10話 邂逅/歴戦の英雄
スルガコウヤ。それは、帝国軍――同盟軍の間でまことしやかにささやかれる都市伝説だ。
10代の頃にもう竜を一人で数千匹殺した、とか。片目くりぬかれても再生した、とか。生身でFPA数体倒した、とか。どこぞのお姫様を昔攫った、とか。まあとにかく逸話、噂話には事欠かない、伝説上の生物。
その噂話がどの程度本当なのかは知らないが、軍人として、公的な記録として――そう言われるだけの戦果を挙げている男だ。
大和奪還作戦。まだ同盟軍でなかった頃に精鋭部隊を率いて知性体を数体殺し。
その部隊が解体された後も、ほぼすべてのゲート攻略作戦に引っ張り出されて、殊勲級の戦果を挙げ、なおかつ生き残り続けた。
彼のいる部隊の生存率は極めて低い。それだけの危険度を伴う任務をこなし、スルガコウヤは生き残り続け、戦果を挙げ続け、……渡す勲章がなくなったからスルガコウヤ用の勲章が新設された。
それだけの戦果、功労を上げながら現場に出続けている、英雄にして、死神。
その顔を、俺は見たことがある。いや、兵士は皆見たことがあるだろう。
プロパガンダに使われ、ポスターに乗っていたのだ。すさまじく引き攣った笑顔を浮かべた、眼帯の色男。
それが少し年を取った――そんな男が、今、俺の目の前で敬礼をしていた。
「駿河鋼也准尉、着任いたしました」
もちろん、スルガコウヤが敬礼しているのは俺に、ではない。この部隊の部隊長である扇奈に、だ。
地面に胡坐を掻いて、頬杖を付いて、妙に嬉しそうに目を細めながら、扇奈は応える。
「扇奈だ。階級は……あ~、」
「中尉って前言ってたろ」
俺がそう声を投げると、扇奈はそれに頷き、それからスルガコウヤに言う。
「ああ、そうそう。中尉だ。准尉、って……もしかしてあんたの方が階級上だったりするかい?」
「いや。昇進を蹴って命令無視したら降格した。お前の方が上だ」
准尉、は、少尉の下だ。ただ、帝国、同盟軍ではほぼ見ない特殊な階級ではある。帝国では軍曹の次は曹長――士官候補生になる事が常だ。訓練校に行って、士官の試験を受け、それに合格して、曹長から少尉になる。それが普通だ。
が、何か特殊な事情――前線に出続けたいとかの理由で士官になる道を選ばず、その上で戦場で戦果を挙げ続け、これ以上上げようがない、と言う立場にいる奴は、軍曹の次に曹長、ではなく准尉になる。
要は度を越した化け物、大ベテランの証だ。降格された、と言っていたから、元は少尉とかもっと上だったのかもしれないが……化け物であることは間違いないだろう。
「降格、ねぇ。まあ、良いさ。じゃあ、あたしがあんたの飼い主で良いのかい?」
「ああ。指揮は全て任せる」
「はいはい。まったく、……不愛想は変わらずかい」
そう呟いて、扇奈はスルガコウヤをどこか眩しそうに遠い目で眺め、それからため息一つ、呟いた。
「………ちょっと老けたか?」
そう言った扇奈を前に、スルガコウヤもわずかに笑みを零し、
「お前は変わらないな」
「ハハハ、なんだ。漸くお世辞を覚えたのかい?」
そう、扇奈は笑っていた。……心なしババァの声が高い気がする。円里がいたら、何かからかいのことばでも投げていたかもしれない。………クソ、
煙草を取り出し、火を点ける。
………とにかく、どうやら扇奈とスルガコウヤは知り合いらしい。古い戦友、とかか?
なら、扇奈――この部隊の指揮官様は、スルガコウヤの扱い方を知っているはずだ。
「英雄でも死神でもなんでも良い。これで補充人員が来たんだろ?昔話は後でやれよ。戦争の話だ」
そう、声を上げた俺に、スルガコウヤは視線を向けた。
「そいつは?」
「あ~、まあ、ただの馬鹿だよ」
「誰が馬鹿だと若作りのババァが」
「……なるほど、良い根性してるな」
「だろ?」
………クソ。人の事バカバカ言いやがって。湧いてきた苛立ちを、煙と一緒に吸い込んで………そこで、扇奈の視線が俺を向いた。
「今ちゃ~んと考えてる。暴れさせてやるから、ちょっと大人しくしてなクソガキ」
完全にガキ扱いか、クソ。
「……作戦が決まったら呼べ」
それだけ言い捨てて、俺はその場に背を向け、自分の鎧――“夜汰々神”の元へと歩んだ。その横には、特別仕様の“夜汰鴉”がある。その中身――スルガコウヤは、扇奈と何か親し気に会話を交わしている。クソ。
―――何をそんなにイラついているのかな?
円里ならそう言うか?いや、言わないな。ふむ、なるほど、って、勝手に俺の苛立ちに理由を付けて納得するだろう。
煙草を吸って、吐いて………冷静に。
イラついてる理由を考えてみよう。英雄が来た。化け物だ、それは着地を見ただけでわかる。アイツがいると、アイツが知性体を殺して、また勲章のコレクションを増やす可能性が高くなる。
いや、違う。俺の復讐が――エンリを殺した知性体を殺すって言う、俺の復讐が遂げられなくなるかもしれない。だから………。
煙草を吸って、吐く。冷静で、なんでも話して、色々愚痴を吐いた場所の匂い。
………だからって、イラついたってしょうがない。わかってる、大丈夫だ。大人になるよ。巣立つさ、不安がらせないよ。
煙草を吸って、吐いて、……その火を地面でもみ消して、ポケットに入れて……。
それから俺は、FPAのチェックを始めた。
*
そうやって暫く、鎧の整備、確認を進めていると……いつの間にやら横でガサゴソと、似たような音が響き始めた。
見ると、例の不愛想眼帯――スルガコウヤが“夜汰鴉”の整備を始めていた。俺の真似をした……訳もないだろう。戦場で長生きな奴は大体やってる。
こっちでガサゴソ。あっちもガサゴソ。特に何を言うでもなく、整備、確認を続け………その内に、俺は声を投げた。
「……スルガコウヤ」
呼ばれた一瞬手を止め、視線をこちらに向け、それからスルガコウヤはまた作業に戻りながら、
「なんだ」
それだけ、声を投げてきた。本当に愛想のない奴らしい。俺も人の事は言えないかもしれないが、……まあ、そんなことはどうでも良い。
「………あんた、英雄なのか?」
「………さあな」
手を止めず、スルガコウヤは応えた。さあな?
「さあなってなんだよ………」
「俺だけ死ななかったってだけだ。結果的に。命がけで、本当にいなくなった奴らの方が英雄だ」
そう言った英雄は、どこか仄暗い、それこそ深淵でも眺めているような、そんな目をしていた。
准尉、に、降格された。部隊を指揮していたこともあったんだろうが、今はその立場を降りた。死神、と呼ばれるほど周囲で仲間の死を見た男。その上で一人生きていた男。
「……その変な武器なんだよ」
「変な武器?ああ、バンカーランチャーか。気に入ったからずっと使ってる玩具だ。炸薬を使わないから、射出した杭を再利用できる」
「再利用、ね」
弾切れまで生きてたら、って言う但し書きの上で初めて利用価値が出る武器だ。大抵の奴は弾切れになる前に死ぬ。………こいつも俺より強いのか?俺より、長生きするのか?
黙々と、スルガコウヤは作業を続けている。どこかもう、ぼんやりしているようにすら見える。こいつ、本当に強いのか?
そもそも、左目が見えてないんだろ?眼帯してるし。なら、その死角はどうなる。そこから攻撃を受けたら、それこそひとたまりもないんじゃないか?
そんなことを思って――脅かす、あるいは化けの皮をはいでやる、そんな気分が沸いて、俺が動きかけた瞬間、だ。
「……………」
スルガコウヤの視線が俺を向いた。何を言うでもない、ただ、見ただけだ。ただ睨んできて、それで俺は動くタイミングを失って――。
――直後、スルガコウヤは何事もなかったかのように、整備に戻る。
………化け物。得たいがしれないことは確からしい。と、だ。そこで、スルガコウヤの方が声を投げてきた。
「扇奈から聞いた。知性体に復讐したいらしいな」
「…………だったら、なんだよ」
「感傷に浸ってチャンスを不意にする気はない。殺せるなら俺が殺す」
「………………鼻から、譲ってもらおうって気はねえよ。俺の、復讐だ。俺が、成し遂げる。あんたの出る幕はない」
スルガコウヤを睨みつけ、そう言った俺を、隻眼は眺め――それから笑みを零した。
「そうか、」
そして、それだけ言って、スルガコウヤはまた整備に戻る。
……そうか、ってなんだ、クソが。どいつもこいつも。自分だけわかった、みたいな言い方しやがって………。
そう苛立たしく、俺は懐から煙草を取り出そうとして……そこで、だ。
「クソガキ共、来な!……作戦会議だ」
扇奈がそう声を投げて来て、
「「ああ、」」
俺とスルガコウヤは同時に返事を投げていた。
「クソ、」
毒づいた俺の横で。スルガコウヤはふと笑みを零し、呟いた。
「若作りのババァ、か」
「ハァ?」
「良い度胸だな」
スルガコウヤは呟いている。どこかぼんやりと。それから、その視線が俺を向き、マイペースに問いが飛んできた。
「お前の名前を聞き忘れてた」
このおっさんの頭の中で、今どう話がつながったんだ?
「……スイレンだよ。クサカベスイレン伍長」
「スイレン?」
「言っとくけど、女みたいだの目が青いだのは聞き飽きてるからな、」
「なら、俺から言う事は特にないな。覚えておく、スイレン」
それだけ言って、スルガコウヤは扇奈の元へ――ほかのオニ達も集まり出したその場に歩んでいく。
………なんなんだ、このおっさんは。
→サイドストーリー
10話裏 扇奈/郷愁との再会
https://kakuyomu.jp/works/16816452218593368305/episodes/16816452219130795483
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます