第23話 第八章 試練2

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 その日、モリオンは鳥使いの村で製造された薬をマダラウズラのフレプに托すべく、ジェダイドに乗って樹海周辺部に来ていた。何時もの通りに樹海周辺部でフレプを見付け、樹海周辺部とイナの村とを樹海周辺部を行き来するフレプに薬を託すと、モリオンは森の中に消えていくフレプを見送り、今度はジェイドを探すべく、瞳の湖に向かう。瞳の湖に近付くとモリオンは、騎乗具の操作綱を巧みに操って一気に湖の上空を超え、果樹が点々と植わっている場所の上空へとたどり着く。ジェイドの姿が頻繁に目撃される場所だ。

この誰かが植えたらしい果樹の林では、この頃頻繁にジェイドが姿を現し、ジェイドを捜索していた鳥使い達と話しを交わしていた。ジェイドと会った鳥使い達の話しでは、ジェイドはこの果樹の林に生活拠点を設けているらしい。ジェイドがこのまま果樹の林に定住するのかは判らないが少なくとも今は、鳥使い達を避けてはいないようだ。これでジェイドが、鳥使い達や村人から亡き者と同じに扱われると言う事態だけは避けられたようだ。しかしジェイドが鳥使いの村に戻るのかは、まだ判らない。今のジェイドの状態は、そんなものだった。

 モリオンはジェダイドの背中から、ジェイドの姿を探す。果たしてジェイドは、姿を見せてくれるだろうか? 不安を感じながら、モリオンは眼下に広がる果樹の林を見つめる。と、直ぐに騎乗獣に乗ったジェイドの姿を、果樹の間に見つけた。ジェイドの騎乗獣の横には、大きな籠を背負った荷役獣が付き従っている。ジェイドがあっけなく姿を見せてくれたのに驚きながら、モリオンはジェダイドをジェイドの真上で旋回させ、ジェイドに向かって手を振った。

[ジェイド、私よ!]

手を振りながらジェイドにイドで呼びかけると、ジェイドは騎乗獣と荷役獣の足を止め、騎乗獣の背中から降りると、モリオンに向かって手を振った。

(よかった……逃げないでいてくれた)

モリオンはジェイドが素直に自分とジェダイドを迎えてくれたのに安心しながら、ジェダイドを果樹の林に、ゆっくりと着地させる。

 モリオンは果樹の間に蹲ったジェダイドの背から降りるとジェイドの元に一目散に走り寄る。騎乗獣と荷役獣を従えて立っているジェイドは驚く様子も無く、走り寄って来るモリオンをじっと見ている。騎乗獣の手綱を、しっかりと持ちながら。モリオンがここにやって来るのを、待っていたようだ。

「ジェイド……」

ジェイドと向かい合ったモリオンは、しばらくジェイドとお互い見つめ合い、再会を確かめ合った。久しぶりに見るジェイドは、樹海周辺部の町であった時と比べて、やや穏やかな表情をしている。樹海周辺部での暮らしの中で、心を癒す何かに出会ったのだろうか?とりあえずジェイドが元気なのを見て、モリオンは安堵する。

「もう……若手になったんだねぇ」

じっとジェイドと見つめ合うモリオンに、ジェイドは感慨深げに声を掛ける。モリオンが若手鳥使いになって現れたのが、ジェイドの心に響いたらしい。

「そう、もう私は若手鳥使いなの。でもそのうちに、まだ若手っていうことになるかもしれないけど。まだまだ未熟だから」

モリオンが自分の気持をジェイドに率直に伝えると、ジェイドは少し微笑むような表情をする。

(あぁ、良かった)

穏やかなジェイドの姿を見て、モリオンはジェイドとの再会を心から喜んだ。だが喜ぶだけでは、再会した意味がない。ジェイドが今何をしているのかを、聞いてみないと。

「かわいいわね、このこ。何処から連れてきたの?」

モリオンはまず、ジェイドが手綱を引く騎乗獣に近寄ると、さりげなく騎乗獣の背中に触れ、尋ねる。

「町からだよ。荷役獣と一緒に、年老いた商人から引き取ったのさ。もうこの二匹を連れて、商売に出られないっていったからね」

ジェイドは二頭の家畜を地面に座らせてから、騎乗獣と荷役獣を手に入れたいきさつを明かしてくれた。

「この二匹と一緒に、此処で住んでいるの?」

「あぁ、そうだよ」

モリオンの質問に、ジェイドは機嫌よく答えてくれる。

「此処に住んでいるって、この林で何をしているの?」

最後にモリオンは座っている騎乗獣の毛を撫でながら、一番聞きたい事をジェイドに聞いてみた。

「この果樹の林の面倒をみているんだ。こいつらと一緒に」

ジェイドはモリオンと並んで騎乗獣の毛を撫でながら、自分の近況を話し出す。

「ここの果樹ははるか昔に、人の手で植えられたものらしい。ところがどうした事か今は、打ち捨てられている。だから俺は、この果樹の林を元の姿に戻すべく、此処に住み着いたってわけさ」

ジェイドは、打ち捨てられた果樹の林を元に戻すことに、やりがいを感じているのだろう。果樹の林について語るジェイドの表情には、少なからず力があった。それにしてもジェイドはこの果樹の林の何処で寝起きをしているのだろうか? ききただしたいところだったがその前に、ジェイドからモリオンにある提案をしてきた。

「最近少しだけだけど、この果物が収穫出来たんだ。それを村まで、持って帰ってくれないかな」

ジェイドは騎乗獣の背中の籠から、大人の拳第の黄色い果物を取り出すと、モリオンの前に差し出した。

「ええ、いいわよ。少しだけなら」

断る理由は無く、モリオンはジェイドから果物を受け取る。

「これ、皮を剥いてそのまま食べたら美味しいよ。これを、村の長老達に渡してくれないかな。頼むよ」

ジェイドはさらに三つの果実をモリオンに手渡すと、ジェダイドの騎乗具の物入れに果物を収納しに行くモリオンと共に、家畜達から離れてジェダイドの元に向かった。

「モリオン、ちょっと……ジェダイドに触ってもいいかな……ベヌウに触れたくなったのだよ」

モリオンが果物を仕舞い終ると、急にジェイドは思わぬ事を口走り、モリオンを驚かせた。

「ええ、いいわよ」

モリオンが許可すると、ジェイドはゆっくりとジェダイドの羽根に触れ、ベヌゥの感触を確かめる。これはモリオンにとっても、とても嬉しい瞬間だ。何しろジェイドは前にあった時には、ジェダイドを見る事もしなかったのだから。

「ありがとう」

暫くジェダイドと触れ合った後、ジェイドは待たせていた二頭の家畜を立たせ、騎乗獣にまたがる。

「もし長老達がこの果実を気に入ったのなら、二週間後に此処に来てくれ。そのときはもっと沢山、収穫しているから。じぁあ、さよなら」

「ジェイド、待って!」

モリオンが呼び止める間もなく、ジェイドは果樹の林にモリオンを残したまま、騎乗獣で走り去り、その後に籠を背負った荷役獣が、のそのそと付いていく。後に残されたモリオンあっけにとられたまま、暫く果樹の林で佇むばかりだ。だがいつまでも、ぼっといてはいられない。モリオンは果実を抱え、果樹の林で待機させていたジェダイドの元に戻ると、果実を騎乗具の物入れに仕舞いこみ、ジェダイドに騎乗すると空へと舞い上がり、果樹の林を後にした。


 モリオンが鳥使いの村に戻ると、ジェイドの姉妹であるカーネリアが、ベヌゥの離着陸場で待っていた。カーネリアはモリオンがジェイドとあった事を、イドを通じて知っていて、わざわざ離着陸場で、モリオンを出迎えてくれていた。カーネリアはモリオンからジェイトの事を、早く、もっと詳しく聞きたかったのだ。

モリオンはジェダイドから降りると、まずジェイドと無事にあった事を報告し、続いてジェイドが瞳の湖で果樹の林の世話をしていることを詳しく話した。

「これは、ジェイドが私に持たせてくれたものです」

モリオンはイドでは伝えられなかった事をカーネリアに話すと、騎乗具の物入れから取り出した果実をカーネリアに渡した。

「これを長老達に渡して下さい。ジェイドから託されたものです。そのまま皮を剥いて食べると美味しいそうです」

「有難う。長老達に渡してくるわ」

カーネリアはモリオンから果物を受け取ると、ベヌゥ達が休憩する洞窟へと向かとする、が。

「待って」

まだカーネリアに話したい事があるのに気付いたモリオンは、慌ててカーネリアを呼び止め、気になっていた事をカーネリアに尋ねた。

「ジェイドは私と話していると、何か急いでいるような振りをして……。私が邪魔だったのかしら」

ずっと気になっていた事をおずおずと尋ねるモリオンに、カーネリアは少し微笑みながら答えた。

「それは、あなたがまだ若手だから。理解できるわね」

それだけ言うと、カーネリアはさっさと洞窟へと歩いてき、その姿を見送るモリオンは、ある事を思い出していた。

(若手鳥使いは、異性と交際してはいけなかったんだ)

若手鳥使いである間は、異性との交際はしない。それが鳥使い達の守るべき決まりだ。だから若手鳥使いが、家族でも無い異性の大人と二人だけになる事は、出来るだけ避けられている。ジェイドがモリオンと会う時間を早く切り上げようとしたのは、モリオンがまだ若手だからに他ならなかったのだ。そう気づいた瞬間、ある思いがモリオンの心に沸き上がる。

(早く一人前の鳥使いになって、ジェイドと二人だけで会いたい)

ジェイドとは、大人の男女として一緒にいたい。でもそれはいつの事になるのか……。

「さあジェダイド、行こう」

自分の前に新たな目標が出来たのを意識しながら、モリオンはジェダイドと共に、離着陸場から洞窟に入って行く。


 モリオンが瞳の湖でジェイドと会ってから二週間後、モリオンは約束通りジェイドの元へ、収穫した果物を受け取りに行った。ジェイドが収穫した果物を、長老達は気に入ってくれたのだ。ただし今度は、行動を共にする仲間と一緒に。

モリオンの仲間は一人前の鳥使いになったケレルが抜けたために四人になり、ケレルの代わりにシリカがリーダーとなっていたが、相も変わらず頼もしい仲間達だった。ただモリオンがジェイドと再会してから後、気になる異変が起きていた。樹海周辺部にいた鳥使い達から、奇妙な飛行物体を見たとの情報がもたらされていた。かつて樹海周辺部でベヌゥの卵を盗んだような、悪さをする飛行物体がまた現れただろうか。鳥使い達は警戒を強めていた。とはいってもモリオン達若手には大きな影響は無く、モリオン達がジェイドの果物を受け取りに行った時も、ただ周囲への注意を怠らないようにするだけだ。

瞳の湖への飛行は順調で、奇妙な飛行物体どころか、樹海周辺部に十数種類いる猛禽にも出くわさなかった。しかも天候はすこぶるよろしい。若手鳥使い達は仕事中なのを忘れそうになりながら瞳の湖までの飛行を続け、ジェイドが住む果樹の林に到着した。若手鳥使い達は果樹がまばらに植わっている林に立つジェイドを見付けると、次々とジェイドの前にベヌゥ達を着地させる。ジェイドは騎乗獣と荷役獣を従えて、若手鳥使い達が来るのを待っていたようだ。

「ジェイド、果物を受け取りきたわよ」

モリオンは仲間と共にハートナーから降りると、早速ジェイドに話し掛ける。

「よく来たてくれたね。果物は容易しているよ」

ジェイドはモリオン達を快く迎えてくれ、モリオンはその様子を見て安堵した。

「収穫した果物は、家の前に置いてあるんだ」

「家って?」

「こっちだ」

ジェイドは若手鳥使い達がベヌゥ達を自由に下の見ると、さっさと二頭の家畜を引き連れて歩き出し、若手鳥使い達はその後に続いた。

 ジェイドは家畜達を引き連れて果樹の間を通り抜け、後に続く若手鳥使い達を、二つ並んだ小屋の前までやってきた。ジェイドは二つの小屋もうち、家畜小屋らしい小さな小屋に家畜達をいると、まだ建築途上の大きな小屋の前に若手達を案内した。

「これが貴方の家?」

おそらくジェイドが一人で建てようとしているのだろう。かなりな悪戦苦闘の後がある。

「そうだよ。ちゃんと果物がおいてあるだろ」

「あぁ、これね」

確かに、小屋の前には果物の山が積み上げられている。だが果物の山以上に目を引いたのは、小屋の側面にぽっかりと空いた出入り口と、その横に立てかけられた扉だ。

「この果物を持ち帰ってほしいのだけど、その前にちょっと、手伝ってくれないかな」

ジェイドはまだ取りつけていない扉で叩きながら、若手達に頼み込む。やれやけ……ジェイドは自分の家と家畜小屋を一人で建てるのに挑戦し、家畜小屋を完成させたものの、母屋を立てるのに四苦八苦しているらしい。そして若手鳥使い達は、手伝いがほしいジェイドの前に、都合よく姿を現してしまつた。

「早くちゃんと、戸締りがしたいんだよ」

若手鳥使い達は、暫くあっけにとられていたものの、リーダーのシリカの一声で、ジェイドの小屋づくりを手伝い始めた。

「まぁ、いいでしょ、手伝いましよう」

「有難う!」

シリカとジェイドのやり取りを合図に、若手鳥使い達はさっそく家作りに始める。若手達は小屋に扉を取り付け、出入り口と同じように開いたままになっている窓も空き閉め出来るようにし、後は細かな小屋の不具合を治して鍵を取り付け、小屋作りを終了させた。

「ご苦労様。これ、一人一個ずつなら食べてもいいよ」

ジェイドは思わぬ労働をした後、小屋の前に座ってため息をつく若手鳥使い達に、果物をふるまう。若手達はそれぞれ果物を手に取ると、騎乗服のポケットから小さな折り畳みナンイフを取り出し、果物の皮を剥いて食べ始めた。モリオンも他の三人と一緒に座り、果物を頬張る。

「さぁ、果物を持って帰りましょう」

一息ついた若手鳥使い達は、小屋の前に積んであった果物をそれぞれが持ってきた袋に入れ、ベヌゥ達を呼ぶと騎乗具に果物の袋を取り付け、それぞれのパートナーに騎乗した。

「ジェイドさん、ご馳走様でした」

若手鳥使い達はジェイドに挨拶すると、一斉にベヌゥ達を飛立たせ、瞳の湖を後にした。

 鳥使いの村へと向かいながらモリオンは、何か物足りなく感じていた。ジェイドと二人きりで話す機会が今回はなかったのが、寂しく感じられたのだ。もっとも二人きりになっても、この間のように、よそよそしいものになるのだろうが。

[モリオン、がんばれよ]

ジェイドの事を考えながら操作綱を握るモリオンに、突然ジェイドがイドで呼びかけてきた。

[ジェイド]

モリオンは、直ぐにイドでジェイドに呼び掛けるが、ジェイドの意識はさっさとモリオンの意識を離れ、感じられなくなる。

[ジェイド、今度会ったら、二人で沢山話し合おうね]

モリオンは感じられなくなったジェイドの意識に呼び掛けながら、ジェダイドとの飛行を続ける。若手鳥使い達を乗せたベヌゥの群れは、鳥使いの村に少しずつ近付いていた。

 モリオン達がジェイドの家づくりに手を貸し、山ほど乗り果物を持ち帰った後、ジェイドと鳥使い達とはたびたび会うようになっていた。ジェイドは自分が見つけた果樹の林を整備するには、鳥使い達の協力が必要だと思ったらしく、姿を隠す事はしなくなったし、鳥使い達は、ジェイドの仕事に黙って力を貸していた。密かに、ジェイドには鳥使いの村に帰ってほしいと思いながら。いずれにしろジェイドの事は、鳥使いの村中に知れ渡っていて、モリオンもジェイドと会った鳥使い達の話を、頻繁に聞いていた。今すぐにも会いたいと思いながら。しかしジェイドと会う機会は、簡単には来ない。しかもモリオンがジェイドに会えない間に、奇妙な飛行物体が樹海周辺部で、頻繁に目撃されるようになっていた。また何か事件が起こるのではという緊張感が漂っている中で、再びジェイドと会う機会が来たのは、果物を受け取りに行ってから一か月もしてからだった。ジェイドがイドで鳥使い達に、荷役獣用の傷薬を持ってきてほしいと依頼してきたのだ。早速獣用の傷薬が容易され、薬草の知識があるモリオンが、傷薬を届ける役目を担う事になったのだ。しかも一人で。モリオンは薬草師から受け取った薬の鞄を肩にかけると、ジェダイドと共に瞳の湖へ飛び立っていく。

 モリオンとジェダイドがジェイドのいる果樹の林に着くと、ジェイドは自分の小屋の前で、荷役獣と共に待ってくれていた。モリオンはジェダイドを荷役獣から少し離れた場所に着地させて地面に降りると、そこでジェダイドを待たせてから、ジェイドの元に走っていった。

「ジェイド、薬を持ってきたわよ」

ジェイドの傍で足を止めると、肩にかけた鞄から塗り薬の瓶を取り出して見せる。

「有難う。それよりこれを見てくれよ」

ジェイドは礼を言いながら薬瓶を受け取ると、隣にいる荷役獣に目を向けた。荷役獣の背中から大きなお尻にかけて、無数のひっかき傷がつけられている。モリオンは荷役獣に近寄ると、傷の具合を確かめる。

「猛禽走鳥(ティアトリマ)にやられたんだよ。小さいけど生きた大型獣の背中に乗って、肉を引きちぎる凶暴な奴だ。すぐに見つけて追っ払ったけど、この通りだよ」

「そういうことだったの。かわいそうに。かなり派手にやられているみたいだけど、幸い傷は深くは無いわ。まず薬を塗っていきましよう」

モリオンとジェイドは、早速荷役獣の治療にかかった。まずジェイドに荷役獣を地面に座らせてもらい、傷付いて気が高ぶっている荷役獣が落ちと着くように、モリオンが薬を塗る間は荷役獣の首を抱き、絶えず声を掛けてもらった。モリオンはじっとしている荷役獣の傷に薬を塗り、肩にかけたカバンから大きな走鳥の卵から取った卵殻膜の束を出して、その中の一枚を深そうな傷の上にかぶせていった。

「これで大丈夫でしょう。塗り薬と卵の膜を置いていくから、後はしっかりと見てあげてね」

「有難う、助かったよ」

荷役獣の治療が終わると、ジェイドはモリオンに笑顔で答えて暮れた。初めて見るような、ジェイドの明るい顔だ。

「それにしても、鳥使いの修行をしながら、よく薬草の勉強が出来たもんだ」

ジェイドが関心しているのか、あきれているのか判らない言い方をすると、モリオンはすぐにジェイドに言い返す。

「私は小さい時から、薬草を教わってきたのよ。村に来るまでに、智識はあったの」

モリオンが自慢気に言うと、ジェイドは再び笑ってみせた。

「そうかい。俺はまた、鳥使いを諦めて薬草師になろうとしているのかと思ったよ」

「まぁ! そりゃ私は失敗ばかりしているけど、まだあきらめてはいないわよ」

ジェイドの冗談にモリオンがふくれっ面をすると、ジェイドが再び笑い顔になり、つられてモリオンも笑い出した。そして二人で一頻笑うと、ジェイドは急に真剣な顔になり、モリオンに話し掛ける。

「モリオン、早く一人前の鳥使いになれよ」

真剣な表情のジェイドに、モリオンは一瞬ぎくりとする。そして……。

「君が一人前になった時、俺が鳥使いだったら……俺は君を……」

そこまでいってジェイドは、口から出かかった言葉を飲み込んだ。

「ジェイド……」

ジェイドは何が言いたいのだろうか? モリオンはジェイドの様子をじっと見守る。ところがジェイドが次に取った行動は、モリオンを落胆させるものだった。

「さぁ、もう村に帰ったほうがいいよ。若手がこんなところでじっとしていたら、また評価が下がるぞ」

真顔でモリオンに忠告するジェイドの顔には、何か痛を感じているような表情が浮かんでいた。モリオンには判らない痛みを。

「それに俺は……もう鳥使いではないんだ。若手は鳥使いでない男などと、二人きりでいてはいけない……」

「もう何も言わないで! 帰るから」

モリオンは思わず、ジェイドの言葉を遮るように声を上げる。これ以上、ジェイドに辛い事を言わせたくなかったのだ。

「帰る前に荷役獣の治療法を教えとくわね。傷が治るまで一日に四、五回、傷に薬を塗ってあげて。傷がよくなったら、回数を減らしてもいいわ。深めの傷に張った膜は、一日に一回取り替えて。じぁあ、さよなら」

黙ってしまったジェイドに必要な事を伝えると、モリオンはすぐに黙ったままのジェイドから離れ、果樹の林で待たせているジェダイドの元へと急いだ。

モリオンは林で蹲るジェダイドの元に来ると、心を落ち着かせようとして、暫くジェダイドの羽根を撫でる。ジェイドは、モリオンの事を思ってくれている。でも鳥使いの村には、戻る気は無いし、鳥使いの娘とは付き合えないと思っている。モリオンが一人前になれば、ジェイドを伴侶出来るというのに。ジェイドが、鳥使いの村に帰ってさえいればだが……。

「さぁジェダイド、帰りましょう」

モリオンはジェダイドの羽根を撫でるのを止めると、ジェダイドの背中に乗り命綱を付けると、ジェダイドを飛び立たせた。

「ジェイド、早く村に帰って来て。村に帰って、私の伴侶になって」

モリオンはジェダイドの背中で操作綱を握りながら、何時の間にか小声で呟いていた。

  


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