3章 英雄と復讐

9話 停滞/上方からの贈り物

 ―――閃光が目の前を奔り抜ける。

 嫌味なくらいに澄んだ青空の下、木々をなぎ倒し、土を焼き地形を抉り――。


 ―――そうやって出来た溝の向こうから、竜の群れがこちらへと迫ってくる。


「クソがッ!」


 叫んで弾幕を目の前の竜の群れに張り、周囲でオニの部隊も同じように銃弾の雨を降らせ――背後で、扇奈が声を上げる。


「位置は!?」

『西部1キロ。丘の上っす。こないだと一緒っすね』


 通信機越しに報告の声が上がった直後、扇奈は一つ舌打ちして――。


「下がるよッ!監視は続けな、」


 その部隊長の指示にばらばらに返事をして、俺たちは竜へと応射を続けながら、後退を始めた。


 ………あの、エンリが死んだ日から、一週間。

 戦場は停滞していた。


 *


「……増員って話じゃなかったのかい?え?こっちの被害は伝えただろ、知性体だっているんだよ?ハァ、一人送った?……ふざけてんのかい!クソ、」


 撤退後。再構築された野営地――空輸で食料、装備とテントが送られてきたのだ――の一角で、指揮車のマイクへと、扇奈が苛立たし気に訴えていた。


 それを横目に、煙草を咥え、紫煙を吸い込んで………。

 吐き出す。煙草の効果、と言うより、この匂いを嗅ぐと、だろうか。冷静になれた。


 いわゆるプラシーボ効果、って奴なんだろうか。この匂いを常時纏ってた奴は、常時冷静に、一歩引いたように、前俺にそんな講釈をしてきたことがあって………。


 …………言いたくないが、安心するのかもしれない。スイッチ代わりにはなるのだ。


 頭おかしくしてぶっ殺すのは、戦場。煙の臭いを嗅げば、そこは安全、気を抜いて良い。


 わかってるよ、嵌められたよお前に。見事に記憶の上書き成功だ。

 とにかく、そうやって無事ヘビースモーカーの道を歩んでいきながら、俺は扇奈を眺め、


「荒れてんな、ババァ」


 そう呟いた。そんな俺に、扇奈の副官――偵察やらをほとんど取り仕切ってるオニが、言う。


「物資は来たものの、結局増員はなしっスからね。姐さんもあれ本気でキレてる訳じゃないんすよ。ああいう言い方した方が増員来やすいんで」

「……部隊長は大変だな、」


 クサカベスイレン伍長はそう上の人間を敬うばかりだ。


 あれから一週間。物資は滞りなく届いていた。が、肝心の増員は来ない。

 富士ゲート攻略作戦――決戦が近く、司令部はそちらの準備で忙しいらしい。知性体がいるとはいえ、ここは富士ゲートで予定される戦域じゃない。今いる人員で抑え込めるようならそれで良い――上はそんな風に考えているんだろう。


 実際、戦場は停滞している。が、停滞している理由は、何も俺たちの都合によるものじゃない。


「良いから人員、さもなきゃ空爆寄越せって言ってんだよ!たく……ふざけんじゃないよ!」


 一際大きく扇奈は叫び、苛立った様子で通信機を置く……と思えば次の瞬間、冷静そのものな表情で一つ、息を吐いた。それから、俺たちの方へと歩み寄ってくる。


「口説けたか、ババァ」

「ぶん殴るよクソガキ。………増員はないだろうね。戦略的に価値が高い場所でもないし。まあ、物資が来るだけ帝国はマシだね。独裁軍事国家万歳だよ、まったく」


 扇奈はそう、平然と言っていた。帝国はマシ……連合国、オニの国はもっと込み入っているらしい。そもそも一つの国と言うわけですらなく、領主とその子飼い、の集団で成り立っているから、戦争に熱心なのは交戦区域近くだけ。物資すら来ないこともままあるそうだ。それも最近変わり始めてるとかなんとか……まあ、俺に関係ある話じゃないな。


 とにかく、扇奈はこちらへと歩んできて、周辺地図――紙で落書きだらけの軍略図を前に、腰を下ろした。


「で?あの、ゲロ吐いてくるデブの居場所は?」

「代わり無しっすね。ゲート跡地を中心に、北西に300、北東に400。デブとその護衛の雑魚が50ずつくらいっす」

「知性体は?」

「ゲート跡地に居座ったままっすね。確認した限りだとザコ500と、あの、装甲化した奴……アレが3匹」


 報告しながら、副官は指さしていく。


 戦場…………、の様子だ。


 竜が布陣しているのだ。ゲート跡地の奥まった地形に本陣がいて、その周囲にある崖の上に、あの青白デブが2体。そこに引きこもったまま、竜は攻勢に出てこない。それが、この戦場が停滞している一番の理由だ。


「……あいつらなんでこっちを攻撃してこないんだ?ゲートの跡地に何か、大事なもんでも隠してあるのか?」

「かもしれないけど……単純に試してるだけかもしれないねぇ」

「試してる?」

「陣地の守り方って奴をだよ。有効な戦略を試す実験台にされてるんだよ、あたしらは」

「……知性体にか?」

「今相手してる知性体は戦略の概念がある程度ある。長生きな知性体なのかもね。分断して各個撃破、主力部隊をつって本陣強襲、戻って来た時に即時撤退。撤退の判断が下せるってのは嫌だねぇ……。こっちのスコア数えて、あたしらが一番強いから引き離した、餌にとっておきを一つ捨てた、ってのも考えられるし………何より、あの知性体が何してくる奴だかわからないし………。まったく、」


 ぶつぶつ呟いて、扇奈は考え込んでいた。

 あちらは防衛布陣を試し、こちらはその突破法を試している……それがこの一週間だ。


 正面から突破しようとすると左右からの砲撃で被害が出る。

 左右どちらかの青白デブを先に殺そうとすると、周囲にいる竜が邪魔をしてきて、その間に本隊が襲ってきて砲撃に晒される。

 狙撃で始末しようにも、それが効果的な範囲に近づくと竜に絡まれ、砲撃。


 隊を割って全部一気に攻めるには頭数が足りない。だから増員が欲しいが望み薄。

 結局、扇奈は合理的に、突っついて釣り出して竜を少しずつ殺す、と言う手段を選んでいるが、……あちらも対応しつつある。


 知性体、ってのはずいぶん賢いらしい。あの、半透明のクソ野郎―――エンリを殺しやがった。だから俺が殺してやる。復讐だ、ああ、ぶっ殺してやる。アイツ……。


 紫煙を吸い込んで、吐いて。………俺は冷静だ。健康以外は問題ない。自分をコントロールできる。もう、巣立ちはした。


 と、だ。そこで、扇奈が俺を眺めていた。


「………なんだよ、」

「いや………。なんでもないよ、」


 それだけだ。何がなんでもないんだか、わからない。……こっちのババァも、一人で納得するタイプらしい。……なんだって良いけどな。


 *


 とにかく、状況は膠着していた。手がないから膠着せざるを得ない。士気は高いが、その士気の高さは指揮官が――少なくとも部下には――無謀な事をさせないって信頼関係があるからだ。これまで俺が指示を聞いてた指揮官の誰かなら、玉砕覚悟って愉快な単語の末に、この部隊はもう壊滅してただろう。……俺一人を残して。


 そして、そんな状況下に、物資と一緒に、増員が、贈られてきた………。


 *


 白い雲、青空を、3機の巨大な鳥――輸送機が、こちらへと向けて飛んでくる。林の切れ目――“補給地点”、だ。


 “夜汰々神”の上部を開き、咥えた煙草の煙越しに、俺はそれを眺めていた。

 周囲には扇奈始め、オニが数名、控えている。補給物資、を運ぶためだ。


 そうやって眺めていると――ふと、輸送機の後部が開き、そこからコンテナが滑り落ち、パラシュートが開いてゆっくり落ちてくる。


 補給線は軍事の要だ。どれだけ強い兵士が居ても、武器がなければ竜を殺すことは出来ないし、竜を殺せても飯が食えなければ死ぬ。その辺りを帝国の上層部――癪なことに能力は確かな大和紫遠は理解していて、緊急的な補給にはこうして輸送機を使う。


 が、戦場に滑走路があるはずもなく、ヘリでは速度とコストの問題で有用性が低く、結果―――“補給地点”になった場所の近辺に雑に落とす、と言う手段になった。そして、広範囲に散らばった物資を運ぶために、ヒトが疲れしらずの怪力に変わる便利な道具――FPAが使われる。


 要は雑用だ。そして、俺の雑用が楽に住むかどうかは、風の気分と輸送機のパイロットの腕次第。今回は割と悪くない奴が頭の上を飛んでいるようだ。


 あまり散らずにパラシュート降下してくるコンテナを眺めながら、俺は扇奈に言った。


「……今回のプレゼントは?一体なんだ?」

「武器と弾薬。それから補充人員が、一名」

「一名?……一人増えただけでなんか変わるのかよ、」

「……………」


 扇奈は応えず、思案顔で腕を組み、空を見上げ続けていた。


「なんなんだよ……」


 いつもならクソ、と毒づいていそうだが……煙草様々だな。クソ。

 そう紫煙を吐いて、ぼんやり空――頭上を飛び去って行く輸送機を眺めているとそのうちの一機がやたらと低空を飛行し始め、と思えば……。


「マジかよ……」

 馬鹿が見えた。自殺志願者か?


 FPAが一機、飛行する輸送機から直接飛び降りていた。黒い、鎧――“夜汰々神”じゃない。それより一つ古い鎧、“夜汰鴉”だろう。だが、改修でもされているのか、微妙に形が異なる。顔の左側に鬼の面のような意匠が入っている。左腕にくっついているらしい装備も、見覚えがない。少なくとも正式採用されてる装備ではないだろう。杭の束、みたいな妙な武器だ。そして、腰にはFPA用の太刀―――。


 特別仕様の“夜汰鴉”?が、―――パラシュートも開かず、落ちてくる。


 スペック的には不可能ではない。俺も、やろうと思えばやれるだろう。だが、やりたいとは思わない。何か一つミスすれば落下して死ぬのだ。戦闘中でもないのにそんな無茶をしたいと、俺は思わないが………今、落ちて来てる奴は違うらしい。


「一人、ね。んなこったろうと思ったよ、」


 呆れたように、妙に遠い目で、扇奈はそう呟いていた。この馬鹿、扇奈の知り合いなのか?そう、問いかけようとしたところで、俺たちのすぐ目の前に、その馬鹿――特別仕様の“夜汰鴉”が着地する。


 超重量のFPAとは思えない程しなやかな着地だ。地面がほんの僅か陥没しただけで、ほとんど音もない。それも、“夜汰鴉”のスペック的には………。


 …………出来るのか?すべての衝撃を人工筋繊維で完璧に殺し切ったって事だろ?それこそ“理論上は不可能じゃない”って言う机上の空論、神業だろう。だが、目の前で、あの“夜汰鴉”の中身はやった。何がしの神より鴉の方が着地は得意らしい。


 何所か呆然と、その特別仕様の“夜汰鴉”を眺めていると……そこで、扇奈は声を上げる。


「積もる話は後だね。まず働きな、クソガキ共」


 クソガキ?そう眉を顰めた俺をよそに、その“夜汰鴉”の中身はどこか不愛想に「ああ、」とだけ答え、ゆっくり落ちているコンテナを拾いに歩き出した。


「…………知り合いなのか?」

「まあね。いつまでも煙草吸ってないで、あんたも働きな」


 そう言って、扇奈は俺の口から煙草を取り上げ、そこいらに放り捨てた。


「……おい、ババァ。フィルターは自然に分解されないんだ。そこらに捨てるな」

「細かいガキだね。まったく、……エンリの謎が一つ解けたよ」


 言って、吸殻を拾い上げて、扇奈もコンテナを運びに歩き出す。

 円里の謎ってなんだ?とにかく、扇奈は胸中の謎を一つ解明したらしいが、俺の方は………。


「訳わかんねえ」


 “夜汰鴉”を見ながら呟いて、俺は“夜汰々神”を閉じた。


 *


 抱えた至極どうでも良い謎の答えは、すぐに分かった。直接聞いたら早いって話だ。


 コンテナを担いで野営地へと歩き、横で同じようにしてる“夜汰鴉”に、俺は尋ねた。


「あんた、なんでパラシュート使わなかったんだ?」

「嫌いなんだ。……前、肝心な時に絡まって死にかけた」


 降下途中にパラシュートが引っかかった、か。………それ普通死ぬだろ。死に掛けはしたから毎回神業やってるのか?いや、どっちにしろ……中々ぶっ飛んだ奴なのかもしれない。


「………名前は?」


 一人だけの援軍。特別仕様の“夜汰鴉”。腕は、悪くなさそうだ。

 普通に興味が沸いて――他人に興味が沸くこと自体、俺には珍しい気がする――問いかけた俺に、その“夜汰鴉”の中身は、ぶっきらぼうに、答えた。


「……スルガコウヤだ」


 ……………。

 スルガ、コウヤ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る