11話 復讐/望みの為にネジを壊して
『作戦は単純だ。崖の上にいる青白デブを殺す。その上で、知性体を殺す。ただ、それだけ』
部隊全員を集めたブリーフィングで、我らが親愛なる
スルガコウヤ一人加わっただけで、これまであれほど慎重に事を進めていた指揮官が、正面突破で足りると判断したのだ。それだけ、扇奈はスルガコウヤに対して全幅の信頼を置いているらしい。そして、問題はその配置、左右の青白デブを殺すのにどの程度戦力を裂くのか、だが。
『敵左翼の青白デブはあたしがやる。右は、コウヤ、あんたがやりな。ほかは機を見て正面から攻勢』
両翼の砲兵部隊、それぞれ一人ずつで殲滅する気らしい。青白デブの他に50ずつついてるって話だったはずだ。ザコ50匹突破して、あの青白デブを殺す。それを、それぞれ一人でやる。
不可能………とは言い切れない。扇奈の戦いぶりを、俺は見ていた。無謀ではあるんだろうが、このオニはやると言ったらやるんだろう。スルガコウヤも同じだけ出来る……扇奈はそう判断したから、片側をスルガコウヤに預けた。
……その作戦、スルガコウヤが来る前でも、やれたはずだ。俺が一人で、片側の青白デブを殺しに行けば。それを俺には出来ないと、扇奈は判断していたらしい。スルガコウヤになら出来る、とも、判断した。
『………?ああ、拗ねんなよクソガキ』
うるせぇババァ。見透かすな。妖怪かてめぇは。
『あんたにもちゃんと役目があるよ。あんたがやりたいだろう役目をくれてやる』
俺が咥えた煙草を見ながら、扇奈は言って、それからその場にいる全員に視線を流して、続けた。
『懸念事項は一つ。あの知性体の能力って奴が未だにわかんない事だ。だから、もちろん殺せるなら知性体を殺して良い。けど、それ以上に、この作戦の戦術目標って奴は、戦域に存在する敵戦力の総数を削る事だ。無理しなきゃ知性体を殺せないようなら、撃てば確実に死ぬザコを減らしな』
知性体の能力……それこそ超常現象みたいなことをしてくる、らしい。それが何か判明していないから、まず敵全体の戦力を削る。それが、部隊全体としての、第1目的。
『その上で……スイレン。あんたはあんたの望むように、狙って良い。雑魚を無視してでもね』
………釣り合いの取れた命令、と言うより提案だと思う。俺の望み、知性体――復讐を知って、それに精一杯譲歩して特権を与えつつ、同時に、部隊全体としての益のある立場も付与している。
殺せたら、復讐を遂げる。
失敗したら、………部隊全体に益のある、知性体の能力としての実験台。
俺の要望も満たせてるし、しくじっても部隊全体の利益は残る。
最低限、能力だけは暴いた上で、死ぬ。
いや…………。
*
……能力を使われようが何だろうが、俺がぶっ殺してやる。復讐だ、復讐を遂げる……。
曇った空の下。“夜汰々神”のカメラ越し、林の切れ目から眺めた先に、竜の群れがいる。崖を背にした竜の群れ、500匹だったか?その中央には、知性体――半透明な竜。その近くには、装甲化した直掩が数匹。
例の青白デブは――遠目に見えるだけだ。両方の崖の上から、その群れを見下ろしている。その周囲には、雑魚が何匹か。偵察通りの位置に、竜は布陣していた。
そして………。
『姐さん。配置終わりました』
俺の後ろで、扇奈の副官――上官が自分から戦場に出てるせいで実質部隊指揮をやらされてるオニが、声を上げた。その背後には、オニの軍勢――扇奈の姿も、スルガコウヤ――“夜汰鴉”の姿も、ない。
が、通信機越しに、扇奈の声は聞こえた。
『良し。……あたしらが青白デブをやったら、突撃。それまで全員待機………コウヤ?準備は?』
『問題ない、』
『そうかい。じゃあ、……始めるよ、』
特に気負った所のない、普段通りの言葉が……戦闘開始の合図だったらしい。
両側の崖の上――そこにたむろっている竜の元に、同時に、突っ込んでいく人影があった。
一つは、紅い羽織のオニ。
一つは、黒い鎧。二人同時に、青白デブへと突き進み、片や切って、片や撃って、雑魚を蹴散らしながら丘を駆け、否跳ね昇って行く……。
正面にある竜の本隊――知性体のいる群れは動かない。様子見してるのか。派手に動いてるのはこの戦場の両端だけで、――ゆっくりと、青白デブも動いている。
扇奈とスルガコウヤ――それぞれに迫っている化け物に、あのとても綺麗なゲロをぶっかけようって気らしい。
それを、俺は、眺めてるだけ……。
「……なあ。俺も自由行動で良いって話だったよな?」
背後にいる扇奈の副官にそう問いかけると、そいつは肩を竦め、それから通信機――ヘッドセットに手を当て、言った。
「姐さん。………馬鹿が一人追加で突っ込みやす」
………自由行動で良いらしい。『ハァ?』と苛立たし気な扇奈の返事を耳に、俺は20ミリを手に一人、林を抜けて、正面にいる竜の群れへと駆け出し、トリガーを引いた。
何発かが一番前に居たザコに当たり、そいつが血しぶきに代わり――同時に、その群れの目が全て、俺を向く。
何百と言う単眼の群れ―――その奥にいる、知性体。そいつを、俺は睨みつける。
アイツを殺す。アイツが、標的だ。アイツがエンリを殺した。エンリの仇を討つ。復讐だ、ぶっ殺してやる――。
――そう溢れ始めた激情を、俺はどうにか抑えた。
まだだ。まだ、………まだ壊れなくて良い。
トリガーを引きながら、一人、前に出る。知性体のいる方へ、20ミリを放つ。その射線上にザコが割り込み、盾になって死んだ。やっぱりある程度近づかなきゃ殺せそうもない。が……そうやって血しぶきになった死体の向こう、知性体の目が俺を睨みつけている。
そうだ。それで良い。
注意を引けば良い。知性体の注意を―――同時に、青白デブの注意を。
この作戦の前提は、スルガコウヤと扇奈がそれぞれ、単身で青白デブとその周囲を殲滅する事だ。そして、それに付随する効果の一つとして、本隊――今目の前にいる群れの一部が両端の援護に向かって動き、そうやって動き出した群れの側面を俺達――本隊が叩く、と言う筋書きがあったはずだ。
要は、両翼に脅威を見せて、そちらへの支援の為に竜の本隊を分断させる、という事だ。だが、今、本隊は動いていない。なら、その線は一旦切って――扇奈とスルガコウヤに、両端をさっさと殲滅してもらった方が良いだろう。
竜の群れから何匹か、俺へと向けて駆けてくる。飛び込みすぎず、だが射線に知性体は入るように動き、弾丸をまき散らしながら――視界の隅で両端の青白デブの様子を確認する。そのゆっくりとした動きに、僅かに混乱が見える。
青白デブ自体は知性体じゃなかった。大した知能もないんだろう。何らかの手段で知性体が操っているんなら―――この状況は困るはずだ。
知性体を殺しに迫ってる俺を排除するべきか、青白デブを排除しに迫ってる扇奈とスルガコウヤを優先するべきか。
知性があるんだろう?分断、各個撃破が理解できるんだろう?その賢さで円里を殺したんだろ?なら、知的生命体らしく倫理に迷えよ。自分を大事にするか、部下を大事にするか。迷って、迷った分だけ隙を晒せよ。
前に出る。竜の群れから何匹か、俺へと迫ってくる。それを処理しながら――空いた時間、瞬間で知性体を撃つ。当然のようにザコが盾になるが――その血しぶきの向こうで、知性体が俺を睨みつけている。
そうだ、良い子だ。そうそう、聡い子だね?俺はお前を殺そうとしてるぞ、わかるだろ?
『スイレン。……デカいのがお前を狙ってる』
通信から不愛想な声――スルガコウヤか?見ると確かに、あの青白デブが大口を開けてこっちを見ている。その背中が、輝いている――。
あのゲロ。俺を狙うことにしたらしい。扇奈の方も………。
『こっちもだね。おとりの気かい?』
俺の方に大口を開けてる。その口に、閃光が瞬き始める――。
両方、俺を砲撃する気になったらしい。扇奈とスルガコウヤの位置は……この射撃までには青白デブの排除が間に合わなそうか。なら、俺が避ければ良いだけの話だ。
「良い子だろ?老人のお手伝いをしてやろうって話だ。さっさと殺せよ、ハッ、」
笑った。………ヤニがキレてきた。頭のネジが緩んできた……煙草でも吸えばああ、また俺は冷静だ、けど………今一服って訳にも行かない。
「――ハハ、」
両側で死の輝きが強くなる。目の前には竜の群れ、その奥に
―――生きてください、殿下。
呪われてるから、いつ死ぬかわかる。
俺は大きく、背後へ、飛びのいた―――。
―――そんな俺の目の前を、綺麗な
「―――ハハハ、」
よく見ればそれは、良い死に方なんじゃないのか?ほら、綺麗に死んだ。顔面がミートソースにならないってのは素晴らしい死に方じゃないか。見た奴のトラウマにならずに済むんだ、綺麗なままで逝ける。悪夢にならない。
「――――ハハハハ、」
笑って、嗤って――嗤う俺にビビったのか、いや、今頃同士討ちの概念を覚えたってだけか。とにかく目の前の竜の群れは動かず、その奥で、知性体は未だに俺を眺めていて――。
『………避ける腕はあるのか。こっちは終わったぞ。扇奈……手伝いに行くか?』
『誰に言ってんだい?たく、どいつもこいつも………全軍、突撃』
通信から、そんな会話が聞こえる。
見ると、左右に居た青白デブーーそれが両方、前衛的なオブジェになっていた。
片方は首がぽろっと落ちて、その場に崩れている。
片方は首を縫い付けるように何本か杭が突き刺さった末、撃たれたのか、眼球が破裂してる。
それを眺め――眺めている内に、俺の背後から銃声が響き始めて、目の前の竜の群れが一斉に血しぶきに変わり始めた。
オニの部隊が前進を始めている。それを受けてか、竜の群れもこちらへと動き始める。
合戦だ。パーティだ、俺のダンスの相手は?まだ、一番奥で様子見してる。俺を眺めて――と思えば、左右に目移りし始めた。
そうそう。両脇で青白デブが前衛芸術になったんだ。そうなればほら、鬼が二人そっちに行くぞ?けど、そいつらはおとりだ。俺がおとりにする。殺すのは俺だ。俺が、……てめえの頭をミートソースにしてやるよクソが。
一匹。雑魚が俺の目の前で大口を開けた。
―――てめぇに興味はない、引っ込んでろクソが。そんな汚い言葉遣いをするとサユリは困るしエンリは呆れる。だから俺はそう言う代わりにその餌が欲しそうな大口に弾丸をプレゼントしてやった。
目の前で竜の頭が飛び散る。脳漿が、血が、まき散らされる。
サユリの死に方はそれだったな。円里は?どう死んだんだ?齧られたのか?切り飛ばされたのか?頭がなくなってた事しかわからない。その場に俺は居なかった。戻ったらもう死んでた。死んだ、いなくなった。もう会えない。話も出来ない。
話し相手だった。話を聞いてくれた。いなくならないと思ってた。それを奪った。目の前の、怪物が………。
「クソが、」
お上品に吐き捨ててて、俺は駆け出した。手近な竜の頭を、手に持った20ミリでミートソースに変え、その死体を踏みつぶして、先に進む。
左右から竜が迫る―――けれど次の瞬間、俺が撃つまでもなく、そいつらはミートソースに変わった。背後にいるオニが、援護してくれる――そう、援護してくれるんだ。
凄いだろ?まともな仲間がいるんだ。信頼できる腕してる奴らなんだ。この話はしたか?したよな、したよ。だから、少しは、安心してたんだよな?寂しそうにしてたよな。
俺は、寂しいよ………。
「クソがッ!」
フルオートで弾丸をまき散らせば、目の前で何匹ものトカゲが真っ赤なカーテンに変わって行く――その中へと、駆けていく。
血の雨が俺に降りかかる――俺が潔癖だと?……まともにしつけて貰えたってだけだ。煙草をその辺に捨てるな。フィルターは分解されないんだ。モラルを守れよ。尊敬できる大人で居てくれ。信頼できる相手で居てくれ。居てくれよ………なんで。
「クソがァァァッ!」
吠えて、弾丸をまき散らして――血の雨を抜ければ、
半透明な、竜。小柄な竜。知性体。そいつは、動かない。ただ迫る俺を見ている。けれど、その周囲に居た、装甲化した奴が動き始めた――。
全部で3匹――ほかの雑魚より俊敏だ。一匹が、俺の目の前に――もう一匹が左側に回り込み、最後の一匹は知性体を背にするように、立ち塞がる。
―――邪魔をするなよ。邪魔なんだよ。
正面の一匹が身を屈める――その尾が、振り回される。振りかぶられる。横薙ぎに、俺を真っ二つにするように、その巨大な刃が迫り――。
その刃の内側に、間合いの内側に、俺は踏み込んだ。
目の前で垂れてる頭、それをご要望通りに踏みつけて、振り回される尾――その根元を掴んで止めて。同時に、空いた手――そこに握った20ミリの銃口を、回り込んで来ようとする奴に向け、トリガーを引く。
弾丸を受けた装甲付の竜が、ダンスをした。それこそ壊れた人形のように、人形が壊れていくように、フルオートの20ミリを受けてそのせっかく纏った装甲を弾き飛ばして、血と肉を弾き飛ばして――。
――愉快な光景だ。残念ながら弾切れと同時にこと切れたが。
「ハハハ、ハハハ……」
嗤って、弾倉を交換するのがめんどくさくて、弾切れになった20ミリをそこらに投げ捨て――その間に、奥、知性体の横に居た奴が動き始めていた。
俺へと迫ってくる――俺の足の下にいて、俺にしっぽを握られている良い子も、じたばたと暴れ出す。さて、どう殺そうか……困ったな、武器がない。いや、そういえば大斧を持ってきてたな。
俺の目の前―――迫って来てる奴が、身を屈め、尾を引いた。俺を突き刺す気らしい。俺の足の下では、踏まれてる奴がまだじたばたしてる。そんなに自由になりたいか。なら、わかったよ、寛容でいてやる。
俺は、掴んでいた尾を離し、頭からも足を退けてやって、数歩、後ろに下がった。
直後、俺に足蹴にされていた竜が跳ね起き――プライドでもあったのか?苛立たしそうに俺へと噛みついてきて――その頭を、単眼を、すぐ後ろで、俺を殺そうとしてた奴の尾が、突き破って生えてきた。
良い子だ、
目の前で仲間に後頭部を貫かれた竜。ぶらぶらしてたその胴体と頭を分断してやる。
胴体は崩れ、頭は中の尾に貫かれたまま。そんな仲間の頭で御洒落した尾が踊り、装甲を纏った竜、最後の一匹になった親衛隊が、俺へと牙を剥きだしてくる。
―――その頭へと、力いっぱい、大斧を振り下ろした。
頭が真っ二つに、イヤ、ぐちゃぐちゃに、ミートソースみたいに崩れて、その竜は倒れる。頭がなくなったな。けどほら、しっぽにはまだくっついてるし、ある意味五体満足だろ?エンリやサユリよりよっぽどマシな死体だな。
「ハハハハハハハ、」
嗤いながらその死骸を踏んで―――
もう誰も、お前を守ってはくれないな?
一人で生きて行かないとな?
………それは大変だから、寂しいから、ずっと。だから、ほら。楽にしてやるよ………。
大斧を、振りかぶる――目の前の知性体、それはまっすぐ俺を見て、動かず、その単眼には、大斧を握って返り血まみれの、それこそ呪われたような鋼鉄の鎧が写っていた。
「………クソが、」
吐き捨てて、ソレへと、俺は大斧を振り下ろし………。
その瞬間、だ。
知性体が嗤い、直後俺の目の前が真っ白に塗り替えられて、そう思えば、真っ暗に……。
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