第13話 第五章 鳥使いの修行1

第五章 鳥使いの修行

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 明け方の、目が覚めないころの出来事だった。まどろみの中でモリオンは、ベヌゥの声を聞いていた。鋭く、心に突き刺さるような声がまだ目の覚めぬモリオンの耳に響き渡る。

「誰?」

目が覚めぬまま、モリオンは鳴き声の主を探そうとする。しかし鳴き声の主は見えない。

「誰……何処にいるの……」

いくら探しても、見えるのは青と水色が縞

「誰?」

目が覚めぬまま、モリオンは鳴き声の主を探そうとする。しかし鳴き声の主は見えない。

「誰……何処にいるの……」

いくら探しても、見えるのは青と水色が縞模様を織り成しているこの世界の空ばかりだ。しかし再びベヌウの声がすると、青と水色の空に銀色の巨鳥ベヌゥが忽然と姿を現した。背中に鳥使いを乗せたベヌゥが。

「ジェイド!」

ベヌゥに乗っている鳥使いは、モリオンが生まれて初めて遭った鳥使い、ネフライドに乗ったジェイドだった。

[モリオン]

ベヌゥに乗ったジェイドは、声ではなく心でモリオンに話し掛けてきた。

[モリオン、早く、早く……]

何があったのだろうか? 銀色の巨鳥に乗ったジェイドは、懸命に何かを伝えようとしている。モリオンはジェイドが何を伝えようとしているのかを知ろうとして、ジェイドを見詰める。

「早く……あの雛を見て……」

「えっ? 雛が……どうしたって言うの?」

ジェイドに言われて、モリオンはベヌゥの雛を探した。しかし雛は何処にも見えない。ただ広い、アゲイトの空が見えるだけ。銀色の巨鳥もジェイドの姿もいつの間にか消えていた。

[ジェダイド……]

途方にくれるモリオンの耳に、いきなり何かの名前らしきものが聞えてくる。

[モリオン、ジェダイドを見て、早く!]

名前に続いて、声の無い言葉がジェイドの呼びかけを伝えてきた。

「ああ、そうか、あの雛はジェダイドって言う名前なのね」

ジェイドがベヌゥの雛の名前を、自分に知らせてくれたのだと気付いた瞬間、モリオンは目を覚ました。


 実際のベヌゥの鳴き声で、モリオンは目を覚ましていた。いつもとは違うベヌゥの鳴き声に眠りから覚めると、すでに起きて身支度を済ませたカーネリアが家の出入り口の前に立っていた。それを見たモリオンは、慌てて身支度をするとカーネリアの横に行った。

「カーネリア、何があったの?」

モリオンが呼び掛けても、カーネリアはすぐには返事をしてくれなかった。まだ弱々しい朝日の中で、何かに意識を集中しきっているかのようだ。

「カーネリア!」

もう一度呼び掛けても返事が無い。不安を感じたモリオンは、カーネリアの見ているものに目をやってみた。そして思わぬものを見たのだった。

 カーネリアが見ていたのは、今まさに飛び立とうとしているベヌゥの雛の姿だった。いや、もう雛とはいえないだろう。力強い翼を持った、立派なベヌゥの成鳥だ。若い銀色の巨鳥は、十分に飛ぶ力を蓄えた翼を何度も大きく羽ばたき、モリオン達が住んでいる中州の岩の家の前から、空へと飛び立とうとしている。カーネリアは、ベヌゥの若鳥、ジェダイドの巣立ちを見守っているのだ。しかもジェダイドを見守っているのは、カーリアだけではない。二羽のマダラウズラ、ラグとフレプも若いベヌゥの旅立ちを、扉の外で見守っている。マダラウズラ達は首をジェダイドに向け、絶えず低い声を出しながらジェダイドを見守っていた。

「私、どうしたらいいの?」

岩の家とあの奇妙な建物、知識の塔に挟まれた場所で羽ばたくジェダイドを見ながら、モリオンは戸惑っていた。若きベヌゥ、ジェダイドのパートナーとして、何をしたらよいか解からないのだ。

[モリオン!]

戸惑うモリオンの意識に、突然ジェィドの声が話し掛けてきた。

[モリオン、早くジェダイドと意識を合わせるんだ!]

シェイドは生きていたのだ。生きて何処かでモリオン達を見守っている……イドの力で私に呼びかけている。それが解かった瞬間、モリオンは心に光が差すのを感じた。

[ジェイド、何処にいるの?]

モリオンは姿の見えないジェイドに、心で呼び掛ける。しかし答えは無い。姿を見せたくないようと言うように。ジェイドジェイドの意識が消えるとモリオンは、ジェイドの指示通りに意識をジェダイドに向ける。

「ジェダイド!」

銀色の巨鳥に呼び掛けると、今度は巨鳥ジェダイドの意識がモリオンの中に飛び込んでくる。モリオンとジェダイドは、意識を繋ぐ事に成功したのだ。

 モリオンと繋がったジェダイトの意識は、ベヌゥの若鳥が飛び立ちたいという欲求にかられ、高い場所に上りたかっているのを知らせていた。此処からうまく空へと飛び立つ為には、高い所へ駆け上がるのが必要なのだ。

 出来るだけ高い場所に登り、翼を幅かせたい。ジェダイドの意識は、モリオンの意識に強い飛翔への欲求を訴え続ける。しかし、この中州には、知識の塔以外に、高い場所は無い。そこでモリオンは、ジェダイドを知識の塔に登らせる事にした。

「さぁジェダイド、こっちよ」

モリオンは家から外に飛び出すと、まずジェダイドの前に立ち、気持ちの昂ぶるベヌゥの目を見る。興奮したジェダイドの、黄金に光る目を見詰めていると、ジェダイドは徐々に落ち着きを取り戻し、目の光をいつもの蜜色に変えた。

「さあ、こっち……」

モリオンは少し大人しくなったジェダイドの羽に軽く触れた後、知識の塔に向かって歩き出す。それに釣られてジェダイドも知識の塔へと歩き始める。ベヌゥの成鳥を自分の思っている方向に動かす技は、もう完全に会得していた。

「そうそう、こっちよ」

モリオンは、ジェダイドを知識の塔のまん前に導く。ジェダイドが知識の塔に辿り着くと、モリオンは知識の塔の壁に手を当て、顔を上げて塔の先端を見上げた。ジェダイドは、今は高い所に登りたいという強い欲求で動いている。ベヌゥの若者が始めて空へ飛び立つのにふさわしい、高い所をジェダイドに指し示してやれば、ジェダイドはすぐに登って空へと飛び立つだろう。モリオンは塔の先端を見詰めながら、自分が見ている光景をジェダイドの意識に送った。モリオンとベヌゥの意識が繋がると、モリオンの意識にも、ジェダイドの意識が入り込んで来た。

 若いベヌゥ、ジェダイドは気持ちが高揚するのを抑えきれないでいた。何故だかはわからないが、空を見ると身体が浮き上がるような気持ちがするのだ。身体がふわりと空まで浮き上がり、空の上で翼を動かせば、空の中を自由に動き回れる。そんな感覚が、ジェダイドの心を高揚させ、いつもジェダイドの傍にいるパートナーの人間、モリオンの意識にも影響を与えていた。モリオンはジェダイドの昂ぶる意識に戸惑いながら、何とかジェダイドを自分の力で導こうとしている。ジェダイドは昂ぶる意識の中で、塔と呼ばれる建物の前に立つモリオンに従おうとした。

[さあ、この塔の上へ行きなさい]

塔に手を当てているモリオンの意識は、ジェダイドに塔の上へ登るように伝えている。そしてさらに、ジェダィドの意識の底で響く声があった。

[空へ……空へ、飛ボウヨ……飛ボウヨ]

何者かが、ジェダイドの意識に呼び掛けている。それも空から。まだ遠くにいて姿はみえないが、空にいる誰かが呼びかけている。

[飛ボウヨ……飛ボウヨ……]

意識の底で響く声は、大きくなっていき、ジェダイドは足の爪を塔の壁に引っ掛け、一気に塔を上り始めた。

呼びかけに答える為に。

ベヌゥの仲間達が、すぐそこに来ているのだ。

「そうよ、ジェダイド!」

モリオンは塔を駆け上るジェダイドに、ありったけの大声で呼び掛けた。

ジェダイドは翼を大きく広げながら、知識の塔の先端まで一気に駆け上がった。そして塔の上で大きく翼をはためかせると、そのまま空中に飛び出した……。

「飛んだ!」

空中に飛び出したジェダイドは、ニ、三回大きく羽ばたくとモリオンの頭の上を滑るように飛んでいく。いかにも嬉しそうに。そして初めての飛翔をやり遂げたジェダイドの興奮が、モリオンの意識へ伝わって行く。

「ジェダイド、その調子、その調子……」

モリオンは空を飛んだばかりのジェダイドを激励しながら、巨鳥の後を追うように走り出す。ちょっと走れば、断崖絶壁が迫っているのをすっかり忘れて。

「あぶない!」

カーネリアの叫ぶ声が聞えた時、モリオンは崖っぷちにたっていた。もう少しで断崖から真下の川へ落ちるところだ。カーネリアの大声を聞き、寸でのところで立ち止まったのだ。

「モリオン!」

モリオンの意識をはっきりさせようと、カーネリアはなおも大声で叫ぶ。しかしモリオンがその後にした行動は、とんでもないものだった。なんとモリオンは、ジェダイドを追って自分も空中へと飛び出していったのだ。

 何故こんなことをしたのかは、モリオンにも解からない。気が付いたら、崖から空中に飛び出していたのだ。

[ジェダイド!]

崖の下に落ちていくモリオンは、意識の中でジェダイドを呼ぶ。銀色の巨鳥さえ傍にいてくれていたら、多分、大丈夫なのだろうと思って……。そしてそのとおりになったのだ。

落下してゆくモリオンに、ジェダイドの銀色の翼が迫ってきたと思った次の瞬間、モリオンはジェダイドの背中にいた。初飛行したばかりのジェダイドに、モリオンはいきなり騎乗したのだ。ジェダイドに騎乗したモリオンは、ジェダイドの背中にしがみつき、ジェダイドと共に空に舞う。

「なっ、なんてこと……」

今はモリオンの目の下にある中州では、カーネリアが驚きの眼差しで、モリオンとジェダイドを見上げている。

「まるで……ハリの再来みたい」

カーネリアは、鳥使いの間に語られている…説の女性を思い出していた。この世界アゲイトで始めてベヌゥの背に飛び乗り、鳥使いとなった女性ハリ。今のモリオンはハリの奇跡の再現をしているみたいだ。そしてその奇跡を、いつの間にか姿を現した大勢の鳥使い達が、ベヌゥの上から見守っていた。鳥使いを乗せたベヌゥ達の先頭には、カーネリアの相棒のブルージョンが、人を乗せずに飛んでいる。おそらくブルージョンが、ベヌゥと鳥使い達を連れて来たのだろう。カーネリアの仲間達が、べヌゥに乗ってやって来たのだ。

モリオンとジェダイドは、しばらく知識の塔の上空を後、大勢の鳥使いが見守られながら中州にゆっくりと降り立った。無事、初飛行を終えたのだ。

「モリオン!」

中州に降り立ち、蹲ったジェダイドの背中からモリオンが降りてくると、カーネリアがすぐに走り寄って来た。

「彼方って人は……」

モリオンの傍に来るとカーネリアは、モリオンをそっと抱きしめる。

「カーネリア。ジェイドが……ジェイドが私を励ましてくれたの。ジェイドは私達を見守っているのよ。でも、私の呼び掛けには答えてくれなかった……」

「解っている。今は姿を隠していても、ジェイドは再び私達と意識を繋げてくれたのよ。何時かジェイドが姿を現してくれるのを待ちましょう」

自分にしがみ付きながらジェイドの意識を感じた事を懸命に話すモリオンに、カーネリアは落ち着かせようとして静かに話し掛ける。

「モリオン、貴方を励ましているはジェイドだけじゃないのよ。ほらご覧なさい」

カーネリアがモリオンから離れて空を見上げると、突然モリオンの意識はカーネリアの意識と繋がった。いや、繋がっているのはカーネリアだけでは無い。沢山の鳥使い達の意識がモリオンと繋がっている。今までにない事だ、一度に多数の意識と繋がったモリオンはすっかり混乱してしまい、慌ててカーネリアから後ずさりする。

「しっかりして、モリオン!」

カーネリアは混乱したモリオンを落ち着かせようと、しっかりとした口調で話し掛ける。

「彼方の心は、全ての鳥使い達の心と繋がったのよ。これで彼方に鳥使いになる資格があるのがはっきりしたんだから。ほら見て」

カーネリアはモリオンに空見るように促す。空には十数羽のベヌゥと鳥使いを乗せて飛んでいる鳥使い達が、モリオンを祝福しに来てくれたのだ。

「彼ら全員が彼方を受け入れなければ、鳥使い全員の意識と繋がれない。みんなの意識と繋がっていないと、鳥使いにはなれない。でも、彼方はちゃんとみんなの意識と繋がれた。それもジェダイドの初飛行の時に!」

モリオンの心に、カーネリアの興奮と喜びが伝わってくる。そしてカーネリアの喜びが、カーネリアだけのものではないのに、モリオンは気付いた。モリオンと繋がっている鳥使い達の意識が、モリオンを歓迎していた。

[おめでとう!]

[よくやった!]

鳥使い達の声がモリオンの意識に響き、モリオンを戸惑わせる。この大勢の声に堂こたえたらいいのか……。モリオンには解からなかった。しかし鳥使い達は、モリオンの不安などお構いなしに新しい鳥使いを歓迎する儀式をはじめたのだ。

ベヌゥに乗った鳥使い達は、一人ずつベヌゥを中州に着地させると、ベヌゥの背か羅降りてモリオンの両手をしっかりと握り締めていく。簡単だが大きな意味のある儀式だ。

鳥使いが手を握っているほんのちょっとの時間で、その鳥使いの名前や性格などが、大雑把ながら解かるのだ。モリオンの手を握り終わると、鳥使いは再びベヌゥの背に乗り、一人ずつ空に舞い上がっていく。

[アロラ……ウリ……ジェンニ……]

鳥使い達一人一人の手を握りながら、モリオンは鳥使い達の名前を覚えていく。それと同時にモリオンの情報が、手を通して鳥使い一人一人の意識に入り込んでゆく。この簡単な儀式が終わると、鳥使い達はまたベヌゥに乗って、空へと舞い上がり、最後に鳥使いを乗せていないブルージョンだけが残った。そのブルージョンも、しばらく中州の上を飛んだ後、空の彼方に消えていった。

「ありがとう、みんな」

鳥使いが手を通して伝えてくれた歓迎の意思に、モリオンはこの上ない幸せを感じ、鳥使い達に感謝した。鳥使い達はよそ者のモリオンを、仲間として受け入れてくれたのだ。

「モリオン、鳥使いの村で待っているよ」

そんな言葉をモリオンの心に残し、鳥使いとベヌゥは鳥使いの村へ帰っていく。再びカーネリアと二羽のベヌゥだけになって、モリオンはある事に気付く。鳥使いの村には、自力で行かなきゃならないのかのだ。鳥使いの仲間入りが出来たと言っても、モリオンとジェダイドはまだやっと飛び始めたばかりだ。本当に鳥使いになるためには、樹海周辺部にある中洲から、樹海深く深緑にある鳥使いの村までの距離を、自力で飛ぶ技量を身に着けなければならないのだ。鳥使いには怪我や急病にでもならないかぎり、他の鳥使いのベヌゥに乗せてはもらえない決まりがある。鳥使いと一緒にベヌゥに乗れる人間は、鳥使いの村の者で鳥使いをしていない人と、村の長老が特別に許可した村人以外の人間だけだ。遠距離の飛行が出来まで、一人と一羽の修行は続くのだ。早く村まで飛んで行けるようにモリオンとジェダイトは、カーネリアとブルージョンと一緒に樹海周辺部をあちこち飛んで経験を重ねた。時にはジェイドの姿を探しながら。モリオンが初めてジュダイドと一緒に飛んだ時以来、モリオンやカーネリアの意識に、ジェダイドの意識が入る事は無かった。ジェイドは鳥使い達の前に姿を出すのを拒否しているようだ。今は待つしかないのだろう。いやそれ以上に、鳥使いに必要な知識を習得するほうが大切だ。モリオンは鳥使いの村から送られた騎乗服を着てジェダイドに乗り、樹海を飛び回りながら、鳥使いに必要な体験を積み重ねて行く。樹海での体験の中でも特にモリオンの記憶に強く残ったのは、樹海周辺部にある湖の周辺に広がる草原の様子だった。その草原には、首が長く大きな目をした茶色い大型走鳥に乗り、やりや弓矢で狩りをする狩猟民が住んでいた。走鳥を操って草原を疾駆する赤い髪の狩猟民の姿にモリオンは、かつてイナの村を襲ったと言う走鳥に乗った無法者の話しを思い出した。彼等はイナを襲った人間と関わりがあるのだろうか? そんな疑いが頭に浮かび、モリオンは狩猟民について詳しく知りたいと思った。しかし鳥使いとしての一歩を歩み始めたモリオンには、何よりも鳥使いの修行に専念する事が求められている。ただ修行に専念しながらも、モリオン達はジェイドの姿を探すのを止めなった。ジェイドはたしかに生きているのだ。だがジェイトはなかなか見付からない。そのうちモリオンもカーネリアも、ジェイドが姿を現すのを待つようになっていった。


 ジェダイドが初めて空を飛んでから数か月間、モリオンは淡々と鳥使いの修行を続けていた。そしてその修行の間に故郷の母と、意識通じて連絡を取り続けていた。イナの村はあの騒ぎの後も、そう変わりが無いよだ。ただモリオンがいない事と、村人が家禽のマダラウズラ対して、もっと丁寧な扱いをするようになった事ぐらいだろう。心配なのはモリオンの替わりに賢女候補となったルベの事だったが、それも大きな問題は無さそうだ。元々賢女の血筋であるルベは、薬草取りを薬草の丘以外の場所でしていたので、薬草の丘の薬草取りも難なくやりこなせたらしい。それに母は、ルベにモリオンに伝えていた賢女の知恵を、なるべくルベの負担にならないようにして教えていた。モリオンかいなくても、何の問題はなさそうだ。それでも村人達はモリオンを心配してくれてはいるようだ。時々母にモリオンの安否を尋ねているらしい。その度に母は、こう答えるのだった。

「モリオンはこの村では得られない知識を得る為に、この村を出たのです。新しい知識を習得したら、この村に帰って来ます。」

モリオンは母に重ね重ね感謝の気持ちを送った。そしてそうこうしている間に、モリオンの修行は新しい展開を迎えた。

 モリオンとジェダイドが初飛行を終え暫くしてから、知識の塔にある鳥使いとそのパートナーのベヌゥの一団がやって来た。それは引率の鳥使いに引き連れられてきた、鳥使いになったばかりの少年少女達と若いベヌゥの一団だ。七人と七羽からなるその一団は、三日間の予定で知識の塔の知識を学びに来たのだ。一揆に大勢の人間とベヌゥが来たおかげで、いつもはひっそりとしている中州がいきなりにぎやかになり、モリオンは久々に同年代の少年少女達と一緒に過ごした。モリオンは彼らと一緒にベヌゥで樹海を移動し、知識の塔で知識の塔に収められた大昔の知識を先輩鳥使いから教わり、夜は新入り鳥使い達と一緒に、知識の塔の前の広場でベヌゥと共に眠った。そうやって過ごした三日間は、とても有意義な三日間だった。ただ、知識の塔で聞いた話しが、もう既にカーネリアから聞いたものだったのを除いては。三日間が過ぎて新入り鳥使い達とそのパートナーが中州を離れると、モリオンはひどく取り残されたように感じてならなかった。中州を飛び立った新入り達は、これから樹海周辺部と隣接する町に行き、そこで始めての商売を体験するのだと言う。樹海で先輩鳥使いと合流し、幾つかのグループに分かれてそれぞれ違う町に行くのだと。知らない町に行く彼らが、モリオンにはとても羨ましかった。しかし新入りたちが飛び去ってから暫くして、モリオンはカーネリアから近く町に商売に行くと告げられたのだ。

「他の新入りさんとは順番が逆になってしまったけど、あなたも商売を体験しなければならないのよ」

こう言ってカーネリアは、モリオンに商売を体験することの意義を教えた。もっとも、モリオンはまだ見た事も無い町に思いを馳せるのに頭がいっぱいだったが……。こうしてモリオンは、樹海に隣接する町に行く日を迎えたのだった。


「さぁ、これでよし、と」

騎乗服を着たモリオンに、カーネリアは合格点を出す。どうやら騎乗服の着こなしに、問題はなさそうだ。やっと、一回で上手く着こなせるようになれたらしい。モリオンは最後の仕上げに首の後ろにずらしていた帽子を被って手袋を嵌め、騎乗具を手にした。そしてカーネリアと共に岩の家を出て、知識の塔の前に向った。モリオン達とベヌゥは、これからベヌゥに乗って半日ぐらい先にある、樹海周辺部に隣接する町へ行く予定だった。樹海の奥を飛ばずに行ける町だ。その町の市場で、これまでの訓練で得た樹海の恵みを物々交換するのだ。

 これまでの訓練で、モリオンとジェダイドは大空を自由自在にと飛べるまでに成長していた。もう鳥使いの村まで飛ぶのには、何の問題もないくらいだ。モリオンは樹海を飛ぶ訓練の中で、さまざまな樹海の恵みを集めていた。小さな美しい石やら香辛料になる木の実、薬になる茸やモリオンも知らなかったような薬草……。それらの品々は、町の市場で様々な物と取り替えられる。樹海の恵みを、ちゃんとそれに見合う品物と交換するのも鳥使いの重要な仕事だ。モリオンは町の商人を相手に、上手く商売をする方法も覚えなければならない。市場での商売を体験するのもその為だ。カーネリアはモリオンに、樹海の何処に何があるのかを教え、町の市場の様子もモリオンに語ってくれた。町の市場は、イナの村では噂に聞くだけの存在だった。村の賢女である母も、他の村の事はあまり語ってくれてはいなかった。もちろん、そこへ行ったことも無い。そもそも村よりも大きな町というものを見たことが無い。モリオンはカーネリアの話しを聞いて、初めて市場の賑わいを想像することが出来たのだ。そして想像だけでなく、実際に市場を体験しようとしていた。

「ジェダイド! ブルージョン!」

モリオンは知識の塔の前まで来ると、塔の前でマダラウズラと一緒に蹲っている二羽のベヌゥに声を掛ける。モリオンの呼び掛けに二羽のベヌゥは、小さく短い鳴き声をあげで答えた。いつものベヌゥの挨拶だ。ベヌゥと一緒に、マダラウズラ達も挨拶の声を出す。モリオンはまずマダラウズラ達の羽毛に触り、家禽達を落ち着かせる。

「よーし、よしっ。お留守番頼むね」

マダラウズラ達が落ち着くと、モリオンはそっと、片手で家禽の頭を彼らの塒の方向に向ける。ね塒でモリオンたちの帰りを待っていなさいと言う合図だ。これから三日間はマダラウズラ達がこの中州で留守番をすることになるのだが、モリオンは心配してはいなかった。中州には雑食性のマダラウズラが食べる物は沢山用意されているし、中州の中では外敵に襲われる心配も無い。それに二人が留守をしている間は、鳥使いの村から人がやって来て、中洲や知識の塔の様子を見てくれるはずだ。取り立てて心配は無い。家禽達が塒に向かうのを見届けると、モリオンとカーネリアは、それぞれ自分のパートナーに声を掛けてから銀色の巨鳥に騎乗具を装着してからその背中に登り、騎乗具の命綱を騎乗服のベルトに固定させる。そして騎乗具の首輪の部分に取り付けてある操作綱をしっかりと握る。

「ようしっ! 出発!」

ちゃんと身体が固定され、準備が整ったのを確かめた後、カーネリアの号令と共に、二羽のベヌゥは空へと舞い上がった。まだ見たことも無い街への旅が、今始まったのだ。

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