四ノ三十一 旅立ちの日(第一部完)
サクミは叫んだ。
その叫びが――、気合いが――、ヴァイアンのエネルギーになれとばかりに、腹の底から叫んだ。
だがしかし、左腕の小さな魔導盾では、ミズチの口から吐き出される膨大なレーザービームをふせぎきれず、シールドの範囲をこえてあふれるピンク色の熱エネルギーは、ヴァイアンの肩や脚や、背中に合体したコウメイの翼を熔解させていく。
「とけろっ、とけてしまえっ、ヴァイアンっ!」
アサシノの金切り声が、ビームに乗って伝わってくるようであった。
「こんちくしょおっ!」
叫声をはなつサクミであったが、ビームはヴァイアンの全身を焼き続ける。
ヴァイアンが焼きつくされてしまえば、後ろに広がる町並みが、そこに住む人々の生活が、一瞬で崩壊してしまう。
怒りがサクミの心にぽっと火をつけた。その怒りの火種はたちまち業火となって心に膨満し、あふれだし、全身をつつんだ。
自分の任務だか野望だか知らないが、そんなたったひとりのちっぽけな欲望のために、大勢の
サクミは、その燃えあがる激情を、小さな肢体の全部からほとばしらせた。
「魔導シールドフルパワー!」
サクミの怒りの炎がエネルギーに変換されたように、ヴァイアンが叫び、左腕の魔導盾の光が全身を覆うほどに大きく広がった。
「いっけえ!」
マコモも叫んだ。
ヴァイアンは急激に速度を増加させ、ビームが放出される大蛇のあぎとに向けて突き進む。
盾によって阻まれたビームは拡散し、いく条もの筋となり、あまたの粒子となり、虚空に霧散していく。
「この化け物め!」
化け物のようなマシンを操るアサシノが罵声をはなつ。
光線の付け根まで突進して、ヴァイアンはその巨大な顎を蹴りあげた。
鉄と鉄が打ち合うにぶい轟音とともにミズチの顎が強引に閉ざされ、反動で頭が天をふりあおぐ。
サクミは刀を大上段に構え、叫んだ。
「天空一閃、魔導斬り!」
コクピットのアサシノが、たまぎるような悲鳴をあげ、反射的に両腕で顔を防御する。
ヴァイアンは大上段から刀を振りおろし、摩天楼のようにまっすぐ突き立った大蛇の、顎さきから一直線に
まばゆいほどの電気の火花をまき散らし、ミズチがYの字になって、その割れた首の左右がゆっくりと地面へむけて倒れ落ちていく。
倒れていくわきを、オーロラのような光彩につつまれたヴァイアンが飛びぬける。
数瞬後、斬り裂かれた大蛇の首のつけねがぼきりと折れ、地上へと落下しはじめた。
いっしょに胴体も落下していき、やがて巨体は黒い光につつまれて何度かまたたき、ヴァイアンを振りかえらせたサクミの視界で、ばっと拡散して消滅した。
魔導力のバリアをまとう間もなくコクピットから投げ出されたアサシノは、髪を振り乱し着物の裾をはためかせて、奈落のような大地へと落下していく。
そこへ、地上から黒い巨大な片腕の武者が飛びあがって来、左腕をのばして彼女の体を手のひらでうけとめた。
ぶあつい手でアサシノをつつみ、アイゼンは落下軌道へとうつる。
アサシノは、夜空に光彩をまとわせて浮かぶ、
「おのれヴァイアン、覚えておれっ!」
彼女のありきたりな捨てぜりふとともに、黒い武者は地上の闇へと消えていった。
アサシノの無事と、完全に大蛇が消滅したのをみとどけ、サクミはひるがえって北へと飛び去った。
オーロラの粒子が、夜空に舞う。
地上では、搦め手門をかためていた反乱軍の一団を、白いバイコーンと、大きな黄色の犬と青緑の狼が突破して、橋を駆けわたって北へと進んでいく。
ヒヨリとユウリンは生徒たちとの脱出途次、
城の北には、わずかに武家屋敷や町家があったが、すぐに途絶えて、草原の広がる風景へと変化していた。
このあたりは
そのすこしぬかるんではいたが、風が吹きわたる、草の香る草原を、白馬の慧煌獣トーマにまたがるアスハとシオンを先頭に、ライマルにのったヒヨリとフウマルのユウリンが続く。
アスハが振り仰いだその上空には、翼をはやした白銀の騎士が満月に照らされて輝きながら、皆の守護神のように飛翔していた。
流離の境遇へと身をおくこととなった那の王女アスハと、彼女とともに歩む騎煌戦士サクミたちは、暗い果てしのない地平線の彼方へと進んでいく。
その冥暗のなかに、じぶんたちの小さな希望を見いだして。
(第一部完)
騎煌戦士ヴァイアン 優木悠 @kasugaikomachi
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