第35話 オリバー家

 一行いっこうはオリバー家の前に着いた。その玄関扉の前で胸を不安で一杯にさせるアロンが躊躇ためらう。


 そんな時だった――。

 不意に扉が開かれ、中から一人のうるわしき女性が出てくる。


「え!? 何!? こんな大勢で」


 普段の明るさを消し、マールが珍しい表情を見せた。


「母さん、ちょっと良いかな? 話があるんだ」

「良い話、じゃなさそうね」


 五人一人ずつに視線を送った後、マールがそう言った。


「それはどうかなぁ……とりあえず入って良い?」

「ええ、どうぞ」


 大きく扉を開けてくれ、五人はアロンとサラを先頭にお邪魔する。

 ダイニングテーブルの椅子に座るダンディな男が見えた。黒の口髭くちひげたくわえ、白のワイシャツに黒ズボンという姿だ。その身体からだは引き締まっているように見える。


「父さんも聞いてくれる?」

「……」


 無言で強い視線を送ってくるニヒルな男こそ、アロンとサラの父親――ロレンス=オリバーである。

 余りの様子に、すぐにロレンスの隣へマールが腰を下ろす。空いた席にアロンとサラが腰掛け、話し始める。


「俺たち、外の世界に行きたいんだ」

「な、何言ってるのっ。二人とも、ダメよっ」


 案の定、マールは即答してきた。

 だが、ロレンスは未だに黙っている。


「大丈夫だ。この五人で行くんだから。それに、父さんと母さんは知らないだろうけど、このアルテは凄く強い」


 後ろに立つアルテへ手を向ける。


「強いって言ったって、人類種サピエンスの中で、でしょ! 他種族に勝てるわけないわっ」

「そんなこと分かんねぇだろ!」

「いいえ、すぐに全滅するに決まってるわっ。アロンもサラも言うことを聞いて!」


 そこには普段の明るいマールは居ない。不機嫌さを最大限に表してとがめてくる。


「何のために外へ行く?」


 そんな雰囲気の中、無口なロレンスの口がようやく動く。


「それは言えないんだ」

「ほら、ごらんなさい。ただ興味本位なだけよ。学校を修了して王宮の憲兵になるんじゃなかったの?」

「それは帰ってきてからやるから」

「無事に帰れるわけないでしょ! お願いだから聞いてちょうだい!」


 荒々しく椅子から立ちあがったマールは、アロンの両肩に手を添える。


「アルテさんと言ったか。帰還できる保証は?」


 視線をアルテにそそぎながらロレンスが尋ねた。


「さあな。ただ、コイツの剣術は本物だ。それに加え、わたしが居れば、まぁ大丈夫だろう」


 親指を立て、アルテはニナを指しながら言う。


「そうか……なら、行って来い」


 アルテからの返答に対し、一度深く目をつむった後、目を開けてロレンスはそう言った。


「あなたっ! そんな無責任なこと言って!」


 アロンに手を添えながらマールはロレンスを見て怒鳴る。


「百聞は一見にかずだ。一度見れば二度と行きたくなくなるだろう」

「父さんは外に行ったことがあるのか?」


 その口振りから推測したアロンが言ってみた。


「いいや。ただ、王宮で働いているとちょっとな。色々と耳にする」

「じゃあ、まさか俺たちの目的も……」

「そこまでは知らん。だが、外が地獄だろうくらいは分かる」


 それはアルテも言っていた。その地獄という単語にアロンの恐怖は助長される。

 だが、不思議な事に、そんな心理の中でもアロンの胸には何故か希望が満ちていた。


「それはそうかもしれないけど、必ず全員で帰ってくるから」

「ちょっと待ちなさい! 私の意見は? それにサラ、あなた最弱じゃないの!」

「それは……」


 反論の余地はなく、口をとがらせて下を向くサラ。


「コイツには強さでは測れない良さがある。必要な存在だ」

「アルテ……」


 アルテがサラをかばった事で、その場が驚きに包まれた。サラは恋する乙女のような眼差しをアルテへ送っていた。


「アルテちゃんがそう言ってもダメ! 弱いのは事実よ。狙われたら終わりよ」

「必ず守る。わたしの命に代えても」


 自らの胸に手を当ててアルテが誓う。


「……本当に?」

「ああ。必ず帰還させる」

「…………」


 そのアルテの決意に、マールは黙って考え込む。


「マール、もう良いじゃないか。ここまで決意しているのだから」

「……」


 マールはロレンスの方を見て、ふたたび考える。


「必ずよ……必ず帰ってくるのよ」

「分かった! ありがとう、母さん。父さんも」


 アロンの肩から手を離したマールがゆっくりとアルテの方へ歩く。

 今度はアルテの肩に手を添えて言う。


「命に代えても、はダメよっ。アルテちゃんも絶対に帰ってくるのよ」

「あ、あぁ……」


 マールの圧にアルテが押されていた。


「私たち、いずれは家族になるんだから」

「は?」


 マールの言葉に、アルテは困惑していた。


「マール、それはどういう?」


 ロレンスが尋ね、そちらへマールは振り返り言う。


「あなた、アルテちゃんはアロンのフィアンセなのよ」

「な……っ」


 とんでもないことをマールが言うものだから、ニヒルなはずのロレンスの顔が崩れる。


「母さん! 違うって言っただろ!」


 抗議しながらちらりとアルテを見ると、少し頬が赤かった。それはつまり、満更まんざらでもないということなのだろうか。


「男女がひとつのベッドで過ごしたら、それはもうオッケーしたようなものなの」

「それは本当かっ」


 今度は椅子から立ちあがり、ロレンスが驚いた様子で言う。


「ええ。寮のベッドでね。私、入学の時に見に行ったけど、あそこシングルよ。さぞ、密着したことでしょうねぇ」

「母さんっ!」


 アロンが必死になる中、アルテが告げる。


生憎あいにくだが、わたしはコイツに興味はない」

「え!? そんなぁ」


 はっきり言われ、マールは失意に暮れる。だがそれは、アロンも同じだった。教会地下で出会ってから、ずっと気になっている少女にあっさりフラれたのだから。


「すまんな」


 アルテに謝られ、マールは肩を落としていた。


「ねぇ、ママ。あたし着替えたいから部屋行って良い?」

「ええ、良いわよ。ゆっくりしていって。あっ、それが終わったら朝ご飯食べて行ったら?」

「ありがと。ちょうどお腹空いてたんだぁ」

「じゃあ、五人分準備しておくわね」


 ロレンスとマールに手を振り、五人は二階へ移動した。ひとり、アロンだけが心なしか元気がなかった。




 二階、サラの部屋の前で皆が立ち止まる。


「やっとアルテも着替えられるじゃない。さあ、入って」

「その事なんだが、わたしはこれで行こうと思う」

「えっ!? どうして? スカート短いって言ってなかった?」

「まぁ、ちょっとな」


 少し頬を染め、人差し指で頬をなぞっていた。ちらりとアルテからの視線を受け、アロンは元気を取り戻す。結果的に、アロンが選んだ方を着てくれるのだから。


「そう。アルテが良いならその服あげるけど。じゃあ、あたしはこの前着てた服で行こうっと」

「おい、まさかあの娼婦服か?」

「その言い方やめて。最先端ファッションって言って」

「即、獣族ウルフの雄の餌食えじきになりそうだがな」

「放っといてよ。それだけ魅力があるってことなんだから」

「お前……馬鹿だな」


 アルテがどれ程止めても聞こうとしないサラ。アロンも内心、妹が襲われないか不安で仕方なかった。

 女性陣がサラの部屋に入ったため、イスカと二人で自室に入った。


「アロンの部屋、懐かしいね」

「そうだな。入学前はしょっちゅう遊びに来てたよな」

「うん。サラと三人でよく話をしたね。あれから三年、早いね」

「だな」


 昔の思い出に二人でひたる。

 そんな時、イスカが壁際に視線を移して言った。


「あの刀、持って行ったら?」


 それは壁際に立て掛けられた二本の刀。以前に言っていた両親からの贈り物だ。


「そうだな。昔は扱えなかったが、今じゃあ使えそうだ」

「どっちも強そうだね」

「そうだな。攻撃範囲を考えると太い方にするかなぁ」


 細い方と太い方、どちらの刀にするか思案していると、薄い壁を飛び越えて隣の声が聞こえてくる。


『おい、そんな下着を穿いて行くのか?』

『え? 問題ある?』

『サラ……はみ出てる』

『えっ!? どこどこ!?』


 余りの内容に、男性陣は互いの顔を見合い、苦笑いしていた。




 それから数分後、アロンの部屋の扉がノックされる。


「はい」


 アロンが返事を送ると、サラが扉を開けて入ってきた。その身に娼婦服をまとわせて。


「サラ……派手だね」

「そう? 年頃の女性はこんなものよ。イスカはファッションに興味ないから知らないだろうけど」

「そ、そうだね」


 そう言って、初めて見る娼婦モードに苦笑いを送るイスカ。

 サラの後ろに立つアルテが言ってくる。


「そんな恰好をするのはお前だけだ。町を歩いてみろ、どこにそんな恰好のヤツが居る?」

「うるさいわね! 良いのよ、コレで。コレが最先端なの!」

「好きにしろ。今のお前なら襲われ隊の隊長にだってなれる」

「何よっ、その隊っ。んもう! 人をバカにしてっ」


 地団駄じだんだを踏むサラに笑みを送っていたアルテの顔が一瞬で変わる。


「それは何だ?」

「あぁ、コレか? これは昔、父さんと母さんが俺にくれたもんだ。当時は全然――」

「ちょっと見せろ」


 早足で近付いてきたアルテが、言葉を途中で遮り告げる。

 二本の刀の近くでしゃがみ、じっくりと交互に目を留めていた。


「この刀に何かあるのか?」

「……いや、何でもない。だが、これは使える。大剣をお前が、太刀たちをアイツが使え」

「え?」


 迷っていた決断がすぐに決まった。当初アロンが抱いていた意見と一致し、問題はなかった。


「こんな長いの、使える……かな?」


 近くに寄ってきたニナが不安そうに呟く。

 そのニナにアロンは太刀たちを手渡した。


 受け取ったニナはさやから刀を取り出し、軽く振ってみる。


「大丈夫そう」

「当然だ。あれ程の技量のヤツなら使えない武器はないだろうからな」

「アルテは要らないのか?」

「ああ。わたしはコレで行く」


 そう言ってアルテは右手をとがらせた。何度か見た白き手刀のことを言っているのだろう。他のメンバーは首をかしげていたが。




 全ての準備が終わり、五人揃って一階へ下りる。

 下りてすぐ、アルテが二人に問う。


「この刀、どこで手に入れた?」


 その言葉に、一瞬だけ二人は動揺していたが、すぐに普段の面持ちに戻し言ってくる。


「知り合いから譲り受けた物だ。息子さんにどうぞ、と」

「そうか」


 ロレンスの言葉に、アルテは納得しているのか良く分からない表情を取っていた。


「そんなことより、みんな、朝ご飯できてるわよ」


 マールの誘いに皆がテーブルへ集まる。

 ロレンスが二階へ、マールが台所で作業するも、椅子が一つ足りない。


「俺だけ立ち食いかよっ」

「アロン、男の子でしょ」


 マールからそうさとされる。

 イスカも男ではあるが、客を立たせるわけにもいかず、結果として立ち食い朝食タイムとなった。

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