16話 酒場/謀略と愚痴を肴に

「………婚約?桜が?」


 紅い羽織のオニの女は、そう眉を顰め、手にあるお猪口を傾ける。


「そう。オープンな話ではないけどね、」


 扇奈の向かいには、琥珀色の液体の入ったグラスを手にしたエルフがいた。


「……………」

 で、その若作りのババァ共の飲み会の席に、俺も混ぜられていた。


 場所は、東部拠点の一角。和風の建築に洋風の装飾をくっつけたような、落ち着いた雰囲気の、カウンター付きの酒場。の、奥の奥にあるボックス席だ。周囲に人気はない。エルフ――アイリスの馴染みの店で、何を話しても大丈夫な場所、だそうだ。


 あの、桜花との会談が終わった後。……上司に捕まった。そして連行された。俺は逃げようとした。オニもエルフもヒトより身体能力が上だ。物理的に逃げきれなかった。……クソが。


 とにかく煙草を吸って――その煙の向こうで、扇奈はどうやら空になったらしいお猪口を覗き込みつつ、


「………鋼也と、か?」

「ならわざわざ貴方に言う訳ないじゃない」

「別か。………お姫様、ね」


呟いて、扇奈は俺の前に空になったお猪口を置いた。注げ、と言う事だろう。んなことする訳ねえだろ。いや、そもそも、


「なんで俺はここに居るんだ?いらねえだろその話に。俺は帰るぞ」

「あんたがいなくなったら誰があたしに酌するんだい?」

「一生自分でやってろババァ」

「……あァ?」


 随分イラついていらっしゃるらしい。スルガコウヤが逃げたことへの苛立ちか、あるいは今出た婚約云々のせいか。つうか、なんでその苛立ちが俺に向いてるんだ。


「クソが、」


 俺はそう吐き捨て……注いでやった。そもそも拒否権があったら俺はここに居ない。物理的に首根っこ掴まれて引きずられてきたしな……すっかり子分かよ俺は。クソ。


 と、だ。そこで、俺は視線を感じた。青い目――アイリスが俺を眺めている。と言うより、俺の所作を、か?酌してるのがそんなに面白いのか?見せもんじゃねえよ。


 とにかく、注ぎ終えたお猪口を扇奈は引っ張って行き、透明な液体を眺めながら、言う。


「で。………相手は?」

「殊洛」

「……見学してた優男か?」

「そう。……帝国側で同盟軍の構築に最も尽力したのが桜なら、連合側で正面に立ってその話に助力したのが、殊洛。大和の平和の為、って言うのは前提の方便としてあるけど、見返りのない献身をするような人間が権力者になることは稀よ」

「桜に惚れてる?」

が欲しいんじゃない?次、“富士ゲート”攻略戦に勝てば、これで大和の竜との戦争は終わり。そうなれば、………そうやって仲良く酒を注いでやる、なんて安直で短絡的な蜜月は終わりよ」


 ……なんの話してんだ?婚約云々、独り身のお姉さま方の井戸端的な噂話……じゃないのか?


「……交戦区域かい?」

「が、一番わかりやすいわね。竜から奪い取った、帝国と連合の間の土地。そこの主権をどっちが握るか。理性的に交渉する余地はあるでしょう。けど、それが必ずまとまるとも限らない」

「………誘導弾、今更新兵器。抑止力、ね。桜はカード扱いか?」

「政略結婚ね。皇帝としては、表立って動いている訳じゃないけど、理想的な動きの一つでしょう?帝国と連合の要人、同盟の功労者が婚姻。それ以上平和的な話し合いを求めている、って言うパフォーマンスはないわ。東乃守殊洛からすれば、アレは武闘派として名を売ってるから、戦争がなくなると席がなくなるかもしれない。それを防止するためにも、皇帝の妹のお相手、って言うのはおいしい話でしょう?」

「まずい酒だね………。その話、桜個人のメリットは?」

「皇位継承者、桜花にはメリットのある話だったのよ。と言うより、選択肢がなかった」

「ハァ?」

「右も左もわからない状態で独裁者の対抗馬になったのよ。ヒトは寄ってきた、けどそれは大和紫遠が切った人材。基本的には、能力がないと皇帝に判断された人材よ。担ぎやすい女って、馬鹿ばっかり寄って来たって話ね。あの子も頑張ったんでしょうが、結局その体制も一度大和紫遠に潰されたし………。だから、帝国の姫君でありながら、帝国に頼れる人材がなかった。居てもごく少数」

「だからあんたが護衛やってる?」

「そう。契約ね。でも、こっちは地下組織みたいなモノだから。公に見せられる力じゃない。だから、……そうね。あの子は、兄と対等に渡り合うために、バックグラウンドが必要で、」

「東乃守殊洛がその役を買って出た」

「そして戦中うまくやった暁には、貴方を頂く。契約、ね」


 やっぱりいまいちよくわかんねえな。思いっきり政略結婚前提に謀略しまくってるらしい事しかわからない。

つうか、戦争しながら戦後の話考えてたって事か?……それで勝ってるんだから、一般市民には何も言う権利ないかもな。


が、一つ気になるとすれば、


「スルガコウヤはどうなるんだ?あのお人形様も、未練たらたらっぽかったし……」


 と、そう言った俺を、アイリスは眺めた。そして、問いかけてくる。


「未練たらたらだった?」

「あ?ああ……どう見てもそうだろ」

「そう。……だって、扇奈」

「やっぱりそう言う事かよ……」


 アイリスに呼びかけられ、扇奈は苛立たし気に呟いていた。

 やっぱりって、何がだ。と、思えば、扇奈はお猪口を置いて、俺の肩を叩き、言う。


「任せたクソガキ。あたしはその役回りはもう嫌だ」

「………ハァ?」


 何を任されたんだ?そう眉を顰めた俺に、アイリスが言う。


「クサカベスイレン伍長。貴方の役割は単純よ。今の話をそれとなくスルガコウヤの耳に入れる、ただそれだけ。後はどう転ぼうが知らないわ」

「………なんで俺がんなめんどくさい事しなきゃなんねえんだよ」

「扇奈の子分でしょ?」

「あたしの代わりに働きな」

「………ざけんな。お断りだ、めんどくせぇ。話は?それで終わりか?じゃあもう俺がいる必要ねぇだろ?あとは二人で仲良く吞んでろよ、他人の色恋の愚痴肴にして」


 そう言って、俺は席を立ち―――その途端、だ。

 誰かに胸倉をつかまれて、あるいは肩を上から押されて、強制的に、また椅子に座らされた。


「………ハァ?」


 呟き、視線を周囲に向けるが……俺の胸倉を掴んだヤツも、肩を押した奴も、見当たらない。が、確かに、引きずり降ろされた………。


「確かに要件は終わったわ。けど、用事はまだ終わってない」


 アイリスはそう言って、俺を横目に、手に持っていたグラスを手放す。だが、何か見えない手にでも掴まれたままかの様に、琥珀色の液体の入ったグラスは、空中に静止したまま。


いや、それだけにとどまらず、今度は酒瓶の方がひとりでに宙に浮いて、宙に留まったままのグラスに、酒を継ぎ足していた。


「……用事、と言うより興味ね。青い目のヒト。貴方、自分のルーツわかる?」

「……………」


 問いかけられて……俺は思い出した。


 異能、だ。オニの異能は武器の強化って言うかなりわかり辛いそれだ。が、エルフの異能はそれよりもっと派手にわかりやすい。


 念動力。触れずに物を動かす力。それこそ、今目の前で、アイリスがそう見せているように。


「私もハーフなのよ。別に大和にルーツがあるわけじゃないけど、エルフとヒトのハーフ。祖国に居場所がないから、大和まで居場所を求めてやってきた傭兵、みたいなものね」

「……俺もエルフとヒトのハーフかもしれないって話か?」

「だから、自覚があるか聞いてるんでしょう?ああ、耳が尖ってるとか、角があるとか?……ハーフの容姿はどっちかにしかならないの。スルガコウヤにも角は別に生えてないでしょ」

「………………」


 俺が、ハーフか。目の色からして、西洋の血が入っていることは間違いないが、それがエルフのモノかは、知らない。


 俺は新しく煙草を取り出し、咥え、それに火を点けようとして―――ライターが勝手に浮き上がった。そして、誰も触れていないライターが、俺の煙草に火を点ける……。


『――イレン?ほら、手品だよ~?』


 そんな甘い声と共に、俺の目の前で煙草の箱が、宙に浮いている。そんな、夢、あるいは記憶。

真っ暗い、死んだ鎧の中で見た、ゆりかごの記憶が目の前をちらつく………。


「……知らねえよ、」


 そう言って、俺は目の前で浮いているライターを掴み、それを懐に戻した。


「そう。……じゃあ、調べてあげましょうか?貴方のルーツ」

「…………」

「一応断っておくけど、もう片方の事はもう知ってるわ。私を通して桜の耳に入れた話だから。だから、調べてあげても良いのは、青い目の方」


 アイリスはそんな事を言っている………。

「………さっきの、スルガコウヤの耳に政略結婚の話を流す引き換えにか?」

「いいえ。それとこれとは別。これは、……ただの親切よ。私は同胞には優しいの。自分が何者かわからないハーフには、ね」


 …………………。


「……別に今頼まなくても良いわ。知りたくなったら聞きなさい。こっちはこっちの好奇心で調べておくから」

「………勝手にしろよ、」


 それだけ言って、俺は今度こそ立ち上がって、その場所から歩み去った。

 そんな俺を、扇奈は呼び止めず、ただ静かに眺め、見送っていた。


 ………ババァ、俺がいない間にこの話アイリスに通してやがったのか?止めないってことはババァの要件も今ので終わったって事だろ。


 …………クソ。



 ハーフ。それも、エルフとヒトのハーフ。


 ………俺がそれだったら、なんだよ。それこそ、あの異能力が使えたら戦場で取れる手が増える。それだけの話だろうし、出来たら良いかもしれないが、差し当たって必要でもない。これまで使えたこともない。


 母親の、話。ルーツ。………気にならないと言ったら、嘘になるんだろう。

 知れるなら、知ってはおきたい。母親の事も、サユリの事も。


が……多分、親切や同情でそれをされるのは癪なんだろう。

俺の、問題だから。俺が………。


 そう、つらつら考えながら、俺は宿舎へと戻り………。

 と、だ。


 夜なのに珍しく静かな……姐さんが別の場所で吞んでるから、オニ達もどっか出かかけてるのか、そんな宿舎のキッチンに、一人、何もせず座り込んでるぼうっとしてるおっさんが居た。


 その、片目を眼帯の下に隠してるおっさんは、俺を眺め………。

 だが、そのおっさんが口を開く前に、俺が言う。


「気になるなら自分で行けよ、英雄。俺は伝書鳩でもキューピットでもねえんだよ」


 それだけ言って、俺はすぐさま背を向け、自室へと歩んだ。

 ……何をして、何をさせられてるんだ俺は。結局愚痴ばっか増えやがる。


 ……………まったく。

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