第15話 第五章 鳥使いの修行3

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初めて歩くフォルサの町の風景は、モリオンにとっては何もかも始めてのものだった。大きな広い通りの両脇にずらりと立ち並ぶ商店、通りを行き交う髪や瞳の色が様々な大勢のマントを着た人々、そして商店の前に置かれた陳列台に所狭し並べられたささまざまな商品……そして何よりもモリオンを驚かせたのは、市場の人々のせわしなさだった。人間の動きが、故郷の村の二倍は早いような気がする。目が回りそうになりながら、モリオンは懸命に荷車を押す。人波を掻き分けながら荷車を進ませ、一軒の店の前までたどり着くと、商人ナーイは荷車を止まらせた。

「この店ならいいだろう。品物も豊富だし、店主も信用できる」

ナーイはカーネリアに囁くように言う。カーネリアは、店の様子や店先に置かれた商品を見回してから、ナーイに頷いてみせた。最初の商売相手が、この穀物を扱う店に決まったらしい。

「さあ、これからが商売のはじまりよ。モリオン、よく見ておきなさいね」

モリオンにそう言うと、カーネリアは店先に立っていた少年に声を掛ける。少年はすぐに店の奥に入り、店主を呼んできた。これからが、商売の始まりだ。

「いらっしゃい、今日は良い麦があるよ」

店の奥から出てきたのは、丈の長さが踝まである上着を着て白い布でほっかむりをした、愛想の良い年配の女性店主だった。店主とカーネリアは、軽く握手をする型どおりの挨拶をすると、早速、商談に入った。

「まず、その麦を見せて」

カーネリアの要求を聞いて、店主は手伝いの少年に麦の袋を持ってこさせる。店の奥へと入った少年が大きな白い袋を担いでくると、店主はすぐにその袋を開いて中の穀物を見せた。

「どう? いい麦でしょ。ブラン麦だよ」

店主は枡で袋のなかから麦をすくい、カーネリアに手渡す。カーネリアは枡を受け取り、麦を指でつまんだり匂いを嗅いだりして,向きの品質を調べた。

「まぁ、よさそうね。他に何か無い」

ブラン麦を調べ終わったカーネリアは、枡を店主に返しながら商談を続けた。

「そうねぇ、後はクースとカヒン豆なんかどうだね。昨日、仕入れたお買い得ものだよ」

「わかったわ、見せてちょうだい」

話しが進むとカーネリアとモリオンは、店主と一緒に店の奥に入り商品の品定めを始める。ナーイと手伝いの二人組は外からモリオン達の様子を見守っていた。

「有難う。そうしたらブラン麦二袋とこのクース一袋を、薄紅岩塩と交換してくれる?」

「ああ、いいよ。品物の質にもよるけどね」

そういって店主はカーネリアが差し出した薄紅岩塩の見本を慎重に調べ、品質が確かなのを確認するとカーネリアと握手をしたのだった。これで商談は成立したらしい。カーネリアはモリオンに荷物の中から薄紅岩塩をもってくるように指示した。薄紅岩塩は樹海の奥深くにある山で取れる岩塩で、高級品とされているものだ。品質に問題は無いはずだ。モリオンが薄紅岩塩を持ってくると、カーネリアは店主の前に置かれた籠に、店主がよしと言うまで薄紅岩塩の塊を入れていく。こうして大人の腰の高さまである籠の半分を埋めた薄紅岩塩は、大きくて重い穀物袋三つと硬貨の入った小袋に変わった。カーネリアは硬貨の袋を受け取ると、すぐに商人に手渡す。薄紅岩塩に見合っただけの穀物と硬貨が手に入ったと判断したのだ。これで手に入れた硬貨は案内役の商人の取り分に、穀物は鳥使いの取り分になり、この店での商売は終わった。モリオン達は店の人と一緒に穀物袋を荷車に積み込み、穀物を売る店を後にした。モリオン達が押す荷車は大きな穀物袋のおかげで、重くなっている。初めて商売をするモリオンは、みんなについていくだけで精一杯だ。しかしそれも、次の商売相手が決まるまでの辛抱だった。

「次はあの店がいい」

ナーイがしばらく荷車を進ませただけで、次の商売相手を決めてくれたのだ。今度の商売相手は、簡素な天幕の店で布や糸を売る若い女性だ。天幕の前で荷車を止めると、カーネリアがさっそく商品の品定めを始めた。雑然と並べられた品物の中から大きな布と丈夫な糸を選び出すと、カーネリアは女商人に、鳥使いの村近くで取れる野蚕の繭を入れた籠を見せた。この野蚕の繭は成虫が飛び立った後のものだったが、それでも美しい糸を紡ぐことが出来る。女商人は何も言わずに繭の籠を受け取ると、カーネリアが選んだ品物と硬貨の袋をカーネリアに手渡す。こうして二つ目の店での商売を終えると、モリオン達はさらに幾つかの店で商売を成立させ、最後には自分達が個人で持ってきた品物も売り、この日の商売を終えたのだった。

 その日の商売が終わると、モリオン達は荷車を屈強な青年が監視する荷車置き場に預け、その隣の軽食を売る店で腹を満たした。商売の途中で軽い食事をしものの、品物を交換するたびに重くなったり軽くなったりする荷車を押していると、すぐにお腹が空いてしまう。軽食屋で売っているのは、ブラン麦の粉を水で練り鉄板で焼いたものに炒めた野菜などを巻き込んだ食べ物だ。食べ物の類は硬貨で買うのがほとんどだったので、軽食と果汁の飲み物の料金は、商人ナーイが出した。カーネリアとモリオンの代金は、モリオン達が軽食屋の前に置かれた長椅子に座ってから、カーネリアがナーイに真珠を渡す事で支払ったのだ。長椅子に腰掛けて頬張る軽食は、まずまずの美味しさだ。それに食べ応えがあってすぐに腹を満たしてくれる。さらに甘い果汁を飲むと、しばらくぼうっとしたい気分になる。しかし寛ぐモリオンの傍で、カーネリアとナーイは軽食を食べながら今日の商売の話をする。リエンとマインの二人組はモリオン達から少し離れた長椅子で軽食をさっさと食べてしまうと、用事があると言って軽食屋を離れて行った。どうもあの二人は、モリオン達とあまり一緒にいたくないようだ。しかも二人組の後に続いて、店の奥にいた黒いフード付きマントを着た男が店を出て行った。二人組の後を追っているのだろうか?

「お前さん、あの二人をどう思うね」

カップルが離れていくと、ナーイはカーネリアにそっと尋ねた。

「あの二人について感じている事を率直に話してほしい。あの二人は、正体が解からないまま慌てて雇ってしまったのだよ。まぁ、家畜の扱いには長けていたし……。ところが商人仲間に、あの二人は良からぬ連中と会っていると忠告してくれる者がいてなぁ.だからあんたがあの二人に感じている事を教えてほしいのだよ。あんたら鳥使いは、人一倍感が働くから」

思わぬ質問に、カーネリアは考え込んだようだ。暫く難しい顔をする。

「そうねぇ、あの二人は見たところ真面目そうだけど、なにか心を許せない雰囲気があるね」

カーネリアが暫く考えて出した答えは、的を射た答えだとモリオンは思った。確かにあの二人には、心を許せない何かがある。

「そうかぁ、人手足りなくても雇うべきではなかったかな。この商売が終ったら、すぐにやめてもらうかねぇ」

ナーイはぼそっと言うと、軽食屋にジュースのコップを返しに行く。モリオンとカーネリアもナーイに続いてコップを返すと、リエンとマインが帰るのを待って、軽食屋を後にした。いくら心の許せない相手でも、荷車を押すのには彼らの力が必要だった。

モリオン達が荷車に乗せた商売の成果と共に天幕に戻った時には、もうすっかり夜も更けていた。荷車から品物を降ろして天幕の中に運ぶと、商人ナーイと二人組は空の荷車に硬貨の袋を乗せて帰っていった。商人達と別れると、今回の商売は終わり。後は商売の成果を点検してから寝るだけだ。

「うーん、まずまずの成果ってとこね。悪くはないか」

品物を一つ一つ見ていくカーネリアは、今回の成果に満足したらしい。

「でも、何といっても最大の成果は、彼方のアカリバナね」

カーネリアと一緒に品物を見ていると、カーネリアはモリオンの上着のポケットを見ながら呟いた。売り物として持参したアカリバナを売り、代金として貰った真珠の袋で少し膨らんだポケットだ。

「本当はこんな値段で買ってはもらえないのよ。覚えておきなさいね」

そう,アカリバナは高値で売れる薬草でははずだった。少なくとも、カーネリア持参の老木の樹脂ほどには。ところが二人が自分達の商品を売りにいった薬草屋の主人は、アカリバナの茎に珍しい薬用茸が付いていると言って、モリオンのアカリバナに老木の樹脂以上の値段を付けたのだ。初めての商売でモリオンが思わぬ成果を挙げたのが,カーネリアは悔しいらしい。でもモリオンが黙って頷くと、カーネリアはそれ以上何も言わなかった。

 品物を一通り点検し終わると、モリオンとカーネリアは敷物に座ってベヌゥ達に意識を繋げた。ベヌゥ達は、鳥使いが商売をしている間は、単独で樹海を飛び回っているはずなのだが……確かに、樹海の上で元気に羽ばたくジェダイドの姿が意識に入ってきた。鳥使いと離れてはいても、ベヌゥ達は元気なようだ。一安心だ。こうしてベヌゥ達の無事を確認すると、二人はすぐに敷物に横たわった。明日は商売の成果をウルー・ベヌゥに乗せてから、光の川の中州に戻る予定だ。中洲に戻ると、いよいよモリオンの鳥使いの村への引越しが始まる。明日の為に眠って力を貯めておかなければ……ところがモリオンはなかなか寝付けなかった。初めての商売をして、まだ気持ちが昂っているらしい。それにあの二人組、リエンとマインの事が心にひっかかる。あの二人、本当は何者なのだろうか?

ま、考えても仕方が無いか。早く寝よう。

モリオンは頭を切り替えて、眠りに付いく。

天幕の外を、まだピティスが出ていない、小さな月が一つだけ輝いている少し暗い夜が取り囲んでいた。

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