第3話






 異世界の聖女サクラは、様々な文物をこの国にもたらして、「もうすぐ期末テストだから勉強しないと! バイバーイ!」と言って帰って行ってしまった。

 いろんな道具も持って帰ってほしかった。置いていかないで。

「聖女の力を注入すれば電力不要? バッテリー切れもなし? やばーい、便利ー」とか言っていたが、あれは異世界の呪文か何かだろうか。


「ふぅ……」


 あまり人目に付かない学園の裏庭で、シャーロットは同じ悩みを持つ令嬢達と共に浮かない顔でお茶を飲んでいた。


「わたくし達……どうすれば良いのかしら……?」


 シャーロットの漏らす呟きに、フェリシアもテオードレアもメリッサも顔を俯かせる。

 花もほころぶ少女達のお茶会だというのに、雰囲気は地に着くほど沈み込んでいる。


「陛下もお父様も、一時の熱が冷めれば元に戻るとおっしゃって「我慢しろ」と……でも、いったいいつまで耐えればいいの……?」


「わたしも、この苦しみに耐えきれるか自信がなくて……」


「私がいくら語りかけても無駄だ……どうしてあんな風になってしまったのか……っ」


「私……私……ううっ」


 彼女達の精神はすでにぎりぎりだ。

 しかし、あまりきつく言えないのは、彼らの行動があくまで「婚約者への愛ゆえに」成されているためである。

 しかし、その愛に、耐えられる気がしない。


 令嬢達が同時に深い溜め息を吐いた時、悩みの種である婚約者達がやってきた。


「シャーロット! 宮廷魔導師の元に聖女サクラから「声」が届いたそうだ!」

「なんでも「夏休みに入るので遊びにくる」そうだよ」

「皆で海に行きたいという希望だ。聖女の望みは叶えねばならない」

「楽しみだね!」


 海。海か。


 そうだ。雄大な海を眺めれば、この重い悩みも少しはちっぽけに思えるかもしれない。


 シャーロットはそう思った。

 そう思ったと同時に、脳裏に聖女サクラと交わした会話が蘇った。


『これが、「すまほ」というものですの?』

『そ! あっちの世界の写真見したげるー! これが友達ー! んで、こっちがねー、こないだ遊びに行った時のー』

『こ、この方達は……何故このようなあられもない格好を……!?』

『あははー。水着だよー。あたしのはツーピースだからそこまでの露出じゃないよー。あたしの友達はボンキュッボーンだから超セクシービキニでさー』

『ひっ……こ、このような布しか与えられないなんて……この方はいったいどんな罪を……っ』

『こっちのビキニとかシャーロット似合いそー。テオードレアはこっちのちょっと変わった形の大胆ビキニがいいよ、絶対着こなせる!フェリシアは可愛い系だよね絶対。メリッサもふりふりのワンピースタイプかな? 今度みんなで海とか行こうよー。あたし、可愛い水着選んであげるー』



 ガタ、ガタ、ガタ、ガタ、


 令嬢達は音を立てて立ち上がった。


 そして、後も見ずに走り出した。


「殿下! わたくしはこのまま修道院へ参ります! 国のためにお役に立てず申し訳ありません! わたくしのことはお忘れになって! 殿下のお幸せを遠くよりお祈りしております!」

「何を言う!? シャーロット!」


「フィンセント様! わたし、隣国の「歌姫」と呼ばれる令嬢と知り合いですの! フィンセント様にご紹介出来ますわ! どうぞ、わたしとの婚約は解消なさって、その方のお声で癒されてください!」

「フェリシア!? 君以外の声など僕はっ」


「リュゼ! 貴方には私のような男まさりな女より、知性と教養のある令嬢の方が似合いだろう! 私は辺境防衛に出ている兄の元に行き、国の防衛に命を捧げようと思う! 私のことは忘れてくれ!」

「笑えない冗談ですよ。まったく、テオードレア、貴女ともあろう方が」


「オーギュスト様! 私、遠い国に嫁いだ叔母の元に身を寄せ、叔母の営む孤児院の手伝いをして過ごしたいと思います! もうお会いすることはないと思いますが、どうぞお元気で!」

「どうしてだいメリッサ!? 僕を捨てるのかい!?」


 逃げる令嬢を、令息達が追いかける。


 令嬢は本気で走る。

 捕まったら、死ぬ。

 正確には、死ぬと変わらぬほど恥ずかしい格好をさせられる。


 ああ。どうしてこんなことに。


 異世界からやってきた聖女サクラによって変えられてしまった彼らが、目を覚ましてくれる日は果たしてやってくるのだろうか。


「絶対に捕まってはなりませんわよ!」


「頑張って!」


「すまない……私がもっと強ければ……っ」


「わ、私のことはお気になさらずっ、先にっ……逃げてっ……」


 聖女サクラによって変えられてしまった婚約者に追いかけられて必死に逃げる令嬢達。



 だがしかし、聖女サクラはきっとこう答えるだろう。



「えー? あたしのせい? 男どもの愛が重すぎるせいなんでねぇのー?」



 全部、聖女のせい。とは言い切れないことは、まあ、確かである。


 でもやっぱり、どう考えても、だいたい全部、聖女のせい。である。







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だいたい全部、聖女のせい。 荒瀬ヤヒロ @arase55y85

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