第2話 町中食堂のキツネ定食(2)
まず覚えているのは、娘さんの舌のことです。
味わう方の舌ではありません、もっと別のことです。
その日も私は、店の買い出しに行っていました。
昼営業と夜営業の合間、町中のスーパーにです。
別に隠すようなことじゃありません。
使う量にも買う店にもよりますが、自分で買いに行く方が安いこともある。
大量ならもちろん、業者さんに持ってきて貰う方が楽ですけどね。
その頃の買い出しは、そんなに苦労しなかったように思います。
キャベツ、玉ねぎ、人参、じゃがいも少し。これで2袋ほど。
主に豚肉で1袋。時折、調味料でもう1袋。
ああ、そうだ。米だけはさすがに重く、配達してもらっていました。
米はどうだったかな。毎日一度ではなかったはずです。
自分で運ぶ買い物袋は、一日に3袋ほどだったでしょうか。
やっぱり、かなり少ないですね。
一人が一度に運べる量ですから、当たり前といえば当たり前ですが。
知らず知らず、一買う量が減ってたんでしょう。
今にして思えば、やっぱりお客さんが減ってた訳です。
で、その買い出しからの帰りです。
昼下がりも過ぎて、4時かそこらかな。
いったん閉めてた店の前で、いる訳です。
にぎやかな二人組。幼い娘さんと、地面に倒れてる男の子が。
「こりゃ、師走!」
一言一句、覚えていますね。
「師走! 勝手に死ぬな! わしの許しなく死ぬ、そんなことは許さんのじゃ!」
え? と正直に思いました。
片方が倒れ伏してた。それもあります。
言い草が無茶苦茶。それも少し。
でも一番は、その喋り方です。
3歳頃でしたね、娘さんの見た目は。
やっと、言葉を覚えて間もないはずの歳です。
そのくらいの子はやっぱり、使い慣れないわけです。
言葉をやっと喋り始めたばかりですからね。
必然、舌が回らない。どうしても舌足らずな言葉になる。
少なくとも、そのはずでした。
ウチの子の時はどうだったかな。
うん、やっぱり舌足らずでしたね。
言葉を覚えて間もないとこうなんだと、奇妙な納得がありました。
ええ、二人組の話でした。一人が店の前に倒れていて。
救急車ですか。それは浮かばなかったですね。
たしかに突っ伏し倒れてはいましたが、顔色は見えましたからね。
灰色でも青白くもない。ほんのわずか、赤みがさした色。
これって、良く見覚えがあったんですよ。
お客さんの中にはいろいろな人がいます。
中には、これが今日の一食目なんだな、と容易に分かる人も。
この子のときも、見覚えのある色でした。
少なくとも、あやうい顔色ではない。
よくない顔色に、この頃は覚えがありました。
心臓だったと、表向きにはなっています。
裏はと言うと、そう大した事でもありませんが。
要は、掛け算です。
母が亡くなり、人手が減って負担が増えた。
不意の寂しさ、時折の深酒。
もろもろ、積もり積もった果ての話です。
肝臓、胃、あるいは脳。
父の場合は心臓でした。
心臓だったのは、ただただ結果論に過ぎません。
まあ、この話はこれ位にしましょう。
垣間見えた男の子の顔。
少なくとも、危険な顔色ではありません。
なのでこの時も、ああ空腹なんだなと察しました。
そうと知れば、やることは決まりです。
店を開けて、座敷席のひとつをさっと掃きました。
二人にはまず、そこで横になってもらいましたね。
「ええっと、お名前は」
「稲穂じゃ! こやつは師走!」
「じゃあ、稲穂ちゃん。すぐ作ってくるから、この子にお茶とお願いできるかな?」
「分かったのじゃ!」
ええ、もちろん作りましたね。
食事を、ともあれ二人前。
正確には、1人と半人前でしたが。
作ろうとする前に、
「わらわは腹が減らんのじゃ!」
そう力いっぱい言われましてね。
はてさて、どうしたものか。
考えてる内に、こう付け加えられました。
「わらわの食事も、こいつに分けてやってくりゃれ!」
声は生きてる。むしろ元気過ぎるくらいです。
相方が倒れて、悲壮感というものがない。
あるいは強がりなのかと、一瞬だけ思いました。
けれども、すぐ思い直しましたね。
子供服から覗ける腕も足も、痩せ我慢する様な細さではない。
この子はきちんと食べてたのだろう。無理やり、そう納得しました。
たぶん大丈夫だろうと、調理場へ。
普段は下ごしらえの時間ですが、まあ急いだ方が良さそうでしたからね。
昼にあまった食材、それを使ってさっと作りました。
のじゃ人無宿 祭谷 一斗 @maturiyaitto
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