【声劇台本】竜宮に溺れる。(1:1:1)

アダツ

【声劇台本】竜宮に溺れる。(1:1:1)

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注意書き

・《》内は場面説明です。文章は読まず、BGM・SE等の指標としてください。

・同様に、()内も演技の指標としてください。

・人物名+Nはナレーションです。


キャラクター

・鯉川(こいかわ):(♂) 27歳。経理部経理課所属。

・姫野(ひめの):(♀) 28歳。企画部新規企画課所属。

・課長:(不問)36歳。経理部経理課長。下記海洋生物と兼ね役。

・他、海洋生物 (不問) クラゲ、エビ、イカ、タコ、カニ、タイ




-----【コピペ用】-----

竜宮に溺れる。

作者:アダツ


鯉川♂:

姫野♀:

課長/海洋生物:

-------------------------




ここから本編↓

___________________________






鯉川N:静かな場所が好きだ。だから僕は、よく海の中に潜っている。


クラゲ:いらっしゃい鯉川こいかわくん。またあの人の悩みかい。


鯉川:危な。触れないでよね、クラゲくん。


クラゲ:そりゃ、その話題にってことかい? 毒づくつもりはないから、話してごらん。企画部のあのについて。


鯉川:いや、集中したいだけなんだけど。最近きみら、よく話しかけてくるね。


クラゲ:そいつは、きみの心を現してるのさ。こんなに水が透き通っているのなんて、何年ぶりだ? ほら、他のやつらも浮足うきあし立ってる。


鯉川:変なやつらばっか……。


クラゲ:ふむふむ、今日はなんだ、会釈えしゃくされたぐらいでいい気になってるのか。


鯉川:ちょっと、勝手に心を読まないで。


クラゲ:それはしおの流れを読むなってことかい? クラゲのオレにこくなことを言うねぇ、ちょっとした冗談ぐらい許してくれないか。


鯉川:…………今日はさ、少し高いヒール履いてて、服もなんかひらひらしたので、お洒落してた。


クラゲ:なるほど、それは、出掛ける予定でもありそうだね。


鯉川:そうだよな! あー、何しに行くんだろ。


クラゲ:直接きけばいいのに。……おっと、こいつはきみにとって酷なことだったか。部署も違えば、むこうはきみの事すら知らない。


鯉川:うっさい。あー、綺麗だったな、姫野ひめのさん……。


クラゲ:それならさ――


(間)


鯉川:ん? クラゲくん、なに? ……おーい。おーい。


《現実に戻る:社内オフィス》


姫野:おーい、鯉川さん? 鯉川さーん。いたずらしちゃうよ(耳元で)。


鯉川:(上に被せるように)んひゃ!? な、なにが……。


姫野:やっと聞こえた~。もぉ、何度も呼んでたんですよ。


鯉川:ひ、姫野さん!?


姫野:あれ、わたしのこと知ってるんですか? あ、そういえば朝挨拶しましたね。でも名前まで?


鯉川:どうして、僕の名前……。


姫野:胸のその、社員証に書いてあったから。経理部の鯉川さん。……そうか! 私も社員証……は、カバンの中だし。あれぇ~?


鯉川:……姫野さんは、帰るところですか?


姫野:そう! 残業してたんですけど、もー眠くなっちゃって。帰ろうと思って、そしたら廊下のベンチで座り込んでるから、どうしたんだろ~って。そんな感じです。


鯉川:え、それだけで声かけたんですか?


姫野:はい。駄目でした?


鯉川:いえいえ、そんな!


姫野:そういえば鯉川さん、クラゲがどうかしたんですか?


鯉川:え!? な、口に出てました?


姫野:ええ、呟いてたので。もしかしてご夕食ですか。


鯉川:い、いえ……それは友達なので、できません。


姫野:友達?


鯉川:な、なんでもないです! 僕も、そろそろ片付けして帰っちゃいますね、あはは。


姫野:あ、それならええと……いま私の中でお菓子配りキャンペーンやっててですね、よければ貰ってくれませんか?


鯉川:は、はい? 喜んで……。


姫野:……ふふっ、「喜んで」って…………あああごめんなさい! つい面白くて……。はいこれ。


鯉川:えびせん……。


姫野:おかげ様で今日のノルマ達成です。では!《姫野、会社から出る》


(間)


鯉川:残業……。あれ、デートじゃ、ないかも?







「竜宮に溺れる。」







* * *



《心の海の中》


鯉川:ふ、ふふ……はは。


エビ:うわ、きめえ笑顔。


鯉川:エビくん、辛辣しんらつすぎ。


エビ:いーや、いまの俺の発言は、この海の生き物を代表したものだぜ。


鯉川:あんな……姫野さんと会話ができるなんて。ふふ。


エビ:あれを会話と呼べるかねぇ。終始しゅうしキョドッてただけだろ。


鯉川:それに朗報さ! あの日はデートじゃなかったんだよ。


エビ:キャンセルになっただけかもしれないだろ。相手がたか……あののほうで急用の残業になっちまったか。


鯉川:そうっ……かな。そうかもね……。


エビ:まー、めんこい娘だよなあ。ふわふわしてるっつーか、同年代の女子とはまた違った雰囲気を纏っててよ。結構、不思議ちゃん?


鯉川:なんだよ。


エビ:お前、貰ったお菓子どうしたよ。


鯉川:……大事に、保管してる。


エビ:保管て! おまえ……中学生の恋じゃねーんだからさあ。つーかその、えびせんにつられて俺呼んだろ。連想しただろ。


鯉川:姫野さん、エビ好きなのかなあ。


エビ:いや、関係ねーと思うぜ。つか俺を食うなよ?


鯉川:しゃべるエビなんて食べないよ。意思疎通いしそつうしちゃった時点で、食用の目でなんか見れないし。


エビ:んなこと海の世界じゃ日常茶飯事さはんじだっつーの。食うか喰われるか、生きるのに忙しい。まあ、まれにお前の小言こごとを聞いてやるっつー俺みたいに暇なやからもいるがな。


鯉川:人間社会だと違うんだよ。


エビ:どうかねぇ?


鯉川:へえへえ、友人は大事にします。


エビ:ま、お前もこっちばっかじゃなくて、その人間社会のほうでも友人つくれよ。


鯉川:友人……友人か~。


エビ:オラ、その姫野さんは。


鯉川:姫野さん…………とは、その、友人になりたいわけじゃなくて……こ、こ……。


エビ:カーッ、何事もまずは親睦しんぼくを深めるとこからだろぉが! まずは友達目指せ!


鯉川:……そうだね、うん。


鯉川N:返事をすると、エビくんの姿が次第にぼやけ、海の世界が真っ黒な闇に吸い込まれていった。


鯉川N:目が覚めると自室の布団の中だった。朝のひんやりとした空気に、足先だけが浸かっている。


鯉川:今日の夕飯は、エビフライにでもしようかな。



* * *



《現実、社内オフィス:経理部》


課長:鯉川くん。


鯉川:はい、課長。ハンテンコウイカの件ですね。


課長:ああ、昨日のハンテンコウ……なんだって?


鯉川:ハンテンコウイカです。コウイカの中でも大型で、しゅんは秋から春にかけてなんですけど(途中で咳払いに遮られる)


課長:(咳払いで遮る)イカはまったく関係ありません。……昨日渡した書類、差し替えがあって、これとこれ。あと、ついでに企画部にこの一式持って行ってくれませんか。


鯉川:え、自分がですか。


課長:たまには他の部署の空気でも吸ってリフレッシュしてきなさい。どうせさっきも集中モード入ってたんでしょう。


鯉川:わ、わかりました……。


《心の海の中》


イカ:よかったなおぬし、チャンスじゃなイカ。


鯉川:きみは……イカさん。


イカ:イカにも、ヤリイカにそうろう。降って湧いたこの好機、逃してはならぬ。


鯉川:好機だなんて……ただの使いっぱしりだよ。


イカ:その使いっぱしりをかさない手はなかろう! づくりのように新鮮なうちだ何事も。心の海は正直よのう。昆布こんぶは手を振り、イソギンチャクなんてダンスする始末だ。


鯉川:揺らめいてるだけに見えるけど……。


イカ:もっと自信を持たれよ。えー、ぽじてぃぶしんきんぐ? というのか。昨晩さくばん廊下で話しかけられたのだって、お主の魅力にあの小娘が囚われたからじゃ。そうに違いない。まったく、スミに置けませぬなあ。イカスミだけに。ぬぁっはっはっは!!


鯉川:調子いいことばっかり……。企画部に行ったからって、会えるとは限らないし……。


姫野:鯉川さーん。


鯉川:……え?


《いつのまにか現実に戻ってる》


姫野:あ、やっと気づいた。もう、私ってそんなに影薄いですかぁ?


鯉川:いっ、イカにもです! あっ、いいえ! そんなことないです!


姫野:まさか、こんなところで立ったまま寝てたんですか? 危ないのでやめたほうがいいですよ。


鯉川:はい……すみません。


姫野:ああっそんなに落ち込まないで。……企画部うちに用があるんですか?


鯉川:どうして……。


姫野:そりゃあ、こうやって企画部の入口でずぅーっと立たれてたら、そう思います。ふふふ。


鯉川:あっ、あの、……姫野さん!


姫野:っ……な、なんでしょう……?


鯉川:こ、こここ……。


姫野:こ?


鯉川:(深呼吸して)今度、食事でもいきませんか!?


(間)


鯉川:……あ、す、すすすすみません!


姫野:ぷっ、あははは! なんで謝るんですか。


鯉川:い、いえ、急に失礼だったと思って……忘れてください!


姫野:いーえ、忘れません。


鯉川:え?


姫野:鯉川さん、すごい情熱のあるひとなんですね。さっきはちょっと驚いちゃいました。……食事ってそれですよね? ずっと抱えたままの書類。


鯉川:こ、これが? ……あ。


姫野:社内の忘年会案内。配りに来てくれたんですよね? 今年は経理部が主催なんですか。毎年結構なお料理が出て、私も楽しみにしてたんです。もちろん、いきますよ。


鯉川:あ、はは……そうそう、そうなんです……あはははは。



* * *



《心の海の中》


タコ:そりゃあまんまとミスったのぉ。ミズダコだけに。ほぉっほっほ。


鯉川:タコさん、ちょっと、ひとりにしてください……そんなに足からめないでください……。


タコ:優しく撫でとるだけじゃよ。ほれ、よ~しよ~し。


鯉川:自分の感情の制御出来なさに、絶望しました。


タコ:それが恋というもんじゃないのかのぉ。そもそも、お主は自分の感情なんてもんを操ることができるのかえ?


鯉川:揚げ足とらないでくださいよ。


タコ:なに、この足をカリッと揚げるつもりか? 老体を揚げたところで旨味うまみなぞ出んぞ、もうあの頃の実力はない……。


鯉川:食用であることを自覚している……。


タコ:そりゃあ美味びみと言われ、竜宮りゅうぐう馳走ちそうにも出されたほどじゃ。


鯉川:経験がおありでした!?


タコ:貸せる手はないが、知恵くらいは授けよう。……お主、次のその忘年会とやらで、彼女を守るのじゃ。


鯉川:……はあ、またとんきょうなこと言いますね。守るって何からですか。


タコ:そりゃ、パワハラとセクハラからじゃよ。


鯉川:え、されてるんですか、姫野さん。


タコ:知らん。が、まあそういう機会が起こりやすい場じゃろう。実際に起きるかは分からんが、万が一を考えるんじゃ。


鯉川:すんごい受動的ですね……てっきり「いっそ告白しろ!」とか言い出すのかと。


タコ:うむ。彼女を守ったのちに、告白するんじゃ。きっと格好いいぞ。壁に手を添えてな。


鯉川:最近、恋愛漫画読みました? それもひとむかしまえの。



* * *



《現実、とある宴会場にて忘年会》


鯉川N:あっという間に忘年会の当日がやってきた。それまでの期間、姫野さんとの接触はゼロ。まったく情けない結果だった。しかし、タコ老人に発破はっぱをかけられたとはいえ、部署ぶしょかんへだたりの薄くなるこの忘年会はチャンスだ。ここで話しかけなかったら、二度とチャンスはないものだと僕は自分に言い聞かせる。


姫野:あはは、そんなんじゃないですってぇ~。


鯉川:(ビールを飲む)ごくっ……ごくっ……。はあ……。


課長:良い飲みっぷりじゃないか、鯉川こいかわくん。


鯉川:課長。


課長:ほれ。《課長がビール瓶の先を鯉川の持つコップに向ける》


鯉川:あっ、恐縮です。


課長:普段も飲むのか?


鯉川:ぼちぼちですね。飲む相手がいないので、自宅ですが。


課長:ははっ、正直にそこまで言っちゃうんだな。もしかして、飲みに誘ってるのか。


鯉川:い、いいえ……あっ。え、と……。


課長:はははっ。そう無理するな。気遣ってくれるのは有り難いがな。そのフラットな感じ、鯉川らしくて実に良い。


鯉川:課長、結構飲んでます? 口調もおかしいし……。


課長:部長の傍にいたらこのざまだ。酔い覚ましに来たが、どうやらここでも進んでしまうな。ごくっ……。(日本酒はいったおちょこを一口で飲み切る)


鯉川:日本酒ですか。いま貰ってきます。


課長:いい、いい。自分の分のコップも持ってきたから、お前と同じもので。


鯉川:……ほどほどにしてくださいね。《課長のコップにビールをつぐ》


課長:最近お前が楽しそうでよかったよ。


鯉川:自分がですか?


課長:仕事は楽しくなさそうだな、いつも通り。はははっ。でもなんか、いきいきしてるように見えたが。


鯉川:そう……ですか。そうですね……。


課長:趣味でもみつけたか……もしくは、コレか!《小指を立てる》


鯉川:ち、違いますよ……。セクハラで訴えますよ。


課長:えっ、最近の部下こわ……。


鯉川:冗談です。無礼講ぶれいこうでお願いします。


課長:お前から言うのか……。


(間)


課長:やりたいこと、見つけられましたか。(酔いが覚めてきた)


鯉川:やりたいこと……? あ、もしかして配属の時の挨拶……まだ覚えていたんですか。


課長:「やりたいことは見つけていません」なんて、最初の挨拶でぶっ放すひと初めてみましたよ。その時は度肝を抜かれましたが、入ってみればいたって真面目でしたね。


鯉川:まだ見つかってませんよ。


課長:でしたら……企画部にでも行ってみますか?


鯉川:…………え?


課長:適性はあると思うんですよね。君なら大丈夫じゃないかと。君は意思表示の弱いところがある反面、しっかりと自分の考えをもっている。というより、ちゃんと整理されている。良い相談相手でも居るのかなと思ってましたがね。まあ、熟考じゅっこうモードは難敵なんてきですが……。


鯉川:僕は、厄介者ってことですか。


課長:ははは、そうひねくれて受け止めないでください。言葉のまんまです、私は応援しているのですよ。……意中の姫野さんもいますしね。


鯉川:っ!? ごほっ、ごほっ!


課長:まあ……ずっと目で追ってますしね。


鯉川:そ、そんなに分かりやすいですか……。


課長:ええ、本人にもバレてるんじゃないですかね。


鯉川:そんな……。


課長:まあ、そんなわけです。


鯉川:まさか課長……。


課長:言っておきますが、恋愛模様を理由に人事なんて動かすわけがありませんからね。ちゃんと先ほど述べたように、君に適性がありそうだと、そう思ったからです。あとは、あなたの意思次第ですが。……この年末年始を機に、ゆっくり考えてみてください。



* * *



《心の海の中》


鯉川:考えることが増えて、頭いっぱいだ……。


カニ:そういうときは、いったんすべて手放してみるのもありカニ。


鯉川:カニさん……。


カニ:原点に戻るカニよ。キミのやりたいこと……キミの好きなことは何カニ?


鯉川:僕は静かなところが好きなんだ。平和に……過ごしていたい。


カニ:カニカニ。


鯉川:でも寂しがりやだから、こうやって海の皆と話をしている。矛盾してるよね。


カニ:そんなことないカニよ。キミの言う静寂は、心の平穏を指しているカニ。


鯉川:なのに今は、ざわついている。


カニ:でも水は澄んでいるカニ。嫌だと思ってない証拠カニよ。


鯉川:そう……恋愛に苦手意識をもっていたはずなのに。――僕は彼女に、救われたんだ。


《現実に戻る:忘年会》


姫野:鯉川さ~ん? 鯉川さーん。……あ、これじゃ駄目だったんだ。鯉川さーん(耳元で)。


鯉川:ひょわっ!? ひ、姫野さん……!


姫野:ふふっ。鯉川さんのその反応、面白くて何度も見ちゃいます。


鯉川:お、面白いところなんてあるカニ?


姫野:カニ?


鯉川:な、何でもないです!


姫野:この鍋いい香りですよね。味も絶品でした。カニの風味が抜群で。


鯉川:あ、ああ……。


姫野:鯉川さんも食べられましたか?


鯉川:いえ……カニさんは友人なので食べられません……。


姫野:あら、そうでしたか。だったら何でカニ料理の店を……?


鯉川:あああ! すみません違います、全然、食べれます。


姫野:そうですか。……じゃあ、食べさせてあげましょうか?


鯉川:え……。


姫野:はい、あ~ん。


鯉川:あ……え、と……その……。


姫野:ひゅ~……ぱくっ(自分の口に持っていく)。もぐもぐ、冗談ですよ、冗談。セクハラになっちゃうかもですから。


鯉川:そ、そうですよね……あはは。


姫野:鯉川さんてお友達がたくさんいるんですね。クラゲさんとか、カニさんとか。


鯉川:友達……ですね。はい。うるさい奴らですけど、頼りになって。


姫野:鯉川さんも頼りにされてますよね。


鯉川:え、僕も? 全然そんなことないと思いますよ! 頼りになんて……。


姫野:でも友達がたくさんいるってことは、頼りにされてるんじゃないんですか?


鯉川:頼りになるから、友達になるのとは、ちょっと違うかも……です。


姫野:そう……なんですね。ごめんなさい、わたしわかんなくて。友達も少ないし。




鯉川N:その時、僕は頭の端っこで彼女の職場での立ち居振る舞いを思い出していた。彼女の傍で一緒に笑い合う人物を、見たことがあるだろうか。エビくんは「不思議ちゃん」って呼んでいた。


鯉川N:……こんな僕に構うんだ。彼女は社内で孤立しているのかもしれない。




姫野:あ、お疲れ様です、部長。はい、飲んでますよ。……え、もう二次会の話ですか~? いえわたしは弱いので……あ、はい。……はい。え、向こうで?


鯉川:あ……。


姫野:でも今はこちらの方とお話を……あ、えーと、関係って言われましても。その。


鯉川:……き、気にしないで、姫野さん。僕はいいから……。


姫野:あ……う、うん……じゃあ。



鯉川N:彼女の上司たちが僕のほうをにらむので、平穏に過ごしたい僕は顔をせるしかない。彼女はそのまま引っ張られるように彼らのほうへ連れていかれる。


鯉川N:――――その、瞬間。



タコ:――……お主、次のその忘年会とやらで、彼女を守るのじゃ。



鯉川:姫野さん!!


姫野:えっ、鯉川さん……きゃっ!?


鯉川:こっち来て!!



鯉川N:気づいたら僕は、姫野さんの腕を掴んで走り出していた。何事かと周りから興味の視線を浴びるが気にしない。僕の身体は、泳ぎ続けるマグロのようだ。彼らの気持ちも今なら分かる。泳ぎ続けなきゃいけない、その決意が彼らをそうさせる。



姫野:こ、鯉川さん……! もう、大丈夫だから……!


鯉川:はあっ……はあっ……。


姫野:はあ……はあ……、あの、ありがとう。わたし、あの人たちちょっと苦手で。


鯉川:(息を整えて)……姫野さん。


姫野:は、はい。


鯉川:…………僕は。


姫野:…………はい……。


鯉川:……………………僕、は。


姫野:………………。


鯉川:――今度から僕は姫野さんと同じ企画部に配属されそうなので今後ともご指導ご鞭撻べんたつのほどよろしくお願いしますっっ!!


姫野:…………は、はい?


鯉川:はあ……はあ……。


姫野:あ、えと、そうだったんですね。これからも……よろしくお願いします?


鯉川:はい……あっ。(ふらりと体勢を崩し、倒れ込む)


姫野:こっ、鯉川さん!? 大丈夫ですか! 鯉川さん!!



* * *



《心の海の中》


タイ:ほんっと、めでタイやっちゃなー!


鯉川:あ……タイくん。


タイ:おいらより真っ赤な顔してたで! 酒飲んで走ればそうなるわな。


鯉川:倒れちゃったのか……。


タイ:ほんでもうて的外れな告白なんかしよってからに。そこは「好きです」一択やろがい!


鯉川:言えないよ……それに。


タイ:ああん? それに、なんや。


鯉川:姫野さんが欲しがっていたのは、たぶん「友達」なんだ。告白なんて、きっと迷惑に……。


タイ:はいはいはいはい。ぐちぐちこんな所でおぼれとらんで、真っ直ぐ彼女と話してき!!



《現実へ戻る:宴会場廊下のベンチ》



鯉川:――っぷは!!


姫野:あ、鯉川さん。目が覚めましたね。


鯉川:……この、状況は。


姫野:えと……いわゆる膝枕ひざまくらというものです。


鯉川:わっ!? えええええと……!


姫野:あ、このままでいいですから、このまま……。あまり急に立ち上がると危ないですし。


鯉川:あ、はい……。


姫野:倒れたとき、びっくりしました。鯉川さん、まるでゆでダコみたいで。ふふっ、ごめんなさい、思い出しちゃうと。失礼ですよね、こんな。


鯉川:いえ……こんな、介抱してもらって。……あ! その、急に手を引っ張ったりしてすみません。痛くなかったですか?


姫野:いいえ。やっぱり頼もしかったですよ。


鯉川:そんな、こと……。


姫野:……鯉川さんは、この会社でやりたいことってありますか?


鯉川:え……?


姫野:わたし、学生時代から何も成し遂げられてなくて。何も生み出すことができてなくて。この会社に入ったら、こうして革命してやるんだ、こうして社会に貢献するんだって、胸にいだいてきたんですけど。


鯉川:……。


姫野:いだいて……きたはずなんですけど。忙しさとか、仕事の難しさとか、人間関係とか。もみくちゃにされていくうちに、何を成し遂げたかったか分からなくなってきて。


鯉川:姫野さん……。


姫野:企画部に配属になるって、言ってましたよね。鯉川さんは、この会社でなにかやりたいことはありますか?


鯉川:…………僕は、なかったです。


姫野:え?


鯉川:うちの部署だと有名な話で。僕、入社して早々そうそうに「やりたいことは見つけていません」って挨拶かましたんですよ。馬鹿ですよね。


姫野:……ふふっ、それは馬鹿ですね、本当。


鯉川:だから、僕はこれから見つけていくつもりです。


姫野:これから……。


鯉川:はい、これから。まだまだ人生長いですから。


姫野:そう、ですね……。そうですね、これからです。わたし、深く考えすぎてたのかもしれません。


鯉川:立派な心持ちだと思います。少なくとも、僕よりは。


姫野:そうかもですね、ふふ。


鯉川:…………あ。


姫野:どうされました?


鯉川:やりたいこと、ひとつ見つけました。


姫野:わ。いいですね。


鯉川:きいてもらえますか?


姫野:はい。鯉川さんとのおしゃべり、楽しいですから。


鯉川:――姫野さん、好きです。僕と付き合ってください。







竜宮に溺れる。了


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【声劇台本】竜宮に溺れる。(1:1:1) アダツ @jitenten_1503

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