び結びつける為に、鳥使いになったのです。それにモリオンが鳥使いになったお陰で、表に出てはこないけれど、イナと鳥使い達とのささやかな交易が始まっています」

賢女は、長老達が落ち着ついたところでもう一つ、明らかにされていないことを明かした。

再び長老達の間に、騒めきが起こる。

「マダラウズラのフレプをご存知ですね」

「あぁ、村の外を自由に行き来している家禽だね」

騒めきの中から、長老の一人が賢女の質問に答える。

「そうです。フレプは、樹海の中まで入り、モリオンと会っています。私はそれを知って、フレプに村で取れた薬草を託し、代わりに樹海で作られる薬をフレプに持たせてくれるよう、モリオンに頼みました。これがその一つです」

賢女は、来ている儀式用長衣の懐から、貝殻で出来た薬入れを取り出して見せる。

「これは、無くなり掛けたという薬だね」

「そうです」

長老達の意識は、驚きから興味へと移り変わったらしい。ざわついていた長老達は、今度は興味津々に賢女が明けた薬の容器の中を見る。確かに、無くなり掛けていた容器の中には、たっぷりと塗り薬が入っている。容器の中身を長老達に確認してもらうと、賢女は薬の容器を再び長衣の懐にしまった。

「賢女、貴方の言う事を信用しよう。だが何故赤熱の薬は、フレプを通さずに直接村に持ってくるのだね」

「緊急を有するからです。フレプに薬を運ばせるより、鳥に乗ってくるほうが早いでしょ」

まだ賢女の話が信じられないらしい長老の質問に、賢女はぴしゃりと答える。ただしモリオンがイナにやって来る、本当の目的は言わずに……。

「この話を、本当に信用していいのですね」

女性長老の一人が、賢女に念を押す。

「えぇ。モリオンが伝えてきたところでは、この夜明けにはイナの村に着くとのこと。モリオンはいな村の外れにある果樹の林で、私と会う予定です」

モリオンのイナへの到着が思った以上に林と知り、再び長老達のどよめきが起こる。

「だからこの時間に、わざわざ皆さんに集まってもらったのです。これから果樹の林に行き、鳥使いになったモリオンが赤熱の薬を私に渡すのを、皆さんに見届けてもらう為にね」

長老達に伝えたい事を全て伝え終わると、賢女は長老達の樹反応を探る。今までどよめいていた集会所は静まり返り、長老達一人一人が、深く考え込んでいるようだった。

「この話を、本当に信用していいのですね」

沈黙を破って女性長老の一人が、賢女に問い掛ける。

「えぇ、信用して下さい。もしモリオンがイナの村にこなかったなら、私は賢女の地位から去ります」

賢女の最後の一言は、強烈な一言だった。今までイナの村では、まだ在任中の賢女が、引退した事などなかったのだから。一度賢女の地位につけば、この世を去るまで賢女でいるのが、イナの不文律になっていた。

「本当に、賢い女の地位を退くのかね」

「もし貴方が賢女の地位を退いたら、次の賢女はどうなるのかね」

驚いた長老達は、矢継ぎ早に賢女に質問を浴びせる。

「賢女の地位は、モリオンの姉であるティアドラに譲ります。ティアドラの次の賢女は、最近生まれたティアドラの娘が継いでくれるでしょう」

賢女は長老たちの質問に明確な答えを出す。

「ティアドラは、賢女なるには若すぎないかね。賢女はその知恵と経験で村を導く存在だ。それなりの知識と経験がなければなぁ」

「心配ないでしょう。ティアドラよりも若い年齢で、賢女になった話しもあるのですから。それに私は、賢女の知恵をしっかりとティアドラやモリオンに教えてきたつもりです」

長老の一人の意地悪な質問にも、賢女はひるまずに反論したため、ついに長老達も賢女の決断を認めざるを得なくなったようだ。長老達は暫く考え事をしてから賢女に向かって頷き、賢女の決意に賛同する意思を示す。

「さぁ、これから果樹の林を見渡せる丘の上に行き、モリオンがやって来るのをみてきましょう」

長老達の賛同が得られたところで、賢女は長老達に呼び掛け、敷物から立ち上がると手伝いの少女と共に、集会所を後にする。

「さぁ、我々も賢女を信じ、鳥使いになったモリオンが来るのを見ようじゃないか」

長老の一人が長老達に呼び掛けると、長老達は賢女に続いて立ち上がり、次々と集会所を出て果樹の林へと歩き出す。

 真夜中から夜明けに向かおうとする空に輝くピティスが、静かな果樹の林への道を歩く長老達を、明るく照らしていた。


 モリオンとモリオンに同行する鳥使い達が鳥使いの村を出発したのは、モリオンが会議の間に呼び出された次の日の夜更けだった。夜更けに出発するのは、イナとの交易にはまだ慎重な鳥使いの村の村人が多いので、密かにイナへと出発する為だった。イナとの交易に反対する村人に、モリオン達のイナ行きを反対されたら元も子もなくなると、長老クリスタは判断したのだ。大事な赤熱の薬を入れた鞄を騎乗服の上から肩に掛けモリオンはジェダイドの背に乗り、鳥使いの村を後にする。後は樹海周辺部を移動する狩猟民達を追跡している鳥使い達からの情報をイドで受け取りながら深緑を抜け、樹海周辺部の上空をイナの村へと飛んで行く。

 狩猟民達の追跡をしている鳥使い達は、ベヌゥ達の鋭い視力を頼って狩猟民達を追跡していた。ベヌゥ達は人間の数十倍はある視力で樹海周辺部を大型の走鳥に乗って進む狩猟民達を見付けると、鳥使い達の意識にその様子を知らせていた。狩猟民を追跡する鳥使い達はベヌゥ達から伝えられた情報を元に、森の中を進む狩猟民達に気付かれぬよう追跡し、その様子をモリオン達に伝えている。

 樹海を移動する狩猟民達は、樹海周辺部からイナの丘陵地帯を繋ぐ森へと向かって進んでいた。おそらく草原地帯から樹海周辺部に入り、樹海周辺部を通り抜ける道が、狩猟民達間に伝わっていたのだろう。彼らはかつてイナの村を襲った時と同じ道を進んでいた。その先にあるのはイナの村はずれにある、果樹の林だ。

 モリオン達は狩猟民達を追跡している鳥使い達の情報を元に、狩猟民達と鉢合わせせず、それと同時になるべく早くイナに着く道筋を通って、イナを目指していた。そしてモリオンは故郷の母と頻繁に意識を通じて連絡を取りながら、イナを目指した。故郷の村では、赤熱の患者が日に日に多くなっているようだ。少しでも早く、患者たちに赤熱の薬をとどけるのが必要とされている。そう思うとモリオンは、ジェダイドを一気にイナまで飛ばしたい衝動にかられたが、その前にやる大事な事があった。このままだとイナのはずれにある果樹の林に入るであろう狩猟民達が、イナの村に侵入するのを阻止することだ。鳥使い達はイナに向かう途上でも、狩猟民民の侵入を阻止する方法について話し合い、対策を練っていた。

 狩猟民達の一団がイナに近付いて来ると、鳥使い達は狩猟民とベヌウ達との距離を、少しずつ縮めていく。そして狩猟民達が樹海周辺部とイナの丘陵地帯との間にある森をでたところで、モリオン達は樹海を出た狩猟民達の一段と遭遇した。

 狩猟民達はイナの丘と丘との間にある谷間を、イナの村に向かって騎乗する走鳥を進めていた。モリオン達鳥使いは、イナへと進む狩猟民達を、夜明け間近の丘の上の大きな木の茂みにベヌゥと共に姿を隠しながら、狩猟民達の様子を伺っていた。鳥使い達がパートナーと身を隠している木は、やっとベヌゥ達が留まれる大きさの樹だが大きくて長い葉が枝から垂れ下がっていて、ベヌゥが隠れるのにはちょうど良い木だった。しかも葉の隙間を覗くと、丘の下を見通せるようになっている。鳥使い達は気の大きな木の茂みにベヌゥが入れる大きさのある隙間見付けると、ベヌゥ達を隙間に潜り込ませ、狩猟民の出現を待つ。

 鳥使い達が狩猟民を待ち始めてから暫くすると、大型の走鳥に乗った、狩猟民達が姿を現した。大型の走鳥に乗った狩猟民達の集団は、槍を携えた男達を先頭に谷底を進んでいく。大半が若い男女だ。狩猟民達はここに来るまでに、あちこちで狩猟をしてきたようだ。彼らの乗る走鳥の首や鞍には、狩猟の獲物らしい小動物がぶら下げられている。中にはイナの川漁師達が漁の対象としている大きな川魚を、槍の先に引っ掛けている狩猟民もいる。万が一、川漁師達と出くわしていたら、大事になるところだ。幸い狩猟民達が川魚を捕ったのは、イナの川漁師の漁場とは別の場所だったので、狩猟民と川漁師達とは、鉢合わずにすんだのだろう。だがイナの村の中で狩猟民が狩りをすれは、大騒動になるのは間違いない。それだけは防がなくては……。長い狩猟民達の集団が谷底から森の中に姿を消すと、鳥使いとベヌゥ達は隠れていた木の茂みから飛び出すと、一気にベヌゥを上昇させ、夜明けが迫る中、村はずれの果樹の林へと向かう。夜明けはもうすぐだ。

 鳥使い達は、狩猟民達が通過しているであろう森を飛び越え、イナの村外れにある果樹の林の上空へと飛ぶ。おそらく森を通る狩猟民達は、離の上空を飛ぶベヌゥの姿には気づいていないだろう。果樹の林の繋がるこの森は、大きな樹木は無いものの、かなり鬱蒼としていて空は見づらくなっている。今のうちに果樹の林に辿り着けば、果樹の林にやって来る狩猟民を迎え撃つ事が出来るだろう。そして果樹の林は、すぐそこだった。

 鳥使い達を乗せたベヌゥが、鬱蒼とした森から果樹が点々と生えている林に着く。その果樹の林を見渡せる小高い丘の上にはね、そこには不安そうにベヌゥ達を見る、イナの村人の一団がいた。イナの村の長老達だ。懐かしいモリオンの母のもいる。モリオンは母の姿を見ると、イナに帰ってきた事を母の意識に伝え、その後イドを通じて、鳥使い達にイナの長老達を紹介した。鳥使い達は少し前に開けた夜明けの光の中、果樹の林の上空を一周させ、ベヌゥの姿をイナの長老達に見てもらう。イナの長老達は、鳥使いになったモリオンが赤熱の薬を持って来るのを、イナの賢女から聞いている。長老達には、賢女の言う通りにモリオンがやってきたのを、しっかりと見てもらう必要があった。だがそれ以上に大切なのは、草原の狩猟民のイナへの侵入を、村人の前で防いで見せる事だ。果樹の林の上空をベヌゥで一周した鳥使い達は、森から姿を現した狩猟民達を見付けると、さっそく行動を開始する。

 草原の狩猟民達は、森に棲む小型の草食動物の群れと共に、果樹の林に現れた。狩猟民達は、森の動物を狩ろうとしている。しかし狩猟民達が狩猟用の弓で矢を獲物に放とうとする前に、行動を起こした。鳥使い達はパートナーのベヌゥを上空から狩猟民達に向かって下降させ、狩猟民達の真上を掠め飛ぶ。効果はすぐに表れた。狩猟民達が乗る大型の走鳥はベヌゥの出現に驚いた上に、ベヌゥ達に頭上を掠められ、完全に混乱してしまった。走鳥達は次々に遣りや弓矢を持つ狩猟民達を振り落とし、果樹の林から逃げていく。鳥使い達は狩猟民達を振り落とした走鳥達の上を掠め飛ぶと、森へと戻るように追いつめ、走鳥たちはとうとう森の中へと逃げ込んでしまった。残された狩猟民達は慌てて字面に落ちた槍や弓矢を拾ってベヌゥ達に向けてはみたが、その前に鳥使い達はベヌゥ達を狩猟民の上を超低空で旋回させ、狩猟民達を恐怖に陥れ、鳥使い達は狩猟民達に、樹海へ帰るように迫る。

「さぁ、早くお前達の家禽を追って、この丘陵地帯から出で行け。そして早く樹海に戻り、瞳の湖に居る仲間と合流しろ」

自分達のすぐ上で旋回するベヌゥ達は、狩猟民達にかなりな圧力となったらしい。ついに狩猟民達は槍や弓矢を持ったまま、走鳥達が消えた森へと戻っていった。鳥使い達は狩猟民達が森に姿を消すのを見ると、イナの賢女と長老達がいる丘の上に、ゆっくりと降りていく。

 ところどころに灌木が生えているだけの丘の上には、果樹の林で起こった出来事を全て見ていたイナの賢女と長老達が待っていた。ベヌゥ達が丘の上に降りて蹲ると、イナの長老達がおっかなびっくりしながらも、ベヌゥ達に近寄って来る。その中に母の姿を見付けたモリオンは、急いでジェダイドの背中から降りると、母の元に飛び込んでいく。モリオンと母は暫く抱き合い、お互いの無事を確かめ合う。後はお互い、涙を流すだけだった。母との再会をしっかり体感し、母から離れたモリオンは、首からかけていた薬の鞄を母に渡す。

「出迎えてくれて、ありがとう、お母さん。この中に赤熱の薬が入っています」

「有難う……モリオン……」

モリオンから薬の鞄を受け取るとイナの賢女は、自分の後ろでモリオンを見ている長老達に、薬の鞄を掲げて見せた。

「この中に、赤熱の薬が入っています。鳥使い達が持ってきてくれたのです。しかも村に侵入した、鳥に乗った人間達を追い払ってくれました」

賢女の言葉に、長老達の大きなどよめきが起こる。

「まさか、鳥使い達が無法ものを追い払ってくれるとはなぁ。鳥に乗る人間は、みんな恐ろしい奴だと思っていたよ」

長老達の間から、そんな声が聞こえてくる。

「すべては誤解から始まったのです。詳しい話は、村に帰ってすらします。赤熱患者の治療が最優先ですから。ただしその前に、鳥使いとイナの正式な仲直りをしましょう」

イナの賢女はイナの長老と鳥使い達に向かって言いながら、モリオンに目で合図を送る。モリオンには、母が何をしたいのかがすぐにわかり、その通りに実行する。

「長老ビルカ、お願いします」

鳥使い達に顔を向けたモリオンが、現役の鳥使いで鳥使いの村の長老であるピルカを呼ぶと、ビルカは賢女の前に進み出る。長老ビルカも、自分が何をすればいいのかを理解している。

 長老ビルカはイナの賢女と向かい合うと、賢女と手を握り合い、両者が友好関係に入った事をイナの村人達に示す。鳥使いの村の長老とイナの賢女という、それぞれの村を代表する二人が友好関係を示した事は、イナの村と鳥使いの村が、かつてのような友好関係に入った事をも示している。そしてイナの長老達にも鳥使い達にも、両者の友好関係に反対するものはいないらしい。その場にいる全員が拍手をしてこれからのイナと鳥使いの友好を、歓迎している。歓迎しているのは人間だけではない。減り使いのパートナーであるベヌゥ達もイナの空を飛び回り、喜びを現している。

「イナの村を救っていただき、本当にありがとうございました。改めて感謝します」

拍手が鳴りやまない中、イナの賢女は長老ビルカの手を離すとイナを代表して、改めて感謝を伝える。

「礼ならあなたの娘、モリオンに言って下さい。彼女がイナと鳥使いとを結びつけたのでする私達は素晴らしい一人前の鳥使いを、今仲間にしたのです」

ビルカは賢女に、モリオンは一人前の鳥使いだと言った。そしてその言葉に、再び拍手が沸き起こる。モリオンが正式に、一人前の鳥使いと認められた瞬間だった。


 果樹の林でイナの村と鳥使いとの歴史的な和解が成立した後、鳥使い達はパートーのベヌゥ達を自由にするとイナの村人と共にイナの村に行き、翌朝までをイナで過ごすことに決めた。これからのイナと鳥使い達との交流をどう進めるのかを話し合う為だ。それにモリオンには、イナの村人達に、赤熱の薬の説明をする仕事が待っていた。モリオンは赤熱の患者が集められた村の病室があるに行くと、早速村人達に赤熱の薬の扱い方を説明し、薬は患者達に与えられる。薬の効き具合は丸一日してからでないとわからないが、今までの経験からすると、ほとんどの患者に聞くのは間違いないだろう。役目を終えてほっといたモリオンは病室を出ると、イナの村人と鳥使い達とが話し合いをしている広場に向かう。だが広場に行ってみると大勢の村人達が鳥使い達を見ようとして、ごった返していた。

誰もがイナを狩猟民の侵入から守った鳥使い達を見たがっている。そんなイナの村人達にはね鳥に乗った人間への恐怖や鳥への嫌悪は無い。全ては変わったのだ。

 結局この日の話し合いは、見物の村人達が多くかつまり過ぎてお祭り騒ぎになってしまったのだが、それでもイナと鳥使い達との交易の再会と、イナが鳥使いの力を必要とするときには、鳥使い達が必ず協力するという約束が決められた。これで話し合いは終わりモリオン以外の鳥使い達は、イナの長老達の案内で、イナの見学に向かう。モリオンは他の鳥使い達から離れて懐かしいイナの家に向かう。モリオンのイナの家、女性や子供暮らす母屋では母や生まれたばかりの姪を抱いた姉、そして叔母や従妹たちがいて、モリオンを歓迎してくれた。モリオンは夕方までイナの家にいて楽しいひと時を過ごすと、鳥使いの野営地に決められている、果樹の林の近くにある広い空き地に向かう。本当はイナの家に泊まりたがったが、鳥使いである以上、パートナーのベヌゥと野営する必要がある。モリオンは名残惜しそうに家の中を見回してしっかり目に収めると、家を出で果樹の林に向かう。夕暮れの中、果樹の林を歩いて半分ほど行ったところで、林の中に誰かが立っているのが見えた。樹海周辺部を放浪しているはずの、ジェイドだ。

 ジェイドは、狩猟民達に追われていた草食動物を抱きながら、果樹の傍に立っている。

「ジェイド、イナに来ていたの」

モリオンは突然現れたジェイドに驚きながら、声を掛ける。

「あぁ、狩猟民の動きをしていたからね。おおかげでこのこを保護できたよ」

ジェイドは抱いていた草食動物をモリオンに見せる。

「狩猟民に追われて傷ついていたんだ。でも大した傷ではなさそうだから、話してやるのさ。さぁ、お帰り」

ジェイドが草食動物を地面に放すと、小さな獣はすぐに果樹の林に消えていく。草食動物がいなくなると、モリオンとジェイドは改めて向かい合い、お互いを見詰め会う。

「モリオン、やっと一人前の鳥使いになれたんだね。おめでとう」

ジェイドは一人前の鳥使いになったモリオンを祝福するとそっとモリオンの肩に、利用手を掛けて抱き寄せる。そう二人はもう、大人同志なのだ。遠慮はいらない。

モリオンはジェイドと初めて抱き合い、大人であることを心の底から、感じ取った。

  

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