第21話 第七章 若手鳥使いモリオン3

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 モリオンが予想した通り、モリオンがジェイドと会った日の翌日は、嵐に振り回される日になった。夜中から強くなっていた風は夕方には暴風雨となり、樹海周辺部に行っている者や嵐の影響が少ない場所に遠出をしている者を除いて、すべての鳥使い達の活動が中止された。こうなれば鳥使い達は村の住居に、ベヌゥ達は村がある山の側面に穿たれた無数の穴に籠って嵐をやり過ごす以外、何も出来ない。モリオンも宿舎の中で嵐の音を聞きながら、嵐が過ぎるのを待ち続ける。

[ジェダイド、大丈夫]

モリオンは轟音となって樹海に吹き荒ぶ嵐の音に身をすくめながら、ジェダイドの意識を探る。ジェダイドの意識と繋がるとモリオンの意識に、狭い塒でじっと蹲っているベヌウの姿が伝わってきた。ジェダイドは塒に籠り、嵐をやり過ごそうとしてといた。ジェダイドには、何事も起こらなかったようだ。安心したモリオンは、ジェダイドの意識から離れると、今度は他の鳥使い達の意識と繋がる。

 モリオンの意識が多くの鳥使い達の意識と繋がると、イドを通じて様々な情報がモリオンの意識に伝わってきた。その多くは鳥使い達が見ている嵐の様子だったが、中には朝早くに瞳の湖へ行き、嵐になる前に村に帰ってきた鳥使い達が伝える情報もあった。

彼らによると、今日は瞳の湖にジェイドの姿は無かったようだ。まぁ嵐に合わないよう早々に瞳の湖を後にしたので、ジェイドを探す時間が無かったのだが。しかしジェイドの捜索に出かけた鳥使い達は、瞳の湖の周辺に果樹の林があるのを見付けていた。それも人の手が入れられたような果樹の林だという。ジェイドは瞳の湖で、果樹を育てているのだろうか? なんとか早いうちに瞳の湖に行き、ジェイドを探せないものだろうか。嵐を過ぎ去るのを待ちながら、モリオンはジェイドを探す事を考えていた。

次の日の朝に嵐が止むと、早速嵐の後始末が始まった。鳥使いの村のあちこちで荒に飛ばされた物の後片付けや建物の修理が行われ、鳥使い達は手分けして、樹海の様子を見に行った。モリオンも行動を共にする若手鳥使い達と共にベヌゥに乗り、深緑の見回りに出かけた。

嵐が過ぎ去った後の深緑は、ベヌゥの背中から見ると、何も被害かないように見える。しかしよく見ると、鳥の巣が飛ばされていたり、古くて枯れかけた巨樹の大きな枝が折れていたりと、それなりに嵐の爪痕を見付けられた。だがその殆どは軽微な被害で、鳥使い達の手を煩わすまでもないものだ。

[さぁ、ちょっと休憩して、村に帰ろう]

モリオンが属している若手集団のリーダーの少年ケレルがイドで仲間呼び掛け、若手鳥使い達は巨樹の大枝で休息をとる事にした。手頃な大枝にベヌゥ達を止まらせ、ベヌゥの背から降りると枝の上に座り、一息つく。嵐の後の空はきれいに晴れ上がり、眼下には昨日からの嵐は何処へ行ったかとも思われるくらいの、穏やかな景色が広がっている。しかしモリオンは、巨樹の大枝から分かれている小さな枝で、何かが蠢いているのに気付いた。

「あれ……なにかしら」

言うや否やモリオンは立ち上がると小さな枝に向かって歩き出した。節くれだった枝の上を歩き、大枝から小さな枝が伸びている前に来ると、小さな枝に灰色の獣がしがみ付き、弱々しい鳴き声を上げているのが見えた。長い胴体に短い六本の足がある、深緑の巨樹に住む獣……それもまだ幼い獣だ。丸い頭に大きな目と口をしていて、太く丸っこい尻尾を持っている。なかなか可愛いい。親から逸れたのだろうか? それならば保護してあげなければ。幸い幼獣のいる枝は、人間一人が通れるだけの大きさがある。意を決したモリオンはゆっくりと、巨樹の小さな枝を歩きだした。

「おーいモリオン、どこ行くんだい」

小さな枝を歩くモリオンを見付け、ケレルが慌てて大枝と小さな枝との分岐点まで、モリオンの後を追ってきた。

「大丈夫、このこを連れてくるだけだから」

モリオンは幼獣をケレルに指差しながら、さりげなく答えてみせたのだが、ケレルはモリオンの行動にかなりびっくりしたようだ。

「おい、深緑の獣を拾うやつなんていないぞ。早くその枝から離れろ」

ケレルがせっつくのもかまわず、モリオンは幼獣の前に来ると腰を屈め、幼獣の滑らかな毛に触れてみた。

「よしよし、大人しくしていてね」

モリオンが静かに声を掛けると、幼獣は甘えたような声を出し、目細める。少し弱っているらしいが、大きな怪我もなく大丈夫そうだ。

「モリオン、早くしろ」

大枝ではケレルが相変わらず、モリオンを急かし続けている。モリオンは素早く幼獣を抱え上げると、慎重に小さい枝を歩き、大枝に戻っていく。幼獣をしっかり抱きしめながら。モリオンの腕の中でじっとしている幼獣は、思ったよりも軽かった。

「なんでこいつをつれてきたんだよ」

大枝に戻るとケレルが、ふくれっ面をしながらモリオンに文句を言った。いつの間にか残りの仲間もやってきて、不安そうにモリオンと幼獣を見ている。

「だって……仲間と逸れてかわいそうだったから……」

モリオンはぼそぼそとケレルに反論しだが、ケレルはモリオンの反論が終わらないうちに、モリオンを怒鳴りつける。

「あのなぁ、俺たち鳥使いは、樹海の鳥を保護しても、樹海の獣は保護しないものなんだよ」

どうやらモリオンは、大きな失敗をしでかしたらしい。確かに樹海の獣は相手にしないとは聞いていたのだが、すっかり忘れてしまっていた。

(ど、どうしょう……)

思わぬ展開に、モリオンはすっかり焦ってしまった。モリオンの無分別な行動は、きっとイドを通じて長老達にも知れ渡るだろう。そうなったら長老達は、モリオンにどんな評価を下すだろうか? 考えただけで、頭が真っ白になりそうだ。

「でもねぇ、ケレル。樹海の獣を保護する事は、罰則規定には無いわ。それに、この幼獣は小型の獣よ。捕食動物の餌食になるような。それも跳躍力の無い種類ね。面倒にはならないと思うけど」

横から友人の若手鳥使いシリカが助け船を出してくれ、モリオンは少しほっとする。

「まず、幼獣の事を長老達に知らせて、判断を仰ぎましょう」

シリカに言われ、若手鳥使い達はいどの力を使ってモリオンが深緑で幼獣を拾った事を伝え、判断を仰いだ。

[しょうがないわねぇ。まぁ前に同じ事をした鳥使いもいたことだし、特別に許可しましょう]

[ありがとうございます]

長老クリスタから幼獣を連れて帰る事を許可され、モリオンは長老達に感謝し、早速幼獣を連れて帰る準備をした。騎乗服の一番上のボタンを緩めて騎乗服の中に幼獣を入れ、ジェダイドの背に乗ると仲間達と空へと飛び立った。嵐の影響を見る仕事は、まだ少し残っている。そして残りを見回り終えれば鳥使いの村に帰り、幼獣の世話が待っていた。

 深緑の見回りを終えて鳥使いの村に帰り、ジェダイドの世話をし終えるとモリオンは、洞窟にいたユーディアに深緑を見回った事報告し、連れてきた幼獣を見せた。

「みんなが見回った限りでは、嵐で大きな問題は起こっていないみたいね。このこを除いては。モリオン」

「はい」

ユーディアはモリオンが抱える幼獣を睨みながら、モリオンを呼びつける。

「まず、このこを保護小屋に連れていきなさい。多分、小屋の番をしている人が手を貸してくれると思うけど、あなたが主になってこのこの世話をしなさいね」

「はい! ありがとうございます」

ユーティアに言われ、モリオンはさっそく洞窟の奥の階段を昇り、山頂に出ると鳥使いが保護した鳥を収容する小屋へと、幼獣を連れて行った。

 保護した樹海の鳥を収容する小屋は山頂の村はずれに建てられていた。ひっそりと建つ小屋の中には幾つもの鳥を収容する籠と治療の為の薬品や器具を収納する棚が置かれ、今は引退した、かなり高齢の鳥使いが管理を任されていた。

「ヘーデンさん、このこをお願いします」

モリオンは保護小屋に飛び込むと、連れてきた幼獣を、診察台に乗せた灰色の猛禽の様子をみている痩せた白髪の管理人、ヘーデンに見せる。

「ほおぅ、珍しい生き物を連れてきたね」

丁度猛禽の治療を終えたばかりのヘーデンは、猛禽を診察台に乗せた籠の中に戻すと、杖を使って椅子から立ち上がると、ゆっくりとモリオンに近付き、モリオンが抱えた幼獣をじっくりと観察しだした。

「嵐で仲間と逸れたようで……」

モリオンは幼獣をヘーデンが観察しやすいように、猛禽のとは別の診察台に乗せると、幼獣を村に連れてきた次第をヘーデンに説明する。

「そうか、見過ごせなかったのか。とりあえず、この子には水を飲ませてあげよう」

ヘーデンは棚から水を入れた瓶と吸い飲みを取りだすと吸い飲みに瓶の水を入れ、吸い飲みを幼獣の診察台まで持ってきた。ヘーデンが吸い飲みを幼獣の口に当てると、幼獣は少しずつ水を飲んでいった。

でも深緑の獣を保護しないのには、それなりの理由があるのだよ」

ヘーデンは幼獣に水をやりながら、何故樹海の獣を保護しないのかをモリオンに説明し始めた。

「まず、樹海の獣には樹海の樹木に巣食う虫をほじくり出して食べるものが多いということだな。幼獣は、親が採った虫を食べさせてもらっている。樹海の獣達は上手く虫を見付けて採るけど、人間には気に巣食う虫を探すのは難しい。それに鳥使いは、樹海の鳥とは意識を繋ぐ事が出来るのだけど、樹海の獣とは意識を繋ぐ事は出来ない。それに巨樹の枝から枝へと飛び移るほどの跳躍力のある獣は、保護された仲間を追って村近まで来る可能性がある。それが、鳥使いが新緑の獣を避ける大きな理由だな」

ヘーデンの説明を聞き、モリオンは鳥使いが深緑の獣を保護しない理由を理解した。樹海の獣の餌を必要な量だけ調達出来なければ、保護しても悲惨な結果に終わるのは目に見えている。しかしモリオンは既に樹海で幼獣を保護してしまった。まずは何処かで餌になる虫を調達しなければ……。モリオンはヘーデンが幼獣を観察するのを見ながら頭を巡らせ、ある方法を思いついた。

「ヘーデンさん。私、虫があるところを知っています」

「へえっ何処だね?」

モリオンが思わぬ事を言ったので、ヘーデンは、きょとんとした顔をしてモリオンを見る。

「製薬所です。あそこには薬の原料として、樹海の樹の虫があります」

「ああ、そうなのかぁ」

ヘーデンは納得したようだ。

「このこには、どれくらいの虫が必要なのかしら」

「まぁ、この幼獣は小さいから、この袋一杯分だろう。はっきりとは判らんが」

モリオンの質問に答えながら、ヘーデンは診察台の置いてある網目状の袋をモリオンに渡す。保護した鳥を運ぶのに使う袋だ。

「有難う。これから製薬所に行ってきます」

袋を受け取るとモリオンは鳥の保護小屋を飛び出し、大急ぎで製薬所に向かった。

 モリオンは生きを切らしながら製薬所に着くと、早速虫を分けてもらうよう、薬草師と交渉する。幸いな事に製薬所には運びこまれたばかりの薬の原料用の虫があり、モリオンは薬草師に頼み込んで、虫を分けてもらった。薬草師は薬にするには問題のある虫を選んでモリオンに持ってくると、モリオンはその虫を袋に入れ、薬草師に礼を言うとすぐに製薬所から鳥の保護小屋に戻った。

 鳥の保護小屋に戻るとモリオンは、さっそく持ってきた虫を幼獣に食べさせてみる。柄の長い匙で餌の虫をすくい、幼獣の口元に持っていくと、幼獣は見事に虫に食いついた。成功だ。その後も幼獣はモリオンが差し出す虫を食べ続け、袋の虫が半分になったところで満腹になったのが、食べるのを止め、眠ってしまった。

「さぁ、此処に寝かしてあげよう」

幼獣の様子を見たヘーデンは、空いている籠の中にふんわりとした布を敷くと、布の上に幼獣を寝かせるようにモリオンに指示し、モリオンは籠の中に幼獣を入れる。籠の中で眠る幼獣を見て、モリオンは一安心したものの、次の心配事が頭をよぎった。今はなんとか餌の虫を調達出来たが、何時までも薬の原料の虫をあてにするわけにはいかない。鳥使いが樹海の樹木に巣食う虫を取って来るのは、そう旅立火ある事ではないのだから。何処かで虫を調達しなければ……。あれやこれや考えるモリオンの頭にふと、幼獣を保護した時に友人のシリカが言った言葉が浮かんできた。シリカは、前にも深緑の獣を保護した鳥使いかいると言っていた。ヘーデンはそれが誰だか、知っているだろうか。

「あのぅ、前にも樹海の獣を保護した鳥使いがいたと聞いたのですけと、誰ですか?」

モリオンがヘーデンにおずおずと尋ねると、ヘーデンから思わぬ答えが返ってきた。

「あぁ、それはジェイドだよ。あの時もジェイドが連れてきた獣の様子を、わしがみてやったんだ」

なんと、ジェイドはモリオンよりも、樹海の獣を保護していたのだ。

「ジェイドは、どうやって深緑の獣の餌を調達していたか、覚えていますか?」

モリオンは懸命に、ジェイドが虫を地用達した場所を聞き出そうとした。しかし……。

「それは知らん。樹海の獣を保護する前からジェイドは、よく薬用の虫を取ってきていたんだ。だから深緑の獣を保護したんだろう。だがどこで薬用の虫を捕るのかはね誰にも教えなかった。多分、虫を取り過ぎるのをおそれたのだね」

ジェイドは、虫の調達場所を他人には知らせていなかった。しかし望みはある。直接イドを使って、ジェイドに聞いてみればいいのだ。ただ誰とも意識を繋がないジェイドが、モリオンの呼び彼家に応えてくれるのか、怪しいのだが。

「ヘーデンさん有難う。また明日此処へ来ますから、あのこをよろしくお願いします」

幼獣の事をベーデンに頼むと、モリオンは保護小屋を出て山頂の真ん中にある広場に向かった。

広場は祭りの時などはにぎわう場所だが、鳥使いや村人が仕事をしている午後の今五炉は、人影は無い。モリオンは広場に立って午後の空に浮かぶピティス見ながら、ジェイドと意識を繋ごうと試みる。しかしジェイドの意識らしきものは、何一つ感じられない。

(やはり無理なのか……)

モリオンが諦めかけた時、突然モリオンの意識に呼び掛けてくるものがあった。

[モリオン]

ジェイドの声がモリオンの意識に響くると同時に、ある光景が、モリオンの意識に現れる。鳥使いの村の近くにある老木の群れ……もしかしたら此処が、ジェイドが深緑の獣の餌を調達した場所なのだろうか? 明日はジェイドが伝えてくれた場所へ行ってみよう。そう心に決めるとモリオンは、急いで自分の宿舎へと戻っていった。

ジェイドと意が繋がった嬉しさを、しっかりと抱きしめながら。

  

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