10話裏 扇奈/郷愁との再会
増援が一人、って時点でそんな気はしてたよ。知性体のいる場所に一人だけ追加してそれで足りるヤツ、ってのはそう多くない。あたしの知り合いだと鋼也か一鉄、くらいだろう。だからどっちかだと思ってて……そして、来たのは愛想悪い方だったって話だ。
「作戦が決まったら呼べ」
そう言い捨てて、何カリカリしてんのか、若い方の馬鹿が自分の鎧の方へ歩いて行った後………コウヤもそうだったね。ほかに意識向けるだけの余裕は、若いうちはないんだろう。
まあとにかく、ヘビースモーカーまっしぐらなスイレンを見送り、そこで、コウヤは言った。
「反抗的だな」
「誰かほどじゃないし、あれでも丸くなってるよ。………ついこの間、ここにいる知性体にあの子の恩人が殺された。それ押し殺して、冷静で居ようとしてる。復讐の為に牙研ごうとしてるんだよ」
「復讐、か……」
鋼也は、スイレンを見ながら呟いていた。その目に、仄暗さが宿っている。
その瞳を眺めながら、あたしは言った。
「……まあとにかく。懐かしいね。何年ぶりだい?」
「2年くらいじゃないか?あの試験特化部隊が解隊になって以来だろ」
相変わらず不愛想な……だが、あたしを追い越すように老けちまって、前より落ち着いてるらしい愛すべきクソガキは、そう言っていた。
2年………そんなもんなのかい?ずいぶん、懐かしい気がするね。
一鉄と鈴音……あの、あたしにとって本当にクソ以外のなにものでもなかった戦場を終え、同盟軍構築の為に帝国連合国双方、交戦区域の東部を綺麗にしていって、………。
そうやって合流したその地点には、今も拠点がある。同盟軍東部戦略司令部。一番東をくっつけて、そこからオニとヒト、力を合わせて西に地図を塗り替えて行こう、ってのが当初のプランだ。まあ紆余曲折あって今最後まで残ってるのがほぼど真ん中な富士、だが………。
まあとにかく、だ。
そうやって同盟軍が設立した当初、幾つか、試験特化部隊が設立された。
ゲートを破壊する方法を探る為に、エリート――まあ化け物染みた奴を集めて戦術を探る。同時に、オニとヒトと、その両方を一つの部隊に纏めて運用法を探る。それを実戦でやる、って部隊だ。
まったく、懐かしい話だ。あたしの部隊もそれに選ばれて、何人か配置された。コウヤもいたし、一鉄もいた。統真もいたし、鈴音もいた。そうやって皆仲良く地獄に進み……けどまあ、多分、寿命の差だろうね。帝国側の司令部はオニの上層部よりせっかちだ。
ある程度データを集め終え、その部隊は解散になった。そしてそれぞれ辞令が下りた。
久世統真は経験を買われ内地で教官。月宮一鉄は、家の良さからもっと上級の士官の道に行った。家の良さ、って言うより家庭が大切なのかもね。鈴音に子供が出来て、とか……まああの子たちもワーワーやってたよ。
で、コウヤは、そのまま前線の士官――部隊長として別の部隊を率いることになった。
少なくとも、あたしが聞いた限り、あたしが覚えてる限りはね。階級もその時に確か、大尉とかになったはずだ。が………。
「降格、ねぇ。なんかやらかしたのかい?」
そうあたしが問いかけると、鋼也は暗い……あ~、もう、思い出したくないよ。桜が死んだと思ってた時と似たような目だ。とにかくそんな目を一瞬見せて、言う。
「……俺はお前程うまくできなかった。だから、もう部隊を指揮する気にはならない」
「……………」
顔は、老けた。いや、老けたって程じゃないけど、まああの頃よりは大人になってる。態度も、前よりは軟化してる気がする。少なくとも例の特化部隊の頃は、まだよく笑ってた。
だが……根っこは変わってないんだろう。
純粋過ぎる。抱え込もうとし過ぎる。なまじ能力が高い分、その量が多くなる。
鋼也の指揮能力に問題があるか?それは、あたしはわかんないね。あたしにとっては結局ずっとクソガキだ。けど、コウヤが率いた部隊ってのは、大抵一番ヤバイ任務を託されてたはずだ。ゲートの破壊の最前線、敵の中心部への突入。あたしも前やったしね。アレは、生き残ってる方がおかしいよ、あたしが言うのもなんだけど。
そこで部下を死なせすぎて、それを背負い込んじまったのか………。
円里がいれば。カウンセリングなりなんなり、したのかもしれない。が、円里はもういない。
……スイレンは思ったより大人だった。いや、大人で居ようとしてる。それを見ると、あたしも後ろばっか見てるわけには行かなくなる……。
まあとにかく、あたしは話題を変えようって気分で、言った。
「桜とは?うまくやってるか?」
「………………」
デカい方のクソガキは露骨にそっぽを向きやがった。今幾つだいあんた。もう20後半だろ?
「………破局したとか言うなよ?」
あらゆる意味で、あたしは、その言葉だけは聞きたくない。そんなあたしから、鋼也は暫しそっぽを向き、それから視線をこちらに戻して、言う。
「破局は、してない。………と、思う」
「思う?」
「…………前、喧嘩した。それ以来暫く会ってないし、話してない」
…………………。
「何やってんだいあんた」
「………何してるんだろうな、」
何所か自嘲気味に、鋼也は呟いていた。
「喧嘩って?なんで?あんたの非なら今すぐ連絡とりな。作戦始まる前に憂いを断って死にに行くよ」
少なくとも特化部隊の頃は、まあ、そうだった。鋼也がうだついてる横で一鉄が熱烈にアプローチし続けるのが日常だった。両方、全方位叱るあたしはなんなんだい、まったく……。
だがまあ、結局、その頃は皆若かったんだろう。ホント、少し目を離すとヒトはすぐ大人になる。
一鉄はまあ、良い方に大人になったんだろう。オープンにわかりやすい子だからね。鈴音を口説き落した。逆に、わかり辛く、色々余計なことまで抱え込んじまう大人になったクソガキは………。
「俺に非があるのか?かもな……。だが、俺だけ降りる訳にはいかない」
仄暗い目でそう呟いていた。
……………。
「喧嘩の理由は?」
「俺が大怪我をした。桜は……俺を内地に送りたがった。司令部か、教官か。そういう辞令を出してきた」
桜。………桜花。7年前のクーデターで、スルガコウヤに命を救われた帝国の皇位継承者。桜とも、あたしは暫く連絡を取っていない。と言うより、気軽に連絡できる立場じゃ、あの子がなくなった。
どういう状況で何をしてるのか……あたしは詳しく知らないけど、前……それこそ特化部隊の頃、桜は言っていた。“コウヤの居場所を作りたい”、と。
「あいつが俺の身を案じて、そう言ってきたことはわかってる。けど、俺は………」
そう俯き、言葉を切り、と思えばあたしの方を向いて、鋼也は言う。
「俺は、何なんだろうな」
「……いつまでガキのつもりだい」
「ガキだったらこんな話、平然とはしてないだろ」
「……………」
「スルガコウヤ。死神。俺の事を英雄だと思ってる奴がいる」
「それだけ働いたって事だろ?誇れば良い」
「俺より若い奴が、俺の部隊に来て、俺みたいになりたいって。そう言って、俺より先に死んでいく」
「……………」
魅入られてるのか。いや、抱え込んで、抜け出せなくなったのか………。
「貴方なら勝てると言って死ぬ。横にいる奴が、仇を討ちましょうっていう。次の次の戦場で、俺はそう、仇を討ちましょうって言った奴の仇を討ってる。俺だけ、生き残ってる………。下りられる訳がない」
ある意味、考えようによっては、至極真っ当な恋人同士の衝突だろう。
私の近くにいて?と女が言って、仕事を抜ける訳にはいかない、と男が言う。
問題は、肩やそれが命懸けで、片や国家規模の要人。
仄暗い目……鋼也の目を眺め、いや、もう睨みつけながら、あたしは言った。
「……死にたいとか言うなよ」
「言わない。言えるわけがない。俺は、生きる必要がある。義務がある」
義務、かい……。
何が悪いって言ったら、まあ、戦争だろうね。竜が悪い。竜さえいなければ、……結局この子たちの衝突はどこかであったのかもしれないけど、それに命がかかることはなかった。
「俺は俺の仕事をこなす。戦争が終わるまで」
戦争が終わるまで。戦争が終わって……それから、大手を振って人生が始まる。
鋼也も……スイレンもだ。水蓮の場合は、もう少し込み入ってるけど……まったく。
あたしの目の前に現れるガキはどうしてこうも全員込み入ってるんだ?よみがえってくれよエンリ、半分分けてやるよ。同じ穴のムジナなんだろ、まったく……。
女がいつまでも待ってると思ったら大間違いだよ、だとか。言ってやろうかとも思ったけど……それを言ってどうこうなる問題なら、鋼也はもう多分、自力で解決してるだろう。
ある程度大人にはなった。だが、なり切れない。いや、普通の大人じゃ足りないようなものを背負っている。桜に至っては立場的にこれよりデカいモン背負ってるだろうしね………。
「そうやってうだついてるのを戦場まで引きずります、ってのはなしだよ?」
「それは問題ない。トカゲの相手の方が簡単だ。殺すだけだしな。慣れてる」
言って、……多分、このデカい方のガキはこれ以上追及されたくなかったんだろう。あたしに背を向けて、自分の鎧の方に歩き出した。
その背中を眺め、
「…………ハァ、」
まったく。7年経っても、変わらない部分は変わらないらしい。……あたしも、人の事は言えないのかもしれないけどね。
そんな頭の痛さを締め出して、今、この部隊の純粋な戦力として、コウヤ含めて………。
大人として。今すべき判断、思考って奴を、あたしは始めた。
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