第2話
死者を愚弄するコメンテーター達の楽しそうな笑顔に、吐き気を催す。
どれほど残酷な亡骸を見ても耐性が付いている桃にとって、生きている人間がもっとも残酷で愚かに見えてしまう。握りしめたガラスのコップが、ミシリと音を立てる。このままでは、ガラスを割ってしまう勢いだ。
「お待ちどうさん。いつもの」
〔喫茶 和やか〕のマスターが器用に二つのトレイを運ぶ。
「ちっせぇクセによく食うよなあ」
「山野さんが小食すぎなだけです」
桃の前に置かれたトレイには顔の大きさを遥かに超える大盛りのオムライスが鎮座している。その向かい側に置かれた山野のトレイの上には、ホットサンドが二枚と少量のサラダ、そしてホットコーヒーだけだった。
マスターがテレビに視線を向ける。そして店の角にあるディスプレイに飾られた、横山姫乃が所属していた『坂道発進45』というアイドルグループのグッズを悲しそうに見つめていた。
「あんな若さで自分から死ななきゃいけなかったひめのん、辛かったよねぇ……」
低くくぐもった声が、こじゃれた洋楽のBGMの合間に静かに響く。
マスターは、坂道発進45のファンだった。
桃と山野以外に客のいない店内で、一つ空いた席に腰掛けたマスターはつるりとした後頭部を撫でる。身に着けていたクマのプリントのエプロンは、横山姫乃がデザインした公式グッズだ。
大きな身体を縮こませ、深々と溜息を洩らしたマスターは、テレビの電源を落とす。
「ひめのんが熱愛報道されたって相手は、弟だったんだろ?それは家族もちゃんと発表してたのに、誰もそれを信じなかった。気軽に『推し』と交流できるSNSが裏目に出て、対面じゃ言えないような悪口を気軽に書き込める…嫌な時代になったよな」
マスターの言葉が、桃の心を刺す。全くもってその通りだと思ったからだ。
普段の日常から、テレビ番組の批評。個人に対する批判まで気軽に世界中に発信できるこの時代。
あまりにも気軽すぎる。その何気ない個人の発言の一つで、人を勇気づけたり世界を良い風に変えることもあれば、誰を傷つけることもある。
最近の若者に限らず、幅広い年代の人間は、所謂『ネットリテラシー』の低さが顕著に現れている。それに嫌気がさした桃は、実家の愛猫を載せるだけのアカウントすらも削除した。
胸糞の悪い会話に返す言葉が見つからず、無言で大盛りのオムライスをかき込んでいく。
山野は既に二枚めのホットサンドを口に運んでいる。その表情は、何を考えているのかわからない。まさに虚無、といったところだった。
三人が無言の、重苦しい雰囲気の中味のしない食事を続け言葉少なく会計を済ませて店を後にする。
同時刻ーーー
都内某所。
古びたアパートの一室は、淡いピンク色で統一されている。
ワンルームの狭い空間のど真ん中に、俯せた女性が倒れている。CDコンポからビジュアル系バンドの曲は、最大音量で垂れ流されていた。
女性は大きく目を見開き、苦悶の表情を浮かべたまま首元を抑えている。しかし、その手の指は、全て切り落とされ傷口は火であぶられている。
長い月日、幅広い年代に愛されるウサギのキャラクターのぬいぐるみが、ベッド脇にずらりと並び、虚構を見つめているがその一体一体の前には丁寧に切り落とされ黒ずんだ指が置かれていた。
隣室の高齢男性が、漏れ流れる音楽に耐えかね大家と共に部屋を訪れ、その凄惨な状況に言葉を失う。
大家である中年の男性が内心『事故物件』の文字を過ぎらせながら震える手で2つ折り携帯を取り出し、1、1、0とボタンを押した。
ユビキリ殺人事件 今瀬をわり @damatte_netero
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