『お』部屋の住人

@copp7890

『お』部屋の住人

ゴミ屋敷に住む人間の気持ちが分からない。

隣で歩いていた友人はそう言った。

高校生だったその頃の私も同意した。

当時の私は、友人と同じようになぜ自分の住む家をゴミで溢れかえらせることが出来るのか理解が出来なかった。


でも、今なら分かるかもしれない。

全部じゃなくても、当事者として。




-01-


一日の始まりは憂鬱だ。


目を開けなくても、意識が戻ってくる時点でこもった空気を感じる。とっくの昔に麻痺してしまった鼻は、それでも若干の異臭を感じ取ってた。

目を開けたくない。そんな気持ちが心を押しつぶす。 目を閉じていれば、綺麗な部屋があり、ふかふかのベッドがあって自分はそこで幸せそうに眠ってる。そんな夢を見続けていたかった。


時計のアラームが鳴り響く。

起きなきゃいけない、現実を見なきゃいけない。

あーもう、ほんと嫌。

そんな不満を心の中で吐き出しながら、アラームを止めた。




目を開けると、いつもの現実に戻った。

床はいくつもの白いビニール袋でまとめられたゴミが防壁のように積み上がり、飲みかけや飲み終えたペットボトルは床を埋めつくし、服は積み上げられ山となり、目の前のテーブルは表面が全て物で埋められていた。

私はといえば、テーブルの下に毛布を押し込み、こたつののように潜り込んで毎日ここで寝ている。

枕代わりにしていたぬいぐるみは、とうの昔に色あせ、綿もほとんど潰れている。


毎朝この状況を見る度に、現実逃避をしたくなる。お掃除しよう、なんて気楽に言える量はとっくの昔に過ぎた。


というより、もう開き直っていた。意外とこんな状態でも、生活はできることを知ってしまったから、片付ける必要性を感じなくなってしまったのもある。



それにまだ、近隣住民から苦情はきてないし、職場でも変な目で見られてないから、実は意外と機能性が残ってることを知ってしまった。

最低限、服の洗濯と体を洗うことさえ忘れなければ合コンにだってデートにだって行ける。

意外とバレないもので、ほんのりと付けた香水に後輩が反応して「先輩はいつもキレイで素敵です!」なんて言ってるのを見て心底驚いた。


とはいうものの、元々の見た目は目は小さくシミやくすみの多い肌に加え、ボサボサの髪に凹凸のない体を時間をかけて整えて出かけてるだけだった。

要は丁寧に自分を作っていけば案外バレないものだということ。コンプレックスを必死でカバーしていたら、いつの間にかそんな変装術を身につけていたようだった。


もちろん、匂いを嗅がれた時は全身の毛穴から冷や汗が吹き出したことは言うまでもない。



ただ、そこそこ身綺麗にして仕事をこなしていれば、これだけプライベートが破綻してても生きていけることを知って、正直気は楽になった。


もし私が完璧主義だったら、全てに全力できっとすぐに心はオーバーヒートして壊れてしまうだろう。昔から、人目は多少気にするものの、自分がやりたいと思うことだけやってきたから、案外心は健康だ。 もしかしたら、このお部屋で私は心のバランスを整えているのかもしれない。

ほんとに一つだけわかってることは、完璧だと潰れてしまうこと。


仕事はとても責任感があるからこそ、真剣に取り組むし効率的に動くために自分をフルに使う。合コンやデートは1人じゃ寂しいからいい人見つけたいって思って行動してる。 じゃあもう、家くらい何も考えずに全部投げ出してしまっててもいいじゃんない?って思う。


どうせ本当に彼氏が出来たら、今度はこのコンプレックスを隠すために必死で掃除するのは分かってるんだから、その時まで手を抜いていようって自分で納得してる。


だから別に、そこまで心は荒んでない。

好きな化粧品だって服だって買うし、美容室も毎月ちゃんと行く。なりたい自分のためにやってる。


そりゃこの部屋は人に見られたくないし、起きた時は自分でも「うわぁ…」って思うけどさ、でもそれで死ぬわけじゃないからいいんじゃない?って割り切れる。


だからもう、恋人ができて一緒に部屋で過ごしたいって思う日が来るまでは自分を甘やかして過ごすって決めた。仕事頑張ってるからいいんじゃない?って。



私のお部屋は汚部屋だけど、バランスとって生きてる証だから。

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