第7話 第三章 旅立ち1

第三章 旅立

1

 鳥使いの女が語る話を、すっかりはまりこんで聞いていた。まるで彼女の語る話を全て頭に刻み込もうとしているかのようにして、その不思議な話しを聞く。鳥使いの女の語る話は、モリオンには何とも信じられないような話しばかりだ。なにしろモリオンにとっては、遙か遠くの樹海に人間が住んでいる事自体、ジェイドと会うまでは信じられない事だった。それも銀色の巨大な鳥に乗る人間が住んでいるとは……。樹海からイナの村に来た彼らは、得体の知れない連中に持ち去られた卵を取り戻しに行った仲間の行方を捜していて、この村に辿り着いたのだと言う。

「油断していたのね。私達は、ベヌゥの卵を持っていく人間なんていないと思っていたけど、それが間違いだったのね。卵泥棒は自分達の手の届くところにあった卵を見つけて、何の目的があるのか知らないけど、さらって行った。でも幸いな事に、ジェイドは卵を取り戻したのよ。そしてその卵を貴方に託し、鳥使いを追いかけて行ってしまった……」

鳥使いの女カーネリアが淡々と語るのを聞いていると、モリオンの頭には言葉と同時に様々な光景を浮かび上がって来た。

「えっ、これは……」

モリオンの頭に何かを伝えるように入ってくる光景、それはモリオンには不思議なものではなかった。モリオンの母がモリオンに自分の知識を伝える時に、よく光景をモリオンの頭に送り込む。これはモリオンの一族に伝わる、心と心を繋ぐ意思伝達方だ。だからモリオンは鳥使い達から送られた光景を、よそ者が賢女の一族と同じ技を使うのに愕きながらも、静かに受け取っていた。母と心を繋いでいる時のように。驚いたのは、鳥使い達のようだ。特にカーネリアは、戸惑いを隠さない。

「あなた、イドが使えるの? 私達がやっている事に驚いていないのね」

「ええ、母がよくこのような事をしますからそれよりイドって、何ですか?」

「私が今使った、意識と意識を繋げる力よ」

戸惑うモリオンに、カーネリアはさらりと答える。どうやら人間の意識を繋げる技を、鳥使いはイドと呼んでいるらしい。鳥使い達はそれ以上何も言わなくなった。しかし沈黙の中で、しばらく心と心のやり取りが続いた。モリオンの意識にある光景を送り込むと言う方法で。モリオンは鳥使いから送られて来る光景で、彼らの住む場所や生活の様子を垣間見たのだった。

モリオンの意識に、青と水色と白の縞模様が鮮やかなこの世界の空を、のびのびと羽ばたく無数の銀色の大きな鳥の姿が頭に浮かぶ。なんとも美しい光景だ。そして大空を飛ぶ鳥達の真下には、樹海の木々に取り囲まれた切り株の形をした山の光景が見える。鳥使い達の村だ。大きな樹木の生い茂る樹海の中にあって、その山には潅木の一つも生えてはいない。しかしその不毛な土地には、無数の出来た建物が建っている。鳥使い達の住まいだ。鳥使い達は巨鳥の棲む山の頂上に村を造り、鳥達と一緒の生活をし、鳥の背に乗って飛ぶ技を習得し、山の村から樹海の奥へとわけ入っていく。彼ら鳥使いは、樹海の奥深くで薬草や珍しい鉱物を広い集め、それらを樹海の周辺の村々や、モリオンの知らない遥か遠くの土地へと持っていく。そして持ってきた品物を、その土地の品物と物々交換する。それが彼ら鳥使い達の生業なのだ。そんな鳥使い達の村の景色も、モリオンはまた美しいと思った。しかしその美しい景色も、何とも奇妙な鳥の出現で混乱に陥ってしまう。羽ばたきもせず空を飛ぶ鳥が、背中に人を乗せながら空の彼方から銀色の巨鳥の群れに向かって飛んで来たのだ。奇妙な鳥は銀色の巨鳥達を散り散りにすると、樹海を掠めるようにして飛んで行き、樹海の生き物達を怯えさせる。そして奇妙な鳥が飛び去った後の樹海からは夥しい数の怯えた鳥が飛び出し、逃げ惑う。樹海の樹に作った、巣の中の卵や雛を残して。奇妙な鳥に乗った見た事も無い服装をして顔を覆う帽子を被った人間達は、その残された卵や雛を、奇妙な鳥から上半身を乗り出すようにして捕って行く。しかも一際巨大な樹に作られた巣から、銀色の大きな卵を捕っていったのだ。たまたま奇妙な鳥を見付けて追跡してきたベヌゥと鳥使いのジェイドとパートナーのネフライトが見ている前で。だがジェイドはすぐに卵泥棒を追いかけ、卵を取り戻すのに成功したようだ。意識の中に現れたジェイドはあの卵を入れた袋を持ってネフライトに乗り、執拗に追いかける卵泥棒から逃れようと空を飛ぶ。そして樹海から出てしまったところで、卵泥棒達を振り切ったのだ。

「この空を飛ぶ奇妙な物は鳥ではない。人間の手で作られた、卵泥棒達の乗り物よ」

「乗り物?」

「そう、人間を乗せて運ぶ物よ。私達の鳥のようにね。でも、鳥と違って生きてはいない。ただ人を乗せて動くだけの物体なの」

そう語るカーネリアの言葉には、怒りが籠っていた。樹海の上空を自由に飛び回われるのは、鳥使い達だけのはず。しかし卵泥棒をした人間達は、勝手に樹海の空を飛ぶだけでなく、樹海の生命を奪っていったのだ。

「卵泥棒って、とんでもない連中みたいですね」

「そう、とんでもない連中よ。でもジェイドは卵を連中が取り戻すのに成功し、卵泥棒の追跡を逃れようとしてこの村の前近くに来て崖から落ちた貴方を助けたのね。そして貴方に卵を預けた後、今度は卵泥棒を追いかけて行き、姿を消してしまった」

カーネリアは、ベヌゥの卵を抱くラグを見ながら。呟く。表情に悲しみを滲ませながら。その悲しみはモリオンにも伝わって来る。

「私が崖から落ちなければ、ジェイドはネフライトと樹海に帰れたのかも……」

モリオンはふと、自分の思いを口にする。

「貴方のせいじゃない、モリオン。ジェイドは無事に卵を持って帰って来ても、また卵泥棒を追いかけて行ったはず。それに私はジェイドが生きていると信じているのよ」

カーネリアはモリオンを励ますように話す。そしてさらに話し続けた。

「それにね、イドを通じて微かだけどジェイドの意識を感じられるから。もしかしたらイドを使えない状態にあるのかも知れないけど。ジェイドしかし私達もうかつだった。あの乗り物が空を飛んでいるのを、何度か見付けたのに、こんな事件がおこるまであまり警戒しなかったから。」

カーネリアが話し終わると、今度は男の鳥使い、オリビンが口を開く。

「今度あいつらを見付けたら、必ずとっつかまえてやる」

怒りに満ちたオリビンの声が鳥小屋に響き、それに合わせるように、マダラウズラ達が興奮した声を上げ、モリオンは慌てて落ち着くように、家禽達の意識に呼び掛けた。マダラウズラ達が静かになると、今度はカーネリアが話し出した。

「でも今は、この親切な鳥さんに守られている卵の事を考えなくては。私が見るところ、もうすぐ孵化が始まりそうね」

カーネリアは、小屋の寝床に蹲ったままの雌の家禽、ラグを見ながら話す。

「本当ですか? もうすぐ卵の雛に会えるんですね」

雛が生まれると聞き、モリオンは銀色の卵に注目する。しかし銀色の卵はラグにしっかりと抱かれていて、孵化の様子は確認できない。はたしてこのままで、無事に雛が孵るのだろうか? 心配するモリオンにカーネリアがさらに話し掛けて来た。

「モリオン、雛が生まれるのを見たいの?」

「はい、とても」

モリオンは率直な気持ちを、カーネリアに伝える。しかし……。

「モリオン、彼方はとりあえず家に帰ったいいわ。貴方を此処に長居をさせて、彼方の家族に怪しまれたくないから。暗くなるまでに、家に帰らないといけないでしょ。卵の様子は、私達が見守るから」

カーネリアに言われて、モリオンは改めて外の様子を見る。外は完全に薄暗く、夜になりかけていた。もう夕食の時間だ。カーネリアに言われるまでも無く、帰らねばならないだろう。モリオンの家族みんながそろう夕食に加わらないのは、ちょっとまずい。早く帰ったほうが良いだろう。モリオンカーネリアに向かって頷くと鳥小屋の床から立ち上がり、鳥使い達を残してそっと鳥小屋から出て行った。ラグと鳥使い達の事を気にしながら……。

 家に帰ると、夕食は既に始まっていた。モリオンは気まずい顔をしながら、母屋の中に入る。そして他の家族から何も言われないのを確認すると、食卓に座って匙を手にとり、鉢に盛られた根菜のサラダを口にした。モリオンの一家が食事をしている部屋は、母屋の大半を占めている大部屋だった。母家には、この大部屋と奥の台所しか部屋は無い。床に大きな敷物が敷かれた上に、食器やその他の日用品を置く棚と二つ低い食卓が置かれ、天井に吊るされたランプの光に照らされたこの大部屋は、一家の長である母とまだ成人前の子供達が夜を過ごす部屋でもある。この母屋と男性用の別棟、そして大人になった女達が夜を過ごす個室のある建物がイナの村人達が営む大家族の家だ。モリオンの家では、食事時には家族の全員十四人が大部屋に集まり、食卓の前に並べられた小さな丸い敷物に座り食卓を囲んでいた。夕食が終ると食事用の食卓は部屋の隅に片付けられて、代わりに隅に置かれていた家長用の寝台と、子供たちの寝具が置かれる。イナの村の子供達は、誕生してから暫くは母親と一緒に母家で過ごす。しかしヨチヨチ歩きを卒業して言葉もちゃんと話すようになると、母親達は夜になると個室に戻り、子供達はこの母屋で家長である親族の女性や、個室から母屋に戻った年配の女性達と夜を過ごすのだ。そして成長して思春期を迎えると、少女達は別棟の個室に移り、少年達は母屋の隣の棟の男性用の大部屋で暮らし、成人になって好きな女性が現れるとその女性の個室で夜を過ごすのだった。家族全員が、一緒の部屋で寝る事はないのだ。だから夕食の時間は、家族全員が一度に集まる貴重な時間なのだ。

家族達はみんな、この時間を大切にしている。だが今日のモリオンは、その大事な夕食の時間を、早く終えようとしていた。根菜サラダをそそくさかきこむと、今度はナッツパンに大口を開けてかぶり付く。

「まあ、随分とお腹がすいていたのね。それとも何か人に言えないような、急ぎの用事があるの?」

そんなモリオンの様子を見て、隣に座っていたいとこのルベが呆れたように言う。モリオンは一瞬、どきりとした。この従姉妹が、鳥小屋での出来事を見たかのようなことを言ったからだ。

「ええ、まあね」

モリオンはどきりとしながら、口に残っていた食べ物を飲み込んだ。

「まあ、しかたないかもね。今日はいそがしかったから。あなたを見ていたら、もっと食べたくなってきたわ」

モリオンの食べっぷりを見て、従姉妹は笑ながらモリオンに話し掛ける。そして大きくてみずみずしい、モアの木の実を手に取ると、おもいっきりかぶりついたのだった。

「ああこれ、おいしい!」

その様子を見て、モリオンは力が抜けるのを感じた。ルベはモリオンの様子を気にしてはいないのだ。ほっとしたモリオンは、ルベのまねをして、モアの実を手に取るとおもいっきりかぶりつく。

「ああこれ、おいしい!」

口に入れた木の実をほおばり終えると、モリオンはルベのまねをして言う。それを見ていた周囲の家族みんなが、くすくす笑いだす。なごやかな雰囲気だ。モリオンも周囲に合わせて、笑顔を作った。しかし心は、少しも笑ってはいなかった。ずっと鳥小屋の様子が気になっていたのだ。なんとかして鳥小屋に戻り、銀色の卵や鳥使いやラグの様子を見に行きたかった。何か鳥小屋に行く用事がないだろうか? モリオンは頭を働かす。ところがモリオンが考えるまでも無く、その用事ができたのだった。家族全員が食事を終え、それぞれが自分の使っていた食器を部屋の台所の洗い桶で洗っていた時のことだ。

「モリオン、悪いけどサボーの樹液を少し採ってきてくれないかしら? もうちょっとしかないのよ」

「わかりました。すぐ採ってきます」

二人いる叔母の一人にたのまれ、モリオンはコップを一つ手にすると母屋を出て、サボーの樹液を採りに行った。サボーの樹液はサボーと言う樹木から採れる樹液で、食器を洗うのに使われている。そしてサボーの木は、鳥小屋の近くにある。樹液を取りに行く途中で、鳥小屋の様子を見ることが出来るだろう。モリオンは母屋から出て行くと、足早に歩いて鳥小屋への道を急いだ。

はたしてあの卵は、どうなっているのだろうか? サボーの木に辿り着くと、モリオンは樹液を採集しながら、鳥小屋の様子を伺う。

 ピティスの光に照らされた鳥小屋は、驚くほど静かだった。何かが起こる前の、不思議な静けさ……そんな感じだった。このまま鳥小屋の中に入り、カーネリア達の様子を見て起きたかった。しかし今は、そんな事をしている時間が無い。モリオンはサボーの木の幹に取り付けられた口の広い壜から樹液を取りながら、鳥小屋の様子を伺う。樹液の瓶は幹と幹に巻かれた伸縮性のある紐の間に挟みこまれ、瓶の口の上につけられた幹の傷から、樹液が少しずつ瓶の中に流れ込むようになっていた。モリオンは壜を紐からはずし、中の樹液をコップに移す。そして樹液がコップに流れ落ちている間、鳥小屋の方向をじっと見ていたのだ。鳥小屋は時々家禽の声がする以外、静かだった。鳥使い達は、だれにもみつからないように、身を潜めながら卵を見守っているらしい。モリオンは鳥小屋に異変が感じられないのに安心すると、コップを両手でしっかりと持ちながら母屋に向かって歩き出す。半分以上樹液の溜まったコップは、モリオンの前でぴちゃぴちゃと音をさせる。モリオンは中の樹液を地面に溢さないよう、気をつけながら母屋へと戻っていく。母屋への帰り道にも、何も異変は無い。ところが、モリオンが母屋までもう少しの距離まで来た時だった。

「何……誰なの?」

母屋に続く道端の茂みに、モリオンは人の気配を感じた。カサカサと言う物音と共に。しかし、人の姿は見えない。モリオンはしばらく立ち止まって物音の主を探した。しかし人間の姿はどこにも見えず、急に吹いてきた風が、木々や草叢を揺らすだけだった。

「何だ、風だったのか」

モリオンは安心した様に、声に出して言う。しかし、心の内は言葉とは違っていた。絶対に誰かがそこにいる! モリオンの感はそう伝えていた。巧みにかくれてはいるが、人は確かにいて、しかもモリオンの後を追っていた。不気味だ。しかしモリオンは、相手に気付いていない振りをしながら歩き続けた。普段と少しも変わること無く、だがやや足早に道を進み、母屋へと辿り着く。そして母屋の扉をくぐると、コップを近くにいた叔母に手渡す。やれやれ、此処まで来ればもう誰も、追ってはこないだろう。母屋に入ってほっとしたモリオンは、飲料水の瓶から水を柄杓ですくい、喉を潤す。

「モリオン、ありがとうね」

叔母の言葉に軽く会釈をしたものの、モリオンは心ここにあらずであった。自分の後を追っていたのは誰なのだろうか? 鳥使いの村から、銀色の卵を盗み出した人物と同じなのでは? さまざまな考えがモリオンの頭に浮かんでくる。それと同時に、鳥小屋にいる鳥使い達が心配になってきた。カーネリアは、どうしているのだろうか? モリオンは、カーネリア達の顔を思い浮かべる。彼らは本当に大丈夫なのだろうか。だが心配してもどうしようもなかった。モリオンには、夕食後もやらなければならない用事が沢山あるのだ。用事をすませなければ、こっそり鳥小屋へ行くことも出来ない。歯痒い気持ちを持ちながら、モリオンはなるべく平静を装い用事をこなしていく。そうこうしているうちに大人の男達と叔母の一人が母家を出て行き、就寝時間が来た。モリオン達は手分けして食卓と敷物を片付け、床の上に敷かれた敷物の上に寝具と家長である母親と母屋に戻った年配の叔母……ルベの母親の為に、部屋の隅に片付けていた寝台を置く。これで就寝の仕度は整った。全員の寝具を並べてしまうと、子供達は次々と寝具に潜り込んでいく。母屋では、子供達は寝台では寝ないのだ。子供は床の敷物の上で、寝袋状の寝具に入って寝るのがここでのきまりだった。子供が寝台の上で寝るのは、病気や怪我をして病室に入っているときだ。薬草の丘で怪我をしたモリオンのように。

練る準備が整うと、子供達はそれぞれ夜着に着替え、寝具に入って眠り始めた。モリオンも他の子供達と同じように、自分の寝具に潜り込んで目を閉じた。やがて母屋は、明かりが消されて子供達の寝息が聞こえるだけの空間になる。村の全てのものが、深い眠りに陥ったかのような静けさだ。しかし実際には、全てが眠っているわけではなかった。耳をおもいっきりすませば、夜に行動する生き物の音がかすかに聞こえる。虫や小さな鳥の羽音、地面を這う動物が草を掻き分けながら進む音……。どうしても寝付けないとき、モリオンは何処からとも無く聞えて来る音を、寝具の中で聞いていた。耳から入ってくる音は、モリオンの想像力をかきたてる。あの音の主は、どのような生物で今、なにをやろうとしているのか? そんな想像をするのが面白かった。しかし今夜は、考える事が全て、鳥使いや家禽に抱かれた銀色の卵に結びついてしまうのだ。目をつぶれば、必ず鳥小屋の風景が目に映る。ピティスと三つの月かが焼く空の下で、鳥小屋は静かな夜更けを迎えている。その鳥小屋の上空に、二羽の銀色の巨鳥が姿を現した。鳥使い達を乗せてきた巨鳥達だ。巨鳥達は、薄暗い空をひどく慌てたように飛び回っている。何かあったのだろうか? モリオンが不思議に思うまもなく、大きな鳥の声が聞こえてきた。それも小屋の中から聞こえる……。そして空を舞う二羽の巨鳥も、その声に答えるかのように、鋭く鳴いた。それと同時に、銀色の卵の姿がモリオンの頭に浮かんだ。銀色の光を放つ卵には大きな割れ目が出来ていて、その中から雛の嘴がのぞいている。卵の中の雛が懸命に外の世界へ生れ出ようとしているのだ。雛が動くたびに卵の裂け目は大きくなり、雛が姿を見せてくる。

[がんばれ! がんばれ!]

モリオンは卵から姿を見せ始めている雛を、心の中から励ました。その励ましが雛に届いたのだろうが、モリオンか励ますたびに卵は大きく動く。そして……。

 生まれた! 雛が生まれた。

雛が完全に卵から出たのが見えると、モリオンは思わず寝具から跳ね起きた。モリオンは村の自分の家に居ながら、あの銀の卵から雛が生まれるのに立ち会ったのだ。もうこうなったらモリオンの頭は、銀色の卵の殻と卵から出たばかりの雛の事で一杯になっていた。もうこうなると、いてもたってもいられない。鳥小屋に行かなければ……。寝具から抜け出したモリオンは、立ち上がって大部屋の様子を見回す。薄暗い中で、起きている人間は見当たらない。母も、寝台の上でぐっすり眠っている。今にうちだ。モリオンは、寝具の傍にたたんでいた衣服を引っ張り出して手早く着込んでその上に雨用ゆったりとした上着を着る。そして母屋の隅に置いてあいた自分の新しい頭陀袋を背負って水筒を手にすると、従兄弟のルベの横を通って外に出て行こうとした。モリオンは窓か差し込むピティスの光に照らされたルベの顔をちらり見てから忍び足で母屋の出入り口まで歩くと、そこから一目散に母屋から飛び出し鳥小屋に向かった。

 モリオンは人間どころか動く生物が何も見えない真夜中の道を鳥小屋まで速足で歩いた。後を何者かが追っているのも知らずに……。そしてその頭上では二羽の銀色の巨鳥が、ピティスだけが輝く空を舞っている。

「あっ、あれは……」

夜空に銀色の光となって飛ぶ巨鳥を見ると、モリオンの足は、自然に歩みを止めてしまった。鳥達が小屋に近付くものを、ひどく警戒しているのが感じられたのだ。このまま小屋へ入ろうとすると、間違いなく巨鳥達から攻撃されるだろう。しかしモリオンの足は、自然と小屋へと動いていく。そしてモリオンが小屋に近付くと、思ったとおりに、鋭い鳥の声が響いてきた。それと同時に、銀色の身体と翼に金の光を帯びた巨鳥の一羽が、突風と共にモリオンの頭上近くまで急降下した。それはモリオンに向かっての、警告と威嚇の行動だった。ひときわ大きな、甲高い声が空気を震わせる。

大丈夫よ、私はあなたたちの鳥使いを知っているわ。私は鳥使とは仲良しなのよ。

モリオンは巨鳥の威嚇にも怯まず、真っ直に達の方向に目を向け、そのままじつと立ち尽くした。自分の思いを何とかして彼らに届けたい。その一心だった。ずっと立ち尽くすモリオンの頭上を、巨鳥達は輪を描くように飛び続ける。そして一瞬の、静寂が通り過ぎていった。 


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