第9話 第三章 旅立ち3

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 その鳴き声は、今まで聞いたことの無いような、恐ろしい鳥の鳴き声だった。人間の悲鳴にも似たその鳴き声を耳にした時、モリオンは背筋が凍るのを感じた。

恐ろしいその声はモリオン身体が震えさせ、鳥小屋の床に釘付けにする。身体を動かそうとしても、足がもつれたようになって、動かないのだ。目の前では、ラグと銀色の雛鳥が恐怖に震えている。他の家禽達も恐怖に震えているらしく、みんな低く小さな泣き声でしきりに鳴いている。

(かわいそうに、みんなひどく怯えている)

モリオンは鳥達の様子にいても経ってもいられなり、震えながらも家禽達の傍へと歩いていき、木銀色の雛をゆっくりと抱き上げた。と同時に再び恐ろしい鳴き声が轟き、モリオンを凍り付かせる。

「こ、怖い!」

得体の知れない鳴き声は何度と鳴く響き、モリオンは銀色の雛を腕に抱いたままになっていた。二人の鳥使いが急いで立ち上がり、小屋から飛び出すのをじっと見ているだけだ。

「モリオン後を頼むね」

カーネリアはモリオンに言い渡して、オリビンと一緒に小屋の外へと消えて行く。

鳥使い達が小屋の外に出で行くとすぐに、さっきのとは別の大きな鳴き声が聞えた。銀色の巨鳥、ベヌゥの鳴き声だ。それも、これから戦いに臨もうとする巨鳥の声……。凄まじい出来事が、小屋の外では起こっているのがわかる。モリオンは、自分の意識を巨鳥と鳥使いに向けてみた。

ピティスが輝く空を二羽の銀色の巨鳥が、鳥使い達を背中に乗せ、ものすごい勢いで飛び廻っているのがモリオンの意識に映る。

頭部の後ろの羽毛を逆立て、目に赤い光を宿した鳥達は、この村を襲撃しようとする生き物を威嚇しているのだ。モリオンには、不気味な黒い影にしか感じられない生き物を……。巨鳥達はニ、三回大声でその生き物を威嚇すると、その黒い影のような姿の中に突っ込んでいく。すると巨鳥達に突っ込まれた黒い影は巨鳥を避けるように、二つの黒い塊に分裂していく。一つの生き物だと思っていた黒い影は、ものすごい数の鳥の群れだったのだ。

モリオンは群れ成す鳥に意識を合わせ、その恐ろしい鳥の姿を自分の意識に移しだす。

意識に写ったのは、以外にも小さな小鳥の姿だった。黒い羽毛に全身を覆われ、赤い大きな目を光らせた小鳥……その正体は、モリオンも知っていた。ヤミガラスだ。普段は樹海を移動している鳥で、めったにイナの村にはこない。モリオンも一、二回しか姿を見たことのない鳥だ。しかしモリオンが見たのは小数の群れで飛ぶ姿だけで、こんな大規模な群れは見たことがない。樹海で、何かあったのだろうか? ヤミガラスは、小さくても丈夫で力強い嘴を持った猛禽だ。襲われたらイナズマオオワシなど問題にならないくらい恐ろしい。大群になれば、巨鳥ベヌゥの強敵になるのは間違いない。小型の猛禽達は一斉にその強力な嘴を突き出し、矢のようにベヌゥに襲い掛かってくる。そして黒い影に覆われた銀色の巨鳥達は、苦痛の声をあげる。

「いやーっ!」

思わず恐怖が口をついて出てきた瞬間、ラグが不安そうにこちらを見ているのに気付く。

モリオンの耳に届いた巨鳥の叫びで、モリオンの意識は鳥小屋の中へと押し戻されたらしい。もうこれ以上、モリオンの意識は恐怖にたえられなかったのだ。

「カーネリア! オリビン!」

何時終わるとも知れない戦いの音を聞きながら、雛を抱いたモリオンは鳥使い達の名前を大声で呼ぶ今の状態が、一刻も早く終わってほしいと思いながら。しかし、状況はさらに悪くなっているようだった。鳥達の叫びや戦いの音と共に、大勢の人間の話し声が聞えた。凄まじい音を聞いて、飛び出して来た村人達の声だ。しかも鳥小屋に近付いている。

「マダラウズラを調べろ。あいつらが黒の大群と銀色のでかいのを呼んだのかもしれんぞ」

村人の誰かが、叫んでいるのが耳に入る。このままだと、鳥使いの事が村人にばれてしまうだろう。村人たちは、突然の鳥達の来襲にあわてふためいているはず。おそらく彼らが銀色の鳥の雛を見付けたら、モリオンも雛も、この先どうなるか解からなくなるだろう。絶体絶命だ。

「ああ……どうしたらいいの?」

とんでもない危機が、モリオンと雛に訪れようとしている。それなのに、モリオンには何一つなすすべが無かった。今はただ身を硬くして、村人たちの足音と話し声が小屋に近付くのを聞いているだけだ。

しかしその時、モリオンは小屋の外でマダラウズラの鳴き声がするのに気付いた。

「フレプ!」

あの変わり者のマダラウズラ、フレプが小屋の外にいるのだ。外からは、フレプの鳴き声と伴に、何かが鳥小屋の壁を叩く音がした。

「フレプ、どうしたの?」

変わり者のマダラウズラは、外から鳥小屋の壁を嘴で叩いている。丁度、モリオンの背後にある、小屋の扉の反対側にある壁だ。モリオンは雛を抱くと立ち上がり、フレプが叩き続ける壁へと近付いていく。

壁に近付くと、モリオンはそこに小さな扉がついているのに気付く。家禽達の寝藁などを、外に掃き出す為の扉だ。しかしモリオンは出入り口から寝藁を出し入れするので、その扉の存在を忘れていたのだ。どうやらフレプは、その扉の外で鳴いている。モリオンは小さな扉を開け、フレプの様子を見た。

「フレプ……」

扉から顔をのぞかせたフレプは、モリオンを見ると顔を空に向けて鳴いた。外の様子を見ろと言うように。モリオンは雛を床に置くと、小さな扉を潜り抜けて小屋の外に出た。

 小屋から外に出たモリオンがまず目にしたのは、半分以上を黒い影に覆われた夜空だった。無数の鳥が作る黒い影は、この世界の夜に光り輝いている惑星ピティスやいくつもの月を覆い隠し、夜の闇の無い世界に闇夜を作ろうとしている。黒い小さな鳥の数の力だ。しかし、彼らの数をもってしても、覆い隠せないものがあった。銀色の、鳥使い達の巨鳥の翼の光だ。それも一つではない。五つか六つの銀色の光が、闇の中に輝いている。鳥使いの仲間達が、カーネリア達の加勢に来たのだ。そしてその効果は抜群だった。黒い猛禽達が作る闇は、巨鳥ベヌゥの光によって分裂させられようとしていた。黒い猛禽達は闇から幾つかの黒い塊に姿を変え、その黒い塊が夜空に吸い込まれるようにして、完全に姿を消したのだった。鳥同士の戦いは、ベヌゥと鳥使い達の勝利に終わっていた。

 戦い終わった銀色の巨鳥達は、次々と夜空に姿を消していく。ただ一羽、鳥小屋に近付いて来るベヌゥを除いて。

「ブルージョン、カーネリア」

モリオンには、鳥小屋に近付いて来るベヌゥが、カーネリアを乗せたブルージョンだと解かっていた。モリオンに、何かを伝えようとしているのだ。しかし堂々と村に飛んでくる銀色の巨鳥と鳥使い達は、イナの村人達を混乱状態に陥れていた。村人達が大声で叫び声を上げ、ブルージョンに向かって石が飛んで来るのがモリオンには見えた。しかし銀色の巨鳥は、村人達にはおかまいなく鳥小屋の上を旋回する。モリオンに言葉を伝える為に……。ブルージョンが小屋に近付くと、小屋の中のマダラウズラ達が一斉に鳴きだしたが、銀色の巨鳥は家禽をきにする事無く、さらに鳥小屋に近付く。

[モリオン、鳥使いになりたいのなら、早く雛を連れて森に行きなさい。そして森に入ったら、森の中の川に行きなさい]

ブルージョンを小屋に近付けたカーネリアは、モリオンの意識に鳥小屋を出て森に向かうように促すと、夜空に消えていった。

[わかったわ。カーネリア]

カーネリアの指示に従うことにしたモリオンは、急いで鳥小屋の中に戻る。だが小屋に入ったとたん、モリオンは信じられない光景を見たのだった。小屋にいる全てのマダラウズラが、頭を上に向け大声で鳴き声をあげているのだ。それも今まで聞いた事の無い声で。

「あのでかい鳥を呼んでいるんだ。マダラウズラを黙らせろ!」

混乱した村人の声が小屋の外から聞える。大変! 何とかしなければ……。このままでは、マダラウズラたちが混乱した村人に何をされるかわからない。とりあえずモリオンは、小屋の床に蹲っている銀色の雛を抱き上げた。

「大人しくしていてね」

モリオンは銀色の雛を、着ているゆったりした上着の下にもぐりこませると、小屋の中を見回した。はたしてどうしたものかと思いながら。しかしモリオンが考えるまでもなく、マダラウズラ達は行動を起こした。空を飛べない鳥達が短い翼を羽ばたかせて、小屋の中を仕切る囲いを一斉に飛び越えて見せたのだ。囲いを出た家禽達は慌てて外に出ようとして、扉の前に集まってくる。それを見たモリオンはとっさに小屋の扉に飛びついて開け、家禽達を外に出す。

「さぁ、早く行きなさい!」

小屋からマダラウズラの集団が走り去っていくと、外から悲鳴と大勢の人間が走る去る足音が聞こえた。どうやら村人達は、暴走する家禽の集団に驚いて逃げ去ったらしい。ひとまず安心できそうだ。とはいっても、モリオンはそうゆっくりとはしていられなかった。上着の下に入れた雛を連れて、カーネリアの言うとおりに森へいかねばならない。その為にはどうしても、マダラウズラのフレプの力が必要だった。

「フレプ!」

モリオンは小屋の外に出ると、フレプを呼ぶ。小屋の外は、さっきまでの騒ぎが嘘のように静かだった。ただ地面に落ちている家禽の羽やら石ころやらが、大騒動があったのを示しているだけだ。マダラウズラの姿は、一羽もいない。たが何度かフレプを呼んでみると、フレプは姿を現したのだった。それも、メスのラグを連れて。モリオンはフレプとラグが自分の傍にやって来ると、しばらく二羽の身体を優しく撫でた。そうやって家禽達を落ち着かせた後で、そっとフレプに囁くのだった。

「フレプ! お願い」

モリオンの声と同時に、フレプはモリオンを背中に乗せるべく地面に座る。

「ようし……ようし……」

フレプに軽く声を掛けながらモリオンはフレプに飛び乗り、フレプはモリオンを乗せたまま立ち上がった。

「さあ、まずは薬草の丘に行きましょうね」

そう言って、家禽達に歩くように促す。薬草の丘を越えて少し行けば、樹海に繋がる森に入れるはずだ。

「よーし、出発!」

こうしてモリオンと二羽のマダラウズラと銀色のベヌゥの雛はイナの村の外の、モリオンにとっては想像するだけだった世界への一歩を踏み出したのだった。この一歩がどんな運命への一歩となるか……不安を抱えながら。

「この雛は、何があっても私が守ってみせるわ。私……この雛とずっと一緒よ」

マダラウズラに乗って進むモリオンの心の中には、ただ一つの決意だけがあった。 

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