羅刹蓮華に蒼炎の御旗―サイドストーリー―

蔵沢・リビングデッド・秋

3.5話 扇奈/クソガキの先生

 トレーラ。夕陽の野営地のトレーラの周囲に、鎧が何体か、生身の奴も何人か――親衛隊がいる。そのトレーラの中では、馬鹿と皇帝が二人きりで話してるらしい――。


 それを眺めて、すぐ傍から漂ってくる煙草の刺激臭を嗅ぎながら、あたしは言った。


「………で?結局あの馬鹿はなんで皇帝殺そうとしたんだ?ただ、キレただけか?」


 少なくともあたしは皇帝陛下にそう大変お上品に上申した。


 ――クソ野郎が、人の頭の上で何ぶっ放そうとしてやがる。

 ――皇帝だかなんだか知らないが、玩具で遊ぶんなら他人を巻き込まない場所で一人でやってろ。

 ――あいつが馬鹿やんなきゃあたしが殺るとこだったよ。馬鹿に感謝するべきだね、え?陛下?


 そうやってお上品に訴えてやったら、あの皇帝、普通に謝ってきやがった。すまなかった、詫びよう。……それだけだ。


 あたしが皇帝の逆鱗って奴の矛先を自分に向けようとした、ってのがばれてたのかもしれない。だから今、馬鹿は囚われで、あたしはそれを外から睨んで、親衛隊に睨まれてる。


「……………」


 隣で煙草吸ってるオニの女――円里は何も言わない。


「知らないとか言わないだろ?カウンセリング云々言ってたじゃないか」

「……カウンセリングの内容には守秘義務がある」

「知らないで庇うってのは無理な相談だね」

「庇わなければ良いんじゃないかな」

「庇わせたいから先にあれの話あたしにしてきたんじゃないのか?」


 あたしの部隊に馬鹿が配属されるらしい……ってのを、あたしは円里から聞いた。普通はその辺の兵士がただ辞令届けて終わりのはずだが、医官がわざわざ。


 そのわざわざあたしに届けてきた背の低い医官は、紫煙をくゆらせて暫し考え……やがて、呟いた。


「あの子、非公式だけど皇位の継承権がある」

「……………」

「元第1皇子の隠し子だって。だから、真っ当に行くと今継承権2位。公になれば。……意外と驚かないね」

「驚いてるよ、」


 なんだってこう、そういうのに縁があるんだって部分で。桜は元気にやってんのか、立場が出来るとどうも気楽に連絡なんて出来なくなるもんだ。


 まあ、とにかく………。


「その隠し子が、なんで皇帝を恨んでるんだ?」

「クーデターがあったの、知ってるかな?皇族がほぼ死んだクーデター」

「まあ、……人並みにな」

「それを鎮圧したのが、現皇帝紫遠。ただ、そのクーデターを起こしたのも紫遠だって」

「………………」


 だって、じゃねえよ。世間話のように聞かされる内容じゃない。桜は知ってるのか?知ってんだろうな………皇帝兄貴と仲悪い訳だ。


「………で?」

「そのクーデターの時に、あの子が匿われていた場所も標的にされた。あの子の保護者、母と姉と恋人を全部一人でやってた女が死んだ」

「だから、首謀者を恨んでます、か………?」

「と、あの子自身も思ってる」

「…………ハァ?どういう事だ?」

「前、一度催眠療法を試したことがある。戦場の高ストレス、生い立ちの高ストレス、それを打ち明けられないストレス、他人を信用できないストレス………壊れかけてたから。そうしたら、あの子の思い出話の中に大和紫遠が登場した。幼少期に面識があったんだ。あの子は大和紫遠の事も慕っていたんだと思う。ただし、離宮が燃えて、サユリって女が死んで、記憶が混濁してあの子はそれを忘れてる」

「慕ってた相手を、殺そうとしてる?」

「人間は自身の望みを全て認識している訳ではないよ。想い人を殺された計画、の、首謀者だったから。それだけでは、復讐の動機としては弱い。持続しないと思う。狂うほど復讐を願っているのは、屈折した親愛が根源にある。お兄ちゃんが、あるいはお父さんが、……助けてくれなかったから」

「……………」


 わかるような、わからないような、だ。


「反抗期か?」

「恐ろしく酷く屈折した、ね。母親の位置にサユリって女が居て、父親の位置に大和紫遠が居たとする。彼は閉鎖的な空間で生きていたから、他の人間の配役がそれになる。そして、発達段階のどこかで、男の子は母親に恋をして、それを奪う父親を恨む。一般論ではね」

「為になるお話だね……。その、為になるお話を本人にはしてやらないのかい?」

「あの子の状況は更に拗れている。復讐を根底に置いた狂気があるから、あの子は戦場で今まで生きてこられた。今、せめて戦争が終わるまで、その狂気は残っていた方が……あの子の生存確率は上がると思う」

「でも今死にかけてるぞ、あの中で」

「だから今扇奈に話してる。優しくて強いお姉さんに」


 ……要は、あたしにあの馬鹿を助け出せって言ってるらしい。


「断る。あたしはもう馬鹿には入れ込まない」

「そう決めざるを得ない程あなたは固執している」

「………催眠術かなんかかよ。ハァ………」


 ため息を吐くと煙草の匂いが強くなった。最悪だ。助けてやっても良いって気が0じゃない辺り。が、それも、皇帝の動きって奴を見てからだ。

 いや、そもそも、


「固執してるのはあんたの方じゃないか?」

「………2度以上診る患者は少ないからね。私のこれも、仕方がないと思う」


 言って、円里は咥えていた煙草を捨てて、わざわざしゃがんで地面でその火をもみ消していた。そして、吸殻を律義に仕舞い込む。


 と、だ。そこで、トレーラで動きがあった。荷台が開き、中から皇帝陛下が一人、悠々と歩いてくる。そして、陛下は手下の親衛隊に何か言って、それから、こっちに気付いたらしい。堂々と歩み寄ってきやがった。


「ご機嫌麗しゅう、陛下。あたしの部下をどうするつも――」


 そうお上品に声を投げてやろうとしたら、そんなあたしの横で円里が動いた。

 何も言うでもなく進み出て、何も言うでもなく大和紫遠を見ている。


 どう見てもあたしより円里の方が入れ込んでる。まったく……話し相手として、円里にも世話にはなってるし、皇帝の行動如何によっては、馬鹿な真似しようかね。


 ………こんなんばっかかよ、あたしは。だから相手が見つからないんだそうだ、円里曰く。余計なお世話だよ……。


 とにかくなんだか荒んできたあたしの前で、円里を見下ろし、大和紫遠が言った。


「スイレンの知り合いかな」

「あの子は私の患者だ」

「そうか……。なら、伝えておいてくれ。頑張ってみると良い。功績を上げたらまた会おう」


 ………頑張ってみると良い?自分を殺すことを、か?


「……罰則は?無しなのか?」


 思わず言ったあたしを、大和紫遠は眺め、笑う。


「これで寛大なつもりでね。君の隊にいるんだったかな?なら、適当に考えておいてくれ。罰則は任せる」


 それだけ言うと、大和紫遠は歩み去って行った――その後を、親衛隊の奴らもついていく。


「……あいつはあいつで、何を考えてるんだ?」

「…………もし、皇帝陛下が人間だとしたら、無自覚に身内殺しの罪を感じている。その贖罪として身内に甘くなる。もしくは天罰を求めている」


 円里大先生曰く、だ。……人間だとしたらってすげえ言いようだな。言いたくなる気分はわからなくないが。


 とにかく、皇帝が去って、親衛隊が去って、ついでにいつの間にか夕陽も去っていて――そんな中、あたしと円里は空きっぱなしのトレーラに歩み寄った。


 中では――馬鹿が伸びていた。皇帝に立ち向かって倒れたのか?少なくとも血を流してはいなさそうだ。それを確認して、あたしは荷台に踏み込み……それから、円里の方を向いた。


 円里は荷台に踏み込もうとしない。気だるげに、また懐から煙草を取り出し、それからどうもぼんやりしていそうな目で、こっちの頭の中を覗いたように、言う。


「私は行かない。適度な距離を保った、安心できる他人で居てあげるべきだと思う。あの子の精神安定上」


 あの子の、ねぇ。


「あんたの、精神安定じゃないのかい?」

「……ふむ、なるほど。流石。同じ穴のムジナ」

「それ褒めてねえだろ」


 言いながら、あたしは寝ころんでる馬鹿の所へと歩みかけ……そこで、だ。


「扇奈」

「なんだい、今度は」

「………この子の精神状態がわからないけど、もし、まだこだわっていそうなら、復讐を否定しないで上げて欲しい。それのお陰で、」

「生き延びてる、だろ?わかってる。さっきも言ってたぞ」

「そう。……わかってくれるんなら、良い」


 円里はそう、紫煙を吐き出していた。

 どこもかしこも何かしらおかしくなってるのかもしれない。戦争なんてそんなもんだろう。それも、後ゲート一つで終わる。終わるまでは、狂っていても良い。


 終わった後、円里大先生がどうにか治してやろうって思ってるのかもしれない。なんかもう、人の世話ばっかだよ、ずっと。


 まったく。

 そんなことを思いながら、あたしは寝ころんでる馬鹿を軽く蹴って、


「オイ、」


 …………首絞められるとは、その時は流石に思ってなかったよ。……まったく、



→ 2章 戦禍の紫煙

  5話 居場所/無自覚に囁きを

https://kakuyomu.jp/works/16816452218552526783/episodes/16816452218678570467

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