14話裏 鋼也/エイユウ
『大尉!……助けて下さい!大――』
その断末魔の直後、“夜汰々神”が
竜。人類の天敵。単眼の怪物―――俺の
「――あああああああッ!」
それこそ怪物のような咆哮を上げ、俺は腰の太刀――FPA用の野太刀を抜き、抜き様一閃―――俺の部下を殺した奴を殺す。そうやって切り裂かれた竜は崩れて、けれどその崩れた竜の死骸を踏み抜いて、また新たな竜が何匹も何匹も、よだれと血をまき散らして迫って来る――。
『クソ、……クソッ!死ね、死――』
仲間の声が減り、視界の向こう――竜の群れの向こうで、“夜汰々神”の装甲――黒く塗られた装甲が、紅い血をまき散らして散らばっていく――。
「足を止めるなッ!敵だけ見ろ!俺が――」
―――助けてやると言えるような状況じゃない。いつもだ。いつも、いつもいつも。
見渡す限り竜の群れ。くりぬかれた地面、明かりを放つ白い粘液のような模様の入ったその洞窟の最中、横穴から、殺しても殺しても次から次と竜が襲い掛かってくる。
特別遊撃敵戦略拠点破壊部隊。
“ゲート”を攻略する為に組織された、部隊。いや、攻略する度に、組織し直される部隊。
『―――大和の為にッ!』
絶叫の直後、爆音が響いた。自爆、だ。爆炎の最中竜の群れと、黒い装甲が周囲にまき散らされ、洞窟を照らし、竜の群れにわずかな隙間が出来る。
「―――犠牲を無駄にするな!俺について来い!」
声を上げ、壁を蹴り天井を蹴り、その空間へと踏み込んで、20ミリを、バンカーランチャーを放ち、仲間が通る道を作り―――けれど、そこを歩んでいる間に、“夜汰々神”は倒れていく。
「…………ッ、」
これは、自殺だ。上からしろと言われて、部下を巻き込んで行う、自殺。
“ゲート”。竜の巣、だ。その中の竜の密度は尋常じゃない。地下にあるから空爆で散らす訳にも行かない。一匹ずつ処理し、躱し、殺し――そうやって進んでいくほかにない。
『―――進んでください、大尉!貴方なら――』
声と共にまた一人、
「………ッ、」
俺の部隊。“ゲート”を破壊するための自殺。その部隊は、志願制だ。熱意であれ功名心であれ、望んで彼らは俺の元に来る。その士気は高く、……そして、若い。
“夜汰々神”。その鎧を纏った若者。こぞって、その鎧を黒く塗りたがる若者。
彼らは言う。
貴方なら。貴方のように。
『――――大和の為にッ!』
俺のように、動いて。けれど、俺とは違って―――。
*
「――や?鋼也?」
耳元で呼ばれ、軽く、身体を揺すられて、俺は瞼を開いた。
目の前に、女の姿がある。女、だ。当然の話だが、初めて会った頃からずいぶん経って、もう大人になった、少女。一糸まとわぬ胸元に、桃色の髪飾り――いつか俺がペンダントのようにしたその髪飾りがあって、彼女は俺に体重を預け、俺の目を覗き込み、問いかける。
「………大丈夫?」
「ああ、」
「………なんの夢?」
「…………」
答えなかった俺を、桜はそのまま眺め続けた。大人びて――いつの間にか、見透かすような深みが宿ったその瞳が、俺の目を眺め続ける。
「………戦争の夢だ。ゲート攻略戦」
観念したように呟いた俺の頭を彼女は軽く撫でて、耳元で、甘く――懇願するように、囁いた。
「……今は、忘れよう?ね?」
「……ああ、」
俺の返事は、気のないものだっただろう。それも多分、彼女は見透かして――その上で柔らかく微笑み、
「ねぇ、鋼也。……今日は何を作ってくれるの?」
今だけは、……幸福なことだけを考えたい。そう、俺に身を預けていた。
*
「お噂は本当ですか?」
“夜汰鴉”のチェック――暇さえあればしているその作業の最中、新しく部隊に配属された兵士が、そう問いかけてくる。
毎度の事だ。毎度――毎度の質問。毎回違う若者と、前その質問をしてきたヤツの
「………何がだ?」
「大尉の恋人が、その………」
皇位継承者、桜花。帝国でナンバー2の権力者かどうか、だ。そう、毎度質問され、毎度応える。
「さあな、」
それだけだ。
最初は、応えていた気がする。答えると言うより、質問攻めにあったから、それに応えた。馴れ初め、その後、今……若者は好奇心旺盛で、その話をすると、若者も自分の話をする。残してきた家族、恋人、………誇りになれるように。
毎回毎回そう言う奴が入れ替わる。言うだけ言っていなくなる。
『大尉、貴方なら……』
「………警備上の機密事項だ。それより、自分の鎧の整備でもしろ」
こう言うと、若者は鯱張って敬礼し、それで追及は終わる。
話さなくて済む言い方を覚えた。……聞かされずに済む、言い方を。
*
デートは稀だ。お互い忙しい。しかも、向こうには立場がある。だから、たとえ時間があっても、大手を振って、とはいかない。
どこか、都合のついた場所のホテルに、ただ二人で入り浸るだけ。やることが無くて、趣味を探して………辿り着いたのは料理、だった。
僅かな時間に作り方を教わり、会わない間俺はそれを練習して、次に会った時に振舞う。料理を、彼女も楽しんでいるようだった。『自分ですることはもう、あんまりないから』、と。
「……美味しい」
そう、彼女は微笑む。バスローブの胸元に、桃色の髪飾りが覗いている。
これは試験で、彼女の願いだろう。そのくらいはわかるようになった。
会えない間も、私の事を思い出して。
ちゃんと帰ってきて、また振舞って。
あるいは………俺が前、味覚障害になったことがあると伝えたから、その確認でもあるのかもしれない。
「……そうか、」
俺はそう呟いた。気のない風に、聞こえただろう。実際、ここにいていないような気分だった。
英雄。――そう信じて、俺より若い奴が、俺より先に死ぬ。だが、俺は生き残って、俺だけ………。
俺だけ、安らいで良いのか?そんな権利が、俺にあるのか?部下殺しの、死神に?
彼女は、それも、見透かすように…………。
*
―――冷たい、感情を殺した目で、皇位継承者、桜花は俺を眺めていた。
「断ると、そうおっしゃるのですか、大尉?」
黒い、――漆のような和装に身を包み、その上に桃色の羽織。公的な場で、桜花が良く着ている服。
宮殿、の一室だ。皇族御用達の奥の院、ではなく、それこそ行政機関――独裁者、大和紫遠の城の、一室。
そこで、権力者になった彼女は、感情を瞳の奥深くに沈めて、言った。
「……私の護衛、ですよ?」
「ああ。辞退させてもらう」
「……あの頃とは、違います。私は……既に、陛下に話を通しています」
「その話は聞いた。だが、断ったはずだ」
「………これは命令です」
「なら、なぜ俺を呼びつけて確認する?」
「……………」
感情のなかった、いや、押し殺そうとしていたその目に、苛立ちがよぎった。
大和紫遠――実の兄への苛立ち。この辞令に対して俺に意思決定権が残るよう、そういう交渉をした男への、苛立ち。
それから、……自分より戦場を選ぶと言った俺への苛立ち。
桜花はすぐに、その感情を内に押し隠し、冷たい目で、俺を眺め、尋ねる。
「………理由を、聞かせていただけますか?」
「まだ戦争が終わっていないからだ」
「もう、終わります。終わらせるだけの算段をこちらは立てています」
「それはただの計画だろう?前線で死ぬ奴がいることに変わりはない。俺は、それに背を向ける気はない」
「……私に背を向けてでも?」
「俺より若い奴が死んでいくんだ。俺の目の前で。貴方なら、って。貴方なら勝てる。貴方なら大和を救える。後は頼みます。英雄、英雄………」
「英雄になんて、なりたくないんでしょう?」
「ああ。………お前と同じだ。お前も降りてないだろう?」
「私はッ―――、」
桜花はそう、声を荒げ掛け、けれどそれもまた、慣れきったように瞳の奥に沈み込む。
「………………私には義務があります。皇族としての」
「俺にも義務がある。部下に死ねと命じた。下りる訳にはいかない」
そう言った俺を、桜花は冷たい目で眺め……その瞳から、一筋、涙を流しながら。
「わかりました。………消えなさい、」
それだけだ。それで、終わり。………終わりだ。
*
准尉、に降格されたのはその後だ。桜の報復?そんなはずもない。
桜花の護衛になるか。あるいは、大和紫遠の元で佐官――司令部付きの上級士官になるか。そういう話だったのだ。その時期、俺が大怪我をした直後で、桜は俺の身を案じた。大和紫遠は俺の経験が無駄に消える事を恐れた。その両方を俺は蹴った。
結果、純粋な指揮系統の外に置かれた特別待遇に近いモノになった。大和紫遠は、靡かないなら壊れるまで使い潰すと、そう考えたんだろう。
今の所俺は壊れていない。いや……もうとっくに、訳が分からなくなるくらいにぶっ壊れているのかもしれない。
英雄、英雄……そう俺を信じた奴らの声が、聞こえてくる。夢に見る。
寝覚めが悪く、イヤな夢を見て、早く目覚め、………料理をしている俺は女々しいだろう。
そうやって、料理をして、
「……何してんだあんた」
……煙草を咥えた若者が、俺に、声を投げてきた。
こいつも。
…………俺より先に死ぬのか?
「……見てわかるだろ」
→15話 勲章/皇女との契約
https://kakuyomu.jp/works/16816452218552526783/episodes/16816452219549316645
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