第24話 第八章 試練3

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 モリオンが騎乗獣の傷薬をジェイドに届けに行って以降、モリオンとジェイドが合う機会は、なかなか訪れなかった。若手鳥使いとしての仕事が忙しくなったのがジェイドと会えない大きな理由だったが、樹海周辺部に奇妙な飛行物体が現れる回数が多くなって、騒がしくなったのも大きな原因だった。奇妙な、黒い飛行物体は幾度となく樹海周辺部で鳥使い達に目撃され、鳥使い達が追いかけようとすると、ものすごい速さで飛び去っていく。そんな事の繰り返しが、ここ数か月ほど続いていた。あの奇妙な飛行物体は何の為に、樹海周辺部を飛び回っているのだろうか。漠然とした不安が、鳥使いの村を覆う。そして近く奇妙な飛行物体について、鳥使い達全員が参加する話し合いをしようと長老達が準備をしていた時、奇妙な飛行物体の恐ろしい姿が、鳥使い達に目撃されたのだった。

 モリオン達若手鳥使いのグループが、久しぶりに樹海周辺部の町へ、商売をしに行った帰りの事だった。その日の正午ごろ、樹海周辺部の比較的新緑に近い場所にある山の上で、モリオン達若手と、若手の商売に同行したベテラン鳥使い二人とベヌゥ達が休憩していた時、奇妙な飛行物体は突然姿を現した。

鳥使い達がいる山から離れた別の山の上空に、黒い円筒形の胴体に大きな円盤をつけたようなその飛行物体は現れた。

「なんだ、あれ」

「まさが、これがあの飛行物体なの」

いきなり現れた飛行物体の姿に、若手鳥使い達はただ驚くばかり。だがベテラン鳥使いの二人は、素早くパートナーのベヌゥに騎乗し、何時でも飛立てように構える。そして先輩の行動を見た若手鳥使い達も、後に続いてパートナーのベヌゥに乗り、直ぐに飛立てるようにする。

[おい、あれを見ろ。何かぶらさげているぞ]

ベヌゥの背中で身構えていると、飛行物体を睨んでいたベテランの一人が、他の鳥使い達に注意を促してきた。確かによく見ると、黒い飛行物体の胴体から、鳥のようなものがぶら下がっている。何てことだ。奇妙な飛行物体は、樹海の生き物を捕まえていた。

[見ろ。こっちへ来るぞ]

ベテラン鳥使いがイドで他の鳥使い達に警告する前に、飛行物体は騒がしい音を立てながら、鳥使い達がいる山へと近づいてきて、鳥使いとベヌゥ達は身構えた。

(なによ、これ)

ジェダイドを何時でも飛立たせられるように身構えながら、近づいて来る奇妙な飛行物体を睨んだ。突然現れた闖入者は、見れば見るほど不気味な姿をしている。大きさはベヌゥの二倍以上はありそうで、円筒系の胴体とその上の円盤の他に、胴体の後ろにはしっぽのような構造物が付いた姿をしている。だがそれ以上に目につくのは、飛行物体の円盤の部分の中で回っている何かと、胴体の底に空いた穴だった。四角く開いた穴からは綱が伸びていて、綱の先には大きな猛禽走鳥(ディァトリマ)が吊り下げられている。

[あいつ、樹海の生き物をさらおうとしている]

ベテラン鳥使いのイドでの呼びかけが、今何が起こっているのかを伝えている。樹海に姿を現していた奇妙な飛行物体は、とんでもない悪さをしていたのだ。鳥使い達が見ている前で飛行物体に吊り下げられた猛禽走鳥(ディアトリマ)は、飛行物体の底に空いた穴の中に引き上げられていく。猛禽走鳥(ディアトリマ)が完全に穴へ入ってしまうと、突然穴に蓋をするものが現れ、穴を塞いででしまった。そして……。

[見て、深緑の方向にとんでいくみたいよ]

若手の一人が、飛行物体が深緑の方向を向いているのに気付き、他の鳥使い達にイドで知らせる。

[いかん! 新緑にはいらせるな。さぁ行こう]

ベテラン鳥使いの一人が出す合図で、身構えていた鳥使い達は一斉にベヌゥ達を飛立たせ、奇妙な飛行物体に向かっていく。モリオンもジェダイドを飛び立たせると、仲間達に続いた。とにかく今は、深緑に入るのを阻止しなければ。張り詰めた鳥使い達の意識が、モリオンの意識に伝わって来る。ところが奇妙な飛行物体は鳥使いを乗せたベヌゥを前に、いきなり向きを変えると速度を上げ、樹海の外へと飛び去って行く。ベテラン鳥使い達はすぐにパートナーの速度を上げ、飛行物体を覆うとしたものの、直ぐに諦めた。明らかにベヌゥの速度では、奇妙な飛行物体に追いつけない。悔しいが飛行物体の速さは、鳥使い達にしてみればとんでもない速さだった。飛行物体を追うのを止めた鳥使い達はベヌゥ達を深緑の方向に向け、飛び続けた。

「やれやれ。あいつは深緑に侵入するよりも、獲物を持ち帰るのを優先させたようだな」

一人の若手鳥使いが、奇妙な飛行物体にからかわれたという悔しさを、イドで他の鳥使い達の意識に伝えてきた。

[あの速さでは、どうする事もできなかっただろう。新緑に入らなかっただけよかったと思わねば。さぁ、早く村に帰って、長老達に報告しよう]

悔しがる若手鳥使いをベテランの一人が宥めると、仲間に鳥使いの村への帰り道を急がせた。

 モリオン達が奇妙な飛行物体に出くわした事は、イドを通じて長老達や他の鳥使い達にもすぐに伝わった。モリオン達が鳥使いの村に帰って来る頃には、長老達は鳥使い達全員が集まる話し合いを、夜に行う手筈を整えていた。この話し合いには、若手鳥使い達も参加する。多くの若手鳥使い達にとっては、大きな話し合いに参加するのは初めての体験だ。夕方に樹海での仕事から戻ってきた若手達は、食堂で食事をしたり宿舎で休んだりしながらも、落ち着かない気持で会議の始まる夜を待つ。そして遠出をしている鳥使い達を除いた鳥使い達全員が村に帰った夜遅く、話し合いが始まった。

「あの奇妙な飛行物体は、とうとう樹海周辺部の生き物をさらい始めたらしい。これ以上の悪さを許してならんし、飛行物体を接待に深緑に入れてはならん。そこで樹海の見張りを強化しようと思うが、どうかな」

話し合いの冒頭で、現役鳥使いで長老のビルカが、まず長老達の提案を鳥使い達に伝える。

「これからは昼夜を問わず、樹海の見張りを立てる事にする。鳥使い達は三人以上の組になり、五組ずつ五つに区分けした樹海周辺部の見張り出る。そして一つの組が見張りを終えると、次の組が見張りに出る。それでいいな」

「意義なし」

ビルカが発表した長老達の提案に鳥使い全員が賛意を表し、早速鳥使い達は見張りに向かう組を作り、見張りに出る順番を決めた。モリオン達若手鳥使いも、ベテランに混じって見張りに出ることになり、モリオンは若手二人とベテラン二人の、女性ばかりと組む事になった。

「これだけ多くの鳥使い達が見張りに出ると、当然普段やっている鳥使いの仕事に影響が出てしまう。だが影響が出ても、奇妙な飛行物体の動きを止めねばならない。大変だが、見張りをしてくれるね」

「はい」

鳥使い達全員が決意を現すと長老ヒルカは、今度は顔を長老達の取りまとめ役である老女クリスタの方に向ける。

「長老クリスタ、これでよろしいでしょうな」

「えぇ、これでいいでしょう。話し合いはお開きです」

このクリスタの一声で話し合いは終わり、迫の後樹海周辺部の見張りに出る組が、ベヌゥで飛び立っていった。

 鳥使い達が見張りを強化させた成果は、話し合いの三日後に現れた。見張りの鳥使い達が、樹海周辺部を飛ぶ奇妙な飛行物体を見付けたのだ。飛行物体を見つけた鳥使い達は、すぐさま飛行物体の追跡に入るが、奇妙な飛行物体は猛烈な速さで飛び去り、樹海から姿を消した。こんな事が三回か四回あり、その度に飛行物体は猛烈な速さで逃げ去り、やがて樹海に姿を見せなくなった。しかし鳥使い達は、奇妙な飛行物体の姿が見えなくなっても、樹海周辺部の見張りを続けた。いつまた、奇妙な飛行物体が現れてもいいように。だが再び飛行物体が現れる前に、とんでもない事件が樹海周辺部を襲った。

 順番が来るとやって来る樹海周辺部の見張りの仕事に、若手鳥使い達が慣れてしまったある日の夜のことだった。前日に見張りの仕事を終え、次の見張りの仕事までは少し間のあったモリオンは、その夜もいつも通りの就寝時間を迎えようとしていた。いつも通りに就寝前の自由時間を同室の仲間とおしゃべりして過ごし、もう寝ようかと思った時、モリオン達の意識に恐ろしい光景が入り込んできた。巨大な炎が、周囲を焼き尽くそうとしている光景だ。火事の光景だ。それも特別大きな火事の。

[早く! 離着陸場に集合]

恐ろしい光景と共に地養老ビルカのイドでの呼びかけが若手達の意識に届き、モリオンと仲間は一斉に宿舎を飛び出し、離着陸場に向かった。

 モリオン達が離着陸場に向かう階段に入ると、もうすでに多くの人が離着陸場に行くために、階段を通っていた。中には大声で、消火剤である火消しを用意しろと叫んでいる人もいる。やはり火事が起こったのか。若手達が離着陸場に到着すると、すぐに今起こっている緊急事態の全貌が判った。

 離着陸場では長老達全員と多くの鳥使い達が集まり、上空でベヌゥ達が飛び交う離着陸場から樹海の一角を睨んでいる。空には姿を見せたピティスと五つの月全てが煌々とした光を放ち、樹海の一角に現れたものを見せていた。鳥使い達の視線の先には、樹海から立ち上る黒い煙があった。遠くで起こった火事らしく、煙自体は小さく見えるが、大規模な火事の煙だ。

「ベヌゥ達が火事を知らせてくれたよ。燃えているのは、樹海周辺部にある、草原地帯だ」

ビルカは努めて冷静に、集まった鳥使い達に、知りえた情報を話す。だが火事か起こったのが草原地帯だと聞いて、鳥使い達からはどよめきが起こった。草原地帯には、草原に住む生き物を狩って生活する、狩猟民が住んでいる。大事になりそうだ。

「まずは火事の勢いを止めることだ。誰か今から草原地帯に行って、火事に立ち向かいたい者はいないか」

「はい、行きます」

「私も行きます」

「私も」

長老ビルカが呼び掛けると、十人以上の鳥使い達が、先遣隊の名乗りを上げた。

「よし。今すぐ洞窟にある緊急用の火消しを持って、火災の元に行け。注意を怠らんようにな」

「はい」

真っ先に消火作業に向かう鳥使い達は、機敏に消火作業の準備に取り掛かる。まず離着陸場からベヌゥの休憩所になっている洞窟から、円筒形の火消しの入った容器を騎乗具と一緒に離着陸場に運び出し、パートナーのベヌゥ達を呼び寄せる。先遣隊の鳥使い達は呼び寄せたベヌゥ達に騎乗具と火消しの容器を取り付けると、火災現場へと飛び立っていく。先遣隊が出発すると、今度は鳥使いの村一丸となっての作業が始まった。火事の情報を聞きつけた村人達は続々と家から飛び出し、村の倉庫から袋に入った火消しをだすと専用の容器に入れ、火消の容器を何人もの村人が手渡ししながら、離着陸場まで運んだ。離着陸場まで運ばれた火消しは鳥使い達によって騎乗具につけられ、容易の出来た鳥使いとベヌゥ達は次々に燃える草原地帯へと飛び立った。モリオン達若手鳥使いも、火消しの用意が出来ると、先輩達の後に続いて、消火作業に向かう。

 モリオン達が草原地帯に到着すると、草原では鳥使い達と炎との闘いが繰り広げられていた。草原を焼き尽くし、草原の狩猟民達の移動式住居の群れに迫ろうとしている炎の上を、火消しの容器を着けたベヌゥ達が飛び、地上では子供を含めた狩猟民達が、自分達の家を炎から守ろうとしていた。男女とも赤銅色の髪の毛を三つ編みにして、皮で作られた服を着た狩猟民たちは、手渡しで運ばれてきた桶の水を家に迫った炎にかけたり、家の前に飛び移った小さな火を、燃えにくい布ではたき消したりしている。モリオン達がパートナーを着地させたのは、狩猟民の家の隣に広がる、広い草地だった。モリオン達は先に来ていた鳥使いとベヌゥが待機している傍らにパートナーを着地させると、ベヌゥから降りて燃え上がる炎を見上げた。初めて見る大規模な火事の炎は恐ろしく、モリオンは炎の勢いに震え上がるのを止められなかった。他の若手達も同じらしく、中には顔が青ざめている者もいる。しかしじっとしてはいられない。若手鳥使い達はパートナーの騎乗具から火消しの容器を外すと、まずのそのうちの二つを待機しているベヌゥの騎乗具の両脇に付け、残りの火消しは一つにまとめて地面に置き、火消しを着けたベヌウが鳥使いと共に消火に向かうのを見守る。

 火消しの容器を着けたベヌウ達は果敢に火災の炎へと飛び、ベヌゥが炎の上に来ると、ベヌウに乗った鳥使いは片足を使って火消しの容器の蓋を開け、火消しをまき散らした。底に蓋のある容器からまき散らされた火消しは火災の炎に降りかかり、ベヌゥは一時炎から離れ、まき散らされた火消しがほとんど炎に降りかかったところで、また炎の上を飛び、もう片方の火消しの容器を開けると炎から離れ、待機場所に戻っていく。モリオンは火災の炎に圧倒されながらも、先輩鳥使い達の姿を感服しながら見ていた。本来鳥をはじめ野生動物は炎を嫌うもので、鳥使いベヌゥ達も例外ではなく、炎を嫌っている。火災に立ち向かう鳥使い達はベヌゥ達と信頼関係を築いたうえでベヌゥ達に適切な指示を出し、炎に立ち向かっている。そんな先輩達の仕事ぶりを見るのは、若手鳥使い達にとってはとても勉強になる事だ。しかし先輩達の活躍にも関わらず、炎の勢いは衰えない。火消しが蒔かれた後は、炎の勢いが弱まるものの、暫くすれば元に戻ってしまう。火消しで出来るのは、これ以上燃え広がらないようにするだけだ。

「もっと沢山、火消しを用意出来たらなぁ」

モリオンと一緒に、火消しの容器をベヌゥに取り付ける作業をしていた少年鳥使いが、止まらない炎を見ながらぼそりと言う。確かに、もっとたくさんの火消しを用意出来ればいいのだろうが……と思っていると、炎に染まる空に、巨大な荷運び専門のベヌゥ。ウルー・ベヌゥが姿を見せた。鳥使い達はウルー・ベヌゥを草原に着地させると、蹲ったウルー・ベヌゥの背中の器具を開ける。中からで出来たのは、沢山の火消しの容器だ。若手鳥使い達はウルー・ベヌウでは運ばれてきた火消しの容器を、消火作業を終えて戻っていたベヌゥ達に次々と取り付けていき、次の若手鳥使いの組が来ると彼らに仕事を引き継いで、一旦鳥使いの村に戻っていく。時刻はもう夜明け近くになっていたが、火事が収まる気配はなかった。

 次の日も鳥使い達の火災との格闘は続き、鳥使い達を疲労困憊させていた。なかなか衰えない炎との格闘は、鳥使いやベヌウ達だけでなく、火消しの用意をしている村人達をも疲弊させていく。しかも火事の対応に全力を傾けているために、鳥使いや村人達の本来の仕事は、止まったままになっていた。それにこの火災で、村にある火消しの大半を使い果たしたのも問題だ。このまままた火災が起こったりしても、十分な火消しが容易出来ないのだから。しかし炎との格闘に鳥使い達が疲れ果て始めた火事の翌日夕方近くに、思わぬ幸運が起こってくれた。今まで経験した事も無いような土砂降りの雨が、草原地帯に降ったのだ。遠くが見えなくなるほどの雨の勢いに、さすがの火災も勢いを弱めて消えていき、鳥使いや村人達をほっとさせる。しかし草原地帯の広い範囲を焼いたこの火事は、大きな問題を鳥使い達にもたらしていた。

  

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