二幕

4章 同盟軍東部戦略拠点

14話 待機/緩やかに想起して

「…………」


 僕は唇を尖らせ、青い目で目の前の机――そこに広げてある教科書とノートを睨みつけた。


「……つまんない、」


 拗ねてそう呟いた僕に、テーブルの向かいで腕を組んでいる青年が答える。


「気持ちはわからないでもないがな。必要な事だ。知識を手に入れて損をすることはない。何も丸暗記する必要はないんだ。その概念を知っている、と言う事自体が価値になる」

「何言ってるかわからないよ……。紫遠おじさんだって、勉強してないでしょ」


 箱庭の中、夢の中、だ。小奇麗な部屋の中、リビング。キッチンからは料理をしているのだろう、そんな音と匂いが届いてくる。


 僕は知ってる。サユリは、今日、いつもより頑張って料理をしてる。紫遠おじさんが来たから。ごちそうを食べられるのは嬉しいけど、でも、僕は、なんだか……唇が尖ってしまう。


「何を言うかと思えば。私は……。まあ、確かに。苦労したことはないな」

「ほら、」

「……一度目を通せば大抵理解できるだろう?」

「………………」


 拗ねて、睨む。そんな青い目を紫遠おじさんは眺め……。


「こういう言い方をすれば私は超人として認識される。生まれも加味してね。超人だ、と周りに見せておくと言うのも処世術だ。……こいつはなんだってできる。こいつを敵に回すべきではない、とね」


 よくわからない話だった。良くわからない話をする紫遠おじさんを、僕は、睨みつけて

 ………。


 けど、僕を――サユリを守れなかったんでしょ?

 僕を、サユリを、売ったんでしょ?『情報提供者』なんでしょ?


 僕は……サユリはお前を頼ってたんだ。それを、お前が…………。


 *


「………クソッ、」


 目覚めると同時に俺は吐き捨てた。近頃、妙な夢を見るようになった。事実なのか、それとも、ただの俺の妄想なのか、わからない。


 大和紫遠が、あの、箱庭の中に居た夢。


 身を起こす……殺風景な部屋。ベットと、最低限の俺の手荷物だけがあるその部屋で身を起こし、俺は、煙草の箱に手を伸ばした。


 寝ぼけ眼で火を点け、紫煙を吸い込み……。

「フゥ………」


 息を吐いて、ライターをベットサイドのローテーブルに……そこには、何冊かの本が積まれていた。昨日、眠りにつく前に読んでいた本だ。それを手に取って、紫煙のカーテンの向こうで、目次を引き、目当てのページを探り当てる。


 “解離性健忘”。

 肉体的、あるいは精神的ショックによる、記憶喪失。回復の方法は時間経過、あるいは同様のショックを受けることなど………。


 サユリの死を見て、そのショックで、その瞬間の激情――復讐だけを残して封印された記憶。


 エンリの死を前に、それが、呼び起されてきている、……のか?

 ページの端に走り書きがあった。円里の字だ。誰に見せる気のない、それこそ円里が自分自身に充てたんだろう、走り書き。


『無理に思い出させる必要はない』

 ………………。


「あんたは、未来でも見えてたのかよ、」


 呟いても、目の前を踊る紫煙は何も答えはしない。

 ………だよな。俺は、煙草を咥えたまま、立ち上がった。


 *


 1か月。

 あの戦場――エンリが死に、俺が知性体を殺した戦場を離れてから、1か月が経った。


 同盟軍東部戦略拠点。今俺がいるのは、そんな場所だ。


 “大和奪還作戦”の第1段階で竜から奪還された戦域東部の区画。続く戦争の中で、だんだんと施設が増え、居住者が増え、今では――確かに基地のはずでありながら、ちょっとした街のような賑わいのある、その場所。


 待機、を命じられているのだ。俺、だけじゃなく俺が所属している部隊――扇奈の部隊は全員、だ。スルガコウヤまで含めて。


 戦略的な意味で、今、同盟軍が行っているのは組織の再編と戦術立案。最後に残った竜の巣――“富士ゲート”破壊作戦の準備中で、そこに遅れて知性体の首って言う手土産を見せた俺たちを、どう扱うべきか……それを考えているとか、扇奈は推察していた。


 まあとにかく暇って事だ。その暇な時間に、俺はを少ししてみることにした。


 それも円里の形見だろう。この拠点に居た医官に本とかないかと尋ねてみたら、俺の青い目を見た末に、円里の形見が回ってきた。


『円里も喜ぶと思うよ』

 だそうだ。


 どうだろうな。ハイテンションに自分の分野の話をする円里、ってのは、見てみたかったかもしれない。まあ、多分俺は、そうなったら「クソが、」とか、「ウザい、」とか言うだろうが。

 …………………。


 つらつら、そんなことを考えながら、俺は階段を降りた。増築をつづけたようなプレハブの真ん中にある、妙に職人仕事っぽい木の階段。


 部隊一つ、丸ごと、宿舎を与えられたのだ。初期、割と無計画に――オニとヒトが初めましてに手と手を取り合う状況ってのもあって――宿舎が乱立され、東部拠点に余っているらしいのだ。そのうちの一つをあてがわれて、共同生活だ。共同生活に思うことは一つ。


 オニってのは、肝臓が腹の中に百個ぐらい詰まってんじゃねえのか?……俺は二度と呑まない。


 とにかく、共用の冷蔵庫にアルコールの含まれない飲料が入っている事を願いながら、俺は宿舎のキッチンに向かい………。


 と、だ。そこには、先客が居た。誰かが料理をしているらしい。手際よく食材を切り分けつつ、横目で鍋の火を眺めている。


 その姿に俺は正直驚いた。……ちなみに言っとくと扇奈じゃない。まあ、扇奈の姿も見えてるが………部屋の隅っこで酒瓶に囲まれて丸まってる姐さんが料理をしてる、訳ではない。その周囲で酔いつぶれてるどのオニでもない。料理をしてるのはヒト、だ。


「……何してんだあんた」


 思わず呟いた俺に、眼帯のおっさん――スルガコウヤは一瞬だけ振り返り、またすぐ作業に戻って行った。


「……見てわかるだろ」

「わかるはわかるけど………料理?あんたが?英雄様が?」

「……戦争以外にも目を向けてみろって言われたんだよ、前。趣味ぐらい持ったら良いって。だが、思いつかなくてな。これは実用的な技能だ」


 ぶっきらぼうに、淡々と、……そして手際良く。

 英雄様は料理をしていた。


「趣味を持て、ね………。女にでも言われたのか?」


 煙草を咥えたまま、何となく視線をそこで丸まってる扇奈に向けながら、俺は言った。

 が、スルガコウヤは振り返らず………。


「………………」

 何も言わない。


 共同生活。同じ部隊。当然、スルガコウヤと関わる機会も多い。


 不必要な事をしない奴だ。見てる限り、遊びがない。何してるかと思ったらぼうっとしてるか、機械――FPAを弄ってるか、戦術報告に目を通しているか。


 酒の席にはたまに混じって、そこではやたらオニにからかわれてるが……ある程度飲んだら倒れるから面白い良い方もしない。


 強い、は強いのだろう。それは間違いない。この生活の最中に喧嘩を吹っ掛けてみたこともあったが、片手で投げられた。この間の戦闘だって――ちゃんと見物してたわけではないが、きっちり無傷で青白デブを殺してた。竜50匹を平然と突破して。


 要は、なんつうか、兵士……むしろ兵器、みたいな。必要ない部分そぎ落としてるような奴だと俺は思ってたんだが……。

 ……料理してやがる。


「アレか?噂の、お姫様か?それに言われた?……若い頃攫ったってマジか?」

「……意外と下世話な奴だな」


 そう言って、スルガコウヤは食材を鍋に入れていた。


「興味があっても別に良いだろ。暇なんだ」


 サクラ、サクラ……そうオニはスルガコウヤをからかっている。


 サクラ――桜花。現在、公的に唯一存在している皇位継承者。大和紫遠の妹……その恋人が、このスルガコウヤって噂だ。


 ……近づければ。皇帝の妹に縁が出来れば。あの兄妹は仲が悪いって話だ。俺の復讐の道の一つになるかもしれない。


 知性体を殺したし、勲章を貰えて、その場で殺す――って言う可能性はまだ残っているが、それはそれこそ大和紫遠の気分次第だ。だから、復讐に使えるかもしれないのなら……。


 ―――――復讐を遂げた所で、戻って来る訳じゃない。

 円里は、戻ってこない。サユリも………。


 煙草の火が根元まで来た。それを灰皿でもみ消し、新しい煙草を咥え………そこで、スルガコウヤは言う。


「………若かったんだよ」

「……………………」


 露骨に、これ以上何も言うなって雰囲気だ。……破局か?


 それから、スルガコウヤは鍋の火を止め、……味噌汁かなんからしい、その味を確かめた末、寝入ってる扇奈の方に視線を向け、言った。


「………食うか?」

「…………いらないよ、」


 そう声を上げ、扇奈は身を起こして歩み去って行く。……ババァ起きてたのか。

 スルガコウヤと二人、苛立っていらっしゃるらしい我らがババァ様の背中を見送り……その末、スルガコウヤは俺を見て言う。


「お前は?」


 意外と美味しかった。

 ……こいつ本当に英雄なのかよ?いや、色が多いってのは英雄らしいっちゃらしいが……。


 *


 とにかく、だ。


 その一か月は、そういう風に過ぎていた。スルガコウヤがぼうっとして、それを扇奈が割と気にしてる、ように見える。一瞬機嫌悪そうになった姐さんはすぐに逃げ、と思えば戻って来た時には普段通り。

 ………………。


 なんか込み入ってそうだ。……それ以外に何を思えって言うんだ。

 で、だ。その込み入って停滞した1か月は、ある報せで終わった。


 “富士ゲート”破壊作戦。その日取りが決まり、俺達にも白羽の矢が立った。

 そして、もう一つ。


「知性体討伐の報酬だよ。………念願の勲章授与式だね、」


 そう、報せを受けた扇奈は俺の肩を叩き、……それからスルガコウヤに視線を向け。


「ただし、皇帝陛下は都合が悪かったらしくてね。………代理が来るってさ」


 皇帝の代理。それが務まる人材は、血縁の問題で大和に一人。

 それを聞いたスルガコウヤは、……小さく、息を吐いていた。


 まったく込み入ってやがる。

 大人達の人間関係も。


 ………俺の復讐も、か。


 居る居ないにかかわらず、相談したい事ばっか増えてる。わかってるよ、わかってる。巣立った。大丈夫だ、大丈夫。自分で、自分の事を、考えるよ………。






 → サイドストーリー 14話裏 鋼也/エイユウ

https://kakuyomu.jp/works/16816452218593368305/episodes/16816452219475482972

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