第12話 第四章 樹海へ3

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 次の日から始まったあの奇妙な建物への旅は、距離は長かったものの、光の川に来るまでと比べるととても楽な旅だ。川の流れに沿って、フレプを進めるだけでよかったからだ。上空が木で遮られていないだけに、導いてくれるベヌゥと鳥使いの姿は見え易かったし、何よりも歩くのが楽だった。目的他までの道のりは、ほとんどが河原の草叢や砂地で時々、石がごろごろと転がっている河原に難儀させられることはあっても、ほとんど苦労せずに大河の様子を見ながら歩けた。そしてこの大河に沿って歩いていくうちに、モリオンはさらに樹海の内部に奥深く入ったのだった。大河の周囲を進むに連れて、樹海特有の背の高い木が増えていく。それが樹海の内部、とはいってもまだ樹海の中心から離れた樹海周辺部なのだが……に入った証拠だ。なんてきれいなのだろう。

 きらきらと光り輝く大河の川面を、モリオンはすっかり気に入ってしまった。川そのものが美しかったし、時々川面や川岸で見たことも無い生き物をみられるのも面白かった。川では大小さまざまな魚が泳いでいるのが水を通して見られたし、川面を飛び跳ねる魚も目撃できた。そして河原では水を飲みに来る鳥や獣の姿がモリオンを喜ばせていた。しかし何よりも、モリオンの興味をひきつけていたのは、大河に住む生き物バイーシーだった。魚のような姿をしていても魚ではない生き物……母がモリオンに見せてくれた光景に現れた生き物にとても似ている。モリオンはフレプから降りると、河原に着地したブルージョンから降りて来たカーネリアと共に、しばしバイーシーの姿に見入る。そしてカーネリアは大河を行くバイーシーを見ながら、この奇妙な生き物は、子供を乳で育てる獣だと言い始めた。

「これが本当に獣なの?」

灰色っぽい白い色をした魚と同じ姿のその生き物が、人間と同じように子を産み乳で育てる獣だとはにわかに信じられなかった。それに乳で子を育てる獣は、この世界では少数派なのだ。それが川の中に住んでいるとは……。川岸でベヌゥと一緒にバイーシーを見ながらカーネリアの説明を聞いても、モリオンはすぐには信じられなかった。しかもバイーシーには、ベヌゥと共通するものが感じられた。しかもカーネリアは、自分とオリビンがベヌゥに乗ってジェイドを探してした時に、バイーシーがイナへの道を教えてくれたのだと言った。

「ジェイドを探している時にね、光の川に姿を現したバイーシーがベヌウを通じて、私達をイナへの道を指示してくれたの。それで私達はイナへたどり着けたと言う訳わけ」

「へえぇ……バイーシーって、直接人間と意識を繋がないのですか? ベヌゥのように」

「そう。バイーシーはね、本当に謎の生き物なの。ベヌゥとは意識が通じ合っても、人間とは直接意識を通じ合わそうとはしない。そんな生き物なの。それがどうしてだか、わからないけど」

興味津々のモリオン質問に、カーネリアは優しく答える。なんとバイーシーは、ベヌゥのブルージョンに、イナへの道のりを教えていたのだ。驚くべき生き物だが、バイーシーはどうやら樹海を知り尽くした鳥使いにとっても、不思議な生き物らしい。なにしろバイーシー姿を見かけること自体が、あまりないのだ。初めて光の川に来たモリオンが、バイーシーの姿を見られただけでも幸運と言えるのだ。しかし鳥使い達は、バイーシーをベヌゥと同じように、意識の通じる生き物だろうと推測している。今は人間に対して意識を閉ざしていても、何時かはバイーシーと意識を通い合わせられるだろうと。

「あの生き物と、直接心を通い合わせる事が、きっと出来ると私達は思っているの。それが何時になるかは、まだわからないけどね」

光りの川を悠々と下って行くバイーシーを見ながら、カーネリアはモリオンに言う。二人がバイーシーを見ている上空では、ブルージョンが低い声で鳴きながら旋回していた。まるでバイーシーに呼び掛けるかのように。

ブルージョンはバイーシーと何かを感じ会っているのだろうか? モリオンはもう少しバイーシーとベヌゥの様子を見て、二つの生き物のやり取りを知りたいと思っていたのだが、その機会も無くバイーシーはあっという間に川を下っていってしまった。

「さあ、行きましょう」

バイーシーの姿が消えると、カーネリアはモリオンに先に進むように促し、自分は上空のブルージョンを呼んでその背中に飛び乗る。モリオンは大河の川面をもっと見ていたいという気持ちを抑え、目的地への道のりを進み始める。モリオンにはあの奇妙な建物でやらなければならない事が待っているのだ。何時までもバイーシーの出現を待っているわけにはいかない。それに目的地は、すぐそこだった。

 モリオン達が目的地に着いたのは、光の川の河原を、川の流れを遡るように歩き始めて二日後の事だった。光の川に大きな中州、と言うよりも大河の中に置かれた巨大な岩のようなものが見えたと思うと、あの円筒形の建物が現実に姿を現したのだ。

「ああ、すごい」

心の中で見ていた光景が本物となって、モリオンはすっかり感激してしまった。本物は思ったよりも小さく感じられたが、姿形はほぼ心の中で見たとおりだった。建物に描かれた模様も心で見たのと同じだ。ただ、建物のある中州の周囲には石で作られた家がいくつも建てられ、大きな壁のようになって建物を取り囲んでいるのが、心で見た光景とは違っている。建物の下は、水面からはかなりの高さがある崖になっていて、川が増水しても中州が水を被るのを防いでいる。モリオンとブルージョンから降りたカーネリア、それに二羽のマダラウズラは川岸から川面に規則正しく並んでいる飛び石を慎重に渡り、中洲に近付いていく。飛び石で中洲の崖にたどり着くと、今度は崖の比較的緩やかな場所に彫られた階段を登り、中州の周囲を取り囲む家に辿り着く。そしてモリオンがマダラウズラを中州の上まで連れて来たのを見ると、カーネリアは中州を囲む家の中の一つにマダラウズラ達を入れ、その隣の家に雛を連れたモリオンと一緒に入る。此処がこれからモリオン達の住み家になるのだ。今は誰も住んだ様子が見えない家の群れ……おそらく昔は、この古い石造りの家にも人が住んでいたのだろう。わずかに残された食器や家具が人間の生活があった事を教えているが、今はとても快適とは言えない場所になっている。此処に比べたら、まだ森の中のあった川漁師の小屋の方がよっぽど快適だ。

「さあ今日から当分の間、ここで寝起きをするのよ。ブルージョンはこの近くの巨樹を塒にしているわ。彼方はここで寝起きをしながら鳥使いとして必要な知識を覚えるのよ。心配しないで、食料や必要な物は仲間の鳥使い達がもってきてくれるから」

不安そうなモリオンを励ますように、カーネリアは話し続ける。

「貴方はこの雛が巣立つまで、此処で鳥使いの技量を覚える事に専念していればいいの。私があなたを指導するのは、鳥使いみんなが話あって決めたことなの。私がここであなたを指導する替わりに、仲間たちがジェイドを探す約束でね。そして雛が巣立った時に、彼方が鳥使いの基本的な知識を身に付けられたと判断されたら、すぐに私達の仲間が彼方を試しにここに来るわ。」

モリオンに話しながら、カーネリアは、家に一つしかない部屋に寝具を敷く。もう時刻はもう、輪夜更けになっていた。

「あのう……ベヌゥの雛が巣立つのには、どれくらいかかるのですか?」

この家にいる時間が短いことを祈りながら、モリオンは寝具を敷き終ったカーネリアに尋ねて見る。

「まあ、季節が半分過ぎるくらいかな」

それは長過ぎる! カーネリアの言うしばらくの長さに、モリオンはがっくりする。しかしカーネリアは、モリオンが頭で考えていることを察したかのように、優しく微笑む。だが、次のきつい一言を付け加ええるのを忘れてはいなかった。

「彼方がどれだけ早く、私達の知識を身に付けられるかによるけれど」

「早く覚えてみせるわ、絶対に」

カーネリアの一言にモリオンはむきになる。

「もう私には、鳥使いになる外に、進む道は無いのだから……」

モリオンは、表情を硬くしてカーネリアに訴える。しかしそんなモリオンの表情を見たカーネリアは、モリオンとは反対に笑っていた。

「モリオン、今からそんなに力んでいたら、すぐくたびれるわよ。課題は多いのだから」

カーネリアは笑顔を見せながら、黙って聞いているモリオンを諭す。そして次の日から、本当に女鳥使いの言った通りになったのだった。この不思議な場所は、モリオンに多くの課題を用意していたのだ。


 モリオン達が光の川の中州にある建物に着いた翌日から、本格的な鳥使いの修行が始まった。時々食料などを届けてくれる鳥使いとベヌゥがやってくる以外は、カーネリアと二人だけの修行だ。モリオンはまず、カーネリアからベヌゥの世話の仕方を徹底的に教えられた。モリオンはベヌゥの雛への食べ物の与え方や、健康状態の見方、適度な運動のさせ方をカーネリアから手取り足取り教えられただけでなく、モリオンの目の前でブルージョンを動かせて見せ、大人のベヌゥの扱い方も教える。そしてさらに、鳥使いの生活ぶりや鳥使い達の間で行われる儀礼についても教えてくれた。

「モリオンこれを見て」

ある雨の日、外に出でいて濡れた衣服を着替えていたときの事だった。上着を脱いで袖無しの下着だけになったカーネリアが、突然自分の左肩を指差して見せたのだ。上着を脱いでいたモリオンが近寄ってみると、カーネリアの肩先から二の腕にかけて、青い線で羽根のようなものが描かれている。

「これ、なにかのおまじないですか?」

イナで川漁師達が、身体に厄除けの模様を彫っているのを思い出し、モリオンは尋ねる。

「いいやモリオン、これは一人前の鳥使いの印なの。それに、樹海の深緑で仕事をしていて罹るかもしれない病気を予防してくれるとも言われているの」

この後、カーネリアは一人前の鳥使いなる為に、受けねばならない儀礼についてモリオンに方って聞かせる。

「鳥使いの村に入ると、彼方は他の新入り鳥使い達と一緒に生活をし、行動を共にすることになるわ。こうして鳥使いの仕事を十分覚え、村の長老達が一人前になったと判断したら、長老が貴方に一人前の鳥使いになったと宣言するわ。長老の誰か一人が宣言をした時点で貴方は一人前の鳥使いになり、その後鳥使いの印をもらう儀礼を受けることになるのよ。一人前になったら、異性と一緒に暮らす事を許されるし、一人で樹海の奥深くの、聖域に行く事も許されるの」

「聖域って、どんなところかしら?」

興味津々で聞くモリオンに、カーネリアはこう答えだのだ。

「私の話を聞くよりも、自分の目で見たらいいわ。早く聖域に往ける様になりなさい」

そしてこれを境に、モリオンの修行はより実践的なものになる。

 実践的な鳥使いの修行に入ると、カーネリアはまずモリオンに自分のパートナーであるベヌゥ、ブルージョンに触れさせた。鳥使いはベヌゥに手で触れて、自分の思う方向に動かす。カーネリアはブルージョンをモリオンに触れさせる事で、モリオンと巨鳥の距離を縮め、巨鳥と人間とが上手く意思疎通できるようにしていったのだ。モリオンは毎日毎日銀色の雛の世話をし、銀色の巨鳥と触れ合い、少しずつ鳥使いの技を覚えていく。それと同時に、カーネリアは鳥使いの村の仕組みや生活のあり方、さらに鳥使いのま村特有の言葉使いなどをモリオンに細かく教えていった。鳥使いの村のあり方は、イナの村とはかなり違っている。村人から選ばれた長老達が村の指導者となっているのは同じだったが、イナの賢女のような存在は、鳥使いの村にはいなかった。さらに家族のあり方も違っている。男女が一組になって家族を作り、子供を育てるのが鳥使いの家族だ。そんな家族のあり方は、家長である母親や祖母を中心とした大家族で育ったモリオンには、珍しく思える事だった。こうしてモリオンが一つのことを覚えていくと、カーネリアはさらに難しい技をモリオンに教え、モリオンを試す。それと同時に、カーネリアはモリオンのイドの力、意識と意識を繋いで情報を伝える力をも鍛えていた。ことあるごとに、モリオンの意識に色々と情報を送ってくるのだ。しかしモリオンは母との間で同じようなことをしていたので、イドを使いこなすのにそう時間をかけずにすんだのだった。またこの修行の時間は、モリオンが故郷の母の意識と繋がる時間とになっていた。遠く離れた母と意識をつながらせることで,モリオンは今の自分の様子や鳥使いになる決意を母に伝えて、そして母の意識からは、故郷のイナ村で今起こって出来事を教えてもらうのだ。

 母の意識と繋がると、母が大変心配しているのが伝わってくる。村もヤミガラスの襲撃に見舞われ上に巨大な銀色の鳥が姿を現し、さらにモリオンがいなくなったことで、大変な騒ぎになったらしい。普通は樹海の中にいるヤミガラスが村にやってきた事は、イナの村には大変な事件だったのだ。モリオンの意識に、村の広場に集まる村人の前にして立つ母の姿が映った。


広場に集まった村人達は、不可解な出来事を前に混乱し、口々に母に訴えていた。

「鳥が村に来ないように、森を焼き払え」

「その前に、鳥に乗ったやつらに拉致されたモリオンを助け出せ」

「賢女、貴方は娘が拉致されて平気なの?」

詰め寄る村人達に、母、賢女はしっかりと語り掛ける。

「モリオンは拉致されてなどいません。自分の意思で村を出たのです。この村には無い知識を得る為にね。私はモリオンの替わりに、妹の娘のルベを賢女候補にします」

どうやら母はモリオンの代わりに、従兄弟のルベを正式な賢女候補に指名したらしい。賢女候補とは正式な賢女の跡継ぎが後を継げない時に、賢女の後を継ぐ少女のことで、普通はモリオンの様な、正式な賢女の跡継ぎの妹がその役目を担っていた。母は賢女候補のモリオンが、もう後を継ぐことは無いと判断したのだ。しかしその決定は、村人達をさらに不安にしたようだ。巨大な鳥の乗った人間の襲来に、イナは何も出来ないのかと、村人達は思ったらしい。それに対して賢女である母は、鳥に乗る人間が恐ろしい存在ではない事を、村人達に話して聞かせた。

「あの巨鳥に乗った人間達は、村に来たヤミガラスを追い払ってくれました。そのおかげで、誰もヤミガラスに襲われはしなかったし、マダラウズラ達も餌食にならずにみんな小屋に戻ったのは事実でしょう。それなのにまだ、鳥に乗った人間を恐れるのですか?」

しかしそれでもなお、村人達は鳥使いとベヌゥを恐れていた。

「やつらがヤミガラスを連れて来たんだ。あいつらがヤミガラスの巣を襲ったので、ヤミガラスがやつらを追ってこの村まできたのに違いない」

村人達の一部は頑固だった。しかし母も負けてはいない。

「今度また同じ様な事が起こったら、鳥に乗った人達はまた私達を助けてくれるでしょう。私はそう信じています。」

そしてその通りのなったのだ。それから暫くしてから、今度は村の近くの森に入った村人が、その前すら森に潜んでいたヤミガラスの集団に出くわし、この肉食の鳥に襲われかける事件が起きたのだ。その村人は何とか逃げ帰ったものの、ヤミガラスはその後暫く、村の上空を飛び回っていたのだった。その事を母の意識を通じて知ったモリオンはカーネリアにそのことを伝えた。するとカーネリアは樹海周辺部にいた鳥使い達をイドで呼寄せ、ブルージョンに乗って彼等と一緒にヤミガラスを追い払いに行ってくれたのだ。こうして鳥使いとベヌゥによって、イナに現れたヤミガラスは追い払われ、村人達は母のいう事を信じるようになったのだ。まず、村を取り仕切る長老達が賢女の行動を支持し始め、それから多くの村人達が母の話を信じていったのだった。何故、ヤミガラスの大群が村近くの森に居ついたのが解らないままだったが……それに母がモリオンに教えてくれた村の秘密も、村人にはまだ伏せられたままだ。でも、母が自分の決意を尊重してくれているのが、なによりもモリオンの心に伝わって来た。

「ありがとう、お母さん」

モリオンは母に深く感謝しながら、鳥使いの修行に取り組み、鳥使いの修行を進めていく。カーネリアと共に、行方不明のままのジェイドの身を案じながら。


 モリオンとカーネリアが、ベヌゥの雛と知識の塔がある中州で暮らすようになっても、カーネリアはモリオンを指導する傍ら、イドの力を使って行方不明のままのジェイドを探し続けていた。イドを使ってジェイドの意識を探り、知識の塔を訪ねてくる他の鳥使いと情報を交換しあい、時には短い時間ながらモリオンを残し、ブルージョンと共に樹海の上空を飛び回り、ジェイドを探す。だがそうまでしてもジェイドは見付かず、結局カーネリアはますます高度になって行くモリオンの修行を指導するのに専念し始めた。とは言ってもジェイドを忘れたわけではない。モリオンを指導しながら、辛抱強く、ジェイドの情報を待っていたのだ。モリオンはそんなカーネリアの心を感じながら鳥使いの修行にいそしみ、修行の初期段階を過ごしたのだった。

鳥使い修行の最初の段階が過ぎると、モリオンは早く鳥使いの知識を覚えてしまいたいと思うよりも、もっと時間がほしいと思うようになっていった。鳥使いの知識を習得するには、時間が必要だとさとったのだ。それにベヌゥの雛は、みるみるうちに成長し、性別がはっきりしだして雄であることが判った。それと同時に雛の扱いは、少しずつ難しくなっていく。そして家をもう一つ、大きくなった雛のために用意しなくてはならなくなった時、雛は羽ばたくようなしぐさをし始めた。もう巣立ちの準備をしているらしい。そんな中、カーネリアはモリオンをあの奇妙な建物に連れて行き、それまで見せてはくれなかった建物の内部を、案内してくれたのだった。

「ここが私達の知恵の宝庫、知識の塔よ」

モリオンはカーネリアに導かれ建物の中を歩いて行く。

「これは……何?」

知識の塔と呼ばれた建物の内部は、モリオンの想像を絶するものだった。真っ先に驚いたのは、大きな窓が無いにもかかわらず、内部が明るいことだった。どこから来るのか解からない明かりが三階に分かれた内部を照らしている。そして細い階段で繋がったそれぞれの階の中には、モリオンにとっては理解不能の物が、いたるところに置かれているのだ。床には何に使うのか解からない道具が幾つも置かれ、壁には色々な植物や動物、見たことの無い服装をした人物が描かれた絵がかざられている。さらに驚いたのは、建物の壁に書かれていたのと同じ模様が描かれている紙だった。モリオンは、ここで初めてあの奇妙な模様が人間の言葉を記録する文字と呼ばれるものであること、文字が書かれているものが紙であることを知ったのだった。

「この紙には、どんな事が書かれているの」

文字と紙の存在は、モリオンの旺盛な好奇心をおもいっきり刺激していた。カーネリアはモリオンの好奇心になるべく答えようと、紙の一つに書かれた文字の内容を、モリオンに説明してくれたのだった。

「この紙は、昔の出来事を記録するものよ」

そう言ってカーネリアは、モリオンに紙に書かれているこの世界、アゲイトの歴史をモリオンに読み聞かせ、解説する。紙に書かれている言葉は今では理解不能になった言葉もあり、モリオンには解説が必要だったのだ。

「私達の祖先達はね、この世界とは異なる世界、今もう名前も忘れてしまった遠い世界からやって来たのと言われているわ。様々な知識と共に、大きな空を渡る乗り物に乗ってね。しかしその後、祖先がこの地に持ってきた知識は忘れ去られたらしい。私達鳥使いと、昔の遺物に関心のある一部の人を除いては。樹海周辺部の町や海を越えた小大陸には、過去の遺物を掘り起こし、弄ぶ人たちがいるの。最初、私達はあの卵泥棒の乗り物はねぇ、昔の遺物に関心のある人間が手に入れた向かいの遺物を復活せさせ、操っているものと思っていたわ。実際、過去にそういう事が何度かあったから。でも、その人達は卵泥棒などしなかった」

カーネリアが語る紙に書かれていた歴史の話しは、モリオンに母から聞かされた村の歴史を思い出させた。モリオン達、イナの村人の祖先は、樹海の向こうの町から、樹海を渡ってイナの村のある丘までやってきたのだ。祖先たちが後にした町は、もしかしたら紙の書かれた歴史に出てくる町の同じではないのだろうか? そんな疑問が、モリオンの心に生まれる。

「遠い世界から来た人間達は、この樹海周辺の何処かに、たった一つしか無い町を作って住んでいたのね。ところがある日、その町に争いか起こった……」

やはり……母が語ってくれた話とよく似ている。モリオンは紙に書かれた歴史と、母が語った歴史は同じものだと確信した。この後、私達の先祖が町を出て樹海を渡ってイナの村にやって来るんだ。あの紙にも同じことが書かれてはずだ。自分の関心を確かめるように、モリオンは歴史の離しの続きに聞き入った。

「争いは日に日に激しくなり、争いを避けるために多くの人がその町を出ていった。町を出た人々は一人の女性に導かれて樹海周辺部を渡り、樹海を出るとあちこちに移り住んで新しい町や村を作った……。だから人間は何処に住んでいようとほとんど同じ言葉を話すのよ。そして祖先が一番初めに作った町は強者と弱者の争いがあった後、跡形もなく消えて今は何処にあったのかも解からない」

カーネリアが読み聞かせる歴史は、モリオンが思ったように続いた。

「そして樹海と隣り合う場所やそこから離れた海沿い場所や海の向こうの小大陸、樹海からは少し遠くにある丘陵には、町や村が今もあるって書かれているわ。おそらく、丘陵にある村がイナの村ね」

イナの名前が出た時、モリオンは思わず紙を読むカーネリアの声を遮り話し出す。

「私達の先祖は、樹海の彼方にある町から樹海を渡ってやって来たと伝えられています。ひとりの女性に導かれて……」

モリオンは一気に母から聞いたイナの村の歴史と、イナの村の人々が鳥嫌いになった事件の話しを語りだす。モリオンが語る話を聞いたカーネリアは、紙から目を離してモリオンを見詰める。その顔は、今までに無く驚いているようだった。

「モリオン、あなた方の先祖を導いていた女性は多分、私達の歴史にも出てくる女性と音同じたと思うわ。人々を導いた後に、樹海中心部の深緑に住み着いて鳥使いの祖となったといわれる人よ」

カーネリアの言葉が耳に届くより先に、鳥使いの祖の姿がモリオンの頭に届く。カーネリアが、イドの力を使ったのだ。

 イドで送られてきた光景の中で鳥使いの祖は、崖の上に立ち空を見上げている。緑色の服を着て風に長い黒髪をなびかせながら、じっと顔を上げて空の一角を見詰めていた。

おそらく、遠い昔に存在していたのであろう女性が見ていたもの……それは空を舞うおびただしい数のベヌゥ達だった。ベヌゥ達は彼女の頭上で輪を描いて飛び回り、彼女に近寄ってくる。そして彼女が立つ崖の下まで近寄ると、彼女……古に存在していた女性は崖から飛び降り、一羽のベヌゥの背中に飛び乗ったのだ。この世界で最初の鳥使いが、誕生したその瞬間だ。

「私達とイナの村の人々とは、祖先が同じ町から出て来たと言う以上の関わりがあったようね。そうでないと、彼方が鳥使いの祖を知っているはすないわ」

カーネリアの言葉聞いて、モリオンは大きくため息をついた。

そう、イナの村と鳥使いとは、かつては関わりが在ったのだ。それも深い係わり合いが……。だがその係わり合いも、今は途切れている。おそらくモリオンの母も、はっきりとした事は知らないのだろう。母が知っているのは、賢女に伝わる先祖が記憶していた光景、イナに辿り着くまでの光景だけだ。

「モリオン、貴方が鳥使いになれば、二つの村の絆がまだ出来るかも知れない。村の長老達はそう考えて、貴方が鳥使いになれるかどうか、試す事にしたに違いないわ。イナの村との絆が必要だと、長老達は判断したのよ」

手にした紙を元にもどしながら、カーネリアはモリオンに、無鳥使いの長老達の意思を伝える。

そう、私が鳥使いになるのは、イナの村と鳥使い達との絆を取り戻なのだろう。カーネリアの言葉にモリオンは、改めて自分が鳥使いになる意味を噛みしめ、カーネリアに頷いて見せる。イナの村と鳥使いの村との絆を取り戻す。多分その為に鳥使いの村の長老達は、モリオンを鳥使いに育てようとしているのだろう。どうしても鳥使いにならなければ。その思いに突き動かされ、モリオンは再びベヌゥとの飛行訓練に戻っていく。来る日も来る日もブルージョンと飛行訓練を行い、物凄い勢いで成長するベヌゥの雛の世話に追われる。そんな毎日が続き、ベヌゥの雛が雛から若鳥へと変化していったとき、ついにその日が来たのだった。ベヌゥの雛が、初めて大空を飛ぶ日が……。

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