7.5話 円里/願い事

「アァァァァァァァッ!?クソがッ!違う、なんで……うああああああああぅあ、ああああああああッ!?」


 半狂乱で暴れ回っていた。あの子が初陣を終えた直後、の話だ。それ以前のあの子がどうだったのかは知らない。ただ、最初の戦闘で、彼は部隊の仲間を全て失い、一人狂って生き延びていた。戦闘が終わっても彼は狂っていて、兵士数人がかりで鎧から引きずり出し、それでもまだ暴れたから鎮静剤を打った。


 最も、私はそれを遠目に見ているだけだった。可哀そうだとは思う。だが、……見慣れた光景でもある。戦場だからね。


 別に私が選択した訳でもない。その時、その場所にいた心理の医官が私だけだった。だから私が診ることになった。鎮静剤が抜けて、状況を聞こうとしたが、彼はまだどこか壊れていた。よほどの恐怖を戦場で味わったんだろう。錯乱は珍しくないし、その内容を本人が忘れる事もままある。錯乱してまた暴れて、まあ、私は種族上オニだから、ヒトの子供一人くらいなら抑え込める。抑え込んだら、今度は泣き出した。泣いて謝り出した。


 私を他の誰かと勘違いした様で、謝って、喚いて、……話を聞いてあげた。

 話を聞いてあげることは大事だ。向こうが話したがっている時は聞く。嫌がっている時は聞かない。何事も信頼関係だろう。


 サユリ、殿下、ごめんなさい僕は逃げました、サユリごめん嫌だなんで………。


 てっきり竜が怖くて壊れてたんだと思ったら、そうでもない。勿論、戦場の恐怖もあるだろう。けれど、人間の死がトリガーになって、彼は最悪の思い出を思い出してしまうらしい。


 話を聞いてあげて、ひとしきり泣いたら落ち着いて、というより抜け殻のようになって。


 尋ねたら復讐の話をした。殺してやる、殺さなければいけない、殺したら声が聞こえなくなる………。


 その時点で私は、もしかしたら、あの子を舞台から下ろしてあげるべきだったのかもしれない。精神的な問題がある、と言うこともできるし、何なら復讐の話を報告する選択肢もあった。が、しなかった。


 ほかに生きる目的を持っていないようだったから。その梯子を外してしまえば、この子はもっと壊れるんだろうと思った。


 戦時下だ。攻撃性も狂気も必要だ。内地でそれが発露してしまうより、前線で使った方が良いんじゃないかと思った。良く、患者が死ぬから。それが当然だと思っていたし。


 私も壊れてたんだろう。


 話を聞いて、一晩明けて、次に顔を合わせた時。彼は平然と、普通の状態に戻っていた。


「クソが、」


 だそうだ。

 ………面白い子だなぁ、と思った。反抗期かな?


 でもどうせすぐ死ぬんだろうな、と思った。良くある事だ。

 助けになれば、と戦場の近くにいた。カウンセリング。戦場でやっても仕方がないのかもしれない。実際、治るまで診てあげられたことはない。次の戦場で使い物になるように精神に方向性を与える。それだけの仕事だ。打ち明けられた話は、永遠にほぐされることのない葛藤は、私だけ覚えている。


 再会した時は嬉しかった。珍しいから。呼びつけたらツンケンしていた。それも面白かった。泣きついてきた子が強がってる、と。


 同じ場所にいる度に呼びつけるようになった。生き延びていることが嬉しかった。

 少しずつ背が伸びているのが面白かった。クソがクソがクソが……そうだね。


 多分あの子は愚痴をこぼしに来ていたんだろう。私はそれで良いと思う。話を聞いてあげることは大切だ。愚痴を零せる存在で居続けてあげることが、あの子への処方箋になるのだろう。対症療法だとしても。完治はなくとも。


 私はあの子のなんだったのだろう?恋人、でないことは間違いない。友達、と言うわけでもない。それこそ、信頼できる唯一の大人が私だったのか。


 それが、今、少し、変わった。扇奈の部隊に配属されて。

 もちろん、私がそう要望を出した訳でもない。偶然だ。偶然、そこに繋がりが現れそうだから、先に少し話を通しておいた。


 扇奈も私の患者だ。と言っても、私の方はさほど診ている気分ではない。彼女はかなり精緻に自分を制御出来ているから。茶飲み友達みたいなものだろう。世間話で欲求を分析して望みを探ってパフォーマンスが発揮できるようにチューンナップ。根幹は弟、あるいは妹への贖罪だ。難儀だね、自覚がある分尚、難儀だ。悟り過ぎてるよ。そう伝えても、困らせるだけだね。わかってるもんね。


 クソが、……そうだね、甘えたいんだね。

 まったく、……そうだね、甘やかしたいんだね。

 私は?


 ………一度で良いから、治してあげられたら、嬉しいのかな。


「取り繕ってるのかな、」


 私は私で、同時にそれを分析する私も私。自分自身が何よりの研究材料だ。人間はシステムで、情動には合理性がある。気付くか気付かないかは別にして。


 そんな風につらつら独り、何もしなくてもテントの中は煙草の匂い。

 口唇性の刺激は安心感を求めた結果。不安なんだ、情を持つと。帰って来ない……。


 だから、そうだね。………を考えてなかったのは、いやまあ、考えた所で、結局ただの医官に過ぎない私に何かできたって訳でもないか。


 徒然なるままに。


 世界には合理性がある。

 目を向けるか、目を向けないかの違いがあるだけ。

 気付けるか気付けないか、それだけだ。


 意外とね。蟲の報せはあるんだよ。本人はわかってるんだ。私は覚えているよ。良く話した、全部教えてくれた次の戦場で居なくなる人が多いんだ。満足してしまうのかもね。それとも、疲れ切っているのかな?もしかしたら、私が私を鏡で診たら、気付いて、諦めて、微笑んで上げたかもしれないね。


 ―――テントの外が騒がしい。本当に私は、最後の最後まで、その騒がしさが何かわからなくて、なんだろうと、ただそれだけで、テントの外に出てみたら。


 ……初めて見たよ。こんなに戦場の近くにいたのに。目の前にするのは初めてだ。


 竜だ。白い、半透明の……それが良く居る竜なのか、それとも特別な奴なのか、私にはよくわからない。そこまで、考える余裕もない。


 大きな目。一つだけの目。そこに私が写っている。煙草を咥えた、くたびれたオニの女。


 抵抗したら、出来るのかな?……無理だろうね。そもそも動けないよ。


「……なるほど。君は、これを前に……」


 他人事のように呟いてしまう。目の前に死がある――それを前に、抑え込んで抗うためには、やっぱり、どこか壊れてないと保たないね。リアリティがないんだ。全てに。


「怖いね、」


 私はわかっていた気で居ただけみたいだよ。直面しないとわからないこともあるよね。


「凄いね、勇敢だ」


 立ち向かえるなんて凄いよ。うん。投げ出さないだけで凄いと思う。逃げ出さないでまた向かい合うなんて、それだけで凄い。目の前にあるのは明確な死だ。大口を開けてる。それを見て――


「……スイレン。君は、……君を、君の……」


 ………困ったね。伝えたいことが沢山ある。纏まらない。でももう、……そうか。話す機会はないのか。怪物の牙が、最期が迫って来る。それを、遠くの出来事のように眺めて。


「祈ってい



→ 3章 英雄と復讐

  9話 停滞/上方からの贈り物

https://kakuyomu.jp/works/16816452218552526783/episodes/16816452218901312795

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