第6話 第二章 イナの村3

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 怪我をしてからの数日間を、モリオンは病室の寝台で過ごした。母の秘薬とひたすら眠り続けたおかげで、モリオンの体調はめきめきと良くなっている。怪我はもう心配なさそうだ。ただ、あの二人の鳥使い夢を頻繁に見るのが気がかりだった。おそらく眠りに付くたびに、鳥使い達の夢をみているだろう。

 鳥使いたちの夢は、見るたびに鮮明な夢になっていく。初めは鳥使い達を乗せた二羽の巨鳥が、ただ空を飛んでいるだけの夢だったのが、回数を重ねるうちに広大な森林の上を巨鳥と鳥使いが飛ぶ夢になっていた。鳥使い達と銀色の鳥は、どうやら樹海のど真ん中を旅しているようだ。イナの村人が誰一人行ったことの無い樹海の奥底を、彼らは旅している。そんな事が夢からは感じられる。病室にいる間のモリオンは、ひたすら銀色の巨鳥と鳥使いに心を馳せていた。従姉妹のルベが見舞いに来たとき意外は。

「まぁ、ずいぶんひどい目にあったのねぇ。大丈夫?」

このモリオンと仲の良い従姉妹は、陽気に寝台に寝ているモリオンに声を掛ける。

「大丈夫なはずはないって、見れば解かるでしょ。でも、まあよくはなってきているわね」

「そうなの、よかったぁ」

こうしてモリオンとルベは暫くおしゃべりに興じたのだった。ルベはモリオンが病室にいる間に村で起こった出来事を色々と話してくれた。まあ、その多くは、村の少年少女の仲間内で起こった他愛の無い話しなどだったが……どこそこの女の子がどこかの男の子を好きになったと言うような……それでもルベと話している間は、鳥使いの事を少し忘れてはいた。そしてそれから五日後には、モリオンは無事病室を出られたのだった。鳥使いが銀色の卵を引き取りに来るまでに、何とか自由になれたのだ。

モリオンは病室を出ても、母からはまだゆっくりと静養しているように言われた。しかしそれでも時間が経つにつれ、身体を動かしたいと言う気持ちが強くなってくる。それに銀色の卵を託した、マダラウズラのラグの事が気になった。モリオンが寝ている間、マダラウズラの世話は他の子供達がやってくれるはず。しかし彼らがちゃんと家禽の世話をしてくれているのかは、かなり怪しい。鳥小屋に直行して様子を見たかった。だが、今すぐ仕事をするのには無理がある。そこでモリオンは病室を出てから四、五日かけて身体を動かす事に慣らしてしき、ようやく仕事が出来るまでに回復させたのだった。だが、まだ薬草取りに行くのは止められている。しかも病室にいた間に、モリオンは大人の女性の徴を見たのだった。本来なら、姉のティオドラと同じように、成人女性に割り当てられた個室に入ってよいのだが、モリオンは個室に入るのをためらっていた。なぜかは知らないが、まだ個室に入る時期ではないと思っているのだ。そんなモリオンの様子を察して、大人になったことを祝福した母の賢女はこう言ってくれたのだ。

「モリオン、思うとおりにしてもいいのよ」

これでモリオンは個室にいかず、暫く大部屋にいる決心をした。しかし大部屋に戻ったモリオンは、早く個室に行きたいほかの少女達からは色々と言われてしまったが、あまり気にはしなかった。これは自分で選んだのだと思うたからだ。それよりも問題なのはこれでもまだ、母からまだ無理をしないように言われた事だ。母がまだ体力のいる労働は出来ないと思っているのだ。そこでモリオンは、自分が労働に耐えられるのを周囲に示すため、そしてラグや銀色の卵の様子を見るため、鳥小屋のマダラウズラ達の世話を一人で引き受けてみせたのだった。考えていた以上に、大変な仕事になるとは知らずに……。

「おはよう、ラグ」

病室から出たモリオンは、喜び勇んで鳥小屋に向かい、あの卵を託した雌鳥のラグに挨拶をした。そしてすぐさま、家禽達が充分な世話をされていないのに気付く。どうやらモリオンが病室にいる間、世話をしてくれるはずだった子供達は、ほとんど怠けていたらしい。寝藁は何日もそのままだったようだし、小屋の床には抜け落ちた家禽の羽毛があちこちにちらばっている。水と餌の世話と一日一回、小屋の外に出してやる事と、簡単な掃除はしてくれたようだが、それ以上の世話は誰もしてくれなかったらしい。結局モリオンは、一人で小屋の掃除をし、寝藁を入れ替え、仕事の無いマダラウズラ達を村の中を流れる小川の水で水浴びさせたのだった。

「まったくもう……みんなちゃんとやってくれないの」

モリオンか水浴びしている家禽達を見ながら一人文句を言っていると、後ろから従妹のルベの声が聞こえてきた。

「やっと元気を取り戻したみたいね。それより何をぶつくさ言っているのよ」

モリオンは振り向いてルベの姿を見た。ルベは灰色の作業用のズボンと上着を着て、肩から紫の草の実がぎっしり入った籠を紐で肩からさげている。

「何でもないわ。あなたこそ作業着を着ているなんて、珍しいじゃない」

普段はスカートばかり穿いているルベがズボンを穿いているのを、モリオンは茶化す。するとルベは、すぐに言い返してきた。

「畑のそばの野原で、ツルイチゴをとっていたのよ。私だって賢女の血筋なんだから」

ルベがむきになって言うと、二人は笑いあった。そう、ルベも賢女のち血筋の一人なのだ。ツルイチゴは頭痛に利く薬用草の実だ。それを採るのは賢女の血筋の少女と決められているのだから。その後二人は、水浴びをする家禽を見ながら他愛のない話をし合った。そして家禽達が水から上がり始めると、ルベはこう言ったのだった。

「モリオン、何故個室にはいらないの? 女の子達は、みんな不思議がっているよ」

「まだ個室にはいる時では無いと思うの。どうしてただかは、解らないけど」

モリオンは答える。

「そう……あなたは覚える事が沢山あるものね。なにしろ賢女になるかもしれないのだから。じゃ、さよなら」

家禽達がみずから上がるのを見るとルベはさっさと行ってしまった。ルベも鳥は苦手らしい。しかしルベには上手いこと言われたかも知れない。確かに覚える事が多いのだろう。今の自分には……去っていくルベを見ながら、モリオンはそう感じていた。

 ルベが去った後、モリオンは川原のんびり寝そべる三羽の家禽達を見ながら、自分も暫く寝そべっていた。やはりまだ体力が十分に回復していないのだろうか。朝から家禽の水浴びの時間までいろいろな雑用に追われて、少しくたびれたのだ。世話をさぼって雑用を作ってくれた相手に、文句のひとつも言いたくなる。だがいくら一人で文句を言っても、それは無駄と言う物だろう。なにしろモリオンほど、丁寧にマダラウズラの世話をする人間は、村には他に誰もいないのだ。普段はほとんど家禽に触れない子供達に、鳥の世話を頼むのが間違いなのだろう。もっとも一人で働いていたおかげで、気になっていた事を片付けられたのだが。モリオンは廃棄処分になる藁の中に隠しておいたマダラウズラの無精卵を取り出すと、林の中に埋めておいた。後に残った気がかりは、雌鳥のラグが大事に暖めている銀色の卵だけだ。ラグが自分の無精卵の代わりに抱いている銀色の卵には、今日か明日にでも雛が生まれそうな気配がある。殻の中に眠る雛が鳴く回数が、かなり多くなってきたのだ。これがマダラウズラの卵なら、孵化が間近に迫っている標しだった。おそらく、この銀色の卵も同じだろう。このままでは多分、ジェイドの仲間の鳥使いが来るまでに、孵化してしまうだろう。そうなるとはたしてどんな雛が生まれてくるのだろう? そう考えるのは楽しみなのと同時に、心配でもあった。ここで生まれてきた雛が、あまりにもマダラウズラの雛と違いすぎたらどうなるのだろうか? 見たこともない鳥の雛鳥を、鳥嫌いのイナの村人達が上手く受け入れてくれるだろうか……。実際卵の中から聞こえてくる雛の声は、マダラウズラの雛の声とはまったく違う。モリオンの代わりに世話をしてくれた子供たちに、怪しまれても仕方がないところだった。だが幸いにも銀色の卵の中の雛は、とても大人しくて、大きな声で鳴きはしなかった。それに仮の親になったラグがしっかりと卵を抱いている。卵は完全にマダラウズラの体躯に覆いかぶされており、卵の色や形の違いは、上手く隠されていた。他人に気付かれることはまず無いだろう。

「きっと大丈夫よね」

モリオンは自分に言い聞かすように呟くと、家禽達を一斉に立ち上がらせ、ラグのいる小屋に連れて行く。途中で仕事に出ていたマダラウズラ達と合流し、モリオンと家禽たちが鳥小屋に帰ってきた時には、時刻はもう夕方近くになっていた。

「ラグ、ただいま」

鳥小屋に着くとモリオンは扉を開けるとすぐさま留守番のラグに挨拶をして、家禽達を小屋に入れると小屋の扉を閉める。そして家禽達を柵に入れようとした時、信じられないものが、モリオンの目に飛び込んできた……。誰もいないはずの鳥小屋の中に、見知らぬ人間がいたのだ。

 家禽の小屋には、黒い髪の男女の二人組がいた。モリオンと一緒に小屋に入った家禽達は、彼らを見ると鋭く短い泣き声を上げ、静かになった。家禽達が大人しくなると、モリオンは改めて小屋にいた異邦人を見つめる。森の木の葉と同じ色の、薬草の丘で出会ったジエイトと同じ衣服を着たやや小柄な女と男……どう見てもイナの人間ではない。しかし彼らの姿には見覚えがある。モリオンは彼らを見つめながら、彼らをどこで見たのかを思い出そうと試みる。何処かで彼らの姿を見たはずだった。モリオンは二人がこちらを振り向くのを見ながら、記憶を探る。そしてある光景を探り当てた。

「あ、あなた方は鳥使い……」

思い出した。このところ頻繁に夢に現れていた樹海の鳥使い達だ。彼らが現実に、モリオンの目の前にいきなり現れたのだ。その時モリオンは、薬草の丘で出会った鳥使いジェイドとの約束を思い返していた。銀色の卵を、これからやって来る鳥使いに渡してほしいとジェイドは言っていた。その時が来たのだ。

「あ、あの……」

モリオンが話し掛けると、女性の方が自分の手を口の前にもって来て、大声を出さないようにと言う仕草をする。モリオンが黙ると女の取り使いは寝藁に蹲るラグに声を掛け、卵の上に立ち上がらせる。そしてモリオンが連れて来た家禽達にも声を掛け、座らせたのだ。なんとマダラウズラ達は、モリオンが声を掛けたときと同じように鳥使いの声に従い、小屋の自分達の柵へと入ると床に敷いた寝藁の上に座った。

どういう事なのだろうか? マダラウズラがよそ者の指示に従うなんて。鳥使い達は初めて見たはずの家禽を、いとも簡単に動かせて見せたのだ。それはモリオンにとって、信じがたい光景だ。

「びっくりさせてごめんなさい。でも私達にとっては、あなた方の家禽も私達の鳥も同じなの。私達を空へと無連れて行ってくれる鳥、ベヌゥと意識を繋ぐ事が出来れば、他の鳥との交流も出来るのよ」

鳥使いの女は小屋の外に聞こえないよう、小声で話し出す。ここまでくれば、もう簡単には驚かない。モリオンは何が起こっても、受け止めようと言う気持ちになっていた。

「まずは貴方にはお礼をいわなければならないわね。ほら、見て」

鳥使いの女は、ラグの足元の卵を見るよう、モリオンを促す。寝藁の上に転がる卵を見ると、銀色の卵が大きく変化しているのに気が付く。なんと、銀色の卵には大きなひびが入っていた。孵化がもう始まっているのだ。このまま孵化してしまったら、卵を後から来る鳥使いに渡すという、ジェイドとの約束が果たせない。孵化途中の卵を動かすわけにはいかないのだ。鳥使い達は卵をどうするのだろうか? そして卵から生まれた雛は?

「心配しないで、無事雛が生まれそうね。貴方のおかげよ、モリオン。卵を守っていてくれて、本当に有難う」

驚いた。モリオンがまだ何も言ってはいないのに、女鳥使いはモリオンの名前をもう知っている。何故なのだろうか? 疑問と混乱がモリオンの頭を渦巻く。

「私たちは樹海から盗まれたベヌゥの卵を探すために、樹海の周辺をベヌゥと飛び回っていたのです。その途中で、私の意識にあなたが現れた。もっともあなたの名前を知るまでには、ちょっと時間がかったけど」

そこまで言うと女鳥使いは、今度は卵の上に立ったままのラグに声を掛け、ラグを卵の上に座らせる。

「私も同じです。夢の中であなた方の姿を見ていました。これから何故卵が此処にあるのかをお話しします」

モリオンはラグの頭を撫でる女鳥使いに向かって、一気にこれまでのいきさつをしゃべり始めた。薬草の丘で猛禽に襲われ、ジェイドとネフライドに助けられた事、ジェイドから銀色の卵を託された事、そしてその後、ジェイドが姿を消した事……それらの話を鳥使い達は身動きもせずに聞いていた。

「ありがとう、モリオン。よく話してくれましたね。今度は私が自分達のことを話しましょう。」

モリオンは女鳥使いを見ながら、ごくりと唾を飲む。これから、モリオンの知らない世界の話しが始まるのだ。

「私の名前はカーネリア、そしてこちらはオリビン……」

鳥使い達が鳥小屋の床に座るのにつづいてモリオンも床に座ると、カーネリアは静かに自分達の事を語りだした。 


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