15話裏 桜花/お人形

 私は、他人の願望をよく聞くようになった。私欲に塗れたものも、恨みに塗れたものも、あるいは高尚なものもある。


 けれど、そこに一つだけ共通した要素がある。それは、


“貴方のお兄様は理解して下さらない”。


 ……皇位継承者。

 唯一、兄に匹敵する血筋。私、ではない。私の血筋、私の名前。それが、引き寄せる。


『陛下の政策は目に余る。アレでは、国家は破綻する!』

 兄に見限られた政治家、官僚はそう訴えてくる。私に。


『陛下の軍略では……勝利は遠い。まして平和など』

 兄に見限られた高級将校は、そう、訴えてくる。私に。


『陛下は理解していない。このままでは経済は……』

 兄に見限られた財閥、旧家は、そう訴えてくる。私に。


 兄――大和紫遠は能力を至上にしている。それに見限られた人間が、私の元へとやって来る。兄が全て理解した上で不要と切った敗者が、兄より担ぎやすい神輿とみて私に縋ってくる。


 帝国のナンバー2。第2の権力者。その実態は、それだ。兄へのクレーマーを引き受ける役。兄に見限られた男を慰める女。柔らかく、内心を別に微笑めば良い。


 ただ、そうやって集っても――それこそ無能な烏合の衆だ。自分の欲望ばかりを考えている人間だけ。


 最初は、私は、どうにか出来ると思った。いや、どうにかしなければならないと。

 私の役目だからと。


 それで、そんな彼らを登用して――その頃の私には見る目も選ぶ力もなかった――組織を作り、うまく事を運べるようにと、留意し、体勢を作って――。


 ―――それは一つのミスで瓦解した。一つの、作戦。それが失敗に終わったことで、その責任が私に向かい、それまで気づき上げたモノがすべてなくなった。


 ………その時に、いっそ、隠居してしまえば良かったのだろう。その時に、身を退くと決めていられたら、多分……彼もついてきてくれた。


 けれど、私は、その選択をしなかった。

 失敗した後も、手を貸してくれる人がいた。ついてきてくれる人が居た。その願いをむげにできない。だが、私は、彼らに答えられるほどの力がない。


 “大和に真の平和を。手と手を取り合って”。


 一つだけ。幸運だったことがある。


 私がオニに人気だったことだ。兄が――まず帝国の地盤固めを先にした兄の代理として、私は連合との外交の場に立っていた。だから、そちらのコネは兄より強かった。


 ある作戦の失敗。それで、オニが私を見限ると兄は踏んで居た。だが、オニは兄の想像より感情的で義理堅かった。


 ………ただ一点だけ。愛想を振りまくと言う一点だけは、私は明確に兄より優れていた、それだけの話だったりするのかもしれない。


 そして、そうやって、そちらに顔を利かせるようになり――再会があった。


 ハーフの、エルフ。

 かつて、同じ場所に居た、彼女。偶然、顔を合わせた彼女に、私はこう、言った。


『あの小屋で、話した事。今でも、………私に利用価値はありますか?』


 *


 うめき声に、目を開ける。朝日が窓から入り込んでいる……ベットの上。

 たまの休日だ。本当に、本当に稀な、スケジュールのあった数日の休暇。


 私の横で、眠りに落ちながら――彼は呻いている。嫌な夢を見ているのだろう――そんな彼の肩をゆすりながら、名前を呼ぶ。


「……鋼也?鋼也?」


 そう呼び掛けると、やがて彼の息が静かになって行き……その瞳が、開かれた。

 片目は、普通だ。知っている目。けれど、もう片方の目は……赤と黒に変わっている。


 彼の身の上は知っている。ハーフ。オニとヒトの。それを気にすることはない。


 その目の事も知っている。“……治った”そうだ。竜に貫かれて。その容姿も、気にしない。けれど………。


 竜に貫かれた。それは、……それが、私は嫌だった。

 そんな目に遭ってまで、悪夢にうなされているにも関わらず、まだ、彼は戦場にいる。


「………大丈夫?」

「ああ、」

「………なんの夢?」

「…………」


 彼は応えない。言おうとしない。言わずともわかると思っているのか、あるいは、ただ単純に言いたくないのか。暫し、眺めると、彼は白状する。


「………戦争の夢だ。ゲート攻略戦」


 そう言った彼の頭を撫でる。そこに今、確かにいると確かめるように、私が今、彼の横に確かにいると、そう、わからせるように、体重を預け。


 私は知っている。ただ、資料として、だ。……何があって、どうなって、悪夢になっているか。資料で聞けば、わかるとは言わないけれど、それでも。


「……今は、忘れよう?ね?」

 私は囁く。

「……ああ、」


 気のない返事だ。忘れようとして忘れられる悪夢ではないのだろう。そうと知っていて、それでも私は忘れて欲しかった。いや、私が忘れたかったのかもしれない。


 何もかもを、………せめて、今だけは。“桜花”では居たくなかった。


 だから私は囁く。

「ねぇ、鋼也。……今日は何を作ってくれるの?」


 それは………多分、本当に。唯一。心の底からの、私の望みだった。


 *


 ……ただの思い付きだ。

 大手を振ってデート、とは行かなくて。

 顔を合わせてもほとんど軟禁みたいで。遊びが無くて、ずっと話をした末に、おなかが空いて。


 ……一緒にご飯を作ってみることにした。まあ、色々と思慮はあったけれど、それはそれ。


 その瞬間楽しめる遊びが欲しかった。本当にそれだけで、そうやって遊んでから何か月か経った次の機会に、前回二人で作った料理を、彼が振舞うと言い出した。多分、私が本当に嬉しかったのはその時で、だから………。


「殿下?……どうかされましたか?」


 帝国の軍人――上級将校がそう、私に問いかけてくる。


「……いいえ。お気になさらず。“羅漢”の話でしたね」

「ええ。その量産の件で――」


 会議、だ。桜花を要した集団の、会議。列席するのは、帝国、それから連合国の軍人に、財閥の人間、官僚………。


 傍には、私の護衛として雇った西洋からの傭兵部隊――アイリスさんを筆頭にしたエルフの部隊がついている。

 ………全員ハーフだ。ハーフ――ヒトと別の種族との間に生まれた人物たち。


 予想の数倍深く社会に食い込んでいた――アイリスさんと手を組んでから私が知った事実、だ。


 どの国にも帰属する場所を見いだせない者、どこかに帰属している者の、そこで満足な居場所を得られていない者。あるいは、帰属し、うまく隠れながらも、そうやって居場所のない同胞――ハーフに対して使命感を抱いている者。


 きわめて優秀で合理的な後ろ盾を、私は手に入れることが出来た。兄に匹敵する――帝国、と言うくくりで診れば兄に勝つ目はないが、大和、と言うくくりで、オニの勢力圏、連合まで視野に入れれば、そう……その気になれば私はクーデターを起こせる。そのくらいの後ろ盾を得ることが出来た。


 私がオニ――ヒト以外の種族に寛容だったこともあるだろう。皇帝代行として連合に顔が効いたこともあるだろう。そして極めつけは――恋人がスルガコウヤだ。


 事実、身体を許すほどに、血統の正当性に興味を持たない皇族。


 その価値を、こうなって私はいよいよ知った。

 そして当然の事ながら、まったく対価を示さず彼らの力を借りた訳ではない。


 彼らの要求は知っている。


 “ハーフの国が欲しい”。


 その理想自体に共感した、と言う訳ではない。勿論、一切共感していない訳ではないが、私が権力を欲した最大の理由は、一つだった。


 *


「断ると、そうおっしゃるのですか、大尉?」


 内心を押し殺し、そう呟いた私を、片目を眼帯に隠し、もう片方の目に深い悲しみと暗がりを宿した彼は、ただ、眺めてくる。


「……私の護衛、ですよ?」


 感情を殺すのはこの7年で得意になった。元から得意だったのが、それ以上に。

 けれど、……私は感情を殺しきれず、彼もそれがわかっているはずなのに。


「ああ。辞退させてもらう」

 そう言い切っていた。


「……あの頃とは、違います。私は……既に、陛下に話を通しています」

 かつて、同じようなことをしたことがある。それが鋼也の耳に入っているかわからない。


 私の親衛隊。私の護衛。私の近くに彼が常にいる。……前線で竜を戦うよりずっと、絶対に、安全な状況。

 それを作ろうとした。


 それを兄に阻まれた。

“スルガコウヤにはまだ利用価値がある”。


 そう判断した独裁者に、私は敵わなかった。何一つ。だから、私は権力者になった。兄と話を付けた。兄は頷き、条件を一つ付けた。


“良いだろう。ただし……あの男がそれを望んだら、だ”


「その話は聞いた。だが、断ったはずだ」

「………これは命令です」

「なら、なぜ俺を呼びつけて確認する?」

「……………」


 なぜ?…………なぜ?

 わからない、はずがないだろう。私の願い。私の望み。私は………。


「………理由を、聞かせていただけますか?」

「まだ戦争が終わっていないからだ」

「もう、終わります。終わらせるだけの算段をこちらは立てています」

「それはただの計画だろう?前線で死ぬ奴がいることに変わりはない。俺は、それに背を向ける気はない」

「……私に背を向けてでも?」

「俺より若い奴が死んでいくんだ。俺の目の前で。貴方なら、って。貴方なら勝てる。貴方なら大和を救える。後は頼みます。英雄、英雄………」

「英雄になんて、なりたくないんでしょう?」

「ああ。………お前と同じだ。お前も降りてないだろう?」

「私はッ―――、」


 ―――好きでこの立場にいる訳じゃない!

 そう、言いかけて………結局は、言えなかった。


 私にも、降りる機会はあったのだ。失脚するタイミングはあった。それを押して、更に深くまで落ちて行こうと思ったのは、私自身だ。


 今。鋼也が自分で選んでいるように、私も選んだ。その結果が、これだ。


「………………私には義務があります。皇族としての」

「俺にも義務がある。部下に死ねと命じた。下りる訳にはいかない」


 そう言っている彼の気分がわかる。心の底からそういう人なんだろうと、自分以外を大事にしてしまう人なんだろうと、そう思ったから好きになったのだ。だから、………だから。


「わかりました。………消えなさい、」


 消えないで欲しかった。

 ほかの全てを捨ててでも、私を選んで欲しかった。


 ……自分の望みがわからなかった、お人形の、望みが、それだった。


 *


 望みを失って残る者は、なにか。

 ………契約だ。


 ハーフの国。国を作る為に最低限必要な要素は?土地と人間と主権。

 すべてを得る機会が目の前にあった。


 富士ゲート。竜のいなくなった、交戦区域。そこに統治者が現れると言う状況は、大和の平和を願う兄にとって――ヒトとオニの緩衝地帯を作り上げると言う意味で――理にかなっている。そう、兄は判断するはずだ。


 人民はハーフ。……ハーフの国とは、何か。住みたいと望めば受け入れる。種族問わず。交戦区域だった場所の再開発だ。経済的にも発展と投資が見える。呼ばずとも、済む事を許せば集まるだろう。


 そして、最後に問題になるのが、主権。

 ハーフの国の、主権者。そのスタートを飾るにふさわしい、立場。


 私だ。だが、私だけでは足りない。種族の講和を唄った帝国の姫が玉座に付く、だけでは足りない。政略として、政治として、もう一つ、オニからそこに身を投じるモノが現れれば、その主権としてのアイコンはなる。


 全て理解して、合理的だと私は判断した。

 唯一あった望みには袖にされた。


 だから…………私の望みはもう、関係ないのだろう。

 回り回って、……結局私は。


 ただの、お人形だ。




→16話 酒場/謀略と愚痴を肴に

https://kakuyomu.jp/works/16816452218552526783/episodes/16816452219641877313

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