魔力の華
同じ頃、フウガは関所の前で待機していた。
同じく代表から待機を命ぜられた隊も、関所の前にて待機中だった。
そこへ激しい揺れが襲った。
だが、そこは騎士隊だ。最初こそざわめいた隊だったが、即座に号令ひとつ飛べば、まずは身の安全を第一に壁面から離れて地へと伏せる。
それを一瞥して確認したフウガは、瞬きひとつの間で大鳥へと転じると、空へと舞い上がった。
初めて見やる大精霊の大鳥の姿に驚く隊の声を耳しながら、フウガは翼を大きく打って彼らの上を超えて行く。
彼が飛び立つ先には、紅色の魔力の華が咲き誇っていた。
「……おばば様、あの華はまさか――」
揺れの落ち着きに伴い、ロンドらは外へと飛出した。
そこからでも視認出来る紅の華は、吹き抜けになっている一階部分を超え、屋根をも破り、まるで魅せるつけるかのように華を咲かせていた。
「そうさね、ロンド坊や。あたしがここに来たのも、あれを報せるためだった」
「……なぜ、急速に成長を……」
「地下牢にいた精霊の姿もなかったからね。取り込まれたと見て、間違いないだろうねぇ」
「あそこの精霊達が取り込まれた――!?」
そんなまさか、と驚愕が滲む顔でロンドが老狼を振り返る。
「あれにそこまでの性能はなかったはずです」
「だから、ここからはおばば達の予想の――あたしの予定の範囲外ということだよ」
開かれたままの老狼の蒼の瞳が、剣をはらむ。
「おそらくは膨張させ過ぎたのさね。おばば達は、やり過ぎたようだねぇ……」
蒼の瞳に自省の色が一瞬揺らいだ気もするも、それはすぐに掻き消え、真っ直ぐにロンドを見やった。
「たとえ範囲外だとしても、やることは変わらないよ――領主殿」
「……おばば様の仰る通りです。この地を豊かにするのは我らが一族――などと、理想を抱く時間はとうに終わっているのですから」
切なく、苦く笑うロンドに、老狼はゆっくりと歩み寄ると、ぺろとひとつ彼の頬を舐めた。
はっとして、ロンドが老狼を見る。
これは子供時分に、よくあやしてもらっていた際の行動。
ふいに目頭が熱くなった。
「ロンド坊やも、よくやっているよ」
「……でも僕は、人として手を出してはいけない領域に手を出してしまったんだ。事が終われば、然るべき罰を――」
「それはおばばも同じさね」
ロンドが僕と口にした。
それは彼本来の口調で、思わず目元を手の甲で拭ってしまったのは、つい気が緩んでしまったから。
「――さあ、領主殿。膨れた理想を片すのも、あたし達のやることだよ」
「はい、おばば様」
ロンドが力強く頷き返した時だ。
またもや大きな揺れが彼らを襲う。
先程よりも揺れは大きくはないが、それでも立つのがやっとの揺れ。
「――領主様」
外に待機をさせていた隊へ指示を飛ばしていたらしい代表が戻ってくる。
「我々の用意は出来ておりますが、いいですね?」
王城から王の書状を持って参った彼らは、正式の手続きを得てこの場に居る。
そんな彼らが領地で好き勝手に振る舞えるわけもなく、何をするにしても領主の許可は必要だ。
だが、代表のそれは既に許可を求めるものではなかった。
動くことを前提としている代表に、ロンドは諦めにも近い息をもらす。
本当に理想を抱く時間は終わったのだ。
事が終わったその時には――。
瞑目をしたのちに顔を上げたロンドの表情は、領主のそれだった。
「町の者の誘導を頼めますか?」
「おまかせください」
代表は浅く腰を折ると踵を返す。
それを合図に騎士隊らも動き出した。
彼らを一瞥したのち、ロンドは老狼を振り返る。
「――おばば様、あれの対応は可能ですか?」
あれ、と言ってロンドは視線で紅の華を示す。
老狼も視線を投じ、しかし、首を横に振った。
「この老いぼれに、あれの対応はさすがに辛いねぇ」
「――ならば、あれの対応は私が引き受けましょう」
その声にロンドと老狼が振り向く中、彼女を抱く青年も驚きの眼差しを向ける。
「ヴィー?」
「あれを後回しには出来ません。膨れ上がった果てに何が起きるのかもわかりません。それでなくとも、既にあれの周囲の魔力濃度は高まっているはず」
ですよね、と。確認するように幼子の姿をした精霊王は、ロンドを、老狼を見やる。
表情を硬くしたロンドが老狼を見、それを受けた老狼は王の方を向いて頷いた。
「そうだねぇ。老いぼれが相手するには労する規模のあれでも、王ならばもしや――」
「ならば、決まりですね」
「ちょっと待って、ヴィー」
だが、決まりかけた話に待ったをかける声があった。
「なんですか、スイレン」
青年に抱き抱えられたまま、幼子が彼を見上げる。
「ヴィーが後処理みたいなことをする必要はないよね。そんな、まるで尻ぬぐいみたいな」
後処理。尻ぬぐい。その言葉にロンドが彼らから目を逸し、ぐっと拳を握り込む。その拳が微かに震えていた。
「スイレン、そのような物言いは控えなさい。それに、私は王なのです。目を逸らすべき事柄ではありません」
「それでも、ヴィーは――」
「王としては日が浅く、対処するには経験不足とでも――?」
低くなった幼子の声に、その場の空気が冷える。
青年の腕から降りた幼子は、幼い風体ながらも、確かに王の風格を持つ存在だった。
青年を振り返り、真っ直ぐ見上げる。
ちらりとロンドと老狼を見やり、手で払う仕草をした。
「行きなさい。時が惜しい。あれの対処は私が引き受けます」
老狼が頭を垂れ、ロンドを促してその場を辞していく。
その後ろ姿を見送ると、彼女は青年へと向き直る。
「確かにかつての事件の際、未だ私は王の座に就いてはなく、対処したのは先代王。そんな先代もすでに亡い存在――なれば、誰が対処できるというのです?」
「それは……」
「老狼殿に酷なのはわかっていますよね、スイレンならば」
青年が唇を噛む。
彼の空の瞳が、心配の色を宿して幼子を見下ろす。
それを受けて、彼女はふわりと笑ってみせた。
「私は王なのです。あなたは言いましたよ。それならもう何も言わない、と。私なら、大丈夫」
そして、彼女は王の風格を持って青年へ命じた。
「――スイレン、王として命じます。シシィとティアを探しなさい」
それは精霊らが動くための、名目。表の口実。
「フウガものちに向かわせます。子らを探す傍ら、町の様子も確認を……その際に少しくらい精霊灯が壊れても、まあ、仕方ありませんよね」
言葉の裏にも命ぜられる。
つまりは、精霊灯から同胞を解放しろと。
青年が跪き、
「……きっと、彼らにも役目がある」
「王よ、彼らにも役目とは……?」
静かに青年が顔を上げた。
問う彼に、王はかぶりを振る。
「……それは私にもわかりません。ですが、その時がくれば、きっと彼ら自身が見出すはず――行きなさい」
その声を合図に青年は転移をし、その場から彼の姿が消えた。
そして彼女もまた、転移をしてその場を離れた。
*
屋敷の一部は崩壊し、まるで己を魅せつけるように、魔力の華はそこで咲き誇っていた。
その紅の花弁の先に、とん、と幼子は舞い降りる。
瞬、靴越しだというのに、ぞわりと不快な何かが這い登り、彼女の肌が粟立った。
『……よくもまあ、これほどになるまで負の念を育てたものですね』
いっそのこと感心してしまう。
そして感ずる、不快なそれの下に揺蕩う複数の意識。
『ここにも同胞が――』
ふと、幼子が顔を上げる。
先んじて状況を確認に来ていた大鳥が、こちらへ向かって来る姿が見えた。
そしてまたひとつ、魔力の華は華を咲かせる。
魔力の華からは、花粉の如く魔力が溢れ始めていた。
それはやがてこの地を覆い、いずれは生き物が絶えうる要因となるだろう。
それは防がねばならない。
生き物が生きていけるよう、マナ溜まりは正せ――。
かの存在から課せられたその役目を果たすため、そして、課せられた者らを統べる王として。
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