15話 勲章/皇女との契約

 勲章の授与、ってのには、幾つかパターンがあるそうだ。まあ、大規模にやるか、小規模にやるかだけの違いで、そして、今回は諸々の都合で小規模らしい。


“富士ゲート”破壊作戦がなければもっと大規模にやってたかもしれないらしいが………。


 同盟軍東部戦略拠点――雑多な街のような、基地。その敷地の奥の奥、中央にある司令本部。オニが建築した簡易的な城に、帝国――ヒトの技術を詰め込んだような、近代と太古が混じり合った妙な建築物の一室。


 フローリング、と言うかただっぴろい板間で、物が置かれていないからどことなく道場っぽいその部屋に、あるだけで着る機会のほぼなかった軍用礼服に袖を通して、俺は立っていた。


 横には、扇奈の姿がある。“趣味じゃない”と礼服ではなくいつも通りの格好で、そうやって自分の好みを通した割に、どこか苛立たし気な表情を浮かべている。


『逃げやがって……。甲斐性無しもほどほどにしなよ』


 それが扇奈の苛立ちの理由だ。わざわざ別の仕事を見つけてまで、スルガコウヤがこの場所に来ることを嫌がり、それに、ババァ様はイラついていらっしゃるらしい。


 俺は懐から煙草を取り出し、それを扇奈に差し出してみる。が、扇奈はそれにシッシと手を振った。


 イラつきが収まる特効薬だぞ?咥えて火を点ければほら、横で上官がイラついててもさほど気にならなくなる。


 と、だ。そうやって一服し出した俺を、扇奈は横目で睨みつけた。

「なんだよ、」

「…………桜相手に馬鹿なことしようとか思うんじゃないよ?」


 馬鹿な事……復讐、か。


「しねぇよ、」


 言って、俺は紫煙を吐き捨てた。

 …………これから会う相手は、大和紫遠の妹、桜花。スルガコウヤの恋人――は置いておくとしても、俺の復讐の上で、利用できるかもしれない相手だ。


 そもそも、代理として桜花が来なければ、ここで俺はまた大和紫遠と顔を合わせることが出来たかもしれない。そのチャンスが潰れたとなれば、俺はイラついていてしかるべきなんだろうが………不思議と、そんな気分じゃなく、冷静だった。


 大和紫遠にビビってるのか。だから、会わずに済んで安心してる?

 もしくは……復讐したところで。


 俺の目の前を、紫煙が踊っている………。


 と、だ。そうやって時間を潰している内に、部屋の戸が開き、踏み込んでくる姿があった。


 殿下が漸くお出ましか……そう、俺は煙草の火をもみ消して、それを携帯灰皿に入れ、直立不動の姿勢を取った。が、……入ってきたのはどう見ても皇位継承者、桜花ではなかった。


 流れるような金髪に、鋭い青い瞳。スタイルの良い、軍服に身を包んだ、西洋の女。大和の人間じゃない。それから、ヒト、でもない。


 その美女の耳が、尖っている。エルフだ。オニ、なら横のババァ始め見慣れてるが、エルフを見るのは珍しい。


 その女もまた、俺を眺めていた――正確に言えば俺の目を、だろう。青い目、を。

 と思えば、そのエルフの視線が俺の横のオニに向かう。


「久しぶりね、扇奈。少し見ない間に老けたかしら?」

「あんたほどじゃないよ、アイリス」


 ババァとエルフは仲良さそうに顔だけ笑顔を浮かべて睨み合っていた。

 このエルフも扇奈の知り合いなのか?………こいつの交友関係どうなってるんだ?


 とにかく、そのエルフの美女――アイリスとか言う奴は、そのまま壁際によって、腕を組んだ。それから、アイリスは扉の方へ声を投げる。


「懐かしい顔はあったわ。でも、目当ての方は居ないわね」


 その声の直後――また一人、部屋に女が踏み込んでくる。今度こそ、皇位継承者、桜花だ。


 漆のような和装に、桃色の羽織で、背筋を伸ばしゆったりと歩く、帝国で2番目の権力者。


 権力者、と考えるにはずいぶん若いように見える。俺の横にいる長寿のオニや、あっちにいるそれも長寿なエルフと違って、実際、若いのだろう。20代半ばくらい。


 その実年齢よりも、更にもう少し若い、あるいは幼そうな顔で、けれど、その瞳はどことなく仄暗い。


 兄妹だから、あるいは……権力がそうさせるのか。大和紫遠と同じような、冷たい瞳に見える。

 そんな権力者、文字通りのお姫様は、アイリスに視線を向け、言う。


「……言っている意味が分かりません」


 冷静な声だが、怒気が少し混じっているような気がする。……英雄様が逃げたせいか?


 と、そうやって、直立不動を維持しつつ眺めていると、桜花の視線は、俺の隣のオニに止まった。


 そして桜花は、一瞬前の苛立ちが嘘だったかのように柔らかく、微笑む。


「お久しぶりです、扇奈さん」

「……ああ、」


 そう、横にいるババァも苛立ちやいがみ合いが嘘のように、柔らかく――どこか遠い目で微笑んでいた。


 ……やっぱりここも知り合いなのか?ババァの交友関係は本当にどうなってんだ?

 そんな風に思う俺の横で、扇奈は言う。


「な~んか、あんたも大人になっちまったな………」

「ええ。……私も老けました」

「あんたが言うのは嫌味だよ、まったく……」


 そう言った扇奈に、桜花は妙に幼い、悪戯でもしたような表情を浮かべ、直後にはその表情が大人びた、冷静なものに代わり、その視線が俺を向いた。


「……日下部水蓮伍長ですね?初めまして。本日、我が兄、大和紫遠の代行として参りました。桜花です」

「あ、はい。……初めまして、」


 そう頭を下げると、目の前で桜花が柔らかく微笑み、横でババァが俺を鼻で笑って、向こうでエルフがニヤついている………。


 居心地の悪さが尋常じゃない。上司の同窓会に連れ出されたって感じだ。しかも女しかいない。……あの英雄を無理やり連れてくるべきだったのか?アレがいたら、多分、矛先が全部アイツに向いただろうに………それはそれで修羅場な気がしないでもないが。


 と、だ。そうやって俺が顔を顰めていると……今度はまた別の人物が、部屋に踏み込んできた。


 また同窓会が増えるのか……と一瞬思ったが、どうもそうではなかったらしい。

 その人物が入ってきた瞬間――本当にその一瞬だけだが、桜花の顔が苛立たし気なものに代わり、部屋の隅に居たエルフ――アイリスが、その人物を前に立ち塞がる。


「殊洛様。……何か御用ですか?見ての通り、桜花様は今、公務の最中ですが?」


 アイリスはそう、入ってきた男を睨みながら言っていた。


 男――オニの男だ。細身だが、背が高いからそう見えるだけで、筋肉がついていない訳でもない。派手な色合いの和装で、黄――いや、金色の羽織に、腰には太刀を佩いている。オニの年齢はわからないが、見た目的には30手前位か。


 その殊洛、とか言うらしいオニは、柔らかな――それこそ優男のような面持ちで、応えていた。


「興味があるんです、アイリスさん。ヒトの式典に。見学しても構わないでしょう?」


 興味がある、だけで内々な式典に割り込もうとしているらしい。こいつも権力者か……?そういう雰囲気がある。笑い方と良い、立ち振る舞いと言い……。


 一声かければ知恵袋から何か出てくるかと、俺は扇奈に小声で問いかけた。


「……あいつは?知り合いか?」

「いいや。知り合いじゃない。でも、……名前なら知ってるよ。東門衛陣頭、東乃守殊洛あずまのもりしゅらく

「とう………なんだって?」


 そう聞き返した俺に、応えたのは桜花だ。


「ありていに言えば、同盟軍に対して極めて協力的なオニの一派、そのトップです」

「オニの権力者、って事か?」


 そう言った俺に、今度は扇奈が言う。


「もっとあんたにわかりやすい言い方があるよ。桜、あの黄色いのの階級は?」

「同盟軍においては、中将です」


 同盟軍の、中将。……同盟軍全体の指揮官クラスだ。それこそ、富士ゲート攻略作戦の全体指揮を執ってもおかしくない、イヤむしろその陣頭指揮を執るにはもう偉過ぎるってレベル。


 と、だ。そこで殊洛……中将閣下が、桜花に声を投げる。


「桜花様。私は貴方の理想に賛同した身。オニとヒトの融和、その為にも、後学の為、ぜひ貴方の雄姿をこの目にさせて頂きたいのですが、………ご迷惑でしょうか?」


 そう声を投げられた瞬間、桜花はすべての表情を消して――その上に柔らかな微笑みを張り付けた。


「いいえ。そのようなことはございません。どうか、ご自由に、ご見学なさってください」


 なんか嫌がってる、と言うかウザがってる感じだ。中将、でも、立場的に殿下、皇位継承者の桜花の方が上なはずだが…………色々込み入ってるのか?


 殊洛は、どうも警戒されるか嫌われているように、アイリスに睨まれながら、部屋の隅に移動する。


 それを背に、桜花はこちらへと向き直り、柔らかな――表情を消したような笑みで、言った。


「では。簡易、にはなってしまいますが。式典を始めましょう」


 *


 勲章の授与。

 と、御大層にいっても、やっぱりそう大したものでもなかったらしい。殿下が形式ばったねぎらいの言葉を掛け、直接、勲章を手渡すだけ。


 知性体を討伐した部隊の指揮官と、直接知性体を殺した奴。要は、俺と扇奈がそれを受け取った。そして、桜花の手もとには、それでもまだいくつか、勲章が残っている。


 スルガコウヤへの、勲章だ。あの英雄、めんどくさがってなのか何なのか、勲章の授与を今みたいにサボって、溜まってるらしい。…………複数貰って、しかも軍属でありながら堂々とサボタージュする当たり、色々と常識の外にいる奴だな。


 そして、桜花は何も言わず、だが苛立たし気に、その残った勲章を眺めていた。

 ……………俺の頭上がドロ付き過ぎだろ。


 とにかく、ただそれだけで、その簡易式典は終わった。

 が、出来事はそれで終わりではなかった。終わり際、桜花が俺に言ったのだ。


 ――クサカベスイレン伍長。そう、俺に呼びかけて来て、


「……少し、お時間をいただけますか?」、と。


 *


 背の高い、短髪の女中メイド。桜花より年上だろうその女性が、俺の前に紅茶を置き、部屋の隅へと退いて行く。


 湯気のたつ紅茶に、お茶菓子――それが乗った白い、丸いテーブル。

 桜花に言われるまま、部屋を移り、通されたのは洋風の部屋だ。色々と調度品が置いてある………それこそ応接間のような場所。


「どうぞ、くつろいでください。クサカベスイレンさん」


 俺の向かいに腰かけている女――皇位継承者、桜花はそんな風に言ってきた。

 くつろげって言われたってな………。


 俺としては、どうにも……この状況をどうとらえれば良いのかが判然としない。

 なんで、殿下に呼ばれたのか。俺の復讐の件か、あるいはスルガコウヤか……はたまた別か。


 とにかく、くつろげるような心境じゃない――それを、桜花はどこか見透かすように眺め、言った。


「世間話をしたいだけです。こういう暮らしをしていると、疎くなってしまうから」


 世間話、ねぇ………。


「……申し訳ございませんが、俺も軍属ですので。世間に詳しい暮らしをしているとは自分で思えません」

「では、貴方の身の回りの話でも構いませんよ」


 やんわりと、桜花はそう指定してくる。なんかもう、まどろっこしいな。


「スルガコウヤの近況でも俺に報告しろと?」

「………それが貴方の身の回りの話だと言うのであれば、触りとして、良いでしょう」


 触り、じゃなくて本題なんじゃないのか?


「俺にじゃなくて扇奈に聞いたら良いんじゃないですか?あっちの方が付き合い長いし、良く知ってるでしょう」

「…………………」


 桜花は表情を変えず、柔らかな微笑みのまま………だが何も言わなかった。


 妙に、踏み込んだら怖い気がする。………つうか、俺は今、どういう立場にされてんだよ。なんでわざわざ上官と権力者の情事に首突っ込まされてんだ?


 イラついてきたな……ああ、わかってる。ヤニが切れたんだ。が、権力者様の前で一服とは言わない。あるいは、女中服の女が視界の端に入ってるからか。


 とにかく、俺は言った。

「あんた、権力者なんだろ?気になるなら直接呼びつければ良いだろ」

「………呼びつけて、コウヤが来るとでも?」


 ……………良く考えれば、あのおっさん、勲章授与式ごと逃げたんだったな。


「なんか適当にだまして連れて来てやろうか?ぼうっとしてるから、引っかかるだろ」

「いいえ。勘は良いのでどこかで勘付いてまず間違いなく逃げます」


 あのおっさん野生動物扱いされてねえか?片目で戦場にいる以上、似たようなもんかもしれないが………。


「もう良い、わかった。報告させていただきます、殿下。准尉は日々、特に何もしておりません。ただぼうっとしてるか、FPAの整備をしてるか、たまに料理をしてるか。そのどれかだけです」

「………そう、」


 それだけだ。それだけ呟いて、桜花はアンニョイに遠くを眺めた。

 なんつうか……。


「幾つだよあんたら。なんだこれ。学生の恋愛話か?」


 ……まあ、俺は学校行ったことねえから知らねえけどな。


「………結局、学生のように遊ぶ機会はありませんでしたから」


 そうですか、大変ですね。………軍属と公人、ね。そりゃ、まあ、大変だろう。だが、俺にはそこに首を突っ込む気はない。


「ご心労は同情差し上げますが、殿下。もうよろしいですか?要件は終わり?」


 そう、もううんざりと俺が言うと、桜花はそれまで浮かべていた表情を全て、微笑みの下に隠して、言った。


「いいえ。……さわりと言ったでしょう?ついでです、あくまで。わかりました、貴方の飽きない話をしましょう」


 そう、世間話のように――そうだ、大和紫遠と近い雰囲気だ。だが、楽しんでそうなあれとは違って、それこそ黒い和装が喪服に見えるような暗さを見せながら、桜花は言った。


「……兄を殺したいそうですね」

「…………ッ、」


 急に、だ。急に、俺の話。突然、首元にナイフを突きつけられたような気分だ。

 俺は息を一つ吐き、それから、言った。


「どうしてそれを?」

「兄の親衛隊の中に、私の知り合いがいますので」

「………皇帝にスパイを送り付けてるのか?」

「私の警護の中にも、兄の手の方がおります。兄妹、わかり合う為に重要なパイプです。見抜いて泳がせれば他も洗い出せる。誰かわかれば都合よく兄の耳に話を入れられる。兄も私も同じことをしている………こうして顔を合わせるから、私は貴方の目的を知っているのでしょう」


 ……この状況も大和紫遠が仕組んだって言ってるのか?そして、それがわかった上で、桜花は乗ってる?

 ……どういう状況だ?


 お互いにスパイを送り合うなら、仲は噂通り険悪なんだろう。だが、険悪なのに向こうの思惑に乗ってる?いや、そもそも、


「俺が。大和紫遠を殺したいとして。………だったらなんなんだよ」

「手を貸してあげましょう」

「……………」


 桜花の目は仄暗い――冷たい目だ。今、兄を殺す手伝いをすると言いながら、顔に微笑みが張り付いている。

 やはり、兄妹。大和紫遠と同じ穴のムジナ。……どこかネジが飛んでるのか?


「貴方が兄を狙う理由を知っています。貴方は私の甥にあたる。あのクーデターで、すべてを失った。その復讐でしょう?くしくも、似た恨みを私は兄に抱いています」

「………信用できない」

「良く言われます。だから私は正直で居ることにしました。正直に、思いの丈をうちあければ、それがわかり合う第1歩でしょう?」


 さっきまでとは別の人間と話しているような気分になってきた。

 声も、顔も、表情も、同じ桜花だ。けれど………仄暗い目に人間性が感じられない。


「正直に言えば……私はどちらでも構いません。兄が死のうが、生きようが。知った事ではありません。兄が倒れれば私は帝国で一番の権力者になるでしょう。ですが、そうなりたいと思っている訳でもない。そういう意味では、私は兄にいつまでも生きていて欲しい。私は今すぐにでも権力の座を降りたい」

「じゃあなんで、俺の復讐に協力するって話になる?」

「兄がそれに興味を持っていたからです」

「ハァ?」

「7年。………7年見てきた中で唯一アレが明確に情を見せた相手が貴方でした。私は、……その駒が欲しい」

「弱みとして握っておきたいって事か?」

「だから、貴方の協力を得る見返りに、貴方の欲望に手を貸してあげましょう」


 魔女みたいな言いようだ。それか悪魔か。……本当にさっきまでと同じ人間なのか?


「……俺に何かさせたいことでもあるのか?」

「いいえ。目下、特には。ただ握っておきたいだけです。いずれなにがしかに化けるかもしれない」


 そのうち利用できるかもしれないから、唾を付けておきたいのか?

 …………。


「俺が復讐をしたいって言って、その上で失敗したら、あんたも身の破滅じゃないのか?いやそもそも、次、失敗したら俺は死ぬだろ。化ける機会もなく、終わりだ。あんたは一方的に損をするだけだろ?それに、あんたは、」

「権力の座を降りたい。だが、兄を殺す手助けをすると言っている。兄を殺せば自分がもう下りられなくなるというのに、」


 俺の言葉を先読みしたかのように、仄暗い目で桜花は笑い、言う。


「フフ。………そう、私は矛盾している。昔からずっと」


 そう、桜花は笑っている………。


「お飾りでは居たくないと、そう気を引き、踊って見せて、他方では全て捨てたいとのたまう。……ただの浅薄な八方美人です。………お人形、」


 微笑んでいる。暗く……それこそ感情など存在しないかのように。


「お人形に自身の望みはありません。ただ、周囲の人間が望むことを受け入れるばかり。……この立場になれば、他人の欲望と言うモノを良く、見ます。私はほら、どう見ても兄より御しやすいから、色々と寄ってきます。能力を至上に見る兄が、不要と捨てた駒達が。そうやって欲望と怨念ばかり身に受ければそう、人形だって呪い出す」

「……………」

「……望むなら応えましょう。その対価を、貴方が理解する必要はない」


 暗い目で、嗤う、皇女。

 呪い。…………呪い、か。


「あんたの事情は知らない。あんたにどうこう言う気はない。ただ、俺の望みを言ったら、手伝ってくれるのか?」

「ええ」

「なら……大和紫遠と会える機会が欲しい」

「復讐を?」

「するかもしれない。けど、それ以上に……今は、話してみたい」


 近頃夢を見る。夢の中で、俺は確かに大和紫遠と昔、会っていた。アイツが、俺を飼っていた。

 なら、アイツは知ってる。サユリの事も、俺の母親の事も。


 アイツが俺を見捨てたのは間違いないだろう。いや、それとも、見逃したのか?


 ―――生きてください、殿下。そう、言われた。呪われた。……呪われたような気になってしまう、光景を見た。だからそれから逃げたくて、復讐と狂い続けた。


 でも、本当の俺の望みは違うのかもしれない。そんな気がしてくる。エンリは、復讐を咎めなかった。今はそれで良いって。アイツは……あのカウンセラーは多分、俺より俺に詳しかった。


 もういなくなった。その復讐はした。でも、戻っては来ない……。


「あいつは俺の過去を知ってるはずだ。その話を聞きたい。できれば……良い思い出だったんだって、思いたい」


 思い出は消せない。けれど上書きできる。

 良い思い出だったかもしれないモノを、ミートソースが染め上げた。そうやって真っ赤になって――自覚なく虫食いだらけになってたらしいそれが、思い出せるなら。


 復讐しなくても。呪いじゃないと、そう思えるようになるかもしれない。


「戦争が終わってからで良い。あんたの事情もあるんだろ。優先しなくても良い。大和紫遠と会える機会をくれ。それが今の、俺の望みだ」


 そう言った俺を、桜花は暫く眺めていた。それから、やがて……一つ息を吐く。


「……良いでしょう。富士ゲート破壊作戦、その終了時に、兄へ密書を宛てる必要があります。その使者に貴方を使いましょう。皇位継承者から、皇帝への密書の使者です。こちらでも手を回しますし、まず間違いなく会えるようにしてあげましょう」


 そう言った桜花の目を見る。表情はほとんど変わらない。冷静な目だ。仄暗い、目。


「………良いのか?俺があんたの役に立つ事するとは限らないんだぞ?そんな、簡単に………」

「一つ、私も、私の事を理解したんです。それを失った時に。人形にも一つ、望めることがあったと」

「………………」

「誰の願いを受け入れるか。誰の願いを受け入れたいと、望むか。それが、多分……私の持ちうる唯一の望みだった」


 冷たい……寂しそうな目だ。失った時って言ったか?

 ………………。


「会える機会を作ってくれるなら、ありがたいよ。でも、貰いっぱなしは嫌だ。あんたに借りを作ったままは正直なんか怖いしな、」


 そう言った俺に桜花は微笑みかけた。……だから、それが怖いんだよ、何考えてんのかわかんねえよ、こいつも、大和紫遠も。


「だから、なんか頼みを聞いてやるよ。今、言ってくれ。あんたが言った頼みをこなして、それであんたは俺を大和紫遠に会わせる。それで契約だ」

「………良いでしょう」


 呟いて、桜花は暫し、俺を眺め………。


「では、こうしましょう。近々、富士ゲートの攻略作戦が行われます。貴方は既存の隊のまま、そこに参加する。私はそう聞いています」


 そうなのか?俺はまだ聞いてないが………帝国のナンバー2が言うならそうなんだろう。


「ああ、で?そこでなんかしろって?」

「ええ。………死なないでください」

「…………ハァ?」


 死なないことが条件?どういう事だ?よほどの所に送られるって事か?

 そう、俺は思ったが、どうも違うらしい。


「より、正確に言えば……」


 そう前置きして、それまで人形のようだった雰囲気が変わって、寂しそうに、遠くを見るように、……どこか祈るように微笑みながら、桜花は、呟いた。


「………鋼也の前で、死なないで上げて?」



 それで、その会談は終わった。

 俺は、俺の目的に近づけたんだろう、多分。当初のそれとはもう、違ってるだろうが。それでも協力は得られそうだ。


 そしてその協力者――桜花。お人形に自身の望みはないそうだが。


「……思いっきり私情塗れだろ、」


 そう呟いて、俺はその会談の場の扉を背に、煙草に火を点けた……。

 円里。あんたが話を聞いてやった方がよさそうな奴がここにもいるぞ。たく……。





 →サイドストーリー 15話裏 桜花/お人形

https://kakuyomu.jp/works/16816452218593368305/episodes/16816452219549375087

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