第11話 第四章 樹海へ2

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 鬱蒼とした木立の間を、モリオンとマダラウズラ達はベヌゥの姿を追いながら進んでいく。森を奥へ奥へと進むその道は、今までに無く大変な道……樹海へと進む道だった。それは人間が楽に歩くような道ではなく、森の生き物達が利用する獣道のような道、と言ったらいいだろう。そんな道筋を何とか進むことが出来たのも、空から導いてくれるベヌゥと鳥使いたちのおかげだった。彼らは時々モリオンの意識に進むべき道の光景を送りながら、モリオン達を導いてくれたのだ。

 時には地面を覆う背の高い草を掻き分けながら、またある時には石や木の根、折れた木の枝を飛び越しながら、モリオンとマダラウズラ達そして銀色の雛は進み続け、ようやく目的の場所に到着したのだった。大河、光の川が見える場所に。もうそこは、樹海の入り口だ。モリオンたちは、樹海に足を踏み入れようとしているのだ。

その川は、深く広大な緑を貫いて流れている。広大な樹海の奥深くから、時々森の中で掘り出される水晶の様に透き通った水を運んでくる大河、それがモリオンの目の前を流れる川、光の川だ。此処まで来る途中で見た、川漁師が漁をする川の何倍もの川幅がある大河だ。モリオンとマダラウズラ達は大河に向かって進み、森の木立を抜け、樹海の大きな木が点々と立ち並ぶ大河の川べりに足を踏み入れた。時は丁度、日が蔭り始めたところだ。

「とうとう、ここまで来てしまったね」

川の流れを見ながら、モリオンは自分の傍にいる二羽のマダラウズラに声を掛ける。モリオンとモリオンの上着の下に隠れている銀色の雛を、ここまで連れてきてくれたマダラウズラ達だ。空では鳥使いを乗せた巨鳥ベヌゥが、モリオン達の頭上をゆっくりと旋回している。

「有難う、カーネリア」

モリオンが空に向かって手を振ると、ベヌゥに騎乗したカーネリアがモリオン手を振って見せた。そして銀色の巨鳥と緑色の騎乗服と帽子を着た鳥使いはゆっくりと下降してモリオン達の前に降り立ち、カーネリアが蹲ったベヌゥの背中から降りて来る。そしてカーネリアはベヌゥから離れると真っ直ぐにネリオンに近寄り、ベヌゥの雛を抱えたモリオンを抱きしめた。

「モリオン、よくここまで来られたわね。でも、もう大丈夫よ。」

カーネリアはモリオンにねぎらいの言葉を掛けるとモリオンから離れ、騎乗服と一体となった帽子を脱いで首の後ろにずらすと、上着の中に入れられている雛に目をやる。

「どうにか樹海の中に入ることが出来たわ。それよりもこの子を見て」

モリオンは上着の中からベヌゥの雛を取り出すと、カーネリアの目の前に雛を差し出して見せた。雛はベヌゥの成鳥と鳥使いの姿を見ると、大きな声で鳴くと嘴でカタカタと音をさせた。

「よしよし、私に挨拶してくれているのね」

カーネリアはすぐに雛に手を伸ばし、雛の頭を撫で始める。鳥使いに何回が頭を撫でられたベヌゥの雛は、安心したように目を細めてみせる。しかし暫くすると、カーネリアの元に行こうとしてバタバタしだした。慌てたモリオンは雛を落ち着かせようとして、雛の身体をカーネリアに手渡す。雛を受け取ったカーネリアは、両手で雛の身体を頭の上に持ち上げ雛の様子をじっくり見詰める。この雛に何か問題はないのか、入念に調べているのだ。本当にこの子は、大丈夫なのかしら。雛を調べてみて、カーネリアは何と言うのだろうか。モリオンは少し緊張しながら女鳥使いが口を開くのを待った。張り詰めたような空気が、モリオンと鳥使いの周囲を包んだ。

「まぁ元気そうね。大丈夫、今のところ心配はないわ」

女鳥使いはそう言って、銀色の雛を足元の草の上に下ろした。地べたに置かれた雛は、二本の足で草の上にすっくと立って見せた。ほっとさせられる様子だ。元気な雛の様子に、カーネリアも安心したようだ。しかしモリオンは、此処へ来るまでずっと心配していたことを、鳥使いに質問する。

「でもこの子、ほとんど何も食べていないのですよ」

モリオンの質問を聞いたカーネリアは、モリオンを安心させるように少し微笑みながら言う。

「心配ないわ。生まれたばかりのベヌゥの雛はね。体内に栄養を蓄えているのよ。少しばかり食べなくても大丈夫。それよりも……」

カーネリアは、今度はモリオンを見ながら言う。

「あなたの方こそ、お腹がすいているんじぁないの?」

そのとおりだった。さっきから空腹に悩まされていたのだ。女鳥使いは、モリオンの様子をしっかりと観察していたのだ。

「さあ、とりあえずこれを食べてみて」

カーネリアは騎乗服のポケットから乾燥させた小さな赤い木の実をニ、三個取り出し、モリオンに手渡した。

「私達の非常食よ。小さくて少し甘みが強いかもしれないけれど、空腹を抑えてくれるわ」

カーネリアに勧められるまま、モリオンは木の実を口にした。何ともいえない甘みが口いっぱいに広がる。でもカーネリアの言うとおり空腹が和らぐのが感じられる。

「あのう……これ……」

自分の空腹が収まると、モリオンはおずおずトカーネリアに質問した。

「この木の実を、ラグとフレプにやってもいいですか」

マダラウズラ達もお腹をすかせているのだ。二羽に何か食べさせたかった。

「ええ、いいわよ。これは他の鳥も食べられるものだから」

カーネリアは、さっきよりも多くの木の実をモリオンに手渡してくれた。モリオンは早速その赤い木の実を、マダラウズラ達に食べさせる。二羽の家禽は、あっという間に木の実を平らげると、満足そうに喉を鳴らした。

「これでこの子達は大丈夫よ」

モリオンはラグとフレプの頭を交互になでながらカーネリアに話した。

「さあ、次はこの子ね」

モリオンの満足そうな顔を見たカーネリアは、今度は足元の雛に目を移す。やはり雛もお腹をすかせているのだろう。嘴を大きく開け、甘えた声で鳴いていた。

「よしよし、ちょっと待っていてね」

カーネリアは再び雛を抱き上げると、今度は雛を自分のベヌゥの前に雛を差し出した。

「ブルージョン」

女鳥使いは、銀色の巨鳥の名前をきっぱりとした口調で呼び、雛を地面に降ろして座らせた。人と巨鳥はしばらくの間見詰め合うと、巨鳥はその翼を広げ、空へと飛び立って行く。

「何をしたのですか?」

空の上で、あっという間に小さくなっていくブルージョンを見ながら、モリオンは女鳥使いに質問した。

「ブルージョンに、この子の食べ物を採りに行かせたの」

カーネリアは何でもない事のように言う。しかしそれを聞いたモリオンは、ただびっくりするばかりだった。ベヌゥは鳥使いを乗せるだけでなく、鳥使いと言葉を使わずに対話をすることが出来るのだ。

「大丈夫、食べ物を見付けたらすぐ戻って来るから」

ちょっと心配そうなモリオンに、カーネリアは笑顔で話しかける。自信たっぷりな言い方だ。そして暫くモリオンが待っている間に、カーネリアの自信のほどが証明された。ブルージョンが飛び立った時と同じように、あっという間に姿を現したのだ。

「ほらね」

そう言ってモリオンに笑顔を見せるカーネリアの目は、少々いたずらっぽい。しかし驚くのは、この後だった。

「よしっ、ブルージョン」

カーネリアの声に空の上のブルージョンはすぐに反応し、鳥使いの傍らに舞い降りる。カーネリアは巨鳥が着地するのを見届けると、抱いていた雛をブルージョンの目の前に置く。

「雛の餌は?」

モリオンが見たところ、ブルージョンは何も嘴に銜えたりしてはいない。でも今度は、その理由がモリオンには簡単に解かった。

「あぁ……そうか……食べ物を飲み込んで、此処まで運んできたのね」

モリオンの見守っている中で、ベヌゥの成鳥は雛の前に飲み込んでいた食べ物を雛の前に吐き出した。すると雛は、すぐさまブルージョンが吐き出した餌を食べ始める。親鳥が餌を飲み込んで、雛のもとに持ってくるのは、マダラウズラ達も雛を育てるときにすることだ。しかしマダラウズラは、自分の雛でない雛には餌を与えはしない。

「べヌゥはね、自分の雛以外の雛にも餌をあたえるのよ」

モリオンの疑問を見透かしたように、カーネリアはモリオンに説明してみせる。

「他のベヌゥの雛も育てるのですか? 私の知っている鳥達は、自分の雛しか世話をしないのに」

「そうよ」

カーネリアは、ブルージョンが持ってきた餌を食べる雛を見ながら、さらにベヌウの特性を説明する。

「ベヌゥはとても頭のいい鳥なの。それに、仲間同士で心が通じあっているの。だから雛を見ると、それがどのベヌゥの雛でどう言う状態にあるのかが解かるの。だから他のベヌゥの雛も世話をするが出来るのね」

カーネリアがモリオンにベヌゥの習性を講義している間に、雛はブルージョンが飲み込んで持ってきた餌をすべて平らげてしまった。腹が満ちると、銀色の雛は、小さな声で小刻みに鳴いてから地面に蹲った。それに合わせて、ブルージョンも地面に座り込んだ。

「さあ、これで一安心。モリオン、雛をこっちに連れてきて」

カーネリアに言われ,モリオンは蹲っている雛を抱き上げカーネリアの前に連れてきた。お腹が膨れて満足したのか、雛は静かに眠っていた。カーネリアは雛にそっと触れると、その銀色の産毛を撫でる。ベヌゥの雛と、意識を通じ合わせているらしい。モリオンはそう感じていた。しかしカーネリアが何を雛と話しているのかは、わからない。

「何をこの子と話しているのですか?」

「これから私たちが行く場所を教えたのよ」

モリオンの問いに、雛と向き合うカーネリアはあっさりと答える。そうだ。今はまだ旅の途中なのだ。カーネリアは、これからまだ旅を続けねばならないのをモリオンに知らしめた。カーネリアはモリオン達と雛達を、樹海の見知らぬ場所へとさらに導こうとしている。モリオンの心にこれからの旅への不安が広がってきた。

(これからカーネリアは私達を、何処へ導くのだろか)

不安なモリオンの心に、カーネリアの答えが入って来た。ある景色が、意識に浮かんだのだ。おそらく、モリオンがこれから行く場所なのだろう。だがそれは、あまりにも不思議な光景だった。モリオンの意識には、光の川の中州に建てられた建物が浮かんだ。木も草も無い中州にまるで半分埋まっているかのよう作られた、奇妙な形をした灰色の建物……。円筒形の大きな物体を中州の地面に真っ直ぐ差し込んだ……そう形容したらいいだろう。こんな場所が本当にあるのか疑いたくなるような場所が、これからモリオンたちが行く場所のようだ。ここが、私達がこれから行く場所なのだろうしかしあまりにも奇妙な光景に、モリオンはと戸惑っていた。しかしモリオンの戸惑いをよそに、カーネリアが見せてくれている光景は、さらに細かなところまで映し出していた。建物の壁には丸い穴が窓のように開けられ、その下に、何か模様のような物が書かれている。この建物を建てた人間が書いたものだろうか? 

「ここが、私たちがこれから行こうとしている場所よ。おそらく、この樹海に始めて入った人間達が作ったものでしょう。作られてからどれくらいの時間が経っているのかわからないけど、今ではこの場所は、私たち鳥使いにとっては大切な場所になっているの」

カーネリアは、モリオンが見ている光景の説明を始める。

「ここにはねぇ、私達の先祖となった人々の知恵が記録されているのよ。建物に書かれている模様のような形でね」

模様が知恵を記録している?

カーネリアは建物に書かれている文字の事を言ったのだが、文字を知らないモリオンは、カーネリアの説明に首を傾げるばかりだ。

「まあ、実際に見てみたらわかるから」

カーネリアは苦笑しながら言う。

「大事な場所なのですね。彼方たちにとっては。でも何故、そんな大事な場所に私達を連れていこうとするのですか。」

答えはすぐに返ってきた。

「モリオン、それは彼方とその雛の為なの」

答えるカーネリアの声には、今までに無い重みがある。モリオンの背中をぞくりとさせるような重みが。

「モリオン、この雛はベヌゥの雛としては特異な誕生の仕方をしている。それにこの雛とパートナーとなったあなたも鳥使いの一族ではない。そこで私達の村の長老達が話し合い、あなた達を一人前のベヌゥと鳥使いになれるのか、彼方とこの雛(こ)を試させてもらうことにしたの。今、貴方が見ている場所でね」

鳥使いになれるのか、此処で試される……

自分が試される。このことがモリオンの背筋をさらに冷たくさせた。

「彼方たちをひととおり試し終えたら、この建物に仲間の鳥使い達が来る約束になっているわ。そしてあなたを本当に仲間として受け入れるのか、村の長老達が話し合うのよ」

「そしてわたしの運命が決まるのですね」

「ええ。彼方を鳥使いと認めたら、彼方は樹海中心部……深緑にある私達鳥使いの村に行ってそこに住むことになるのよ。」

少し厳しい表情をしたカーネリアが頷くと、奇妙な建物はモリオンの意識から消えた。

「だだし、全てはあなたがこの雛(こ)と一緒に暮らすのをあなたが決心したらの話しよ」

カーネリアの言葉を聞いて、モリオンはごくりと唾を飲みこむ。とうとう、モリオンが自分の決心を伝える時がきたのだ。

「カーネリア」

モリオンは、カーネリアに負けず重々しい声で話し始める。

「私はこの雛(こ)とずっと暮らしたいと思っています。この雛(こ)には、私しかいないから」

カーネリアは、モリオンの顔をじっと見ながらモリオンの決意を聞く。そして……。

「ありがとう、モリオン」

一大決心を伝えたモリオンを、カーネリアはしつかりと抱きしめ、やさしい声で言った。

「彼方ならきっと、立派な鳥使いになれるわ」

カーネリアは、モリオンの決心を心から喜んでくれている。しかしモリオンの気持ちは複雑だった。鳥使いになると決めたと言うことは、もうイナの村には帰れないと言うことなのだ。村を出た時から覚悟していたことなのだが、カーネリアから改めて言われると、目から涙が溢れ出してきた。

「大丈夫よ、モリオン。鳥使いになったからと言って、生まれた村との絆が切れるわけじゃないから」

カーネリアはモリオンを抱きしめていた手を離すと、モリオンの涙をそっと拭い、やさしい口調で言う。

「さあ、もう疲れたでしょ? しばらくこの河原で休憩しましょう。出発は夜が明けてからよ」

そう言うとカーネリアはモリオンからそっと離れて、休息をとる準備をし始めた。ブルージョンの騎乗具に付けている袋から大きな布を取り出し、おもむろに叢の上に敷く。

「これで休む準備は出来たわ。」

布を敷き終わると、カーネリアは布の上に腰を下ろす。モリオンも雛と一緒に布の上に上がると、ゆっくりと腰を下ろす。そして二羽のマダラウズラ達も、布の傍らに蹲った。ブルージョンは、同じ場所でじつと座ったままだった。人間と鳥達が寛ぐのを見ると、カーネリアは騎乗具の袋から水筒を取り出す。そして水筒の水をコップに入れ、あの木の実と共にモリオンに渡した。モリオンはカーネリアから水と木の実を受け取ると、まず銀色の雛とマダラウズラ達に与え、自分も木の実を食べ水も飲んだ。

「ブルージョン、行ってもいいわよ」

カーネリアの声が声を掛けると、ブルージョンはおもむろに立ち上がると翼を広げ、緩やかな風を起こしなから夜空へと飛んでいく。自分で森に食べ物を取りに行くのだろう。ブルージョンが飛んで行くのを見送ると、カーネリアも布の上に座って木の実を口にする。

「これで後は、明日に備えて休むだけね。おやすみなさい、モリオン」

カーネリアはそう言うと、布の上に寝転ぶ。

気が付けばもうとっくに夜になっていた。人も鳥も休む時間だ。モリオンも布の上に横たわり、眠ろうとする。しかしブルージョンが帰ってくる羽音と翼から起こる風を感じるまで、眠れなかった。 

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