第2話 第一章 薬草の丘……出会い2

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 空に現れたのは真っ黒い身体に、頭の先と首が黄色い羽根に覆われた猛禽……イナズマオオワシの姿だ。大変! 早く逃げないと。モリオンは慌てて猛禽からみを隠す場所を探す。そして、目に入った丈高い草の茂みの中に潜り込んだ。イナズマオオワシは村の基準では、小さな生き物を捕らえる少し大きめの鳥とされてはいたが、時々人間を襲って怪我をさせる猛禽でもあった。だからイナナの村ではこの鳥を見かけたら、人間は何処か適当な場所に身を隠すようにと教えていた。叢の中のモリオンは、その教えを忠実に守り、猛禽が頭上から飛び去るのを待っていた。さぁ、もう早くいって! モリオンは叢の中で猛禽の羽音を聞きながら、そう心の荷かで叫ぶ。草に囲まれた中で手足を縮め、じっとしているのはとても辛い。少し時間が経つと、もうじっといていられなくなる。痺れが切れたモリオンは、叢の中を少しずつ進み始めた。なるべく音を立てないようにしながら草の中を這って進み、薬草の丘の斜面を下ろうと試みる。じっとしていると、今日一日の予定が頭に浮かんでくるのだ。

「午後からは姉さんの手伝いをしなければならないのよ。まったくもう……」

モリオンはぶつくさ言いながら、草をかき分けて進む。だが背の高い草の中を進むのは、そう簡単ではない。しょっちゅう衣服に草がひっかかり、モリオンの動きの邪魔をするし、進みたい方向に進んでいるのかもわからなかった。草で前がまったく見えないのだ。しかも頭上には猛禽がいるので、ゆっくりと、音を立てずにに進むしかなかった。頭上で旋回するイナズマオオワシを気にしながら、モリオンは草と格闘する。そしてなんとか猛禽に気付かれずに叢から出られそうだ、言うところでモリオンの目に光るものが映り、モリオンはさっそくもの光る物を手に取って見る。鈍い銀色に光るそれは、鳥の羽毛だった。それもまだ見た事の無い鳥の羽毛だ。風に乗って来たのだろうか。多分、鳥の首あたりの羽毛だろう。それにしては大きい。持ち主はどんな鳥なのだろうか。羽毛を手に、モリオンは羽毛の主を想像してみる。頭上の猛禽の事はちょっと忘れて……。するとモリオンの頭に、空を飛ぶ巨大な銀色の鳥の姿が浮かんだ。

「これは?」

頭に浮かんだ鳥の姿に、銀色の羽毛に覆われた巨大な身体にやや長めの尾羽……大きくて力強い銀色の翼がはばたくと共に、尾の付け根から伸びた金色の羽根が光り輝いている。そしてその鳥の背中には、人が一人乗っていた。人を乗せた鳥……頭に浮かんだ光景に、モリオンは飛び上がらんばかりに驚く。人を乗せた鳥なんてモリオンの村では想像すら出来ないものだ。このときモリオンは、頭上の猛禽を暫し忘れられていた。モリオンが再びイナズマオオワシを思い出したのは、手にした羽毛がきらりと光ってからだった。

「しまった!」

銀の羽毛の輝きに、モリオンはイナズマオオワシが光るものを好んで持ち去る事を思い出し、慌てた。羽毛を素早く頭侘袋に入れ、とにかく姿を隠そうと、さらに叢の億に潜り込むもうしする。しかしモリオンよりも、黒い猛禽のほうがすばやかった。

「きゃっ!」

叢の億に潜る前に無猛禽に頭上近くを掠められ、モリオンは悲鳴を上げて草の上にうつ伏した。

「助けて、大女神ラキィ……」

地面につうつ伏しになったまま猛禽の攻撃をやり過ごしながら、モリオンはイナの村の女神に祈っていた。豊穣と幸運の女神ラキィ……イナの村人は何があるとこの女神に祈る。しかしその女神の威光も、今のモリオンには届かないようだ。何度も何度も頭上を掠められ、猛禽の翼が起こす風がだんだんと強くなるのを、モリオンは背中で感じる。そしてとうとう、隠れていいた叢から飛び出した。しかしどんなに早く走っても、空飛ぶ猛禽にはかなわない。頭陀袋で猛禽の攻撃をふせぐのが精いっぱいだ。そして丈夫な頭陀袋が猛禽の受け止めている間も、モリオンは逃げ道を探しながら丘の斜面を走る。

「助けて、大女神ラキィ!」

走るモリオンが再び女神に祈った時、モリオンはじぶんの逃げはがなくなったのに気付いた。いつの間にか、足元には切り立ったがけが迫っていた。斜面の一部が切り取られて作られた、鋭い崖だ。茂みの中を進んでいる時に、何処かで逃げる方向を間違えたらしい。

「きゃぁ……」

愕く間も無かった。崖下に点々と生えている灌木が目に入った瞬間には、モリオンの身体は空中に投げ出され、モリオンは気が遠くなるのを覚えた。

「助けて……」

今度は女神に祈る暇もない。左肩に痛みを感じるとすぐに、モリオンは気を失った。地面に叩きつけられる痛みは無かった。モリオンの意識は、中に投げだされた時にはもう途切れていた。ただその時、何か猛禽とは別の鳥の声を聞いたのは覚えていた。


モリオンは崖の下でうつ伏せに寝たままの状態で意識を取り戻した。もう長い時間、意識を失っていたような気がする。しかし実際には、そう時間は経っていないらしい。多分、ほんの少しいうたた寝をしたくらいの時間しか経っていないのだろう。少し顔を上げて空を観ると、灌木の間からイナズマオオワシが飛び去っていくのが見える。この猛禽が長い時間、同じところに留まることはまずない。多分もう少ししたら姿を消してくれるだろう。モリオンが動きだしさえしなければ。モリオンはイナズマオオワシが消え去るまで、地面にうつ伏せになっていた。灌木の上にでは無く、灌木の茂み横に落ちた事に感謝しながら。猛禽は身動きをしないモリオンには目もくれず、大きな声を出し続けながら姿を消した。何かに怯えているかの様に。猛禽が完全に消え去った時、モリオンはほっとして立ち上がろうとした。しかしその時……。

「いたたあ!」

じっとしていてから身体を動かすと、今まで感じていなかった痛みが全身に走った。あちらこちらが痛かったが、得に右肩の痛みがひどい。痛みに耐えながらなんとか立ち上がり、右肩に触れてみる。途端に指先が傷口を刺激し、モリオンは悲鳴を上げそうになった。猛禽がここに戻って来るむかも知れないので、悲鳴は禁物だ。どうにか悲鳴を飲み込み、モリオンは右肩を庇うように蹲る。そのままじっとしていると、静かな時間がその場を流れた。さあ、もういいだろう。鳥の影が一つも頭上を掠めないのを確認すると、モリオンは改めて立ち上がり、自分の身体をじっくりと調べる。どうやら右肩以外には、大きな傷は無いようだ。崖から落ちたというのに、骨折は全くしていない。被害はこの傷と、頭侘袋が見当たらないだけ。奇跡だ。女神様への祈りが通じたのだろうか? しかしどこかおかしい。あの崖から落ちて、この程度の傷ですむのだろうか? 崖から落ちてからの出来事を思い出そうとする。そして崖から落ちる時に、今まで聞いた事のない鳥の声を聞いたのを思い出した。そう、間違いなく鳥の声だ。モリオンの耳には、鋭く域の長い鳥の鳴き声の記憶が残っていた。モリオンが知っている、との鳥の声とも違う鳥の鳴き声。猛禽の声によく似てはいるが、猛禽の声とは少し違う。大型の草食鳥の声かもしれないが、大きな草食鳥は、薬草の丘にはいない鳥だ。いったい何の鳴き声なのだろうか? モリオンは音以外の記憶を探り、鳴き声の正体を探ってみる。だが記憶を探るまでもなかった。いきなり耳に入って来た鳥の声が、モリオンの問いの答えになったのだ。

その声は、巨大な鳥の影と共にモリオンの頭上にやって来た。モリオンは慌てて地面に身を伏せて、その陰をやりすごそうとする。

「助けて!」

恐怖で身体を硬くするモリオンの頭上で、影の主は鋭い声を出しながら二、三回旋回する。そして大きな羽音と共に地面に着地した。鳥の翼から流れる風がモリオンの髪の毛を、一瞬の間たなびかせ、再び静寂が訪れる。だがモリオンは動こうとしなかった。巨大な影の主がこわかったのだ。影の主が近くに居るのが解っていた。もしこの影が猛禽のものなら、多分、自分は猛禽の餌食になるだろう。モリオンはそう覚悟していた。ところが……。

「どうしたんだい」

突然、考えられない事が起こった。薬草の丘に男の声がしたのだ。薬草の丘は男子禁制のはす。男の声など、するはずが無い。訳が分からないまま、モリオンは立ち上がって男の声のする方向を見る。見も知らぬ青年の姿がそこにはあった。肩まである黒髪の、緑色の衣服を纏った小柄な青年……イナの村人と同じ明るい茶色の目をしているが村の人間では無い。モリオンを含めて、イナの村には黒髪の人間などだれ一人いないのだから。しかもその青年の後ろには、信じられないものがあった。灌木の向こうに、銀色の大きな鳥が隠れているのだ。これは一体、どうゆう事なのだろうか? モリオンはあっけにとられたまま、青年と青年の後ろの灌木の茂みに潜んでいる、銀色の鳥を見詰めた。灌木に邪魔されて全身は見えないが、灌木の枝の隙間から見えるその身体から、途方もなく大きな鳥であるのが推し量られる。モリオンはその大きすぎる鳥を恐れていたが、見知らぬ青年は鳥を全く恐れていない様子だった。それどころか灌木に潜む鳥に向かい、なにやら低い声で話し掛けている。モリオンは改めて、銀色の鳥と話す青年を見詰めた。青年の着ている衣服は、モリオンが今まで見た事も無い衣服だった。身体に張り付いたかの様な、ぴったりとした上着とズボン、上着の襟と一体となった帽子、そして膝までの長さがある長靴。森の色にあわせたように緑色をしたその衣服は、かなり伸び縮みする素材で仕立てられているらしい。青年は鳥と話すのを止めると灌木が離れて、ゆっくりとした足取りでモリオンに近づいて来る。

「大丈夫、この鳥は大人しいから」

青年は笑顔で、イナと同じ言葉でモリオンに話し掛けてくる。しかしモリオンは、青年への警戒心を解いてはいない。

「私はジェイド、樹海の鳥使いだ。君はこの近くの村の子だろ」

「えっ、鳥使い?」

鳥使いとは何者なのだろうか? まさか鳥に乗る人間なのでは? 飛べない鳥に乗りイナの村を襲った人間の言い伝えが、モリオンの頭に浮かぶ。イナの子供達は、遠い昔に村を襲った、飛べない鳥に乗った無法者の話を聞いて育つ。当然、子供達には鳥に乗った無法者への恐怖が植え付けられる。それはと鳥を嫌わないモリオンも同じだ。幼いころに無法者の話しを聞かされ、怖くてたまらなかった記憶が蘇る。飛ぶ、飛べないに関わらず、鳥に乗る人間は忌むべき存在だ。しかし眼の前の鳥使いを名乗る青年は、そんな事にはかまわず笑顔でモリオンに近寄ろうとする。どうやら、モリオンの心を解きほぐそうとしたいらしい。しかしモリオンは相変わらず表情を硬くしたまま、灌木の茂みに居る鳥が、がさがさ動き回るのを気にしていた。

「鳥が飛び出してこないか心配しているのかい。大丈夫だよ、人によく慣れた鳥だから」

モリオンの様子を見て気持ちを察してくれたのか、青年ジェイドは巨鳥の方に顔を向け、巨鳥を静かにさせた。ジェイドが鳥に静かに言って聞かすと、巨鳥は身動きするのを止め、じっとしているようになった。そして鳥が静かになると、次にジェイドは鳥に向かって手招きをする。鳥をこっちに呼んでいるのだ。モリオンは、銀色の巨鳥が完全に姿を現すのを、固唾を飲んで見守った。

「これはベヌゥのネフライド。ごらんのとおりに、人間の言う事を良く聞く鳥だ。鳥使いはこの鳥ベヌゥに乗って、樹海を移動するのだよ。このネフライドが、崖から落ちた君を掴んで地面に置いたんだ。この丘の斜面で少し休んでいたら、反対側の斜面から君の悲鳴が聞こえたんだ。間一髪だったよ」

青年ジェイドは、横に並んで立った鳥の長い首を撫でながら、モリオンに話し続ける。その前でモリオンは、ただ黙って巨大な鳥を見詰めるばかり。信じられなかった。この鳥に助けられたなんて……しかしじっと鳥を見ていたモリオンは、しだいにその大きさと美しさに目を奪われていった。鳥への恐怖心は、どこかに吹き飛んでいた。なんてきれいな鳥なのだろう。背の高さがジェイドの二倍はある身体を銀色の羽毛で覆い、頭には朱色かがかった鬣に似た冠毛を頂いている。そしてやや長めの尾の付け根から地面に垂れる、金色の二枚の飾り羽根を持った美しい鳥……。翼を広げると、翼にも金色がかった羽毛があるのが見える。おそらく、丘の上で拾った銀色の羽毛の持ち主はこの鳥だろう。あの時、頭に浮かんできた鳥の姿によく似ている。そして鳥の背中に目をやれば、足の無い椅子の様な物が、同に巻いた太い帯で取り付けられていた。モリオンがじっと巨鳥を見詰めていると、鳥の藍色をした目が静かにモリオンを見返し、モリオンと巨鳥は互いの目を覗き合った。大きく、力強そうな身体とは不釣り合いな優しい目……。その目にすっかり安心したモリオンは思わす巨鳥に近寄り、銀色の羽毛に触れようとする。巨鳥の銀色の羽毛は、やはりさっき拾った羽毛と同じだ。モリオンは右手を伸ばして鳥に触れようとしたものの、手を伸ばした瞬間に、右肩に痛みが走った。

「い、痛い!」

今まで忘れていた傷の痛みが蘇り、モリオンは苦痛に顔を歪める。するとその様子を観ていた巨鳥が、翼をばたつかせ、ひと声鋭く鳴いた。

「おい、大丈夫か」

ジェイドは素早く鳥を宥めると、地面に蹲っているモリオンをたすけ起こした。

「ネフライドが君を掴んだ時にできた痕だ。さぁ、これで傷を押さえて」

ジェイトは手に嵌めていた手袋をとると、腰のベルトに付いている物入れから白い布を取り出してモリオンに差出した。モリオンはその布を受け取ると。言われた通りに傷に当てた。ジェイドが差し出した布には、何か薬が浸み込ませていたらしい。傷口をその布で押さえていると、痛みがすっと引いていく。そして布の色が白から赤っぽい茶色に変化したときには、痛みはかなり弱められていた。布の薬の効果を確かめたモリオンは、布を傷から離し、ジェイドに渡す。

「有難う。これ、まだ使えるでしょ?」

モリオンは、ジェイドに微笑みながら礼を言と、それに答えてジェイドもモリオンに向かって微笑み、薬の布を受け取るとベルトの物入れに仕舞い込んだ。

「私、モリオン」

ジェイドが信頼出来る人間だと判断したモリオンは、ようやく自分の名前をジェイドに告げる。

「そうか……モリオンと言う名前なんだね」

二人がお互いを信頼出来ると思った時、得体知れないくらい影が、頭上に現れた。イナズマオオワシだろうか? モリオンは顔を上げて空を見る。ところが影の主を見付ける前に、ジェイドの声がモリオンを地面に伏せさせた。

「ここで伏せていて!」

ジェイドの声と共に、銀色の巨鳥の鳴き声と羽音が響き渡る。そして、得体のしれない唸り声……。モリオンはただ蹲って、影が通り過ぎるのを待つ。

「しまった。彼等に追い付かれた」

ジェイドの呟きが地面に伏せるモリオンの耳に入り、地面にいる銀色の巨鳥は、激しく鳴きながら羽ばたく。今にも飛び立たんばかりの、激しい羽ばたきだ。

「ネフライド、行け」

ジェイドの指示にネフライドは一機に飛び上がり、影の主を追う。巨鳥が飛び去ってすぐに、何かがぶつかり合う大きな音がした。ネフライドと影の主とか争っているのだ。モリオンの頭上で激しい音が羽音や鳴き声と共に響き渡り、羽毛のかけらしき物体が上空から降り注ぐ。激しい争いだ。その激しい争いが暫く続いた後、影が消えて静けさが訪れ、モリオンは立ち上がった。立ち上がって空を見上げるとモリオンの目に、猛々しい巨鳥の姿が映る。長い首をおもいっきり上空に向かって伸ばし、立て続けに羽ばたきをする。大きな翼が動くたびに強い風を起こし、モリオンの髪を揺らした。

「ネフライド」

ジェイドは巨鳥に声を掛け続け、心を静めて地面に着地させようとする。しかしネフライドはなかなか着地しようとはしない。それでもジェイドは鳥が静かになるまで、声を掛け続けた。

「ようし、ようし」

やっと巨鳥が着地するとジェイドは巨鳥を地面に座らせ、手袋をはめ帽子を被ってその背中に上がる。そして胴に巻いた帯の物入れを開けて大きな袋を取り出した。そして……。

「モリオン、ほら」

モリオンの名前を呼ぶやいなや、ジェィトは取り出した袋をモリオンに投げて渡した。モリオンは何がなにやら解らないまま、その袋を両手で受け止める。すると忘れていた肩の痛みが、再びモリオンを襲う。

「モリオン、頼むからこの袋を大切に持っていてくれ。そして、これからこちらに来る鳥使いにこの袋を渡してほしいんだ。彼らならきっと、君を探し出しこの袋を持ち帰ってくれるだろうから」

「はい」

モリオンが返事をした瞬間、再び不気味な影現れ、銀色の巨鳥は前にも増して激しく、銀色に淡く金色が混じる翼を羽ばたかせる。ジェイドは暴れる鳥の羽根に触れて落ち着かせると、素早く巨鳥の背中に飛び乗った。

「モリオン、さあ、早くにげろ!」

鳥の背中からジェイドが大声で叫ぶ。だがモリオンは、緊張のあまり、すぐに身体を動かせないでいた。

「モリオン!」

立ち尽くすモリオンをジェイドはなんとか急がせようとする。そのあいだにも頭上の影は大きく広がり続け、影の主が地上に近付くのが解った。

「さあ、早く!」

最後にそう言うと、ジェイドと巨鳥は、いきなり空へと飛び立った。人を乗せた巨鳥が地上を離れると巨鳥の羽ばたきの強い風がモリオンに吹き付け、モリオンは袋に覆い被さる様にして、地面に蹲る。そしてさっきよりも大きな音とかぜが上空で渦巻き、羽毛のかけらがかぜに乗って流れていった。その状態がしばらく続いて、ひときわ大きな生き物の叫び声が空気をつんざいた。それが巨鳥ネフライドの声なのが、それとも不気味な影の持ち主の声なのかは解らない。しかしその声が消え去ると、思い静寂がモリオンの周囲を閉ざした。まるで、全ての音が消えたみたいだ。

「ジェイド……ジェイド」

立ち上がったモリオンは、沈黙から抜け出そうとして鳥使いの名を呼ぶ。

「ジェイド、ジェイド」

名を呼びながらモリオンは、銀色の巨鳥と鳥使いの姿を探した。しかしかれらの痕跡は、空にも薬草の丘にも見当たらない。小鳥の姿すら見えなかった。鳥に替わって空の主である天体ビティスが、晴れた空に白っぽく浮かんでいる。

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