第36話 決意

 オリバー家を後にした一行いっこうは王宮へ向かう。三家族の了承を得られたむねをソフィに報告する義務があるからだ。今日は公欠を了承されており、時間に相当な余裕を設けている。


「これで準備は揃ったな。出発はいつになるんだろうな?」

「さあな。一先ひとまずはコイツが身を捧げてからだろ」

「くっ……」


 不敵な笑みを浮かべ一瞥いちべつするアルテを、サラは頬を膨らませて睨んでいた。


「サラ、チュー以外に何かされた?」

「え!? ないないっ。それにファーストキスって言っても軽くよ、軽く」


 サラの隣へ顔を覗き込む形で添って歩くニナ。


「次は新たなステップになるだろう」

「ちょっとアルテっ。あんた、さっきから……あ、でもその様子じゃあ結構詳しそうじゃない。清楚なんじゃなかったの?」

「なっ、バカを言えっ。わたしは知らんぞ、そんな破廉恥はれんちなこと」

「ふ~ん、破廉恥はれんちってことは分かるんだぁ」

「……」


 形勢逆転となり、今度はサラが不敵な笑みに対し、アルテが頬を染めて目をつむる。


「おい、王宮が見えてきたぞ」

「ちぇ、もうちょいでアルテちゃん陥落だったのにぃ」

「キサマっ」

「ち、ちょっと二人共やめようよ」


 後列で取っ組み合いをする美女ふたりをイスカが仲裁する。離れてすぐ二人はそっぽを向いていた。




 見慣れた五人の姿に、三名の門兵はすぐに槍を突き上げて合図を送る。

 この時間帯は大門を開けて迎え入れてくれた。

 軽く会釈を交わし、中庭を進んで玄関扉に辿たどり着く。

 いつものようにメイドに連絡を交わし、ソフィの部屋まで道なりに進んだ。


「ソフィ様、御到着されました」

「どうぞ」


 メイドが扉を開け、中のソフィが立って出迎える。

 メイドは去り、部屋に六人のみとなる。


「どうでしたか? ご家族は」

「ああ。三家族の了承を取ってきた。これで準備万端だ」

「そうですか。それでは出発の日取りですが、明後日など如何いかがでしょう?」


 二日後のその日はちょうど王の定例外交の日と重なる。ソフィのことだ、故意に重ねたと思われる。


「良いけど、その日は忙しいんじゃないのか?」

「ええ。ですが、王の外交に合わせた方が目立たぬかと」


 その意味はつまり、リーヴ王国中央地区に王の出国を一目ひとめ見ようとする野次馬が集い、外門付近が人気薄ひとけうすになるということだろう。そこまでするほどにアロンたちの出国は隠密おんみつ行動なのだろう。


「分かった」

「私は王の外交に際する手続き補佐業務がございますので、お見送りは控えさせて頂きます。申し訳ありませんが」

「気にしなくて良いって。ソフィが外門近くに出向いたら目立っちゃうしな」


 笑顔を送るとソフィは軽く頭を下げてくる。


「一度王に会いたい」


 アルテが急に願うと、途端にソフィの表情は硬くなる。


「ええ、またご帰還なされたら――」

「今からだ。我々は生命いのちを賭ける任務に出向く。会う権利くらいあるだろ」

「なりません。現在王はお忙しいのです」

「ほんの少しの時間でも、か?」

「ええ」


 ソフィの顔は明らかに曇っていた。アロンはその様子に不審を抱いただけでなく、かつての王は部屋におもむけば忙しかろうと対応してくれていたことを思い出していた。


 明らかに沈んだ空気をソフィが砕く。


「アルテさんとのお約束、叶えさせて頂きます」

「約束?」


 唐突に言われてアルテが記憶を辿たどっている。


「ほら、豪勢なお食事を、と」

「あぁ、そうだったな」

「皆さんもご一緒に昼食会をお過ごしください」


 四人は顔を見合わせて頬を緩めていた。だが、ただひとりアルテだけが無表情にソフィを見つめていた。ソフィもその様子には気付きつつも知らぬ振りを演じているように見えた。


「あと、俺たちの移動手段って」

「王宮内で憲兵が使用している馬車をお使いください。自動運転ではありませんが、馬操縦士一人に後部の屋根付きかごに四人乗車可能ですので」

「本当かっ。助かったぁ。この広大な外世界を徒歩かと思った」

「それは流石に不可能です。着くまでに倒れます。馬車でも半日ほどは掛かりますので食糧などお積みしておきます」

「何から何までありがとな」

「いえ、こちらこそ。人類種サピエンスのために戦って頂けるのですから」


 移動手段を聞いた後、五人はソフィの部屋を後にした。


 その後、メイドに先導されて昼食会場に到着する。


「今からご用意致しますので、三十分程お待ち頂けますか?」

「はい」


 了承するとメイドが頭を下げて扉を閉めて行った。


 四人が丸テーブルに歩むと、急にアルテが引き留めてきた。


「ちょっと良いか?」


 皆が一点にアルテを見る。その真面目まじめな面持ちに投げかける。


「どうした?」

「あぁ、その、何だ……外に出たら呼称を変えねばと思ってな。ほら、戦場でコイツだのアイツだの言ってたら不便だからな」


 少し頬を染め、恥ずかしそうにアルテが言う。


「そう言えば、アルテってあたしたちの名前呼んだこと一度もなかったわね。何で?」

「名で呼び合うことが嫌いなだけだ」

「もしかして自分の名前嫌い系?」

「まぁな」


 腕組みをして軽く不貞腐ふてくされたアルテ。


「アルテ、名前、素敵」

「そうよっ、可愛いわよ、アルテちゃん」

「キサマ……っ、とにかく各々おのおのへこれから心得こころえを送る」


 ニナとサラに褒められるも怒りをあらわにし、その後に冷静さを装い話し出す。


「まず……ニナ」

「あ……」


 初めてアルテから呼ばれ、ニナは素敵と瞳に印字されているかのようだ。


「お前は確かに強い。だが、わたしに敗れた。何故だか分かるか?」

「アルテが強いから?」

「違う。相手を知らないからだ。敵は必ず手の内を隠す。だが、それさえ暴けばお前に負けはない。純粋すぎるお前には難しいかもしれんが、人を疑うことを覚えろ」

「はい」


 真剣な瞳を送り、ニナはうなずいていた。


「次は……イスカ」

「はいっ」

「お前の能力は眼鏡から聞いて理解したな?」

「うん。習得する度に寿命を早める」

「そうだ。外に行けば様々な能力と触れる。一見有能に感じるだろうが、よく見極めろ。不必要な物を決して習得するな」

「うん……」


 厳しく指示され、自信なさげにイスカが下を向く。


「顔を上げろ」

「はい」


 促され、アルテの目を真っ直ぐに見るイスカ。


「大丈夫だ。お前は気弱だと自分で思い込んでいるだけだ。根は強い。この中の誰よりも、な。自信を持って戦え」

「……分かった」


 その承諾の言葉にはとても力がこもっていた。


「次は……」


 そう言ってサラの方へアルテが視線を送ると、自分の名が呼ばれると喜びいさむサラが目を輝かせている。


「お前だけ飛ばそうか?」

「何でよっ、酷いじゃないっ」

「冗談だ……サラ」

「――ッ! うっ……うっ……」


 初めて名を呼ばれ、感極まったサラが泣き始める。


「泣くな。話を聞け」

「うっ……はぃ」


 必死に涙をこらえるサラへアルテが告げる。


「お前もニナと同じく優しすぎるし、純粋すぎる。そこが長所でもあり短所でもある。その上、お前はニナと違って弱い。この中で一番不安ではある」

「そんなぁ、どうすれば良いの?」

「死なないように頑張れ」

「ああ~んっ、アドバイスになってな~い」


 ふたたび涙をチラつかせるサラ。そんなサラにアルテが歩み寄って肩をポンと叩く。


「死にたくなければ決してわたしから離れるな。言っただろ? 命に代えても守る、と」

「アルテぇ! 一生付いてく!」


 サラはアルテに抱きつき、感情をあらわにさせる。


「サラ、ズルい」


 それを見ていたニナも空いた方からアルテに抱きつく。三人が団子のようになっていた。


「お、おいっ、二人ともやめろっ」


 その様子をアロンは微笑ほほえましく思い、イスカも同じような表情をしていた。


 二人を引き離した後、最後にアルテが言う。


「最後に……アロン」

「ああ」


 教会地下で出会ってから初めて自身の名をアルテから呼ばれた。他の者と同様、感極まる場面だが、男が涙を見せるわけにはいかず、必死にこらえた。


「実を言うと、お前が一番未知数だ」

「え? どういうことだ?」

「最初の戦い、覚えているな?」

「ああ」


 他のメンバーには告げていない二人だけの秘密の教会地下の戦い。機械族オートマタの備品らしきナンバーキーのこともあり、今でも話せないでいる。いつかは告げようとは思っているのだが。


「あの時、わたしは力を解放した。それでもお前は瞬時に剣ではじいてきた。ニナなら出来るだろうが、お前の実力なら対応が間に合わず、首が飛んでいたはずだ。危機的状況下でのあの馬力……異質だった」

「それは俺も分かんねぇんだ。あの時、身体からだが勝手に動いた感じがして……」

「そうか……だが、過信するな。お前はわたしやニナよりずっと弱い。調子に乗ると即あの世行きだ」

「分かってる」

「それと……」


 少し頬を染めて横目でアルテが眺めてくる。


「女にだけは注意しろ。お前は大の女好きだからな」

「いつからそんなイメージ付いてんだよっ、やめろよっ」

「えぇ~、けどアロン、買い物の時でも派手な子めっちゃ見るじゃん」

「うっ……」


 妹から告げられ、自らの胸に手を当てて聞いてみると、物凄い罪悪感が押し寄せた。確かに見ていたな、と。


「そこが最大の短所だな。他種族の敵が女だった場合、油断しそうだ」

「しないって! そんな緊迫した場面で見惚れるかよっ」

「だが、座学の時、人魚族セイレーンの話題でニヤケていたが?」

「うっ……」

「あっ、それあたしも覚えてる。雌しかいないって話題よね?」

「うっ……」


 二人から攻められ、徐々に目に潤いが発生する。名を呼ばれた時は耐えられたというのに、今は頬を伝いそうである。


「まっ、とにかくこれだけは言っておく。わたしもそこまで詳しくないが、恐らく外は地獄だ。その覚悟だけは持て」


 声質せいしつを変えたアルテの一言に、皆が固唾かたずを飲んだ。


 そんな時――。

 部屋の扉が開き、豪勢な食事たちがメイドに連れられてやってきた。

 テーブルに次々と並べられる様子を見て、皆一様に目を輝かせていた。


 全てを並べ終え、帰り際にメイドが一言。


「あっ、サラさん。ソフィ様から言付けがございます。『今晩よろしく』だそうです。何の事でしょう?」


 そう言ってメイドは配膳台と共に姿を消した。


「とうとう来たな」

「うぅ~……」


 アルテがそう告げる。豪勢な食事を前に、一人だけテンションの下がるサラだった。

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隠されし銀髪美少女がチートスキルで世界を救う 文嶌のと @kappuppu

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