13話 寂寥/暮れる炎

 該当戦域の竜の殲滅――それを確認するのに、数日掛かった。とはいっても、俺は“夜汰々神”がぶっ壊れてたから、何もせず留守番――と言うか、軍事関係なさそうな完全な雑用係だ。あと、報告書の作成。


 竜――知性体に何をされたか。その報告を上げろって話だ。

見てた奴の話も聞いて――どうやら、戦場全域をあの光、それこそ青白デブの光線みたいのが覆って、それを終えた後、俺の“夜汰々神”が動きを止めたらしい。


知性体を殺してたから、最初はそれで動きを止めただけと思ったらしいが、通信に返事がないから、扇奈とスルガコウヤが俺を庇ったとか。


「あんたは?FPAが動かなくなったりしなかったのか?」


 戦域に居たFPAは俺とスルガコウヤだけだ。“夜汰鴉”なら平気、と言う事なのか、とにかく俺がそう聞いてみると。


「……俺は例外なんだろ」


 だそうだ。流石、英雄にして死神様は言う事が違う。そう直接言ってやったら、スルガコウヤは鼻を鳴らし、それから、眼帯をずらした。


 左目。それは……妙な色をしていた。赤黒い。まず普通の目とは思えない。

 それを見せた上で、スルガコウヤは言う。


「……一度抉られて、元に戻ったらこの色だ。公的にモルモットにされてデータを取られるくらいには、特殊らしい……オニとヒトのハーフだ。オニの異能を無意識に使っていて、FPAの性能が上がってるらしい。自分では良くわからないが、それで、知性体の能力も弾いたんだろ」


 ……英雄様には、英雄足るだけの下地があるって話だ。

 そう思った俺の――青い目を見て、スルガコウヤは言う。


「お前も少しは特殊なんだろ?」

「かもな」


 それだけだ。果たして、皇族と別の国のハーフと、目を抉られても少なくとも形は元に戻る化け物と、どっちが特殊かは意見が分かれそうだが。


 まあとにかく、俺は雑用と報告書。扇奈とオニは戦域の確認。英雄様スルガコウヤはなぜか俺と一緒に雑用に回されていて……ババァに文句言わねえのか?


「……これはこれで楽しい気がするな」


 だそうだ。ぼうっとしやがって。英雄様の考えることは凡人にはわかんねえな。まあ、そんな……それこそ、この戦域で目覚めて初めてかもしれない。別に忙しくもないし危険でもない日々だった。


 そして、それが済み。この戦域に竜がいないと確認されて………。


 *


 煙草の煙の向こう。“夜汰々神”――俺の鎧が、トレーラに積み込まれてる。


 データを取るらしい。知性体に何をされたかのデータ、だ。それで、俺の鎧は没収された。持ってかれてばらされる前に、ビニールに入った煙草の箱は回収して、そうやって、紫煙をくゆらせながらトレーラを見送り…………。


「人員より情報かよ、」


 俺たちは置いて行かれた。後から来るトレーラで、東部拠点へと運搬される予定、だ。


「人はその場に居なきゃ働けない。情報は回せば方々で役に立つ。その違いだ」

 英雄様曰く、だ。


「あんたは?英雄様だろ?特別待遇で輸送されたりしないのかよ?」

「……その伝とは折り合いが悪くなったな」

「ハァ?」

「それに、俺が呼ばれないなら、それだけ平和って事だろ。クソ野郎が発見されてないって事だ」


 クソ野郎?……知性体の事か。まあ、ある意味共通言語だよな。クソが、ってな。


「平和、ね………」

「お前も似たような言われ方するかもしれないな、スイレン。知性体を殺した奴。そう多くはいないだろ」

「……………実感ねえよ」


 そう言った俺は珍しく素直だった。そう、実感がない。


 知性体を殺した。そうなのかもしれない。けれど、殺したその瞬間を俺が認識していたわけではないし………優秀だったのは、俺以外の奴らだ。


動けなくなった俺を助けたのはスルガコウヤと扇奈だし、知性体への道が出来たのもその二人……それから、部隊の仲間のお陰だ。


 結局、俺は可愛がってもらって、良い位置に置かせてもらえたってだけだろ。

 ………復讐をとげられる位置、に。


「………………」


 何も言わず、煙草を吸って、吐く。

 そんな俺を横目に眺めて……それから、スルガコウヤは言った。


「円里、だったか。……どんな奴だったんだ?」


 冷やかすとか、からかうとか、……そんな訳もない。スルガコウヤは仄暗い目をしている。俺と同じように………いや、俺以上に、地獄を生きぬいてる奴だ。


「エンリは、俺の…………」


 *


「………カウンセラーだ。毎回、戦場が被って、リストに俺の名前があったら、俺を呼びつけて………毎回言うんだよ。背が伸びたねって。数ミリを見てわかんのかって話だろ」


 そう言って、取り出した煙草に火を点けて………俺は、夕暮れの戦場跡を見下ろしていた。


 兵員の輸送は、情報の後。その、兵員の輸送がもう明日――明日になったら、この戦域を離れる。


 その状況で、俺は言った。『戦場を見たい』

 ………上官は理解があった。何なら、過保護でもある。自分で、その部下のわがままについてくるって言い出すくらいには。


「俺、クソクソ言ってさ。もう、口癖なんだ。怒るだろ?お上品じゃない。でも、アイツ毎回笑ってやがった、」


 丘の上――知性体を殺したその場所を見下ろして、俺はそう、紫煙を吐き出す。


 知性体と、あの青白デブ――砲撃種、っていう大変凝ってセンスあふれるネーミングになったらしいアレの死骸は、俺の“夜汰々神”と一緒に持ってかれていた。


 だから、転がってるのは、ただの竜の死骸だけ――そんな戦場を見下ろして、俺はまた言う。


「今回の上官もクソだった。今回の戦場もクソだった。戦果を挙げたって、クソ。大和紫遠に届かない。クソ、クソ、クソ………何笑ってるんだって話だろ?」

「可愛がられてたんだろ?……生きて何度も会えるガキってのは、少ないからね」


 そう、扇奈は呟いていた。腕を組んで、俺の後ろに突っ立ったまま。

 俺は、扇奈へと視線を向け、……それから、尋ねてみる。


「あんたと円里は?お友達か?」

「………そうだねぇ。あたしも長生きだし、同じオニで、同じ女。あたしも愚痴聞いて貰ってたよ」

「あんたが愚痴言うのか?」

「言う相手を選んでるのさ。姐さんは大変なんだよ」


 ………今言ってるそれこそ、愚痴じゃないのか?とは思ったが、口には出さないで置いた。目上の人間を立てておくのも悪くないだろ。


 と、だ。あるいは、扇奈も同じことを思ったのか。話題を変えるように、


「……で、どうだい?復讐は遂げた。それで?」


 ………ヒトの事見透かしたみたいに言いやがる、妖怪ババァ。


「……………」


 何も言わず、俺は紫煙を吐き出して、戦場の跡を眺めた。

 …………エンリになら、俺は、正直に言ってたのかもな。クソクソ、交えながら。


 でも、エンリはもう、いない。居ないんだ………。


「………何にも、変わらねえよ」

「……………」

「実感ないってのもあるけど、結局………帰ってくる訳じゃない。俺も、愚痴言う相手がいなくなった。それだけ………それだけ、なんだな、」


 知性体を殺した。エンリを殺した奴を。そいつを殺して、……満足は、したんだろう。何か、一つ、付き物が落ちた、それは間違いない。


「意味なかったって言う気はない。必要だった、俺には。だから、……それが終わったってだけだ」


 復讐を遂げても、人生は続くって話だ。一つ、区切りを終えれば、また次がある。それだけ。

 …………それで良いんだよな?


 すっかり癖になった煙草を、吸って、吐いて………。

 そこで、扇奈が俺の横に腰を下ろし、口元を指さしながら、言った。


「あたしにもそれ寄越しなよ。一回くらい、試すのも悪かないだろ?」


 煙草を寄越せって話らしい。俺は懐から煙草を取り出し、それを一本、手渡した。

 扇奈はそれを受け取り、咥え――その先を、指さす。


「……はいはい、姐さんのおっしゃる通りに」


 どことなく投げやりに、俺は言って、懐からライターを取り出すと、扇奈の咥える煙草に火を点ける。


「良いね。大物になった気分だ、」


 そう満足げに言って、煙草に火を点け、扇奈は煙を吸い込む。

 紫煙にくすんだ夕暮れには、戦場の跡――もう、過去になってしまった景色が、映っていた。


「………う、ごほ、……がほっ」


 むせんなよ、ババァ。……まったく、

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