21.5話 東乃守殊洛/俯瞰する指揮官

 上物の黄金色の羽織――派手なそれを着こなす長身の、柔らかな美丈夫。オニの男。


 東乃守殊洛は、戦場の中心地――本陣の中心、近代的な指令所の中で、ただ静かに、戦場を眺めていた。


 目の前にあるのは、大型のディスプレイだ。戦場全域の様子がリアルタイムで更新されて行く、FPAと通信用のヘッドセット、および各レーダー群の情報を全て眼前に統合し表示させている、広域の戦域マップ。処理能力の問題で未だにソレ専用のサーバー、車両を用意しなければ機能しない代物だが、それは革命的で――ヒトの作ったモノである。


 この戦場で行われているのは、竜と人間――同盟軍との戦争。けれど、その戦争が終わった後には?


 東乃守――名字でなく異名のようなものだ。東方の戦域で竜を退け続けた結果与えられた異名にして役職。オニ達から守護者と称される武人にして軍略家。


 彼は極めて純粋で合理的な人格だ。

 便利なものがあれば使う。使えるものはすべて使う。そして、自己含め全てに客観的な評価を適応する。


 殊洛は怖れていた。竜を、ではない。それが果てた末の大和、あるいはオニの行く末を、だ。


 ヒトの技術の発展は目覚ましい。それは独裁の軍国主義の結果の一つであり、独裁者である大和紫遠が殊洛自身と同じように――あるいはそれ以上に合理的で役に立つなら全てをする人間だからだろう。


 FPAは、確かに昔からあった。竜が現れる前から。だが、その頃はあくまで腕の立つヒトがオニと対等に戦う為、ただそれだけの装置だった。一騎打ちを挑めば応じてきた――そんな話を先人から聞いたことがある。


 だが、今―――あるいは未来。竜との戦闘を経て、変わった戦争は?そこに一騎打ちは、名乗りは、誇りはあるか?


 あるべきだと思うのは、ただの主観だ。ない事を前提に、竜にするのと同じようにあらゆる手を尽くして淘汰しに来る――それが合理的な結論。


 空爆。この、情報機器。全てヒトの――帝国の装置。オニは空爆の設備をすら有していない。そもそもが多くの領主が便宜的に一つ、連合国を名乗っているだけの国だ。人との寿命の差、長寿がして、急速な意識と認識の変革は難しい。


 それに、人口はヒトの方が遥かに多い。絶対数、1-1で交換し続けるような事態になれば滅びるのはオニの方。


 だから、戦争は避けなければならない。オニとヒトが争うような状況を作る訳にはいかない。……少なくとも、竜を淘汰したその直後には。


 いかに和平を、あるいは時間を。稼いだそれでいかに発展するか――。


 東乃守殊洛の思想と観点は、一戦場の指揮官に収まるモノではない。良くも悪くも、今行われている戦争以外の事が、殊洛の脳裏にいつもある――。


 そもそも、だ。この戦争。“富士ゲート”の攻略戦。それは、物量として、正面からやれば押しつぶせるだけの準備の整ったモノだった。竜が頼りとするのは、物量。それを、人間が上回っている。


 負ける方が難しいような戦場で、――多少のイレギュラーがあったとしてそれは変わらない。


 その、イレギュラー――目の前にある戦域マップ。右翼後方から真後ろに掛けて、すべての光点が消えているそれを眺め、だが焦って動くこともなく、殊洛は思案していた。


「殊洛様、」


 そう呼ばれ、殊洛は視線を向ける。その先にいたのは、金髪の男だ。耳の尖った、エルフ。もっと言えばエルフとヒトのの男。リチャードと名乗っている、男。あらゆる意味で使えるから使っている、殊洛の副官だ。


 状況を確認してきたのだろう、リチャードは言う。


「右翼後方、やはり突破されています」

 右翼後方に配置した部隊――それが何か、殊洛は当然覚えている。


「化け物を遊ばせておいたはずだ。ほかはまだしも、そこが抜かれたのか?」


 スルガコウヤと、扇奈の部隊だ。帝国の――あるいは大和の英雄と、同盟軍設立前のオニとヒトの共闘、その戦術的失敗の責を問われてか能力よりかなり下の扱いを受けていた、オニの女とその直掩部隊。


 英雄無しでも勝てるから、温存、冷遇に近い配置につけていた部隊だ。ある意味、こう言う挟撃、予想外の事態に勝手に対応してくれることを期待した配置でもあった。が、突破されたのはそこ。


 リチャードは言う。

「相当数の竜がなだれ込んできたようです。また、戦術的に運用された特異個体が数体、確認されています」

「報告にあった砲撃種か?」

「それと、FPA含め、ヒトの機器が無効化されている、とも」

「無効化?」

「該当区域との通信は途絶しております。また、FPAも機能を停止しています。右翼自体はまだしも補給拠点が落ちるのは損害が大きいかと」

「制圧と防衛が自己判断で行えるオニの部隊……」

「こちらで候補は上げてあります。行かせても?」

「任せる」


 殊洛の言葉にリチャードは頭を下げ、通信を始めた。予備部隊でも使うのだろう……このハーフエルフはここでミスをする人間ではない。


 完全に任せきり、東乃守殊洛は前方の戦域マップ――右翼後方がまるで分らないままのそれを、眺めた。


 砲撃、より鎧が死んだことの方が被害に繋がっているのだろう。それも、報告で聞いている。知性体、と言う話だったが……仕留めきれていなかった?もしくは、同じ能力を有した竜が他にもいる?


 主攻、正面はまだ抜かれていない。何なら押してもいる。……FPAを殺せる手段があるなら、なぜ正面に使って来ない?使った所でもう無駄だと、竜が理解しているのか?


 そんな事をしたところで、どうせ押しつぶされると。いや、押し潰されないために、長期戦になることを想定して、補給路を断ちに来た?


「……………」


 知性体がいる。それは、当然想定していた事態だ。だが、殊洛がこれまで相対してきた知性体は、どれもせいぜい、戦術レベルの発想しかもっていなかった。


 が、補給線を潰そうとするのも、負け戦を理解するのも、あるいはそう、こちらがすでに砲撃種の情報を持っている事――その遭遇が竜からしてだったなら、それは戦略的な視野を持っている、と言うことになる。


 この、今目の前にいるのだろう知性体は、これまでと発想の根本が違っている。


 “富士ゲート”。最後に残った竜の拠点。そこにいた知性体は、他のどの知性体よりも長生きで――どの知性体よりも、多くを学び、理解している。


「…………」


 危惧と思案を脳裏に、東乃守殊洛は、眼前の戦域マップを眺めた。


 一角が欠落し、情報がつかめなくなっている、その戦場を。


→ 22話 大斧と青瞳/真の望み

https://kakuyomu.jp/works/16816452218552526783/episodes/16816452220128043702

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